紅葉つ木の葉の愛を知る
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「太宰貴様ァアア!純朴な彼女を拐かすなとあれほど!!」
今日も今日とて響き渡る国木田の怒号。
ことの発端は_______
*
ヨコハマのとある橋の上。
「やあ、今日も可憐で儚げな花のように美しいね神崎さん。」
「もしよろしければ僕と心中しませんか?」
伊織はパチクリと目を瞬き、言葉の意味を理解したかと思えばサァッと顔を青くした。
「あ、あわ、へ、あの」
「今日は絶好の心中日和だと思いませんか?
あぁ、この秋めいた風!さざめく川!そして最期を飾るに相応しい可憐な美女!VIVA!入水自殺!」
まるでミュージカルのように大袈裟な身振り手振りをする太宰。伊織は彼が言っている意味がわからずオロオロと慌てふためく。
一体太宰さんは如何してしまったの?
自殺だなんて、え、え、私如何したら…
ええと、えぇ…と…!
カランと白杖を放り出して砂色の外套をひしと掴んだ。
「お、思いとどまってください…!死んじゃだめ、です…!」
「私、太宰さんの悩みとか、葛藤とか、わからないけど!でも、でも死んでほしくありませんっ…!」
伊織はぐいぐい身体を押し付けてなんとか太宰の行動を阻止しようとするが悲しいことにぴくりとも微動だにしない。こんなんじゃ止められない、と冷や汗が背中を伝う。
「っ国木田さん、国木田さんっ!は、早く、戻ってきてくださいぃ…!!」
いつもの3割り増しで震える声で国木田さん、国木田さんと叫ぶと橋の向こうで電話をしていた国木田が怪訝な表情を浮かべながら小走りでこちらへと向かってきた。
ひどく狼狽する彼女に何だか気色の悪い間抜けな笑みを浮かべている太宰。
「太宰、デスクに溜まっていた仕事は如何したんだ。なぜここにいる?」
「国木田くんが神崎さんに逢いに行くと聞いてね。是非ともその逢瀬を邪魔しようと」
「逢瀬などではないわ!これは調査だこの唐変木!!」
こめかみがピクピクと震えるのを深呼吸で落ち着け伊織に対して「うちの太宰がすまない」と謝る。国木田はいつも太宰の非礼を詫び、そして伊織は決まって「いえ、そんな…」と苦笑するが今回は反応が違った。
「だざ、太宰さんがっ、し、死のうと…!国木田さっ、どど、どう、したらっ、」
血の気の引いた彼女を見て状況を理解した国木田は「太宰ぃぃ…」と低い声で唸るように呟いた。
こうして冒頭のように怒りが爆発した国木田の怒号が響き渡ったのである。
*
「コイツは自殺嗜好家の頭のネジが外れたただの変態だ。殺しても死なない阿呆なので同情などせんでいい。人生の無駄だ」
「そこまで言うかい国木田くん…私はっ感動したのだよ!こんなにも私の死を悲しんでくれる美女がこの世にいたことを!!」
「お前のその緩んだにやけヅラを見ていると不愉快極まりない…さりげなく彼女の腰に添えているその下劣な手をとっとと離せ!」
国木田の剣幕に負けてやれやれとハンズアップした太宰。
伊織はしばらく頭の中で国木田の言葉を復唱していたが、錆びついた機械の如きぎこちない動きで太宰に向き直った。
「だざい、さん、もうじさつ、しません、か…?」
「あぁ…残念なことに国木田くんに邪魔されてしまったからね…こんな機会を逃してしまうなんてとても残念だけれど。神崎さんが必死に私を止めようとするその健気な姿に…って、神崎さん?」
伊織は震える息を小さく吐きながら地面にへたり込んだ。両腕で膝を抱え込んで顔を埋める彼女に太宰と国木田は駆け寄る。
蚊の鳴くような声で「よかった…」と囁いた伊織が顔を上げる。不器用な笑みを浮かべた彼女は心の底からホッとしているのか、何だか泣き出してしまいそうな顔をしている。ゆっくりと手を伸ばして地面に這った太宰の外套の裾を控えめに掴んだ。
「驚きました…突然、こんな…」
「太宰の話を間に受けるな神崎。コイツの馬鹿げた心中劇なんぞに一喜一憂していてはお前の心臓が持たんぞ。」
眼鏡を掛け直した国木田が「立てるか」と彼女の腕を引く。
「すみません、こ、腰が、抜けてしまって、」
「太宰、貴様のせいだぞ…」
「伊織さんっ!そんなに私のことを…!」
結局まだ立てそうにない伊織は太宰に背負われ彼女が住まう家に向かうこととなった。この歳になって他人に担いでもらうなど恥ずかしすぎて全力で遠慮した甲斐も虚しく彼女は今太宰の背に揺られている。初対面から彼らには情けない姿しか見せていないことを改めて実感し、心の中でとほほ…と涙を流した。
そんな彼女とは対照的に太宰は上機嫌に鼻歌など歌っている。
「神崎さん、そんなに身を硬くしなくても落とさないから安心してくれたまえ」
「い、いえ…あの、ほんとうに、申し訳ありません…」
「全く…お前のせいで神崎の記憶探しが中途半端に終わってしまった。これでは予定が台無しだ!」
国木田がイラついた様子で手帳を取り出し今後のスケジュールを書き換えているペンの音を聞きながら伊織はほんの少し力を抜いて目を閉じた。
密着した身体から彼の体温を感じ取れる。トクトクと心臓が脈打つ振動に安心して、首元に頭を預けた。
大切なひとを失うのは寂しくて、悲しい。
彼が生きていると痛感できるのがなぜこうもひどく安心できるのか。
ハッと目を見開いて太宰の肩を掻き抱き、顔を埋める。「神崎さん?」とすぐ近くで彼の声がする。
白く靄がかかっていた記憶の一部がだんだんと鮮明になってゆく。忘れていたかったような、でもやっぱり忘れることのできない思い出。記憶違いなんかではなかったあの言葉が物悲しくて、波立つ心を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を繰り返した。
***
「そうか、彼女の父親はやはり__」
乱歩はキイと椅子を回転させて机に肘をついた。
あれから伊織を家へと送り届けた太宰と国木田は取り戻した記憶について聞き取りをし、探偵社へと戻ってきた。報告を受けた乱歩は赤いゼリーの駄菓子を指で突く。
デスクで聞き耳を立てていた中島が手を止めて心配そうな表情を浮かべている。
どうやら彼女の父親は11年前に自宅のベランダから飛び降りたそうだ。なぜ飛び降りたのか、飛び降りたその後は。前後の記憶はいまだにわからないままだが、開いた窓、遠ざかって行く足音、手すりが軋む音、そして直後に大きく靡いたカーテンが頬を掠めたことをはっきりと思い出したらしい。
声をかけても返事はなく、ベランダに出ても父親はいない。小さかったあの頃は何もわからなかったが、今ならその意味がわかる、と。
国木田は11年前、男性、死亡、という手がかりをもとに彼女の父親の特定を急いだ。神崎の名をもつ男性の行方不明者及び死亡者のリストから絞り込む。11年前、そしてそれ以前に亡くなったとされる70歳以下の人物は5名。
一人目は会社員の享年37歳。持病により病死。
二人目は大学院生。23歳の時に捜索願が出されておりその7年後に失踪届が受理されている。
三人目は享年7歳の男子小学生。交通事故により死亡。
四人目は妻子持ちの享年40歳。飛び降り自殺により死亡。
五人目は享年65歳の男性。老衰により病院にて死亡。
「…そういうことか」
乱歩はエメラルド色の瞳を覗かせて小さく呟いた。
「国木田、神崎ちゃんの戸籍を作成する手続きを」
「異能犯罪などの可能性は消えたということですか?」
「ああ」
「どういうことなんですか?」と首を傾げる敦の方を振り返る。
「敦、彼女が帰る家はどこにもないんだ
_______この世界のどこにもね」
_______
辿り着いた真実
今日も今日とて響き渡る国木田の怒号。
ことの発端は_______
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ヨコハマのとある橋の上。
「やあ、今日も可憐で儚げな花のように美しいね神崎さん。」
「もしよろしければ僕と心中しませんか?」
伊織はパチクリと目を瞬き、言葉の意味を理解したかと思えばサァッと顔を青くした。
「あ、あわ、へ、あの」
「今日は絶好の心中日和だと思いませんか?
あぁ、この秋めいた風!さざめく川!そして最期を飾るに相応しい可憐な美女!VIVA!入水自殺!」
まるでミュージカルのように大袈裟な身振り手振りをする太宰。伊織は彼が言っている意味がわからずオロオロと慌てふためく。
一体太宰さんは如何してしまったの?
自殺だなんて、え、え、私如何したら…
ええと、えぇ…と…!
カランと白杖を放り出して砂色の外套をひしと掴んだ。
「お、思いとどまってください…!死んじゃだめ、です…!」
「私、太宰さんの悩みとか、葛藤とか、わからないけど!でも、でも死んでほしくありませんっ…!」
伊織はぐいぐい身体を押し付けてなんとか太宰の行動を阻止しようとするが悲しいことにぴくりとも微動だにしない。こんなんじゃ止められない、と冷や汗が背中を伝う。
「っ国木田さん、国木田さんっ!は、早く、戻ってきてくださいぃ…!!」
いつもの3割り増しで震える声で国木田さん、国木田さんと叫ぶと橋の向こうで電話をしていた国木田が怪訝な表情を浮かべながら小走りでこちらへと向かってきた。
ひどく狼狽する彼女に何だか気色の悪い間抜けな笑みを浮かべている太宰。
「太宰、デスクに溜まっていた仕事は如何したんだ。なぜここにいる?」
「国木田くんが神崎さんに逢いに行くと聞いてね。是非ともその逢瀬を邪魔しようと」
「逢瀬などではないわ!これは調査だこの唐変木!!」
こめかみがピクピクと震えるのを深呼吸で落ち着け伊織に対して「うちの太宰がすまない」と謝る。国木田はいつも太宰の非礼を詫び、そして伊織は決まって「いえ、そんな…」と苦笑するが今回は反応が違った。
「だざ、太宰さんがっ、し、死のうと…!国木田さっ、どど、どう、したらっ、」
血の気の引いた彼女を見て状況を理解した国木田は「太宰ぃぃ…」と低い声で唸るように呟いた。
こうして冒頭のように怒りが爆発した国木田の怒号が響き渡ったのである。
*
「コイツは自殺嗜好家の頭のネジが外れたただの変態だ。殺しても死なない阿呆なので同情などせんでいい。人生の無駄だ」
「そこまで言うかい国木田くん…私はっ感動したのだよ!こんなにも私の死を悲しんでくれる美女がこの世にいたことを!!」
「お前のその緩んだにやけヅラを見ていると不愉快極まりない…さりげなく彼女の腰に添えているその下劣な手をとっとと離せ!」
国木田の剣幕に負けてやれやれとハンズアップした太宰。
伊織はしばらく頭の中で国木田の言葉を復唱していたが、錆びついた機械の如きぎこちない動きで太宰に向き直った。
「だざい、さん、もうじさつ、しません、か…?」
「あぁ…残念なことに国木田くんに邪魔されてしまったからね…こんな機会を逃してしまうなんてとても残念だけれど。神崎さんが必死に私を止めようとするその健気な姿に…って、神崎さん?」
伊織は震える息を小さく吐きながら地面にへたり込んだ。両腕で膝を抱え込んで顔を埋める彼女に太宰と国木田は駆け寄る。
蚊の鳴くような声で「よかった…」と囁いた伊織が顔を上げる。不器用な笑みを浮かべた彼女は心の底からホッとしているのか、何だか泣き出してしまいそうな顔をしている。ゆっくりと手を伸ばして地面に這った太宰の外套の裾を控えめに掴んだ。
「驚きました…突然、こんな…」
「太宰の話を間に受けるな神崎。コイツの馬鹿げた心中劇なんぞに一喜一憂していてはお前の心臓が持たんぞ。」
眼鏡を掛け直した国木田が「立てるか」と彼女の腕を引く。
「すみません、こ、腰が、抜けてしまって、」
「太宰、貴様のせいだぞ…」
「伊織さんっ!そんなに私のことを…!」
結局まだ立てそうにない伊織は太宰に背負われ彼女が住まう家に向かうこととなった。この歳になって他人に担いでもらうなど恥ずかしすぎて全力で遠慮した甲斐も虚しく彼女は今太宰の背に揺られている。初対面から彼らには情けない姿しか見せていないことを改めて実感し、心の中でとほほ…と涙を流した。
そんな彼女とは対照的に太宰は上機嫌に鼻歌など歌っている。
「神崎さん、そんなに身を硬くしなくても落とさないから安心してくれたまえ」
「い、いえ…あの、ほんとうに、申し訳ありません…」
「全く…お前のせいで神崎の記憶探しが中途半端に終わってしまった。これでは予定が台無しだ!」
国木田がイラついた様子で手帳を取り出し今後のスケジュールを書き換えているペンの音を聞きながら伊織はほんの少し力を抜いて目を閉じた。
密着した身体から彼の体温を感じ取れる。トクトクと心臓が脈打つ振動に安心して、首元に頭を預けた。
大切なひとを失うのは寂しくて、悲しい。
彼が生きていると痛感できるのがなぜこうもひどく安心できるのか。
ハッと目を見開いて太宰の肩を掻き抱き、顔を埋める。「神崎さん?」とすぐ近くで彼の声がする。
白く靄がかかっていた記憶の一部がだんだんと鮮明になってゆく。忘れていたかったような、でもやっぱり忘れることのできない思い出。記憶違いなんかではなかったあの言葉が物悲しくて、波立つ心を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を繰り返した。
***
「そうか、彼女の父親はやはり__」
乱歩はキイと椅子を回転させて机に肘をついた。
あれから伊織を家へと送り届けた太宰と国木田は取り戻した記憶について聞き取りをし、探偵社へと戻ってきた。報告を受けた乱歩は赤いゼリーの駄菓子を指で突く。
デスクで聞き耳を立てていた中島が手を止めて心配そうな表情を浮かべている。
どうやら彼女の父親は11年前に自宅のベランダから飛び降りたそうだ。なぜ飛び降りたのか、飛び降りたその後は。前後の記憶はいまだにわからないままだが、開いた窓、遠ざかって行く足音、手すりが軋む音、そして直後に大きく靡いたカーテンが頬を掠めたことをはっきりと思い出したらしい。
声をかけても返事はなく、ベランダに出ても父親はいない。小さかったあの頃は何もわからなかったが、今ならその意味がわかる、と。
国木田は11年前、男性、死亡、という手がかりをもとに彼女の父親の特定を急いだ。神崎の名をもつ男性の行方不明者及び死亡者のリストから絞り込む。11年前、そしてそれ以前に亡くなったとされる70歳以下の人物は5名。
一人目は会社員の享年37歳。持病により病死。
二人目は大学院生。23歳の時に捜索願が出されておりその7年後に失踪届が受理されている。
三人目は享年7歳の男子小学生。交通事故により死亡。
四人目は妻子持ちの享年40歳。飛び降り自殺により死亡。
五人目は享年65歳の男性。老衰により病院にて死亡。
「…そういうことか」
乱歩はエメラルド色の瞳を覗かせて小さく呟いた。
「国木田、神崎ちゃんの戸籍を作成する手続きを」
「異能犯罪などの可能性は消えたということですか?」
「ああ」
「どういうことなんですか?」と首を傾げる敦の方を振り返る。
「敦、彼女が帰る家はどこにもないんだ
_______この世界のどこにもね」
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辿り着いた真実