とある耳が聞こえない女の子が米花町で過ごすお話
デルフィニウムが微笑んだら
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「先ほどは驚かせてしまってすみません。お怪我はありませんか?」
『平気です。私の方こそ手を振り払ってしまって申し訳ないです…』
歪な愛想笑いをするかすみは以前と様子が違う。
右手の裾を引っ張って何かを隠すような動きを見せる彼女。
「右手、痛みますか?」
安室の言葉に目を見開いて固まった。なんで、と言いたげなかすみの右手をゆっくり持ち上げる。右手の包帯の存在には声をかける前に気がついていた。だからこそ、手をついて転んでひやっとしたのだ。
傷に障らないよう、慎重に触診する。彼女の反応を見る限りどうやら捻挫の心配はなさそうだ。
「そういえば今日はスマホ、首から下げていないんですね。」
ぎくりと肩を揺らしたかすみは視線を泳がせ、『ちょっと、いろいろあって…お家に置いてきました…』と言い淀む。
「その右手の怪我と、何か関係が?」
それとなく探りを入れてみると、再び愛想笑いを浮かべて言葉を濁した。
『実は昨日、いろんな人に迷惑をかけてしまったんです。この怪我のこととか心配してくれるようなメッセージが、たくさん届いていて。
すごく嬉しいはずなのに、私、なんだか見るのが…辛くなっちゃって』
『あ、えと、ごめんなさい。つ、つまらないですよね。私ったら…何か別の話を』
「野中さん、溜め込むのは良くないですよ。僕に話してくれませんか。少しは貴女の悩みを解決する手助けができるかもしれません。」
彼の笑みにかすみは『やっぱり安室さんは優しい人ですね』と口元を緩めた。
何から話そうか、と足元の小石をつつきながらごちゃごちゃとした頭の中を整理する。それからしばらくしてぽつり、ぽつりと昨日の出来事を話し始めた。
歩美ちゃんと共にとある犯罪者に追われたこと。すぐ近くまで迫っていたことに気づけなかったこと。そのせいで歩美ちゃんを危険な目に遭わせてしまったということ。
途中”昴さん”というワードには表情筋がピクッと引き攣った。どうやら彼女はあの憎たらしい男に助けられたという。
なぜ、奴がついていながら彼女はこんな怪我を負ってしまったんだ。
まさかこれで助けたとでも言うのか?笑わせるな。お前は、お前は…!
もっと早く駆けつけていたら、もっと早く犯罪者を確保していたら。
現場に居合わせた訳ではない。一概にあの男を責めるのは間違っている。それでも二、三発殴ってやりたいくらいには苛立ちを覚えた。
だが今は奴をとやかく言っている場合ではない。目の前にいる彼女のケアが最優先だ。
ドロドロとした感情にきっちり蓋をして小さく息をつく。
「かすみさんは先ほど僕のことを優しいと言いましたが、貴女の方がよっぽど優しい。」
眉を下げて力なく笑うかすみの右手をすくった。
「迷惑をかけてしまったから、彼らに嫌われてやしないか、拒絶されないか不安なんでしょう?」
包帯の巻かれた手首を撫ぜるとわずかに彼女の体がたじろぐ。
「それは愚問ですよ。コナンくんたちはそもそも迷惑をかけられたとすら思っていません。断言できます。
彼らがそんな風に思うような子達ではないと、かすみさんが一番わかっているんじゃありませんか?」
『…』
ほっそりと弱々しい彼女の指に力が込められ、体温が伝わってきた。
『私、どうしようもなくわがままになっちゃったんです。手放したくないなんて、自分勝手な思いが爆発しそうで、
…楽しくて、嬉しくて、心がぽかぽかするのに。ずっとずっと、心の奥に不安とか、怖いって思いが消えずに付き纏ってるんです。』
『どうしたらいいのか、分かり、ません…』
どうしたらいいのか、どうしたいのか。分からずに苦悩する野中は唇を噛み締め、泣きそうに顔を歪めている。
ああ、迷子なんだ。途方に暮れる彼女は今、立ち止まって一人泣いているんだ。
野中の手を握り返し、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
「行きましょう。彼らが待っています。」
彼女が今、進むべき道を僕は多分知っている。
迷子がいたなら手を差し伸べ、助けてあげるのが僕の役割じゃないか。
「大丈夫です。僕がついてますから。」
にっこりと笑いかけて日向へと一歩足を踏み出す。野中は眩しそうに目を細めた。
手を引いて前を歩く彼の柔らかな髪の毛は太陽の光にさらされてキラキラと輝いている。視線を落とせば大きくて少し節ばった手が優しく自分の手を握っている。
太陽みたいな、優しい人。
じんわり温かい手を小さく握り返すと、それに呼応するかのように彼が力を込めたのがわかった。
はく、と口から息が漏れ、身体中の血液がどくどくと音を立てて巡る。
気を抜くとなぜだか涙がこぼれそうで。
野中は固く目を瞑って手を引かれるがままゆっくりと安室の後をついていった。
『平気です。私の方こそ手を振り払ってしまって申し訳ないです…』
歪な愛想笑いをするかすみは以前と様子が違う。
右手の裾を引っ張って何かを隠すような動きを見せる彼女。
「右手、痛みますか?」
安室の言葉に目を見開いて固まった。なんで、と言いたげなかすみの右手をゆっくり持ち上げる。右手の包帯の存在には声をかける前に気がついていた。だからこそ、手をついて転んでひやっとしたのだ。
傷に障らないよう、慎重に触診する。彼女の反応を見る限りどうやら捻挫の心配はなさそうだ。
「そういえば今日はスマホ、首から下げていないんですね。」
ぎくりと肩を揺らしたかすみは視線を泳がせ、『ちょっと、いろいろあって…お家に置いてきました…』と言い淀む。
「その右手の怪我と、何か関係が?」
それとなく探りを入れてみると、再び愛想笑いを浮かべて言葉を濁した。
『実は昨日、いろんな人に迷惑をかけてしまったんです。この怪我のこととか心配してくれるようなメッセージが、たくさん届いていて。
すごく嬉しいはずなのに、私、なんだか見るのが…辛くなっちゃって』
『あ、えと、ごめんなさい。つ、つまらないですよね。私ったら…何か別の話を』
「野中さん、溜め込むのは良くないですよ。僕に話してくれませんか。少しは貴女の悩みを解決する手助けができるかもしれません。」
彼の笑みにかすみは『やっぱり安室さんは優しい人ですね』と口元を緩めた。
何から話そうか、と足元の小石をつつきながらごちゃごちゃとした頭の中を整理する。それからしばらくしてぽつり、ぽつりと昨日の出来事を話し始めた。
歩美ちゃんと共にとある犯罪者に追われたこと。すぐ近くまで迫っていたことに気づけなかったこと。そのせいで歩美ちゃんを危険な目に遭わせてしまったということ。
途中”昴さん”というワードには表情筋がピクッと引き攣った。どうやら彼女はあの憎たらしい男に助けられたという。
なぜ、奴がついていながら彼女はこんな怪我を負ってしまったんだ。
まさかこれで助けたとでも言うのか?笑わせるな。お前は、お前は…!
もっと早く駆けつけていたら、もっと早く犯罪者を確保していたら。
現場に居合わせた訳ではない。一概にあの男を責めるのは間違っている。それでも二、三発殴ってやりたいくらいには苛立ちを覚えた。
だが今は奴をとやかく言っている場合ではない。目の前にいる彼女のケアが最優先だ。
ドロドロとした感情にきっちり蓋をして小さく息をつく。
「かすみさんは先ほど僕のことを優しいと言いましたが、貴女の方がよっぽど優しい。」
眉を下げて力なく笑うかすみの右手をすくった。
「迷惑をかけてしまったから、彼らに嫌われてやしないか、拒絶されないか不安なんでしょう?」
包帯の巻かれた手首を撫ぜるとわずかに彼女の体がたじろぐ。
「それは愚問ですよ。コナンくんたちはそもそも迷惑をかけられたとすら思っていません。断言できます。
彼らがそんな風に思うような子達ではないと、かすみさんが一番わかっているんじゃありませんか?」
『…』
ほっそりと弱々しい彼女の指に力が込められ、体温が伝わってきた。
『私、どうしようもなくわがままになっちゃったんです。手放したくないなんて、自分勝手な思いが爆発しそうで、
…楽しくて、嬉しくて、心がぽかぽかするのに。ずっとずっと、心の奥に不安とか、怖いって思いが消えずに付き纏ってるんです。』
『どうしたらいいのか、分かり、ません…』
どうしたらいいのか、どうしたいのか。分からずに苦悩する野中は唇を噛み締め、泣きそうに顔を歪めている。
ああ、迷子なんだ。途方に暮れる彼女は今、立ち止まって一人泣いているんだ。
野中の手を握り返し、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
「行きましょう。彼らが待っています。」
彼女が今、進むべき道を僕は多分知っている。
迷子がいたなら手を差し伸べ、助けてあげるのが僕の役割じゃないか。
「大丈夫です。僕がついてますから。」
にっこりと笑いかけて日向へと一歩足を踏み出す。野中は眩しそうに目を細めた。
手を引いて前を歩く彼の柔らかな髪の毛は太陽の光にさらされてキラキラと輝いている。視線を落とせば大きくて少し節ばった手が優しく自分の手を握っている。
太陽みたいな、優しい人。
じんわり温かい手を小さく握り返すと、それに呼応するかのように彼が力を込めたのがわかった。
はく、と口から息が漏れ、身体中の血液がどくどくと音を立てて巡る。
気を抜くとなぜだか涙がこぼれそうで。
野中は固く目を瞑って手を引かれるがままゆっくりと安室の後をついていった。
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