レモンは唐揚げに
金曜日の夕方、未央が帰宅するとまた近所の子供達がアパートの庭に集まって騒いでいた。中心には勿論どろろ。そして階段の一番下の段には、剣の稽古を邪魔されて迷惑顔の百鬼丸が座っていた。
「じゃーん!祖父ちゃんとこからくすねて来たんだ」
どろろが振り上げたものは、古びたアコースティックギターだった。
「なかなかの年代ものだぜ。これ、売りに出したら高値で売れるかなぁ」
「無理だろ」
百鬼丸は冷ややかに即答した。
「後ろ側に大穴が空いてる」
ギターを裏返して見れば本当に、ボディの背面に大きな穴が空いていた。穴は布テープでてきとうに塞がれている。
「あちゃー。これじゃあダメだな。じゃあ穴ぼこ隠してネットオークションにでも」
「こら、そんな事しちゃダメでしょ」
「ちぇ、未央姉は真面目だなぁ」
そうぼやきながらも、どろろは大人しく諦めたようだ。
「ところでそれ、音は出るの?」
未央は興味津々で言った。どろろは立ち上がるとギターの弦を乱暴に爪弾いた。ぼろろん、という締まりのない音から、素人の耳にも明らかに弦が弛んでいるとわかった。
「ダメだぁこりゃあ」
「ちょっと貸してみな」
いつの間にかどろろの背後へ回っていた百鬼丸が、どろろの手からひょいとギターを取り上げた。そして百鬼丸は、再び階段へ腰掛け足を組むと、ギターを構えた。
「わぁー」
未央は自分の頬を両手で挟み込んで驚嘆した。
「すげえよあにき!これぞまさに鬼に金棒!イケメンにギターだぜ」
どろろまでもが感激するほどに、百鬼丸がギターを持った姿はきまっていた。だが当の百鬼丸は、周囲のざわめきをよそにギターのチューニングに集中していた。
「お、出来た?ちょっとなんか弾いてみてくれよ」
どろろに促され百鬼丸は姿勢を直し、じゃらんと弦を弾いてから、何かの曲を演奏し始めた。ところが、
「なんだそりゃ」
奏でられた曲はなんとも不快な音色だった。弾いている本人も眉根を寄せて渋い顔つきだ。
「それ弦を引っ張っただけで音が全然合ってねえじゃんかよ」
そしてどろろは百鬼丸の手からギターを奪い取った。
「もーいいよ。祖父ちゃんにやってもらう」
ぷりぷりしながらどろろが一階の一番奥にある大家の部屋に入ってしまうと、他の子供達は飽きたのかさっさと解散してしまった。
「あれ、くすねて来たんじゃなかったのかよ」
憮然としたまま言う百鬼丸に、
「強がりのつもりで言っただけだと思うよ、根はいい子なの」
と未央は返した。
しばらくして、どろろは片手でギターを抱えもう片方の手で大家の手を引きながら、意気揚々と戻って来た。
「ばっちり合わせてもらったぜ。これでもっぺん弾いてみて」
百鬼丸はどろろからギターを受け取り、また階段に腰をかけて、弾き始めた。今度は何かしらの曲のイントロであるとはっきり分かる。
「おぉ、懐かしい歌だねぇ。あたしの青春時代の歌だ」
大家が嬉しそうに呟いた。未央もこの歌には聴き覚えがあった。亡き父のコレクションにこの曲のレコードがあった。幼い頃に父の部屋に忍び込み、タケと二人でレコードを勝手にかけては聴いていた時のことを思い出し、目頭が熱くなった未央だった。
百鬼丸の弾き語りは、さすが本職が俳優なだけの事はあり、なかなか上手いのであった。
しばらく目を閉じて聴いていた未央だったが、おや?と目を開けた。
この歌、二番もあったんだ。
未央の覚えていたのは一番の途中までだった。一番の赤い花と二番の白い花で対になっている。恋人がお互いに花を贈り合う歌だったのだ。
私には縁遠い歌ね。
歌は一通り歌われたようだが、百鬼丸はギターを弾く手を止めず、未央に視線を送って来た。どうやら一緒に歌えということらしい。
「えっ私も?でも……」
未央はしり込みした。一応、かつては保育士として、歌う事も仕事の一部であったとはいえ、自分の歌唱力など、舞台俳優で音楽好きの百鬼丸の鑑賞に堪えるほどのものではないと思ったのだ。
しかし、微笑みを浮かべながら例の眼差しでじっと見つめられたのでは敵わない。根負けした未央は胸の前で手を組み、一番のサビの部分から歌に加わった。
赤い花 赤い花
あの人の髪に
二人の声が気持ちよく重なり、溶け合う。まるで見渡す限りの花畑にいるように、胸がすっとすくのだった。
咲いて揺れるだろう
お日さまのように
歌い終えると、どろろと大家が立ち上り拍手をしていた。
「すっげえや、すげえ!あにきも未央姉もすっげえ!ストリート出ようよ、通行人からおひねり一杯もらお!おいらがプロデュースするから!」
「えー、百鬼丸はともかく、私はそれほどでもないよ」
未央が照れながら答えてから百鬼丸を見ると、なんと彼はギターを抱えたまま膝に顔を埋めるようにして、しくしくと泣いていた。
「どうしたの百鬼丸?」
未央は狼狽えた。つい今さっきまで、二人で気分よく歌っていたではないか。
「なんだよー、いい大人が人前でめそめそ泣くんじゃねえ」
どろろは容赦ない。しかしどろろはポケットからハンカチを取り、百鬼丸に差し出した。
「ほら、涙拭けよ」
百鬼丸は受け取ったハンカチで顔を覆った。まだ当分泣き止みそうにない。
「相棒がこんなヘタレじゃ、ストリートには出られそうもねえな」
どろろは肩を竦めて未央に言った。
「だから出ないってば」
未央は百鬼丸の隣に腰掛け、彼の肩を擦った。
「じゃーん!祖父ちゃんとこからくすねて来たんだ」
どろろが振り上げたものは、古びたアコースティックギターだった。
「なかなかの年代ものだぜ。これ、売りに出したら高値で売れるかなぁ」
「無理だろ」
百鬼丸は冷ややかに即答した。
「後ろ側に大穴が空いてる」
ギターを裏返して見れば本当に、ボディの背面に大きな穴が空いていた。穴は布テープでてきとうに塞がれている。
「あちゃー。これじゃあダメだな。じゃあ穴ぼこ隠してネットオークションにでも」
「こら、そんな事しちゃダメでしょ」
「ちぇ、未央姉は真面目だなぁ」
そうぼやきながらも、どろろは大人しく諦めたようだ。
「ところでそれ、音は出るの?」
未央は興味津々で言った。どろろは立ち上がるとギターの弦を乱暴に爪弾いた。ぼろろん、という締まりのない音から、素人の耳にも明らかに弦が弛んでいるとわかった。
「ダメだぁこりゃあ」
「ちょっと貸してみな」
いつの間にかどろろの背後へ回っていた百鬼丸が、どろろの手からひょいとギターを取り上げた。そして百鬼丸は、再び階段へ腰掛け足を組むと、ギターを構えた。
「わぁー」
未央は自分の頬を両手で挟み込んで驚嘆した。
「すげえよあにき!これぞまさに鬼に金棒!イケメンにギターだぜ」
どろろまでもが感激するほどに、百鬼丸がギターを持った姿はきまっていた。だが当の百鬼丸は、周囲のざわめきをよそにギターのチューニングに集中していた。
「お、出来た?ちょっとなんか弾いてみてくれよ」
どろろに促され百鬼丸は姿勢を直し、じゃらんと弦を弾いてから、何かの曲を演奏し始めた。ところが、
「なんだそりゃ」
奏でられた曲はなんとも不快な音色だった。弾いている本人も眉根を寄せて渋い顔つきだ。
「それ弦を引っ張っただけで音が全然合ってねえじゃんかよ」
そしてどろろは百鬼丸の手からギターを奪い取った。
「もーいいよ。祖父ちゃんにやってもらう」
ぷりぷりしながらどろろが一階の一番奥にある大家の部屋に入ってしまうと、他の子供達は飽きたのかさっさと解散してしまった。
「あれ、くすねて来たんじゃなかったのかよ」
憮然としたまま言う百鬼丸に、
「強がりのつもりで言っただけだと思うよ、根はいい子なの」
と未央は返した。
しばらくして、どろろは片手でギターを抱えもう片方の手で大家の手を引きながら、意気揚々と戻って来た。
「ばっちり合わせてもらったぜ。これでもっぺん弾いてみて」
百鬼丸はどろろからギターを受け取り、また階段に腰をかけて、弾き始めた。今度は何かしらの曲のイントロであるとはっきり分かる。
「おぉ、懐かしい歌だねぇ。あたしの青春時代の歌だ」
大家が嬉しそうに呟いた。未央もこの歌には聴き覚えがあった。亡き父のコレクションにこの曲のレコードがあった。幼い頃に父の部屋に忍び込み、タケと二人でレコードを勝手にかけては聴いていた時のことを思い出し、目頭が熱くなった未央だった。
百鬼丸の弾き語りは、さすが本職が俳優なだけの事はあり、なかなか上手いのであった。
しばらく目を閉じて聴いていた未央だったが、おや?と目を開けた。
この歌、二番もあったんだ。
未央の覚えていたのは一番の途中までだった。一番の赤い花と二番の白い花で対になっている。恋人がお互いに花を贈り合う歌だったのだ。
私には縁遠い歌ね。
歌は一通り歌われたようだが、百鬼丸はギターを弾く手を止めず、未央に視線を送って来た。どうやら一緒に歌えということらしい。
「えっ私も?でも……」
未央はしり込みした。一応、かつては保育士として、歌う事も仕事の一部であったとはいえ、自分の歌唱力など、舞台俳優で音楽好きの百鬼丸の鑑賞に堪えるほどのものではないと思ったのだ。
しかし、微笑みを浮かべながら例の眼差しでじっと見つめられたのでは敵わない。根負けした未央は胸の前で手を組み、一番のサビの部分から歌に加わった。
赤い花 赤い花
あの人の髪に
二人の声が気持ちよく重なり、溶け合う。まるで見渡す限りの花畑にいるように、胸がすっとすくのだった。
咲いて揺れるだろう
お日さまのように
歌い終えると、どろろと大家が立ち上り拍手をしていた。
「すっげえや、すげえ!あにきも未央姉もすっげえ!ストリート出ようよ、通行人からおひねり一杯もらお!おいらがプロデュースするから!」
「えー、百鬼丸はともかく、私はそれほどでもないよ」
未央が照れながら答えてから百鬼丸を見ると、なんと彼はギターを抱えたまま膝に顔を埋めるようにして、しくしくと泣いていた。
「どうしたの百鬼丸?」
未央は狼狽えた。つい今さっきまで、二人で気分よく歌っていたではないか。
「なんだよー、いい大人が人前でめそめそ泣くんじゃねえ」
どろろは容赦ない。しかしどろろはポケットからハンカチを取り、百鬼丸に差し出した。
「ほら、涙拭けよ」
百鬼丸は受け取ったハンカチで顔を覆った。まだ当分泣き止みそうにない。
「相棒がこんなヘタレじゃ、ストリートには出られそうもねえな」
どろろは肩を竦めて未央に言った。
「だから出ないってば」
未央は百鬼丸の隣に腰掛け、彼の肩を擦った。