とある耳が聞こえない女の子が米花町で過ごすお話
デルフィニウムが微笑んだら
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「かすみちゃん、また明日もよろしくね。」
花がずらりと並べられた軒先で手を振る店長にペコリとお辞儀をして歩き出す。
おばあちゃんに頼まれていた便箋を買いに行かなきゃ。
先日から腰の調子が悪い千代から今朝お使いを頼まれたのだ。家へ帰る道とは逆方向に進んで行く。夏が近づいてきたこの頃は日中の日差しが強く、ほんのりぬるい風がスカートの裾を揺らした。
目的地である本屋にたどり着いたかすみは文房具コーナーの隅に並べられた色とりどりの便箋を眺める。
そういえばどんなものがいいのか聞いていなかったな…おばあちゃんが使うんだから落ち着いた雰囲気のものがいいよね。
しばらく悩んだ末に一つの便箋を手に取った。水彩調の菖蒲のイラストが控えめに描かれている。
菖蒲の花言葉は“よい便り”。お手紙を書くならぴったりだ。
よし、と意気込んでレジに向かう途中、ふと本棚に並べられたとある本に目を引かれた。
“美味しいコーヒーの淹れ方”
棚から引き抜いてパラパラページを捲り、イラストや説明を目で追う。家では祖母に合わせて緑茶を飲むことが多いため、好んでコーヒーを飲むことはなかった。だからポアロで飲んだコーヒーの美味しさに感動したのだ。
おばあちゃんにもポアロのコーヒーを飲ませてあげたいけど、最近腰の調子が悪いし…私でも勉強したら美味しく淹れられるかな?
「ありがとうございましたー」
レジの店員が間延びした挨拶にも丁寧に頭を下げ、かすみは店をでた。リュックの中には便箋とさっき手に取った本が一冊。
コーヒーを淹れるための道具も揃えなくちゃ、とぼんやり考えながら家路につく。人通りが比較的少ない道だからだろうか、少し先の電柱にしがみついている子供が目についた。
あれ…歩美ちゃんだ
不意に目が合うと、歩美は唇を噛み締めながら全力でこちらへと駆け寄って来る。かすみは倒れないようにグッと踏ん張って腰元に飛び込んできた歩美を抱き止めた。
「あの、あのねかすみお姉さん…!歩美今、あっ、えっとノート…!」
忙しなく視線を彷徨わせる歩美は不安そうな表情で何かを訴えかけている。しゃがみ込んで目線を合わせ、安心させるように小さく微笑みかけた。歩美の肩から力が抜けたのを確認してスマホに文字を打ち込む。
『ゆっくり話してくれたら分かります。何かありましたか?』
彼女にスマホを見せて小さく首を傾げる。
「あのね、歩美さっき殺人事件の犯人を見つけたの。」
さつじん、殺人…さ、殺人!?
物騒すぎる言葉に思わず喉の奥がひくっとなった。“犯人”とも口にしているし多分本当にそう言っているんだ、と確信すると鳥肌が立つ。
「それでその人を追っていたんだけど途中で見失っちゃって…なんだか急に怖くなってきた時、ちょうどかすみお姉さんを見つけたの…」
歩美の手を握りゆっくりとあたりを見渡す。見失ったと言っていたし、通りに人気はない。犯人はもう近くにいないと信じたいが、それでも怖くて冷や汗が背中を伝うのを感じた。
私が、しっかりしなきゃ。
『歩美ちゃん、一緒に帰りましょう。』
「でも犯人は…」
このまま取り逃したらまた被害者が出ちゃうかもしれないと心配する歩美にかすみは口を噤み首を振った。だめだよ、危険だよ、と目で訴える。
「…うん、わかった。」
なんとか説得することができてほっと息をついていると、歩美が探偵バッジを突き出してくる。何やら連絡が来たようだ。
二人は顔を見合わせて、バッジに耳を寄せたのだった。
____
一方その頃、博士邸には歩美を除く少年探偵団と博士が心配そうに歩美の帰りを待っていた。何度探偵バッジに呼びかけても反応がなく、哀はヤキモキしながら大きなため息を吐いた。
「まずいな…犯人はおそらく刃物を持っている。もし歩美がヤツを尾行していてそれに気づかれたとしたら最悪…」
「やっぱりボク達で探しに「ダメよ!」
哀は彼女を探しに行こうとする光彦の声を遮るように叫んだ。お願い、返事をして…!と強く願いながらもう一度探偵バッジで歩美に呼びかける。
するとノイズに混じって小さく彼女の声が聞こえ、ハッと息を呑んだ。
「吉田さんあなた今どこで何してるの?!」
『哀ちゃん!あのね、実はコナンくんが言っていた犯人を見つけてコッソリ後を追っていたの。でも見失っちゃった…』
歩美の言葉に哀は堪らず頭を押さえる。
「あれだけ危険なことはするなって…っハァ、いいこと?犯人はいいから今すぐ戻って来て!!」
『う、うん。かすみお姉さんにもそう言われたよ。一緒に帰ろうって』
「かすみさんがいるのね?じゃあ絶対に彼女から離れちゃダメよ。私たちもすぐにあなたのところへ向かうから!」
コナンに目くばせをしたらコクリと頷いて玄関へと走っていく。哀は博士に子供達を見張っておくよう伝えるとすぐに後を追った。
「吉田さんの位置は?」
「ちょっと待て、もうすぐ…」
博士の家を出たところでコナンと哀が歩美の位置を探知していると、突然「君たち」と声を掛けられた。驚いて振り返るとそこには沖矢の姿が。
「随分と慌てているようですが何かあったんですか?」
「今あなたに構っている暇はないの。江戸川くん、早く行きましょう」
「待て灰原。…昴さん、歩美とかすみお姉さんが危険かもしれないんだ。力を貸してくれる?」
「どうやら急を要するようですね。もちろん私は構いませんよ。」
「なんでこの人に頼るの?!警察に連絡したらそれでいいじゃない!」と焦る哀を宥める。
「もう警察には連絡したさ。もし歩美たちが逆に犯人に目をつけられて狙われてしまったとして、俺たちだけよりか心強いだろ?」
言葉を詰まらせた哀は沖矢を睨んだが、この場でごねるのは得策ではないと判断し「…わかったわ」と呟く。哀の言葉を皮切りに三人は歩美達の元へと向かった。
___
歩美の小さな手を握るかすみは殺人事件の犯人とやらがどこか遠くへ行っていることをひたすら祈りながら震える足を無理やり動かしていた。
もし、犯人と鉢合わせでもしてしまったら…私は果たしてこの子を守れるだろうか。やっぱり誰かに助けを求めるべきじゃないか。
聴覚からの情報が得られない以上、目で見て全てを判断する以外危険を回避する方法はないのだ。
腹の奥が冷たく、重い何かでいっぱいになってか細い息しかできない。
大丈夫、大丈夫と心の中で唱えながら歩き続ける歩美。しかしタイミング悪く信号に捕まり、二人の足は止まってしまった。
「こ、コナンくん…」
『歩美!大丈夫か?!そのまま信号をまっすぐ進んで右に「いるの」
歩美は探偵バッジを握りしめて語りかけた。すぐさま応答があり、コナンの焦った声が聞こえる。
「ずっと、足音が聞こえているの…今、信号待ちで、このままじゃ、」
『いいか、信号が変わったら全速力で走れ。突き当たりを右だ。絶対に振り返るんじゃねーぞ…!』
歩美は一層強くかすみの手を握りしめた。そして信号が赤から青へと切り替わった瞬間___
グッとかすみの手を引っ張って走り出す。かすみは突然走り出した歩美に驚いて数歩もたつくも大きく踏み出した。
突き当たりまでたった数十メートルのはずなのに何百メートルにも感じる。後ろから怒号をあげて男が迫っているが、振り返らずにとにかく足を動かした。ようやく角を曲がりきると道の先にコナン達の姿が見えた。
安心して一瞬足の力が抜けてしまい、ガクッと体が傾く。
足音はすぐそこまで迫っていて。
このまま転んだら捕まっちゃう…!!
しかし、かすみに強く腕を引かれたかと思うとその勢いのまま前に押し出されて手が離れてしまったのだった。
歩美が転びかけた瞬間。
止まっちゃダメだと悟ったかすみは渾身の力を振り絞って彼女を引っ張り上げ、投げるようにその手を離した。反動で後ろによろめいたところ、肩をギリっと掴まれて思いがけず振り返ってしまう。
異様に瞳孔が開いた男と目が合った。
振り上げられた右手には凶器が握られている。
反射で頭を庇うように手を突き出して目を瞑った___
__
歩美からの着信に一段と空気が凍りついたコナン達一行はスピードを上げて二人の元へと向かう。向こう角から歩美とかすみが走ってくるのが見え、そしてその背後には彼女達を追う男の姿があった。
「ボウヤは彼女達の保護を」
沖矢が指示を出したそのとき、歩美が倒れかかって一気に男との距離が詰められた。かすみは歩美を逃すように手を離して男に肩を掴まれる。
間に合わないか…
舌打ちをして大きく踏み込んだ沖矢は凶器を大きく振るい体勢を崩した男の手目掛けて蹴りを入れた。重い金属音を響かせて地面に叩きつけられたそれを確認し、すぐさま男を制圧する。
「ボウヤ、かすみさんの傷の手当てを」
沖矢の声にハッとかすみの様子を確認する。彼女の右手には血が滴っていた。慌てて「かすみお姉さん!」と呼びかけているとようやくサイレンを鳴らすパトカーが到着した。
「君たち!大丈夫かい?!」
「逃亡犯の身柄確保!凶器の回収も急いで!」
高木刑事や佐藤刑事たち警察の登場により一気に辺りが騒がしくなる。
犯人の身柄を警察に引き渡した沖矢はかすみの元へ急ぐ。コナンや哀、歩美が心配そうに声をかけているが、彼女は地面にへたり込んだまま固く目を閉じたままだ。
「かすみさんしっかりして!」
「灰原!まずは止血だ!」
「あ、歩美高木刑事に包帯とかもらってくる!」
「ボウヤ達、まずは落ち着くんだ。」
沖矢はかすみを自分にもたれかけさせ、背中を摩りながら「かすみさん、もう大丈夫ですよ。」と語りかける。腕の中で身体を縮こめる彼女は震える手を耳に押し当てた。
「…コナンくん、サイレンを止めるように彼らに言ってきてくれ。」
「わかった、すぐに伝えてくる!」
しばらくしてけたたましく鳴り響いていたサイレンがピタッとやむと、ほんの少し肩の力を抜いた彼女がゆっくり息を吐いた。
「…サイレンの音が苦手だったのね。少しは落ち着いたかしら。」
「まだ震えは止まりませんが、おそらく。」
右手首の傷以外は目立った外傷がなく、沖矢と哀は安堵した。
顔にかかった髪を優しく払い、頬についた血を拭う。血の気の引いた頬があまりに冷たく、彼女を支える手に力が入った。
微かに開かれた眼が虚に瞬く____
花がずらりと並べられた軒先で手を振る店長にペコリとお辞儀をして歩き出す。
おばあちゃんに頼まれていた便箋を買いに行かなきゃ。
先日から腰の調子が悪い千代から今朝お使いを頼まれたのだ。家へ帰る道とは逆方向に進んで行く。夏が近づいてきたこの頃は日中の日差しが強く、ほんのりぬるい風がスカートの裾を揺らした。
目的地である本屋にたどり着いたかすみは文房具コーナーの隅に並べられた色とりどりの便箋を眺める。
そういえばどんなものがいいのか聞いていなかったな…おばあちゃんが使うんだから落ち着いた雰囲気のものがいいよね。
しばらく悩んだ末に一つの便箋を手に取った。水彩調の菖蒲のイラストが控えめに描かれている。
菖蒲の花言葉は“よい便り”。お手紙を書くならぴったりだ。
よし、と意気込んでレジに向かう途中、ふと本棚に並べられたとある本に目を引かれた。
“美味しいコーヒーの淹れ方”
棚から引き抜いてパラパラページを捲り、イラストや説明を目で追う。家では祖母に合わせて緑茶を飲むことが多いため、好んでコーヒーを飲むことはなかった。だからポアロで飲んだコーヒーの美味しさに感動したのだ。
おばあちゃんにもポアロのコーヒーを飲ませてあげたいけど、最近腰の調子が悪いし…私でも勉強したら美味しく淹れられるかな?
「ありがとうございましたー」
レジの店員が間延びした挨拶にも丁寧に頭を下げ、かすみは店をでた。リュックの中には便箋とさっき手に取った本が一冊。
コーヒーを淹れるための道具も揃えなくちゃ、とぼんやり考えながら家路につく。人通りが比較的少ない道だからだろうか、少し先の電柱にしがみついている子供が目についた。
あれ…歩美ちゃんだ
不意に目が合うと、歩美は唇を噛み締めながら全力でこちらへと駆け寄って来る。かすみは倒れないようにグッと踏ん張って腰元に飛び込んできた歩美を抱き止めた。
「あの、あのねかすみお姉さん…!歩美今、あっ、えっとノート…!」
忙しなく視線を彷徨わせる歩美は不安そうな表情で何かを訴えかけている。しゃがみ込んで目線を合わせ、安心させるように小さく微笑みかけた。歩美の肩から力が抜けたのを確認してスマホに文字を打ち込む。
『ゆっくり話してくれたら分かります。何かありましたか?』
彼女にスマホを見せて小さく首を傾げる。
「あのね、歩美さっき殺人事件の犯人を見つけたの。」
さつじん、殺人…さ、殺人!?
物騒すぎる言葉に思わず喉の奥がひくっとなった。“犯人”とも口にしているし多分本当にそう言っているんだ、と確信すると鳥肌が立つ。
「それでその人を追っていたんだけど途中で見失っちゃって…なんだか急に怖くなってきた時、ちょうどかすみお姉さんを見つけたの…」
歩美の手を握りゆっくりとあたりを見渡す。見失ったと言っていたし、通りに人気はない。犯人はもう近くにいないと信じたいが、それでも怖くて冷や汗が背中を伝うのを感じた。
私が、しっかりしなきゃ。
『歩美ちゃん、一緒に帰りましょう。』
「でも犯人は…」
このまま取り逃したらまた被害者が出ちゃうかもしれないと心配する歩美にかすみは口を噤み首を振った。だめだよ、危険だよ、と目で訴える。
「…うん、わかった。」
なんとか説得することができてほっと息をついていると、歩美が探偵バッジを突き出してくる。何やら連絡が来たようだ。
二人は顔を見合わせて、バッジに耳を寄せたのだった。
____
一方その頃、博士邸には歩美を除く少年探偵団と博士が心配そうに歩美の帰りを待っていた。何度探偵バッジに呼びかけても反応がなく、哀はヤキモキしながら大きなため息を吐いた。
「まずいな…犯人はおそらく刃物を持っている。もし歩美がヤツを尾行していてそれに気づかれたとしたら最悪…」
「やっぱりボク達で探しに「ダメよ!」
哀は彼女を探しに行こうとする光彦の声を遮るように叫んだ。お願い、返事をして…!と強く願いながらもう一度探偵バッジで歩美に呼びかける。
するとノイズに混じって小さく彼女の声が聞こえ、ハッと息を呑んだ。
「吉田さんあなた今どこで何してるの?!」
『哀ちゃん!あのね、実はコナンくんが言っていた犯人を見つけてコッソリ後を追っていたの。でも見失っちゃった…』
歩美の言葉に哀は堪らず頭を押さえる。
「あれだけ危険なことはするなって…っハァ、いいこと?犯人はいいから今すぐ戻って来て!!」
『う、うん。かすみお姉さんにもそう言われたよ。一緒に帰ろうって』
「かすみさんがいるのね?じゃあ絶対に彼女から離れちゃダメよ。私たちもすぐにあなたのところへ向かうから!」
コナンに目くばせをしたらコクリと頷いて玄関へと走っていく。哀は博士に子供達を見張っておくよう伝えるとすぐに後を追った。
「吉田さんの位置は?」
「ちょっと待て、もうすぐ…」
博士の家を出たところでコナンと哀が歩美の位置を探知していると、突然「君たち」と声を掛けられた。驚いて振り返るとそこには沖矢の姿が。
「随分と慌てているようですが何かあったんですか?」
「今あなたに構っている暇はないの。江戸川くん、早く行きましょう」
「待て灰原。…昴さん、歩美とかすみお姉さんが危険かもしれないんだ。力を貸してくれる?」
「どうやら急を要するようですね。もちろん私は構いませんよ。」
「なんでこの人に頼るの?!警察に連絡したらそれでいいじゃない!」と焦る哀を宥める。
「もう警察には連絡したさ。もし歩美たちが逆に犯人に目をつけられて狙われてしまったとして、俺たちだけよりか心強いだろ?」
言葉を詰まらせた哀は沖矢を睨んだが、この場でごねるのは得策ではないと判断し「…わかったわ」と呟く。哀の言葉を皮切りに三人は歩美達の元へと向かった。
___
歩美の小さな手を握るかすみは殺人事件の犯人とやらがどこか遠くへ行っていることをひたすら祈りながら震える足を無理やり動かしていた。
もし、犯人と鉢合わせでもしてしまったら…私は果たしてこの子を守れるだろうか。やっぱり誰かに助けを求めるべきじゃないか。
聴覚からの情報が得られない以上、目で見て全てを判断する以外危険を回避する方法はないのだ。
腹の奥が冷たく、重い何かでいっぱいになってか細い息しかできない。
大丈夫、大丈夫と心の中で唱えながら歩き続ける歩美。しかしタイミング悪く信号に捕まり、二人の足は止まってしまった。
「こ、コナンくん…」
『歩美!大丈夫か?!そのまま信号をまっすぐ進んで右に「いるの」
歩美は探偵バッジを握りしめて語りかけた。すぐさま応答があり、コナンの焦った声が聞こえる。
「ずっと、足音が聞こえているの…今、信号待ちで、このままじゃ、」
『いいか、信号が変わったら全速力で走れ。突き当たりを右だ。絶対に振り返るんじゃねーぞ…!』
歩美は一層強くかすみの手を握りしめた。そして信号が赤から青へと切り替わった瞬間___
グッとかすみの手を引っ張って走り出す。かすみは突然走り出した歩美に驚いて数歩もたつくも大きく踏み出した。
突き当たりまでたった数十メートルのはずなのに何百メートルにも感じる。後ろから怒号をあげて男が迫っているが、振り返らずにとにかく足を動かした。ようやく角を曲がりきると道の先にコナン達の姿が見えた。
安心して一瞬足の力が抜けてしまい、ガクッと体が傾く。
足音はすぐそこまで迫っていて。
このまま転んだら捕まっちゃう…!!
しかし、かすみに強く腕を引かれたかと思うとその勢いのまま前に押し出されて手が離れてしまったのだった。
歩美が転びかけた瞬間。
止まっちゃダメだと悟ったかすみは渾身の力を振り絞って彼女を引っ張り上げ、投げるようにその手を離した。反動で後ろによろめいたところ、肩をギリっと掴まれて思いがけず振り返ってしまう。
異様に瞳孔が開いた男と目が合った。
振り上げられた右手には凶器が握られている。
反射で頭を庇うように手を突き出して目を瞑った___
__
歩美からの着信に一段と空気が凍りついたコナン達一行はスピードを上げて二人の元へと向かう。向こう角から歩美とかすみが走ってくるのが見え、そしてその背後には彼女達を追う男の姿があった。
「ボウヤは彼女達の保護を」
沖矢が指示を出したそのとき、歩美が倒れかかって一気に男との距離が詰められた。かすみは歩美を逃すように手を離して男に肩を掴まれる。
間に合わないか…
舌打ちをして大きく踏み込んだ沖矢は凶器を大きく振るい体勢を崩した男の手目掛けて蹴りを入れた。重い金属音を響かせて地面に叩きつけられたそれを確認し、すぐさま男を制圧する。
「ボウヤ、かすみさんの傷の手当てを」
沖矢の声にハッとかすみの様子を確認する。彼女の右手には血が滴っていた。慌てて「かすみお姉さん!」と呼びかけているとようやくサイレンを鳴らすパトカーが到着した。
「君たち!大丈夫かい?!」
「逃亡犯の身柄確保!凶器の回収も急いで!」
高木刑事や佐藤刑事たち警察の登場により一気に辺りが騒がしくなる。
犯人の身柄を警察に引き渡した沖矢はかすみの元へ急ぐ。コナンや哀、歩美が心配そうに声をかけているが、彼女は地面にへたり込んだまま固く目を閉じたままだ。
「かすみさんしっかりして!」
「灰原!まずは止血だ!」
「あ、歩美高木刑事に包帯とかもらってくる!」
「ボウヤ達、まずは落ち着くんだ。」
沖矢はかすみを自分にもたれかけさせ、背中を摩りながら「かすみさん、もう大丈夫ですよ。」と語りかける。腕の中で身体を縮こめる彼女は震える手を耳に押し当てた。
「…コナンくん、サイレンを止めるように彼らに言ってきてくれ。」
「わかった、すぐに伝えてくる!」
しばらくしてけたたましく鳴り響いていたサイレンがピタッとやむと、ほんの少し肩の力を抜いた彼女がゆっくり息を吐いた。
「…サイレンの音が苦手だったのね。少しは落ち着いたかしら。」
「まだ震えは止まりませんが、おそらく。」
右手首の傷以外は目立った外傷がなく、沖矢と哀は安堵した。
顔にかかった髪を優しく払い、頬についた血を拭う。血の気の引いた頬があまりに冷たく、彼女を支える手に力が入った。
微かに開かれた眼が虚に瞬く____