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デルフィニウムが微笑んだら

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とある耳が聞こえない女の子
とある耳が聞こえない女の子が米花町で過ごすお話
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ポアロの一角に連れて行かれたかすみはあれから事件を解決しただとか手話を覚えるために図書館に行っただとか博士の家では云々とまあ話題が湯水のように湧いてくること…。白熱する話について行けず都度コナンに教えてもらいながら小学生の話を成人女性が熱心に話を聞く図が完成したのだった。
蛇足だが、空が赤らんできた頃ようやくお開きとなった一行はしばらく安室とかすみのお代に関する攻防を傍観し、かすみよりも何枚も上手な安室がウィナーとなったところでひと段落がついた。

日がとっぷり暮れた頃には皆それぞれ家に着き、かすみは興奮冷めやらぬ様子で今日の出来事を千代に話していた。
たまたま彼らを見つけることができてお礼が言えた。いろんな話を聞けた。素敵な喫茶店も見つけた。優しい店員さんが…と忙しなく動く手と口をニコニコと見つめる。

「本当に、よかったねえ。よかったよかった…」
『今度、今日会えなかった子にも、お礼を言おうと思うの。だ、だから、日曜日、あの子達のところに、行ってきても、いい…?』
「うんうん、行っておいで。
ああ、本当によかった。優しいお友達が、できたねえ。」

千代の“友達”という言葉に衝撃を受けて固まった。
私と、あの子達が。友達。友達、友達の定義って、えっと、えっと…

『ち、違うよ…友達じゃ、ない、だって、私…』

そっと耳に触れて俯くかすみの肩をトントンと叩く。

かすみちゃんは、あの子達と友達に、なりたくないとね?」
『…』
「おばあちゃんには、もうかすみちゃんたちは友達に見えるよ。今日だって、たくさんお話ししたとでしょう?楽しかったんでしょう。」

___あの子達、少年探偵団って言って、いろんな事件を解決したことがあるんだよ。手話、覚えるために本借りたんだって。“博士”さんはすごい発明家で、なんだって作っちゃうんだって言ってた。
みんな色々教えてくれるの。お話聞いてるとハラハラして、ワクワクして、ドキドキして、あっという間の時間だった。ああ、もうさよならの時間か、ってちょっぴり悲しく思ったの。
伝えたいことが次から次へと溢れてくるのに、うまく伝えられない。グッと口を噤み、そう、そうだよと小さく頷く。

「…じゃあ、次の目標ができたねえ」

「おばあちゃん、またかすみちゃんからいい報告が聞けるの、待ってるからねえ。」




この間、あの子達に教えてもらった“博士”さんの家は多分、ここら辺なんだけど…
スマホのマップとあたりの景色を見比べて思わずハァア…と息が漏れる。豪邸が並ぶ高級そうな住宅街に立ちすくむかすみ
お菓子、これでよかったかなぁ…デパートなんかに売ってる高級スイーツにすべきだったかも…
カサっと音を立てる紙袋からは筆で描かれた兎がチラチラ見える。兎にほんの少し癒され、思わず頬が緩む。

かすみお姉さん!」

クイっとカーディガンの裾を引かれる感覚に顔を上げるとコナンがひらひら手を振っていた。
こっち、と指をさし、手を引かれて邸宅に連れて行かれる。本当に入っていいのか、緊張から手が震える。かすみの震えを感じ取ったのか、コナンは苦笑しながら「大丈夫」と言って勝手知ったる我が家のように平然とドアを開けた。玄関先には待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる子供達と優しそうなふくよかな老紳士。
かすみはピャッと背筋を伸ばしてカチコチのお辞儀をしつつ紙袋を差し出した。

「これはこれは…わざわざすみませんのう。ささ、どうぞどうぞ」
「博士、彼女には聞こえてないわよ。」
「あぁっと、そうじゃった!」

忘れておったわいと頭を小突く博士にため息をつき、かすみをリビングへと引き連れていく。ガチガチに緊張してソファで固まっていた彼女はなんとか博士との自己紹介を終えるとほんの少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
それでもまだ堅いわね…
博士との会話もそこそこに子供達が割り込みあれこれと話し出す。彼らの話を聞き流しつつお茶を飲んでいると、チラチラとこちらを見つめるかすみの視線に気づいた。片目で流し見するとばっちり視線が合い彼女が小さく口を開く。

『私に何か?』

スマホのメッセージを見せるとかすみも慌てて文字を打ち込んだ。手が止まり、スマホを両手で握りしめる彼女の唇は震えているし頬も少しずつ赤くなっていく。決心したかのようにスマをを差し出してきた。

「『灰原哀ちゃんにだけ、お礼を言いそびれてしまっていて、その、遅くなってしまいすみません。この間は助けてくれてありがとうございました。』…って。」

フッ、ふふふ…と思わず笑いが込み上げてくる。耐えられずにくすくすと笑っていたら何事かと子供達が視線をこちらに向ける。

「ふふっ、貴女、そこまで緊張してなにを言い出すのかと思えば…それに灰原哀って、フルネームで…」

かすみは突然笑い出した哀にあわあわと戸惑う。

『哀でいいわ』

哀のメッセージに目をパチパチさせるかすみは、一瞬動きをとめたが弾かれたようにリュックをあさりスケッチブックを取り出した。サラサラと文字を書き、ペンにキャップを被せるとそろりと顔の前にそれを掲げる。

『哀ちゃん』

まっさらな1ページのど真ん中。控えめな大きさで書かれた名前を見てクスッと笑った哀は「えぇ」と答える。スケッチブックに隠れた顔から覗く目はなんだかキラキラしていて。

「あー!!!哀ちゃんが抜け駆けしてる!」

歩美が叫んで子供達がスケッチブックの文字を見た途端、オレもボクも私も!!と詰め寄ってきた。
かすみは急かされながら一人一人の名前を書いていく。子供たちの押しに半ば呆れていたコナンも自分だけがハブられるのはなんだかモヤっとしてしまう。「お姉ちゃんボクの名前も書いてよ!」とアピールし、哀に鼻で笑われたのだった。


一気に5ページも埋まっちゃった…
はぁぁ、と感嘆の息が漏れる。

『哀ちゃん』

『元太くん』

『光彦くん』

『歩美ちゃん』

『コナンくん』

両手で顔を覆い隠したかすみは足をパタパタさせて小さく身悶えた。光彦たちは不思議そうに彼女のスケッチブックを捲る。

かすみお姉さん、お絵かきしてないね」
「えっと、『すみません』、『ごめんなさい』、『耳が聞こえません、申し訳ないのですが筆談でお願いします』
…そっか!これは絵を描くためのスケッチブックじゃなくて文字でお話しするためのものなんですよ!」
「なんだかすみ姉ちゃん、謝ってばっかじゃねえか!もっと他にねーのかよぉ…」
「お前らジロジロ見過ぎだっての!」

コナンの声にぎくりと肩をすくませた三人はオロオロしているかすみに気づいた。慌てて口々に謝ると、困ったように笑いながら大丈夫ですと手を振る。

「でも、かすみお姉さんがこんなに謝ってばっかりだとなんだか歩美悲しいなぁ…」
「それじゃあこれから、オレたちといーっぱい遊んで友達の名前とか、見てて嬉しくなるような言葉でこれを埋め尽くそうぜ!」
「いいですね!すでに僕たちの名前で5ページは埋まったんですし、あっじゃあとりあえず博士もいれなきゃ!」
「オイオイ…それじゃわしはまるでオマケみたいな言い方じゃないか…」

悲しそうにため息をつく博士を見てフンっと哀は笑った。元太たちの言葉を伝えるコナンはかすみの動揺に気づいた。「かすみお姉さん?」と声をかけると恐る恐る指を指される。

『君と、私は、友達…?』
「え?」

両手を握る…その意味は、確か。
コナンはにっこりと笑ってかすみの真似をした。

「うん、ボクたちは“友達”、でしょ?」
「…っ!!」

再び赤くなっていく頬を両手で押さえてぎゅうっと目を瞑る。
ねえ、おばあちゃん。友達だって。私たち、友達なんだって…!
かすみはへにゃっと下手っぴな笑みをこぼした。


「おや、新しいお客人ですか。」

玄関へとつながるドアの付近から声がして博士は振り返る。

「昴くんじゃないか」
「こんにちは博士。すみません、勝手に入ってしまって。お裾分けをと思いまして。」
「いやいや、これはまたいい匂いじゃのう」

突然の来訪に気づき眉を顰めた哀は「思ってもないくせに…」と小さく呟きジトッと彼を睨む。博士との世間話もそこそこに彼はかすみのことを尋ねた。

「彼女は?」
「コナンくんの友達じゃよ。最近この町に引っ越してきたようでのう。」
「お裾分けはもう頂いたわ。それともまだ何か用が?」
「せっかくですし僕もご挨拶を、と思ったのですが」
「…彼女耳が聞こえないの。くれぐれも怖がらせないでよね」
「おや、そうなんですね」

彼はかすみの元へ歩み寄っていく。「昴さん!」と駆け寄ってきた子供達に微笑み、彼女の前にすっと跪いた。
不意に現れた男性に驚き固まるかすみ。不安そうにチラリとコナンの方を見やると『大丈夫、僕の知り合いだよ!』と教えてくれて安堵の息をつく。

「初めまして。僕は沖矢昴と言います。」

「失礼しますね」とかすみの手を取り、手の平に指で文字を書いた。

「分かりますか?」

かすみはコクコク頷いてスマホにメッセージを記す。

『私は野中かすみです。』

二人のやりとりを見ていたコナンはスケッチブックを手に取りまっさらなページを差し出した。歩美たちもニコニコしながら「な・ま・え!」と促す。
いいのかな…と沖矢に視線をやれば、優しく微笑まれて咄嗟に目を逸らした。ドキドキしながら先程の手のひらの感覚を思い出す。

『昴さん』

沖矢はスケッチブックに書かれた自身の名前を見て「ホォー」と驚いたような表情をした。

「どうしたの?昴さん」
「いやなに、てっきり苗字で呼ばれるものとばかり思っていたので。少し驚いてしまいました。」

沖矢をじっと見つめていたかすみは彼が言わんとしていることがなんとなく分かったのか、あわあわとページをめくり書き直そうとした。そんな彼女の手を掴み、前のページに書いてある“昴さん”を指さした沖矢はゆっくりと口を動かす。

「このままで、大丈夫ですよ。かすみさん」

し、心臓が飛び出ちゃいそう…
どど、どうしたら…?!と心の中で叫んでいると、かすみのピンチを察したのかコナンが苦笑混じりに間に割って入ってきた。

「昴さん、もうそれくらいにしてあげなよ。かすみお姉さん茹で蛸みたいになってるよ。」
「おっと、これは失礼。」

沖矢がパッと手を離すと、視線を感じて後ろを振り向いた。「なにやってくれてんのよ」と言いたげな表情の哀がこちらを睨みつけている。怖がらせてはいませんので、と特に悪びれる様子もなく笑みを携える彼はどこか満足げだった。




___それからしばらくして。
コナンはかすみを家に送るべく彼女とともに博士の家を出た。
『行きはなにもなかったから大丈夫です』と遠慮するかすみだったが、以前ポアロ前で事故に遭いかけたことを思うとやっぱり心配で。無理矢理理由をつけて送っていくことになったのだ。

何事もなく無事家に辿り着いたかすみはペコリと頭を下げた。
小学生に送ってもらうなんて、本当に申し訳ないことしちゃったな…と考えていると、コナンが何かを思い出したかのようにスマホを取り出した。

かすみお姉さん、もしよかったらボクと連絡先交換しない?ほら、メッセージのやりとりとか何かと便利でしょ?』

どうかな?と首を傾げたら、かすみの顔はぱあっと明るくなる。
そうして連絡先に新しく追加された“江戸川コナン”という文字を見つめていると、彼からのメッセージ通知が届いた。

『これでいつでも連絡取れるね!』

本当に、すっごくすっごく嬉しい…!
スマホをコツンとおでこに当てて頷く。心がぽかぽかしてフニャッと口元が緩んだ。

そんな彼女の様子をコナンはニコニコしながら見つめる。
あ、また顔隠した___
かすみの癖に顔が綻んだ。

「それじゃかすみさん、また今度ねー!」

手を振り駆け出したコナンにかすみは慌てて手を振りかえした。遠ざかって行くコナンの背中を見えなくなるまで眺める。
素敵すぎる、1日だったな…
熱の冷めやらぬ頬に手を当てて思い返す。こんなにも嬉しい出来事がいっぺんに降りかかってくるなんて。



____ああもう、どうしよう…!嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだ。
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