とある耳が聞こえない女の子が米花町で過ごすお話
デルフィニウムが微笑んだら
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ガタンガタンと定期的な揺れを感じる電車の中。窓から差し込む光にほんの少し目を細めた。
ドアの上にある案内表示を見ると、目的地である『米花駅』の文字が映されていた。
平日の昼間ということもあり、電車の中はそれほど混んでいない。これならすんなりと降りることができると胸を撫で下ろしたかすみはスーツケースをぎゅっと握りしめて立ち上がった。
電車から降りたかすみはホームに立ち尽くす人の多さから、スーツケースを握る手にじんわりと汗が滲む感触を覚えた。
音が、いろんな音が鳴っている。
実際に聞こえるわけじゃない。けど、ホームを行き交う音、人々の喧騒。たくさんの音が重なり合ってボワボワと不明瞭な音が耳に届くのだ。若干の気持ち悪さを感じておもむろに足を動かした。
改札を抜けて駅を出る。
人、多い…。
不安げにあたりを見渡すと米花駅前のバス停に列ができていた。
この日のために調べ尽くして何度もシミュレーションした。米花駅に着いたら次はバスに乗る手筈だった。
の、乗らなきゃ。
バス停に向けて足を踏み出したその時、ドンっと肩に衝撃が走った。かすみにぶつかったサラリーマン風の男性はこちらを見向きもせずにさっさと歩いていく。流れるように人が出てくる駅前で立ちすくんでいたかすみは何とか足を動かして人気の少ない場所へと移動した。
壁に軽く背中を預けて大きなため息をつく。さっきよりも遠のいてしまったバス停にはすでに乗るはずだったバスが到着して、列になった人が次々に乗り込んでいた。
次のバスに乗ればいいかな…でも、きっと人多いよね…。バスがあんなにも混んでるなんて予想外だったな…。
もう一度ため息をついてノロノロと首からぶら下げたスマホを手に取った。
『おばあちゃん
米花駅からバスに乗る予定だったけど、歩いてお家まで行くね。徒歩のルートも調べてはいたので心配しないでください。』
メッセージを送り、目的地までのルートを確認する。
多分、大丈夫。駅から離れたら人も少ないだろうし、周りをしっかり確認してゆっくり行けばきっと大丈夫。
スゥっと息を吸い込んでリュックの肩紐をしっかりとかけ直し、スーツケースを持ち直した。小さく息を吐いたかすみはこうして米花町に足を踏み出した。
「ねえねえ、今日は博士のところに行ったら何して遊ぶ?」
「オレ腹が減ったからまずは腹ごしらえしたい!」
「何言ってるんですか!今日は博士が新しい発明品を見せてくれるんですからおやつなんて食べてる暇ないですよ!」
「えぇ!?そんなぁ!」
小学校の帰り道、授業の疲れなど微塵も見せない子供たちがわいわいとはしゃいでいた。一人の少女と二人の少年は足早にどこかへ向かう。
「アイツらほんっと元気だよなぁ…」
「子供らしくていいじゃない」
きゃっきゃとはしゃぐ三人の数歩後ろには呆れたように笑う少年を嗜める少女がいた。
「コナン君!哀ちゃん!早くしないと置いてっちゃうよ!」
「はいはい、わかったわ。ほら、後ろ向いてると怪我するわよ。三人ともちゃんと前見て歩きなさい。」
”哀ちゃん”と呼ばれた少女は前を歩く三人に軽く注意をする。子供らしい間延びした返事をする彼らに小さく微笑む少女は隣を歩く少年に目を移した。
「江戸川くん、どうしたの?」
どこかをじっと見つめる少年を不思議に思い声を掛けると、前を歩いていた三人がすぐさま駆け寄ってきた。
「コナンくん、何か見つけたんですか?」
「いや、あの人がちょっと気になったんだ。」
コナンは目線の先を指さす。そこには一人の女性が立っていた。
「あの人が何かあんのかぁ?」
「おっきなスーツケースを持ってるね。」
少女の言葉にコナンはコクリと頷いた。
「荷物を抱えて手元のスマホを見ながらキョロキョロしてるから、少し気になったんだ。」
「もしかして迷子かな?歩美たちが教えてあげようよ!」
コナンたちは「おーい!おねえさーん!」と声をかけながら近づいていく。
しかし彼らの声に気が付かないのか、立ち尽くす女性は手元のスマホをじっと見つめていた。
「あれ?気づいてないみたいですね。」
コナンはトントンと背中を叩いて「お姉さん、ダイジョーブ?」と声をかけた。その瞬間、女性はビクッと体を縮こめて、後ろを振り返った。あまりの驚きっぷりにまずかったか?と焦ったコナンはニコリと笑いかけた。
「驚かせてごめんなさい、お姉さんが道に迷ってるんじゃないかって声をかけたんだ。」
「どこに行きたいんだ?オレたちが案内するぜ!」
「あっ元太くん!歩美が言おうと思ってたのに!」
「それなら僕だって言おうとしてましたよー!」
口々に話しかける彼らを少し困ったような顔で見つめる。痺れを切らしたお姉さん気質な少女が「あなた達」と声を荒げた。
「彼女困ってるじゃない。そんな一斉に話しかけないの。」
「「「はぁーい…」」」
しょんぼりと肩を落とす三人に苦笑いを浮かべたコナンは改めて女性に目をやった。やっぱり何か変だ。
目が合うと女性は少し引き攣った笑みを見せた。
「ねえ貴女、道に迷ってるの?」
横から少女が声をかけるが、一向に返事がない。
女性が首から下げたスマホにそろりと手を伸ばす。それを見てコナンはアッと何かを閃いたのか、ポケットからスマホを取り出して文字を打ち込んだ。
『お姉さん、もしかして耳が聞こえないの?』
そう打ったスマホの画面を見せると女性は驚いたように目を見開いた。控えめに頷く女性を見て少年たちはコナンのスマホの画面を覗き込んだ。
「聞こえない?」
「後ろから声をかけても気づかなかっただろ?それにお姉さん、さっきからほとんど目が合わないからさ。多分俺たちの口元を見てたんだよ。」
「なるほど!」
『話しかけていたなんて気が付きませんでした。ごめんなさい。』
申し訳なさそうに頭を下げる女性にあわあわと首を振る。なんとなく彼らの言いたいことがわかったのか、安心したかのようにヘラリと笑みをこぼした。
『それよりお姉さん、道に迷ってるんじゃない?』
小さく肩を揺らした彼女は目を泳がせていたが、おずおずとスマホのマップを彼らに見せた。
『ボク達が案内するよ!』
コナンが目くばせをすると少年たちは目をキラキラとさせてようやく自分たちの番かと意気込んだ。
「オレスーツケース運ぶ係!」
「ボクは危険なものがあったら知らせる係です!」
「じゃあ歩美はお姉さんの手を引く係!」
各々のフォーメーションにつき、「しゅっぱーつ!」と声をあげる。あれよあれよとされるがままの女性は戸惑いながら歩き出した。
「あ!あそこじゃないですか?」
先頭を歩く少年は道の先に見えた一軒家を指した。家の前には腰の曲がった老婦が佇んでいる。
手を繋ぐ少女はアッと口を開いた女性を見てにっこりと笑った。そしてグッと手を引き老婦の元へと急ぐ。
足音に気づいたのか、老婦がこちらを振り向き、「あらあらまあまあ」と歩み寄ってきた。
「かすみちゃん、よう来たねえ。どこも怪我はしとらんね?」
かすみと呼ばれた女性の顔をペタペタと触り、優しく抱きしめる。彼女もそれに応えるように手を回した。しばらくそうしていたが、優しげな老婦は彼女を連れてきた少年たちに目を向けて彼らの頭を撫でた。
「ありがとうねえ。こん子をここまで連れてきてくれて。かすみちゃんは耳が聞こえんから大変だったでしょう。」
「いいえ!僕らは当然のことをしたまでですので!」
フフンと自信ありげに胸を叩く少年も、頭を撫でられて嬉しそうにしている。
「姉ちゃんはここに引っ越してきたのか?」
「そう。こん子、これからここで暮らすことになってねえ。」
「それなら歩美達と遊べるね!」
「あらぁ、仲良くしてくれると?嬉しいねえ、かすみちゃん」
老婦が手を動かしながら女性に何かを伝えると、女性はほんのり顔を赤らめて少年たちの方を見たが、グッと目を瞑ってスマホで顔を隠した。
「ごめんねえ。こん子は昔から恥ずかしがり屋さんでねえ。」
「ゆっくり話したら分かるけん、かすみちゃんに名前ば教えてあげてくれんね?」
老婦は彼女の背中に手をかけ、彼らを見るよう促した。少女は何か思いついたのか忙しげにランドセルからノートを取り出し、徐に名前を描き始める。そしてみんなにも名前を書くように促し、一通り書き終わるとニコニコしながらそのノートを掲げた。
「私は、吉田歩美」
「ボクは、円谷光彦」
「オレは、小嶋元太」
「灰原哀、よ」
「ボクは、江戸川コナン」
頬を赤らめたまま唇を食んでコクコクと頷く彼女は、文字を打ち込んだスマホを見せてきた。
『私は野中かすみです。』
手を動かしながら何か口を動かしたかすみに首を傾げる子供達を見て老婦は微笑んだ。「今のは、”よろしくね”って言ったんよ。」と教えてもらった彼らはニコニコしながら彼女の動作を真似た。
「それじゃあ今日のところは…」
「えええ!なんでですかコナンくん!」
「そうだよ!せっかくお友達になったばっかりなのに!」
「博士のところに一緒に行って遊ぼーぜ!」
「ダメよ!かすみさんは長時間の移動で疲れてるんだから。ほら、帰るわよ!」
そんな〜!と落ち込む彼らを叱責する哀に苦笑しつつコナンは「またね、かすみお姉さん!」と手を振る。
かすみはあうあうと何かを口籠もっていたが、さすが小学生。あっという間に遠くへと行ってしまった。
しょんぼり肩を落とすかすみに声を掛ける。
「大丈夫、きっとまた会えるけん。ちゃーんと、お礼の練習せなんねえ。」
吉田歩美ちゃん
円谷光彦くん
小嶋元太くん
灰原哀ちゃん
江戸川コナンくん____
バスに乗ってたらきっと会うことはなかったんだろうな。
ベッドに寝そべりながら心の中で彼らの名前を何度も何度も復唱する。
今度はいつ会えるかな…もし会えたら、ちゃんとお礼、言わなきゃ。
『助けてくれてありがとうございました。もし、よかったら、___
ハッとまどろみの中から急に現実に引き戻される。
何、浮かれてるんの…。そうじゃない、そんなの、……
布団の中に潜り込んで小さく小さくうずくまる。
____遠くで、誰かがささやく声が聞こえた気がした。
ドアの上にある案内表示を見ると、目的地である『米花駅』の文字が映されていた。
平日の昼間ということもあり、電車の中はそれほど混んでいない。これならすんなりと降りることができると胸を撫で下ろしたかすみはスーツケースをぎゅっと握りしめて立ち上がった。
電車から降りたかすみはホームに立ち尽くす人の多さから、スーツケースを握る手にじんわりと汗が滲む感触を覚えた。
音が、いろんな音が鳴っている。
実際に聞こえるわけじゃない。けど、ホームを行き交う音、人々の喧騒。たくさんの音が重なり合ってボワボワと不明瞭な音が耳に届くのだ。若干の気持ち悪さを感じておもむろに足を動かした。
改札を抜けて駅を出る。
人、多い…。
不安げにあたりを見渡すと米花駅前のバス停に列ができていた。
この日のために調べ尽くして何度もシミュレーションした。米花駅に着いたら次はバスに乗る手筈だった。
の、乗らなきゃ。
バス停に向けて足を踏み出したその時、ドンっと肩に衝撃が走った。かすみにぶつかったサラリーマン風の男性はこちらを見向きもせずにさっさと歩いていく。流れるように人が出てくる駅前で立ちすくんでいたかすみは何とか足を動かして人気の少ない場所へと移動した。
壁に軽く背中を預けて大きなため息をつく。さっきよりも遠のいてしまったバス停にはすでに乗るはずだったバスが到着して、列になった人が次々に乗り込んでいた。
次のバスに乗ればいいかな…でも、きっと人多いよね…。バスがあんなにも混んでるなんて予想外だったな…。
もう一度ため息をついてノロノロと首からぶら下げたスマホを手に取った。
『おばあちゃん
米花駅からバスに乗る予定だったけど、歩いてお家まで行くね。徒歩のルートも調べてはいたので心配しないでください。』
メッセージを送り、目的地までのルートを確認する。
多分、大丈夫。駅から離れたら人も少ないだろうし、周りをしっかり確認してゆっくり行けばきっと大丈夫。
スゥっと息を吸い込んでリュックの肩紐をしっかりとかけ直し、スーツケースを持ち直した。小さく息を吐いたかすみはこうして米花町に足を踏み出した。
「ねえねえ、今日は博士のところに行ったら何して遊ぶ?」
「オレ腹が減ったからまずは腹ごしらえしたい!」
「何言ってるんですか!今日は博士が新しい発明品を見せてくれるんですからおやつなんて食べてる暇ないですよ!」
「えぇ!?そんなぁ!」
小学校の帰り道、授業の疲れなど微塵も見せない子供たちがわいわいとはしゃいでいた。一人の少女と二人の少年は足早にどこかへ向かう。
「アイツらほんっと元気だよなぁ…」
「子供らしくていいじゃない」
きゃっきゃとはしゃぐ三人の数歩後ろには呆れたように笑う少年を嗜める少女がいた。
「コナン君!哀ちゃん!早くしないと置いてっちゃうよ!」
「はいはい、わかったわ。ほら、後ろ向いてると怪我するわよ。三人ともちゃんと前見て歩きなさい。」
”哀ちゃん”と呼ばれた少女は前を歩く三人に軽く注意をする。子供らしい間延びした返事をする彼らに小さく微笑む少女は隣を歩く少年に目を移した。
「江戸川くん、どうしたの?」
どこかをじっと見つめる少年を不思議に思い声を掛けると、前を歩いていた三人がすぐさま駆け寄ってきた。
「コナンくん、何か見つけたんですか?」
「いや、あの人がちょっと気になったんだ。」
コナンは目線の先を指さす。そこには一人の女性が立っていた。
「あの人が何かあんのかぁ?」
「おっきなスーツケースを持ってるね。」
少女の言葉にコナンはコクリと頷いた。
「荷物を抱えて手元のスマホを見ながらキョロキョロしてるから、少し気になったんだ。」
「もしかして迷子かな?歩美たちが教えてあげようよ!」
コナンたちは「おーい!おねえさーん!」と声をかけながら近づいていく。
しかし彼らの声に気が付かないのか、立ち尽くす女性は手元のスマホをじっと見つめていた。
「あれ?気づいてないみたいですね。」
コナンはトントンと背中を叩いて「お姉さん、ダイジョーブ?」と声をかけた。その瞬間、女性はビクッと体を縮こめて、後ろを振り返った。あまりの驚きっぷりにまずかったか?と焦ったコナンはニコリと笑いかけた。
「驚かせてごめんなさい、お姉さんが道に迷ってるんじゃないかって声をかけたんだ。」
「どこに行きたいんだ?オレたちが案内するぜ!」
「あっ元太くん!歩美が言おうと思ってたのに!」
「それなら僕だって言おうとしてましたよー!」
口々に話しかける彼らを少し困ったような顔で見つめる。痺れを切らしたお姉さん気質な少女が「あなた達」と声を荒げた。
「彼女困ってるじゃない。そんな一斉に話しかけないの。」
「「「はぁーい…」」」
しょんぼりと肩を落とす三人に苦笑いを浮かべたコナンは改めて女性に目をやった。やっぱり何か変だ。
目が合うと女性は少し引き攣った笑みを見せた。
「ねえ貴女、道に迷ってるの?」
横から少女が声をかけるが、一向に返事がない。
女性が首から下げたスマホにそろりと手を伸ばす。それを見てコナンはアッと何かを閃いたのか、ポケットからスマホを取り出して文字を打ち込んだ。
『お姉さん、もしかして耳が聞こえないの?』
そう打ったスマホの画面を見せると女性は驚いたように目を見開いた。控えめに頷く女性を見て少年たちはコナンのスマホの画面を覗き込んだ。
「聞こえない?」
「後ろから声をかけても気づかなかっただろ?それにお姉さん、さっきからほとんど目が合わないからさ。多分俺たちの口元を見てたんだよ。」
「なるほど!」
『話しかけていたなんて気が付きませんでした。ごめんなさい。』
申し訳なさそうに頭を下げる女性にあわあわと首を振る。なんとなく彼らの言いたいことがわかったのか、安心したかのようにヘラリと笑みをこぼした。
『それよりお姉さん、道に迷ってるんじゃない?』
小さく肩を揺らした彼女は目を泳がせていたが、おずおずとスマホのマップを彼らに見せた。
『ボク達が案内するよ!』
コナンが目くばせをすると少年たちは目をキラキラとさせてようやく自分たちの番かと意気込んだ。
「オレスーツケース運ぶ係!」
「ボクは危険なものがあったら知らせる係です!」
「じゃあ歩美はお姉さんの手を引く係!」
各々のフォーメーションにつき、「しゅっぱーつ!」と声をあげる。あれよあれよとされるがままの女性は戸惑いながら歩き出した。
「あ!あそこじゃないですか?」
先頭を歩く少年は道の先に見えた一軒家を指した。家の前には腰の曲がった老婦が佇んでいる。
手を繋ぐ少女はアッと口を開いた女性を見てにっこりと笑った。そしてグッと手を引き老婦の元へと急ぐ。
足音に気づいたのか、老婦がこちらを振り向き、「あらあらまあまあ」と歩み寄ってきた。
「かすみちゃん、よう来たねえ。どこも怪我はしとらんね?」
かすみと呼ばれた女性の顔をペタペタと触り、優しく抱きしめる。彼女もそれに応えるように手を回した。しばらくそうしていたが、優しげな老婦は彼女を連れてきた少年たちに目を向けて彼らの頭を撫でた。
「ありがとうねえ。こん子をここまで連れてきてくれて。かすみちゃんは耳が聞こえんから大変だったでしょう。」
「いいえ!僕らは当然のことをしたまでですので!」
フフンと自信ありげに胸を叩く少年も、頭を撫でられて嬉しそうにしている。
「姉ちゃんはここに引っ越してきたのか?」
「そう。こん子、これからここで暮らすことになってねえ。」
「それなら歩美達と遊べるね!」
「あらぁ、仲良くしてくれると?嬉しいねえ、かすみちゃん」
老婦が手を動かしながら女性に何かを伝えると、女性はほんのり顔を赤らめて少年たちの方を見たが、グッと目を瞑ってスマホで顔を隠した。
「ごめんねえ。こん子は昔から恥ずかしがり屋さんでねえ。」
「ゆっくり話したら分かるけん、かすみちゃんに名前ば教えてあげてくれんね?」
老婦は彼女の背中に手をかけ、彼らを見るよう促した。少女は何か思いついたのか忙しげにランドセルからノートを取り出し、徐に名前を描き始める。そしてみんなにも名前を書くように促し、一通り書き終わるとニコニコしながらそのノートを掲げた。
「私は、吉田歩美」
「ボクは、円谷光彦」
「オレは、小嶋元太」
「灰原哀、よ」
「ボクは、江戸川コナン」
頬を赤らめたまま唇を食んでコクコクと頷く彼女は、文字を打ち込んだスマホを見せてきた。
『私は野中かすみです。』
手を動かしながら何か口を動かしたかすみに首を傾げる子供達を見て老婦は微笑んだ。「今のは、”よろしくね”って言ったんよ。」と教えてもらった彼らはニコニコしながら彼女の動作を真似た。
「それじゃあ今日のところは…」
「えええ!なんでですかコナンくん!」
「そうだよ!せっかくお友達になったばっかりなのに!」
「博士のところに一緒に行って遊ぼーぜ!」
「ダメよ!かすみさんは長時間の移動で疲れてるんだから。ほら、帰るわよ!」
そんな〜!と落ち込む彼らを叱責する哀に苦笑しつつコナンは「またね、かすみお姉さん!」と手を振る。
かすみはあうあうと何かを口籠もっていたが、さすが小学生。あっという間に遠くへと行ってしまった。
しょんぼり肩を落とすかすみに声を掛ける。
「大丈夫、きっとまた会えるけん。ちゃーんと、お礼の練習せなんねえ。」
吉田歩美ちゃん
円谷光彦くん
小嶋元太くん
灰原哀ちゃん
江戸川コナンくん____
バスに乗ってたらきっと会うことはなかったんだろうな。
ベッドに寝そべりながら心の中で彼らの名前を何度も何度も復唱する。
今度はいつ会えるかな…もし会えたら、ちゃんとお礼、言わなきゃ。
『助けてくれてありがとうございました。もし、よかったら、___
ハッとまどろみの中から急に現実に引き戻される。
何、浮かれてるんの…。そうじゃない、そんなの、……
布団の中に潜り込んで小さく小さくうずくまる。
____遠くで、誰かがささやく声が聞こえた気がした。
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