たとえばこんな未来
それから十数年の月日が流れた。
飛影は久々に上層の空気を吸った。煩わしい防毒マスク無しで呼吸をするのは良いものだった。相変わらずの血と屍肉の臭いに満ちた、綺麗とは言いがたい空気だったが、それでも生まれ育った場所の風は心地よい。
最果ての地の壁の向こう側は、S級妖怪ですらマスク無しでは数分で肺を腐らせられる程の濃密な瘴気に満たされていた。薄暗く草一本生えない荒れ地は途方もなく広大で、ただひたすら歩くだけの年月が続いた。
うら寂しい行軍の途中、瘴気だけのせいで隊の人数は半分以下になった。
もういい加減うんざりしていた時、突如濃霧が晴れ新天地が姿を表した。
そこはまさに乳と蜜の流れる楽園であった。
見たこともない美しい花がそこかしこに咲き誇り、鳥や獣が争う事もなく遊び暮らしている。
ヒトの集落もあった。彼等は異界からの使者達を歓迎した。動物達と同様に心の穏やかで、闘争心というものを持たない様であった。
どんな強敵に出くわすかと武者震いをした位だった調査隊の面々は拍子抜けし、すっかりやる気を無くしてしまった。
「どうします?」
蔵馬が問うと、
「何も見なかった事にしようぜ」
と、幽助が答えた。
自分達の世界に帰ると告げると、最果ての国の長は、親切にも上層に最短ルートで繋がる亜空間通路の場所まで教えてくれた。
隊員のうち半数はそこに残る事を選んだ。蔵馬もそのうちの一人だった。人間界の故郷にはもう血の繋がった身内が一人もいないから、未練がないのだと彼は言った。最果ての地に残る古い伝承や、人々が穏やかに交わす哲学的議論が、彼には魅力的に感じられた様だった。
行きはあんなに険しい道程だったというのに、帰りはものの数時間であった。
「オメーはこれからどうするよ?」
幽助の問いに、
「元のパトロール暮らしに戻るさ、今もあればの話だがな」
と飛影は答えた。