とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
第1章 狭間で揺れ動くは儚き花
お名前は
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
伊織がこの世界に来て早2週間。万事屋での居候生活にもほんの少しだけ余裕が生まれた頃のこと。
気づかぬうちに溜めに溜め込んでいた疲労が少しずつ体調に影響を及ぼしていた。
不眠気味なのは相変わらず。夜は意識が朦朧としている感じで、たまに気を失うかのように眠りにつく。そして短時間でパッと目が覚めてしまうような何とも言えない質の悪い睡眠しか取れていないのだ。
一つ変わったのはお布団で眠るようになったこと。
スナックお登勢でお手伝いをしていてポロッとソファで寝ていることを伝えたら、お登勢が慌てたように来客用の布団を持っていくように言ってきたのだ。もちろん断りはしたが、そんなんじゃ疲れも取れやしないと強引に万事屋へと持って行かれた。
寝る場所については主に銀時が悩んでいた。何度も何度も同じ部屋で寝ることに抵抗はないかと聞く銀時に、「逆に申し訳ないから事務所のフローリングに敷いて寝ます」と言った趣旨を伝えると、最終的には同じ部屋でできるだけ距離をとって寝ることになったのだ。
決して伊織に元々危機感がない、とか貞操観念が低いというわけではない。今の伊織には恥ずかしいという感情すら湧く余裕もないくらいに申し訳無い思いが思考を埋め尽くしているからである。
また、どこで寝たとしても浅い睡眠しか取れないからどうでもいいか、という諦めも含まれていた。
そして最近は不眠が続いていることで、日中たまに意識がボーッとする瞬間がある。
例えば洗濯物を畳んでいる時。頭の中では手を動かしているつもりなのに視野が一気に狭くなったような感じに陥り、まぶたが下がりそうになってハッと意識を取り戻す。
例えば公園で神楽が遊んでいるのを見守っている時。ふと空を見上げたときに気怠さを感じ、目を閉じてじっとしていると、気づけば数分時間が経っている。
その他諸々、ほんのちょっと気を抜いたときにボーッとしてしまう癖がついてしまった伊織は調理中や入浴中などには気をつけようと余計に気を張っていた。
「食欲も落ちたままだし、なんだか胃が小さくなった気もする…」
誰もいない万事屋で伊織は独りごちる。
床にぺたりと座り込み、頬杖をついて窓の外を見た。秋らしいカラッとした冷気が部屋の中に入ってくる。
帰る方法は一向に分からない。というか、銀時たちには自分が何処から来たのか言えずじまいで、とてもとても遠い場所などと不明瞭な説明のままなのだ。ターミナルに連れて行ってもらってどこかの星や船に見覚えがあるかと尋ねられてもいいえとしか答えられず、捜査は難航中。
一度本屋で本を読みあさってみたものの、オカルトじみた馬鹿げたものに情報があるとも思えず、資料探しは諦めた。
それからは自分から積極的に外出することなくほとんどの時間を万事屋で過ごしている。
今までの景色と別の、このかぶき町の風景を見慣れてしまえば元の世界のことを忘れてしまうんじゃないか、とどうしようもない不安に襲われるから。
目を瞑って一人暮らしのアパートから大学までの道のりを思い描く。
あの道を曲がったら小さなパン屋さんがあって、真っ直ぐ進むと小学校がある。その横を通り過ぎて2つ横断歩道を渡ったところに駅がある。
○○方面の電車に乗って5つの駅を通り越したら降りる。駅を出て進んでいくと大きなイチョウの木があって秋は少し銀杏の匂いがきつい。
大学に着いたら最初は講堂に向かわなきゃ。音楽教育の勉強をして、それから、それから_____
大丈夫、覚えてる。大学のことも、実家にいる母や父のことも。
忘れたりなんかしない。
伊織はテーブルに突っ伏して郷愁に浸った。
大きなため息をつく。
この生活がいつまで続くのか分からないが、いつまでもただ家事だけして彼らの帰りを待ちぼうけてていいのだろうか。
いい歳をした大人が家賃諸々金を払わずに場所だけ借りるなんて、誰がどう見ても失礼すぎる。
「絶対にアルバイトとか探すべきだよね…ううう、でも身分証とか持ってないし、人と接するの苦手だからなぁ…。」
伊織は元の世界で模試の採点のアルバイトや、在宅での添削・採点、小学生の家庭教師などの経験があった。
小さい頃から家の中に引きこもり、本の虫だった彼女にとって勉強は大の得意であり、あまり人と接することなくできる仕事であるのと、小さい子供なら緊張せずに教えてあげられるようなものだからだ。
しかし、それらは学歴や実績、きちんと身元を明かしてこそできるバイトであり、この世界では望みなどないに等しい。
ぐぬぬ…と唸りながら頭を抱える。
四の五の言わずにどんなアルバイトでもいいからやるべきか…
「あぁぁ…どうしよう。申し訳なさで死んじゃいそう…。」
*
「なるほどねぇ…。私しゃそんなに気にする必要ないと思うが。どうせ家賃は滞納してるんだし。」
一人では結論に達しないと感じた伊織はお登勢たちに相談しにきていた。
お登勢はタバコを吸い、伊織の顔を見た。あからさまにどんよりとした表情で、思わず苦笑する。
「滞納…。それなのに私を置いてくださるなんて、…うぅ、尚更心が痛いです…。こんなにお世話してもらっているのにのうのうと過ごしている自分が恥ずかしい…。」
「何言ってんだい。むしろあいつらを世話してやってんのはアンタじゃないか。」
「ソウデスヨ。家事全般引キ受ケテヤルナンテ、私ダッタラ金踏ンダクリマス。」
キャサリンの言い分に伊織は苦笑を零す。
外掃除をしていたたまが銀時たちに気づいた。
「銀時様、神楽様、新八様、こんにちは。今丁度伊織さんがお登勢様のところにいらっしゃいますよ。」
「まじアルか?!」
神楽はきゃっほーい!と駆け出していく。銀時たちも続けて店の中へと入っていった。
「よおババア。伊織がどうかしたかー。」
「伊織ちゃーん!何してるアルか〜?」
「ったく騒がしい奴らが来たよ…。」
銀時たちは伊織の近くに座ると口々に苺牛乳だ飯だと注文する。お登勢が一喝しても全く意に返さない。
「んで、伊織はババア達と何してんの?」
「銀時様、伊織さんは銀時様が家賃を滞納していることを大変心苦しく思われているそうですよ。」
「オウオウ!ダカラサッサト家賃寄越シナァ!!」
「こらアンタ達。それじゃ言葉が足りないじゃないか!
この子、住まわせてもらってるのに金を渡さずにいるのが嫌だから仕事を探したいってさ。」
「マジ?金くれんの?」
「そういう意味じゃないでしょうが!!!!」
アワアワとしている伊織を他所にお登勢は銀時に事情を説明する。
「お前って本当働き者だよなあ。」
「そうですよ。僕たちは家事をしてくれるだけでも大助かりなんだし家賃なんて心配しなくてもいいんですよ。」
「家賃も私たちの給料も全部銀ちゃんのポケットマネーから出すのが当然ネ。伊織ちゃんはドンと構えてればいいアル!」
「いやあ…でも…」
「そう言えば伊織さんって学生さんだったんですよね。もしかしてここにくる前は何かアルバイトとかしてたんですか?」
新八の言葉に銀時やお登勢は少し驚いたような顔をした。
「え、何。伊織って学生だったの?あれ、お前成人してるよな?」
「は、はい、21歳です。あの、その…私ぐらいの歳の人がいく専門的な知識を学ぶところに、行ってて。」
「ヘ〜。伊織ちゃんは真面目アルな。」
「それで何かやってたのかい?」
「はい。テストの採点とか、小学、ううんと、小さい子の家庭教師なんかを少々…。」
「それなら寺子屋の手伝いでもしたらいーんじゃねえの。」
「えっ、で、でも、身分証的なものとかないんですよ?学び舎に不審者なんて、」
「伊織の顔見て不審人物なんて思うか?普通。それに家庭教師でもなんでもいいんじゃねえの。」
「そうだ!!一回晴太で試してみるといいアル!」
「ナイスアイデアだね、神楽ちゃん!」
せいた君?と首を傾げる伊織に神楽は説明をする。
吉原に日輪という母親と月詠という女性と住んでいて、寺子屋に通っている少年だそうだ。
「でも家庭教師って何よりも身元をはっきりさせて親御さんとその子とお話をして、ちゃんと了承を得てからじゃなきゃ出来ない仕事だし…」
「案ずるよりも産むが易しってこった。ようし、お前ら行くぞ〜。」
銀時達は立ち上がって外へと向かう。伊織は神楽に引っ張られながらお登勢たちにお礼を言って出て行った。
「行ってしまいましたね。」
「無理しなきゃいいがねぇ。」
お登勢は未だに時折辛そうな笑顔を見せる伊織のことを案じて息を吐いた。
*
所変わって吉原。
伊織はガチガチに緊張しながらずるずると引っ張られていく。
そうこうしているうちに目的地に到着し、月詠と呼ばれた女性が出てきた。
「何じゃ、ぬしら。また何かしにきたのか…」
「ツッキー!伊織ちゃんを晴太の家庭教師として雇ってヨ!」
「かぐ、神楽ちゃん、ちょっと!」
単刀直入にものをいう神楽の口を塞ぐも遅く、伊織の心臓はドッドッと脈打つ。
月詠は伊織を見つめた。伊織は冷や汗をダラダラかきながら言葉を探す。
「伊織さん、月詠さんは女性には優しい人なのでそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」
「ひゃい…は、あ、あの、神崎伊織と申します…。
ほ、ほ、_本日は、お日柄もよ、良く…」
グルグルと目を回しながら緊張でよく分からないことを口走っていると、苦笑いを浮かべた新八が代わりに月詠に説明した。
成程、と相槌をうって煙管から口を離す。そして煙を吐き出して伊織と向かい合った。
「伊織、といったか。話はわかった。とりあえず着いてきなんし。」
「は、はい!」
「そう緊張するな。別に取って食いはしない。」
彼らは座敷に通され、机を挟んで月詠、晴太、日輪と伊織、万事屋が向かい合う。
あまりの急展開に伊織の胃はキリキリと痛むが、引きつった笑いを浮かべながらも姿勢を正した。
晴太は勉強のことで呼び出されて苦い顔をしたままである。
彼らは互いに自己紹介をした。
「よかったねえ、晴太。あんた勉強が苦手なんだからこの際伊織さんに教えて貰えばいいじゃないかい。」
「えぇ?!やだよ。別に勉強なんかしなくていいじゃないか!」
「ではまたわっちとやるか…?」
「そ、それもいい!!!おいらは家庭教師なんか必要ないって!」
「まあまあ、一度くらいやってみればいいじゃない、晴太君。伊織さん優しいからきっと楽しく勉強できるよ。」
晴太は逃げ場がなくなり、ため息をついて分かったよ…とうなだれた。
「それでお主は晴太に何を教えるつもりなんじゃ?」
「そうですね。歴史はちょっと知識が足りないと思うので…。それ以外だったら何でも。えっと、晴太君は何が苦手かな?」
「そんなの全部だよ…。」
「そ、そっか〜!うーん、じゃあ、算数とかどうかな?」
「全然わかんないけど、それでもいいの?」
「もちろん!じゃあ参考書を持ってきてくれるかな?」
「わかった。」
晴太が部屋から出ていくと、伊織は日輪と月詠に向き合った。
「では改めて、少しだけ指導をさせていただきます。初めてということなので、よろしければこのまま指導の方を見ていただけますか?」
「あら、いいのかい?」
「はい、何かこちらに不都合があるといけないので…。」
日輪に日頃の晴太の勉強態度などを聞く伊織の表情は先ほどよりもほぐれていて新八はほっとした。
「まずはお手並み拝見、と言ったところじゃな。」
月詠は日輪と朗らかに話す伊織を見て煙管を吸う。
こうして日輪に月詠、万事屋が見守る中、晴太のプチ勉強会が開かれることとなった。
____________________
一人でいると不安だけれど、騒がしい時は郷愁を忘れることができる
気づかぬうちに溜めに溜め込んでいた疲労が少しずつ体調に影響を及ぼしていた。
不眠気味なのは相変わらず。夜は意識が朦朧としている感じで、たまに気を失うかのように眠りにつく。そして短時間でパッと目が覚めてしまうような何とも言えない質の悪い睡眠しか取れていないのだ。
一つ変わったのはお布団で眠るようになったこと。
スナックお登勢でお手伝いをしていてポロッとソファで寝ていることを伝えたら、お登勢が慌てたように来客用の布団を持っていくように言ってきたのだ。もちろん断りはしたが、そんなんじゃ疲れも取れやしないと強引に万事屋へと持って行かれた。
寝る場所については主に銀時が悩んでいた。何度も何度も同じ部屋で寝ることに抵抗はないかと聞く銀時に、「逆に申し訳ないから事務所のフローリングに敷いて寝ます」と言った趣旨を伝えると、最終的には同じ部屋でできるだけ距離をとって寝ることになったのだ。
決して伊織に元々危機感がない、とか貞操観念が低いというわけではない。今の伊織には恥ずかしいという感情すら湧く余裕もないくらいに申し訳無い思いが思考を埋め尽くしているからである。
また、どこで寝たとしても浅い睡眠しか取れないからどうでもいいか、という諦めも含まれていた。
そして最近は不眠が続いていることで、日中たまに意識がボーッとする瞬間がある。
例えば洗濯物を畳んでいる時。頭の中では手を動かしているつもりなのに視野が一気に狭くなったような感じに陥り、まぶたが下がりそうになってハッと意識を取り戻す。
例えば公園で神楽が遊んでいるのを見守っている時。ふと空を見上げたときに気怠さを感じ、目を閉じてじっとしていると、気づけば数分時間が経っている。
その他諸々、ほんのちょっと気を抜いたときにボーッとしてしまう癖がついてしまった伊織は調理中や入浴中などには気をつけようと余計に気を張っていた。
「食欲も落ちたままだし、なんだか胃が小さくなった気もする…」
誰もいない万事屋で伊織は独りごちる。
床にぺたりと座り込み、頬杖をついて窓の外を見た。秋らしいカラッとした冷気が部屋の中に入ってくる。
帰る方法は一向に分からない。というか、銀時たちには自分が何処から来たのか言えずじまいで、とてもとても遠い場所などと不明瞭な説明のままなのだ。ターミナルに連れて行ってもらってどこかの星や船に見覚えがあるかと尋ねられてもいいえとしか答えられず、捜査は難航中。
一度本屋で本を読みあさってみたものの、オカルトじみた馬鹿げたものに情報があるとも思えず、資料探しは諦めた。
それからは自分から積極的に外出することなくほとんどの時間を万事屋で過ごしている。
今までの景色と別の、このかぶき町の風景を見慣れてしまえば元の世界のことを忘れてしまうんじゃないか、とどうしようもない不安に襲われるから。
目を瞑って一人暮らしのアパートから大学までの道のりを思い描く。
あの道を曲がったら小さなパン屋さんがあって、真っ直ぐ進むと小学校がある。その横を通り過ぎて2つ横断歩道を渡ったところに駅がある。
○○方面の電車に乗って5つの駅を通り越したら降りる。駅を出て進んでいくと大きなイチョウの木があって秋は少し銀杏の匂いがきつい。
大学に着いたら最初は講堂に向かわなきゃ。音楽教育の勉強をして、それから、それから_____
大丈夫、覚えてる。大学のことも、実家にいる母や父のことも。
忘れたりなんかしない。
伊織はテーブルに突っ伏して郷愁に浸った。
大きなため息をつく。
この生活がいつまで続くのか分からないが、いつまでもただ家事だけして彼らの帰りを待ちぼうけてていいのだろうか。
いい歳をした大人が家賃諸々金を払わずに場所だけ借りるなんて、誰がどう見ても失礼すぎる。
「絶対にアルバイトとか探すべきだよね…ううう、でも身分証とか持ってないし、人と接するの苦手だからなぁ…。」
伊織は元の世界で模試の採点のアルバイトや、在宅での添削・採点、小学生の家庭教師などの経験があった。
小さい頃から家の中に引きこもり、本の虫だった彼女にとって勉強は大の得意であり、あまり人と接することなくできる仕事であるのと、小さい子供なら緊張せずに教えてあげられるようなものだからだ。
しかし、それらは学歴や実績、きちんと身元を明かしてこそできるバイトであり、この世界では望みなどないに等しい。
ぐぬぬ…と唸りながら頭を抱える。
四の五の言わずにどんなアルバイトでもいいからやるべきか…
「あぁぁ…どうしよう。申し訳なさで死んじゃいそう…。」
*
「なるほどねぇ…。私しゃそんなに気にする必要ないと思うが。どうせ家賃は滞納してるんだし。」
一人では結論に達しないと感じた伊織はお登勢たちに相談しにきていた。
お登勢はタバコを吸い、伊織の顔を見た。あからさまにどんよりとした表情で、思わず苦笑する。
「滞納…。それなのに私を置いてくださるなんて、…うぅ、尚更心が痛いです…。こんなにお世話してもらっているのにのうのうと過ごしている自分が恥ずかしい…。」
「何言ってんだい。むしろあいつらを世話してやってんのはアンタじゃないか。」
「ソウデスヨ。家事全般引キ受ケテヤルナンテ、私ダッタラ金踏ンダクリマス。」
キャサリンの言い分に伊織は苦笑を零す。
外掃除をしていたたまが銀時たちに気づいた。
「銀時様、神楽様、新八様、こんにちは。今丁度伊織さんがお登勢様のところにいらっしゃいますよ。」
「まじアルか?!」
神楽はきゃっほーい!と駆け出していく。銀時たちも続けて店の中へと入っていった。
「よおババア。伊織がどうかしたかー。」
「伊織ちゃーん!何してるアルか〜?」
「ったく騒がしい奴らが来たよ…。」
銀時たちは伊織の近くに座ると口々に苺牛乳だ飯だと注文する。お登勢が一喝しても全く意に返さない。
「んで、伊織はババア達と何してんの?」
「銀時様、伊織さんは銀時様が家賃を滞納していることを大変心苦しく思われているそうですよ。」
「オウオウ!ダカラサッサト家賃寄越シナァ!!」
「こらアンタ達。それじゃ言葉が足りないじゃないか!
この子、住まわせてもらってるのに金を渡さずにいるのが嫌だから仕事を探したいってさ。」
「マジ?金くれんの?」
「そういう意味じゃないでしょうが!!!!」
アワアワとしている伊織を他所にお登勢は銀時に事情を説明する。
「お前って本当働き者だよなあ。」
「そうですよ。僕たちは家事をしてくれるだけでも大助かりなんだし家賃なんて心配しなくてもいいんですよ。」
「家賃も私たちの給料も全部銀ちゃんのポケットマネーから出すのが当然ネ。伊織ちゃんはドンと構えてればいいアル!」
「いやあ…でも…」
「そう言えば伊織さんって学生さんだったんですよね。もしかしてここにくる前は何かアルバイトとかしてたんですか?」
新八の言葉に銀時やお登勢は少し驚いたような顔をした。
「え、何。伊織って学生だったの?あれ、お前成人してるよな?」
「は、はい、21歳です。あの、その…私ぐらいの歳の人がいく専門的な知識を学ぶところに、行ってて。」
「ヘ〜。伊織ちゃんは真面目アルな。」
「それで何かやってたのかい?」
「はい。テストの採点とか、小学、ううんと、小さい子の家庭教師なんかを少々…。」
「それなら寺子屋の手伝いでもしたらいーんじゃねえの。」
「えっ、で、でも、身分証的なものとかないんですよ?学び舎に不審者なんて、」
「伊織の顔見て不審人物なんて思うか?普通。それに家庭教師でもなんでもいいんじゃねえの。」
「そうだ!!一回晴太で試してみるといいアル!」
「ナイスアイデアだね、神楽ちゃん!」
せいた君?と首を傾げる伊織に神楽は説明をする。
吉原に日輪という母親と月詠という女性と住んでいて、寺子屋に通っている少年だそうだ。
「でも家庭教師って何よりも身元をはっきりさせて親御さんとその子とお話をして、ちゃんと了承を得てからじゃなきゃ出来ない仕事だし…」
「案ずるよりも産むが易しってこった。ようし、お前ら行くぞ〜。」
銀時達は立ち上がって外へと向かう。伊織は神楽に引っ張られながらお登勢たちにお礼を言って出て行った。
「行ってしまいましたね。」
「無理しなきゃいいがねぇ。」
お登勢は未だに時折辛そうな笑顔を見せる伊織のことを案じて息を吐いた。
*
所変わって吉原。
伊織はガチガチに緊張しながらずるずると引っ張られていく。
そうこうしているうちに目的地に到着し、月詠と呼ばれた女性が出てきた。
「何じゃ、ぬしら。また何かしにきたのか…」
「ツッキー!伊織ちゃんを晴太の家庭教師として雇ってヨ!」
「かぐ、神楽ちゃん、ちょっと!」
単刀直入にものをいう神楽の口を塞ぐも遅く、伊織の心臓はドッドッと脈打つ。
月詠は伊織を見つめた。伊織は冷や汗をダラダラかきながら言葉を探す。
「伊織さん、月詠さんは女性には優しい人なのでそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」
「ひゃい…は、あ、あの、神崎伊織と申します…。
ほ、ほ、_本日は、お日柄もよ、良く…」
グルグルと目を回しながら緊張でよく分からないことを口走っていると、苦笑いを浮かべた新八が代わりに月詠に説明した。
成程、と相槌をうって煙管から口を離す。そして煙を吐き出して伊織と向かい合った。
「伊織、といったか。話はわかった。とりあえず着いてきなんし。」
「は、はい!」
「そう緊張するな。別に取って食いはしない。」
彼らは座敷に通され、机を挟んで月詠、晴太、日輪と伊織、万事屋が向かい合う。
あまりの急展開に伊織の胃はキリキリと痛むが、引きつった笑いを浮かべながらも姿勢を正した。
晴太は勉強のことで呼び出されて苦い顔をしたままである。
彼らは互いに自己紹介をした。
「よかったねえ、晴太。あんた勉強が苦手なんだからこの際伊織さんに教えて貰えばいいじゃないかい。」
「えぇ?!やだよ。別に勉強なんかしなくていいじゃないか!」
「ではまたわっちとやるか…?」
「そ、それもいい!!!おいらは家庭教師なんか必要ないって!」
「まあまあ、一度くらいやってみればいいじゃない、晴太君。伊織さん優しいからきっと楽しく勉強できるよ。」
晴太は逃げ場がなくなり、ため息をついて分かったよ…とうなだれた。
「それでお主は晴太に何を教えるつもりなんじゃ?」
「そうですね。歴史はちょっと知識が足りないと思うので…。それ以外だったら何でも。えっと、晴太君は何が苦手かな?」
「そんなの全部だよ…。」
「そ、そっか〜!うーん、じゃあ、算数とかどうかな?」
「全然わかんないけど、それでもいいの?」
「もちろん!じゃあ参考書を持ってきてくれるかな?」
「わかった。」
晴太が部屋から出ていくと、伊織は日輪と月詠に向き合った。
「では改めて、少しだけ指導をさせていただきます。初めてということなので、よろしければこのまま指導の方を見ていただけますか?」
「あら、いいのかい?」
「はい、何かこちらに不都合があるといけないので…。」
日輪に日頃の晴太の勉強態度などを聞く伊織の表情は先ほどよりもほぐれていて新八はほっとした。
「まずはお手並み拝見、と言ったところじゃな。」
月詠は日輪と朗らかに話す伊織を見て煙管を吸う。
こうして日輪に月詠、万事屋が見守る中、晴太のプチ勉強会が開かれることとなった。
____________________
一人でいると不安だけれど、騒がしい時は郷愁を忘れることができる