ジューンブライド
仲良し六人きょうだいの中でも、長女未央と六つ下の長男タケは最も仲がよく、絆が深かった。というのも、お互いの気が合うのも一因だが、単に一番付き合いが長いというのが大きい。
里子六人の中で未央とタケだけが物心付く前に里親に引き取られ、そして、最後まで実の親の元に戻れなかったのだった。成人して里親のもとから一人立ちするまで、未央とタケはずっと一緒だった。
それに、他の四人は二人よりもずっと歳下だったので、未央とタケはきょうだいのリーダーとして、協力してきょうだいをまとめ上げていたのだった。
そういう訳で、未央とタケは姉弟以上の絆で結ばれていたのだが、ここ数年はギクシャクしてしまって、会うのは育ての母の法事以来である。
数年前、老齢だった里親は、病気で相次いで亡くなってしまった。二人ともいわゆるピンピンコロリというやつで、家族の手を煩わせることなく亡くなったのだった。一種の理想的な死に方だろうと、葬儀に参列した人々は誉めたものだ。未央もそう思う。だが一方で寂しさを感じてしまった未央だった。
あまりにも綺麗な"立つ鳥あとを残さず"っぷりだったお蔭で、親孝行をする機会を逃してしまったなぁと未央は思った。親の方としては苦しみ少なく逝ったわけで、それはとても良いことなのだが。
当時の未央は、自分の仕事にいっぱいいっぱいで、親のことをかえりみる余裕がなかった。両親二人とも死の直前まで元気で、未央が帰省すれば温かく迎えてくれ、泣き言を言いに電話すれば優しく慰めてくれたので、未央は勘違いしてしまった。二人ともきっとずっと生きて、未央を見守ってくれるだろうと。
葬儀や後始末は、未央よりも二十以上歳上の、両親の実子達が全てやってくれた。
何の手間もかからず、ただ親族席に座っていればいいだけの葬式は、人によっては羨ましい理想的な葬式かもしれないが、未央はむしろ忙しく立ち働いていたかった。悲しみを感じる余裕を無くしたかったし、最後の親孝をしてみたかったのだ。
両親の実子達はよかれと思って全てを背負ってくれたのはわかっている。だが少し、寂しい。
それはタケも同じ気持ちだったらしい。
母の四十九日の後、二人で呑みに行った。
「なんていうか、俺、法律では違っても、血も繋がっていなくても、うちは最高の家族だと思ってたんだけどな。俺達一度も喧嘩別れとかしなかったのに、バラバラになっちまった」
タケがため息まじりに言った。
「そうだね、誰も悪くないのに、解散しちゃった感じ。こういうの、外から見れば大団円っていうのかな。でも、悲しいな」
未央は応えた。
タケはハイボールを何度もお代わりし、そして酔い潰れてしまう直前に言った。
「あのさぁ未央姉、この際だから言うけど、俺、未央姉のことがずっと好きだった。未央姉の事、女として」
その言葉によって止めの一撃を刺された気がした未央だった。未央の幸せな家族は、ついに本当に壊れてしまったのだと。
「家族が解散したんじゃあ俺、どうすればいいかわかんねえな。ずっと、姉弟だからって、我慢してたのに……」
と言いながら、タケは爆睡してしまった。酒が入った時に言った事だから、本気に取る事はないし、実際それ以降タケの未央への接し方は、何事もなかったかのように従前通りなのだが、それでも以前と同じようには振る舞えなくなってしまった未央だった。
「お邪魔します。あー、めっちゃ涼しい」
以前何度もこの部屋を訪れたというのに、タケはまるで初めての訪問先のように部屋の中を見回した。そして彼はベッドの上につと目を留めた。そこには百鬼丸のデジタルオーディオプレーヤーが置き忘れられていた。
「未央姉、音楽なんか聴くんだっけ?しかも機械音痴なのに、随分とまた……」
「ああそれね」
言いかけて、未央は説明に窮した。百鬼丸のことをどのように言えばいいのか、そして百鬼丸を百鬼丸と呼んでいいのかどうか。いまだに未央は、百鬼丸の本名を知らないのである。たしか、"ありふれた名字(忘れた)の、ヒロなんとかさん"。一月以上同居していながら、それは異常だ。
「それは……ど、同居人のものなの」
「ははぁ」
タケはニヤリと笑った。
「ついに彼氏が出来たんか。なんだよ未央姉、そんならそうと言ってくれよー」
「はぁ、ごめん」
「謝んなって。つうか安心したよ。やっと未央姉も、彼氏いない歴イコール年齢に終止符を打ったか」
「うー、それは言わないで」
「けけけ。そうだこれ、お土産ね」
二人はしばらく、タケが持ってきたケーキを黙々とつついた。
あの小さくて可愛かったタケも、今やすっかり落ち着いた、大人の男性だ。未央はしみじみとした。
タケは麦茶を一気に飲み干し、はぁ、とため息をついた。
「ほんと、安心したぜ俺は。未央姉にも相手が出来てさ。ほんとに良かった。あのさ、俺……」
「ん?」
タケは未央を真剣な眼差しで見詰めた。
「結婚することになった」
ほんの数秒の、間。
「えっ、そうなんだー、おめでとう!」
未央は小さく拍手した。
「というか、もう籍はついこの間入れたんだけど」
「そっか、ジューンブライドなのね。いいなあ」
タケは頭を掻いた。
「……実はその、やらかしちゃって……要は結婚と子供の順番が逆になってしまったので、式はまだなんだけど」
「でも良かったじゃない?タケに新しい家族が出来て。しかも、私、伯母さんになるのかー」
「ははっ、そういうことで。俺、絶対嫁さんと子供を幸せにするよ。昔の、俺達の家族みたいに。だから未央姉も幸せになれよ」
「うん」
そして二人は顔を見合せ、子供だった時のように、ニシシと笑い合った。
タケを見送る為に部屋を出ると、階下に百鬼丸がいた。
「お帰り」
「ただいま」
未央達が下へ降りると、百鬼丸はタケに軽く会釈して階段を昇って行った。タケは目を丸くしていた。二階からドアの閉まる音がすると、タケは言った。
「すっげえイケメン、しかも若ぇ。未央姉、半端ねーな」
未央は曖昧に微笑んだ。
里子六人の中で未央とタケだけが物心付く前に里親に引き取られ、そして、最後まで実の親の元に戻れなかったのだった。成人して里親のもとから一人立ちするまで、未央とタケはずっと一緒だった。
それに、他の四人は二人よりもずっと歳下だったので、未央とタケはきょうだいのリーダーとして、協力してきょうだいをまとめ上げていたのだった。
そういう訳で、未央とタケは姉弟以上の絆で結ばれていたのだが、ここ数年はギクシャクしてしまって、会うのは育ての母の法事以来である。
数年前、老齢だった里親は、病気で相次いで亡くなってしまった。二人ともいわゆるピンピンコロリというやつで、家族の手を煩わせることなく亡くなったのだった。一種の理想的な死に方だろうと、葬儀に参列した人々は誉めたものだ。未央もそう思う。だが一方で寂しさを感じてしまった未央だった。
あまりにも綺麗な"立つ鳥あとを残さず"っぷりだったお蔭で、親孝行をする機会を逃してしまったなぁと未央は思った。親の方としては苦しみ少なく逝ったわけで、それはとても良いことなのだが。
当時の未央は、自分の仕事にいっぱいいっぱいで、親のことをかえりみる余裕がなかった。両親二人とも死の直前まで元気で、未央が帰省すれば温かく迎えてくれ、泣き言を言いに電話すれば優しく慰めてくれたので、未央は勘違いしてしまった。二人ともきっとずっと生きて、未央を見守ってくれるだろうと。
葬儀や後始末は、未央よりも二十以上歳上の、両親の実子達が全てやってくれた。
何の手間もかからず、ただ親族席に座っていればいいだけの葬式は、人によっては羨ましい理想的な葬式かもしれないが、未央はむしろ忙しく立ち働いていたかった。悲しみを感じる余裕を無くしたかったし、最後の親孝をしてみたかったのだ。
両親の実子達はよかれと思って全てを背負ってくれたのはわかっている。だが少し、寂しい。
それはタケも同じ気持ちだったらしい。
母の四十九日の後、二人で呑みに行った。
「なんていうか、俺、法律では違っても、血も繋がっていなくても、うちは最高の家族だと思ってたんだけどな。俺達一度も喧嘩別れとかしなかったのに、バラバラになっちまった」
タケがため息まじりに言った。
「そうだね、誰も悪くないのに、解散しちゃった感じ。こういうの、外から見れば大団円っていうのかな。でも、悲しいな」
未央は応えた。
タケはハイボールを何度もお代わりし、そして酔い潰れてしまう直前に言った。
「あのさぁ未央姉、この際だから言うけど、俺、未央姉のことがずっと好きだった。未央姉の事、女として」
その言葉によって止めの一撃を刺された気がした未央だった。未央の幸せな家族は、ついに本当に壊れてしまったのだと。
「家族が解散したんじゃあ俺、どうすればいいかわかんねえな。ずっと、姉弟だからって、我慢してたのに……」
と言いながら、タケは爆睡してしまった。酒が入った時に言った事だから、本気に取る事はないし、実際それ以降タケの未央への接し方は、何事もなかったかのように従前通りなのだが、それでも以前と同じようには振る舞えなくなってしまった未央だった。
「お邪魔します。あー、めっちゃ涼しい」
以前何度もこの部屋を訪れたというのに、タケはまるで初めての訪問先のように部屋の中を見回した。そして彼はベッドの上につと目を留めた。そこには百鬼丸のデジタルオーディオプレーヤーが置き忘れられていた。
「未央姉、音楽なんか聴くんだっけ?しかも機械音痴なのに、随分とまた……」
「ああそれね」
言いかけて、未央は説明に窮した。百鬼丸のことをどのように言えばいいのか、そして百鬼丸を百鬼丸と呼んでいいのかどうか。いまだに未央は、百鬼丸の本名を知らないのである。たしか、"ありふれた名字(忘れた)の、ヒロなんとかさん"。一月以上同居していながら、それは異常だ。
「それは……ど、同居人のものなの」
「ははぁ」
タケはニヤリと笑った。
「ついに彼氏が出来たんか。なんだよ未央姉、そんならそうと言ってくれよー」
「はぁ、ごめん」
「謝んなって。つうか安心したよ。やっと未央姉も、彼氏いない歴イコール年齢に終止符を打ったか」
「うー、それは言わないで」
「けけけ。そうだこれ、お土産ね」
二人はしばらく、タケが持ってきたケーキを黙々とつついた。
あの小さくて可愛かったタケも、今やすっかり落ち着いた、大人の男性だ。未央はしみじみとした。
タケは麦茶を一気に飲み干し、はぁ、とため息をついた。
「ほんと、安心したぜ俺は。未央姉にも相手が出来てさ。ほんとに良かった。あのさ、俺……」
「ん?」
タケは未央を真剣な眼差しで見詰めた。
「結婚することになった」
ほんの数秒の、間。
「えっ、そうなんだー、おめでとう!」
未央は小さく拍手した。
「というか、もう籍はついこの間入れたんだけど」
「そっか、ジューンブライドなのね。いいなあ」
タケは頭を掻いた。
「……実はその、やらかしちゃって……要は結婚と子供の順番が逆になってしまったので、式はまだなんだけど」
「でも良かったじゃない?タケに新しい家族が出来て。しかも、私、伯母さんになるのかー」
「ははっ、そういうことで。俺、絶対嫁さんと子供を幸せにするよ。昔の、俺達の家族みたいに。だから未央姉も幸せになれよ」
「うん」
そして二人は顔を見合せ、子供だった時のように、ニシシと笑い合った。
タケを見送る為に部屋を出ると、階下に百鬼丸がいた。
「お帰り」
「ただいま」
未央達が下へ降りると、百鬼丸はタケに軽く会釈して階段を昇って行った。タケは目を丸くしていた。二階からドアの閉まる音がすると、タケは言った。
「すっげえイケメン、しかも若ぇ。未央姉、半端ねーな」
未央は曖昧に微笑んだ。