とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
第1章 狭間で揺れ動くは儚き花
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○月○日。
観察対象が万事屋に来て1週間弱。その時間のほとんどを万事屋やスナックお登勢の誰かしらと過ごしていた神崎伊織という女に動きがあった。
旦那の財布を持っているということはおそらく買い出しだろう。彼女も今までと少し様子が違い、あたりをキョロキョロと見渡してどこか不安げ
_________________________________
「おい山崎!俺もいるんだからそれは書かなくて良いんだよ!早く追うぞ!!!」
「す、すみません!癖でつい…。でもそんなに慌てなくてもあの人見失いませんって。」
副長と呼ばれた男は山崎が目で促した視線の先を追った。
そこには迷子の子供のように辺りを見ながら小さく歩を進める伊織の姿があった。その様子には何かハラハラと見守りたくなるような感情が芽生えてくる。しかし男は雑念を振り払うかのように頭を振り、何か不審な点がないか鋭い視線を送る。
突如彼女の進むスピードが上がり、動きがあったか…!と追うが、彼女が入って行ったのはただのスーパー。
山崎はだから言ったじゃないですかぁ、とぶつぶつ言いながら男の後ろで記録をつける。
数十分後、彼女が満足げな表情で袋を抱えてスーパーから出てきた。
「オイ、あの袋の中身確認してこい。」
「えぇ!?どう考えても今日の夕飯かなんかの食材じゃないですか!」
「中で攘夷浪士と取引してたかも知れねぇだろうが!!とっとと行ってこい!」
男は山崎を足蹴にするとタバコを吸った。山崎はゲンナリとしながらも男の命令に従う。
山崎は彼女に近づき、偶然を装ってぶつかり、わざとハンカチを落とした。
「ヒェっ!す、す、すみません!!」
伊織は顔を真っ青にしてハンカチを拾い上げペコペコと頭を下げる。
山崎は罪悪感に苛まれながらこちらこそすみません、と愛想よく謝り、スッと袋の中を覗き込む。
ほらぁ…と思いながら心の中でため息をつき、その場を立ち去った。
適当にその辺をぶらついてから男の元に戻る。
「で、何か不審なものはあったか。」
「おそらく今日の旦那方の夕飯はミートソースパスタです。」
「…んで夕飯の予想なんざ立ててるんだ馬鹿野郎!!」
「いや、だって袋の中はいちご牛乳とパスタ麺、玉ねぎ、ひき肉、トマト缶だったんですよ!?副長はなんだと思うんですか逆に!!」
知るかボケェ!!と怒鳴りながら男はタバコを噛み潰した。
この男はどうやら伊織が攘夷浪士と関わりを持っている確証をつかみたいらしい。
それに対して山崎と呼ばれる男は何やら不満げだ。
「俺の監察人生に賭けて言えますよ。彼女は絶対に白です!
数日四六時中見張ってて怪しい行動一つとったそぶりがなかったんですから。」
「周りとの浮き方が不自然なんだよ!それに身元もはっきりしないなんて明らかに怪しいだろうが。」
「どこかの箱入り娘とかなんじゃないですか?万事屋にいるってことは訳有りなんだろうし…。」
男はガシガシと頭を掻き、新しいタバコを掴む。
火をつけて肺いっぱいに煙を吸い込み、フウっと吐くと伊織が入って行った万事屋を睨みつけた。
事情聴取だとこのまま踏み込むか、それともあと数日監察して尻尾を掴むべきか。
山崎は「もうやめましょうよ…これストーカー行為って思われますよぉ」と弱気な声を出す。
「いや。この際はっきりさせるべきだ。俺たちは白か黒か決めつけて見てるから中立的じゃねぇ。だったら事情を知らない近藤さんや総悟の野郎に見極めてもらおうじゃねぇか。近藤さんはともかく総悟は勘が鋭い。絶対にアイツの本性を見破るはずだ。」
「そんな…無茶苦茶ですよ副長…」
「あの女が桂と接触した日、過激派の攘夷浪士が動きを見せた。キナ臭いと思わねえのか。」
「でも桂とはつながりのないグループじゃないですか。」
「もしかしたら裏で繋がってるかもしれねーだろ。」
男はタバコを吸いながら万屋に背を向け歩き出した。過激派の動きが何だったのか、全く皆目見当がつかないことに焦りを覚えた土方は無意識にもやけになっていた。
二人は拠点に戻り、例の近藤と総悟と呼ばれた男二人を呼び出した。
「なんでィ土方コノヤロー。俺は忙しいんでさァ。」
栗色の髪の男がアイマスクをずらしながら気怠げにため息をつく。
土方と呼ばれた男は青筋を立てるも息を吐き、二人の前に一枚の紙を差し出した。
「これはなんだトシ。女性?」
「へぇ。盗撮写真に名前以外はすっからかんじゃねぇか。鬼の副長と言われた土方も近藤さんとおんなじように女の尻追っかけてるんですかィ。」
総悟は視線が不自然な振り向きざまに撮ったであろう写真の横に書かれた名前を指でなぞった。
「神崎伊織ねぇ。土方さんも隅におけねぇや。」
プススと笑う総悟に土方は拳を握りしめたが、山崎がどうどうと気を収める。
「詳しくは言わない。ただそいつが白か黒か、完全に中立的な立場にいる二人に見極めてほしい。」
「なんでィ。そんなのザキを使えよ。こっちだって暇じゃねーんだ。」
「見廻りをさぼって惰眠貪ってる奴を暇とは言わねぇんだよこの野郎。」
「普通に人の良さそうな美人なお嬢さんじゃないか。」
「そいつの情報を探しても生まれから育ち、果ては名前まで一つも出てこねぇような正体不明の女だぞ。それに加えて桂との接触があった。」
「なるほどねィ。ま、見廻りよか面白そうだし今回は手ぇ貸してやらァ。」
「俺も構わんぞ!なんてったってトシの頼みだからなあ!」
こうして男四人で伊織の素性調査が行われることとなった。
次の日、彼らは朝から万事屋の前に張り込み、伊織が出てくるのを待っていた。山崎の調査によると彼女が午前中に外出したことはないため、おそらく今日も掃除をしているのだろうと踏んだ。
場所を移し、万事屋の中が見える建物に張り込む。
望遠鏡で覗くと、銀時はソファに寝転がってジャンプを読み耽り、神楽は定春と戯れている。そんな中伊織と新八が掃除をし、新八は銀時に向かって何かお小言を言っているようだ。
「なんでィ。旦那にこき使われてるだけじゃねえか。」
総悟が興味なさげに望遠鏡を放り出しハァとため息をつく。
いくらか時間が経った後、その横で山崎があ!と声をあげた。
「対象に動きあり!一人で万事屋を出ました!」
土方は行くぞと立ち上がり、彼らは彼女の後を追いだした。
「なんかやけに浮いてやらァ」
「確かに、こう…醸し出す雰囲気が他とは違う感じがするなあ。」
総悟と近藤は不思議そうに伊織を見る。
山崎と土方が感じた違和感はどうやら二人も感じ取ったらしい。
土方が伊織のことを睨み付けるのを見て山崎はモヤモヤしたまま彼女の背を眺めた。
今回たどり着いたのは志村邸。
お妙に会いに行こうとする近藤を押さえつけて伊織が出てくるのを待つ。
もし不審な動きを見せるとしたらきっと志村邸を出て万事屋に帰るまでの道中だ。
数時間すると伊織が出てきて来た道を戻って行く。
その時、土方は伊織の向かいから来る男の動きに目をつけた。
二人がすれ違う瞬間、男が伊織の肩にかすり、何かを懐に入れて歩き出した。
「総悟、男を追え。」
「言われなくてもそうするつもりでさァ。」
総悟は怪しげな男の跡を追う。土方は伊織を睨みつけ、ようやく正体を現したかとほくそ笑んだ。
伊織の跡をつけること数分、総悟が戻ってきた。
総悟は男が伊織から取ったと思われるハンカチに包まれた何かを土方に投げる。それをキャッチして近藤と山崎と共に中身を確認すると、綺麗な組紐とかんざしが包まれていた。
「男の身ぐるみひっぺがして色々聞いたけど攘夷浪士ともあいつともなんの関わりもねえただの窃盗犯だと。ぽやっとしてたからいけると思ったらしいですぜィ。」
「…つまりあんなわかりやすいスリに引っかかっただけだと…?」
「副長、返してきた方がいいんじゃないですか?」
「あ、あぁ。そうだな。近藤さん、頼む。」
「おぉ!任せろ。」
伊織に近づいて行く近藤の背を見ながら山崎はほっと一息をついた。すれ違いざまに仲間と何か情報やらモノやらを取引するのならあれくらいの距離感でこそこそしててもおかしくはないだろう。しかし、見知らぬ輩があれほど不自然に近づいてきたら普通はスリかと疑い避けるはず。そんなそぶりも見せずにまんまと下手な盗みに引っ掛かった伊織が攘夷浪士の活動の裏で暗躍しているなんて考えられない。
改めて彼女は白だと確信しながら近藤に声をかけられた伊織を見つめる。
*
「おーい!そこのお嬢さん!」
後ろから聞こえる声に、私のこと…?と思いながらそろりと振り返る。するとガタイのいい男性が手を振りながら駆け寄ってきた。何かしてしまっただろうかと身を震わせて男と向き合う。
「はー!見つけることができて良かった!お嬢さん、そこの道でコレを落としていたもんでね。」
ほれ、と差し出された小さな包みを見て伊織は目を見開いた。
「す、すみません!本当にありがとうございます!
これ、先程いただいたばかりのものだったんです…。」
大事そうに抱きしめて安堵する伊織に男は良かった良かったと笑いかける。
「ここら辺はスリとかも多いんでね。お嬢さんみたいな綺麗な方は気を付けたほうがいいですよ。」
それじゃあ、と言う男に丁寧にお辞儀をして伊織は歩き出した。
*
土方たちは物陰から二人の様子を伺う。
近藤に包みを渡されると驚き、何度も頭を下げている。
「あの女、近藤さんのこと知らないんですかねィ。」
「確かに…、局長ってかぶき町じゃあそれなりに顔の知れた人なのに少しも気づいた感じがないっていうか。もし攘夷浪士と関わりがあるなら局長を知らないっておかしくないですか?」
「無知の女だからこそ自然に情報受け渡したりするかもしれねぇだろうが…。」
土方が苦し紛れに口にした意見に、山崎はやっぱりムキになってるじゃないか…と思ったが、ここまできたら気の済むまでやるしかないか、とため息をついた。
結局その日も特に確たる証拠は得られずに監察は終了した。
次の日は午後から万事屋前に張り込みをしていたが、突然総悟が動き出した。
「おい総悟」
「わかってまさぁ。要はあの女の化けの皮剥がせばいいんだろ。」
何をするんだと訝しげな顔で総悟を見ていると、彼は万事屋に近づいて行った。土方が静止する間も無くインターホンを押す。
「何やってんだお前ぇぇえええええ!!!!!」
隠密行動のはずが総悟のせいで全て台無しになり、彼らは急いで万事屋に向かったのだった。
「で、揃いも揃って真選組の方がなんの御用ですかー?
しかも平日に私服ぅ!お宅ら仕事サボって税金貪ってるわけぇ???」
銀時は耳をほじりながら嫌味ったらしく土方に問いかける。
四人は事務所のソファに座り、伊織の姿を探した。どうやら今は出払っているらしく万事屋にいたのは銀時と新八だけだった。
「まあまあ銀さん。それにしても何の御用ですか?」
「ここにいる伊織って女のことでさァ。」
銀時は一瞬眉を潜めたが、何事もなかったかのようにそれがどうした?と問う。
「おい総悟ぉ…」
「生憎俺はまどろっこしいことが嫌いでねィ。これ以上つまんねえ監察に付き合うなんざごめんでさァ。」
土方と総悟が邪険な空気になっているのを他所に山崎が訳を話す。
「実は神崎伊織さんが以前桂と接触したって言う情報を聞きつけたんです。それで彼女のことを調べてみたんですが、」
「あいつの情報がかけらも出てこねえ。
おい万事屋、神崎伊織は一体何者だ?」
新八は困ったように銀時を見た。
「何って言われてもなぁ…強いて言うなら迷子?」
「迷子だぁ?はっきり言え!アイツは桂の何だ!?」
シラを切る銀時に痺れを切らした土方がドンッとテーブルを叩いて問い質す。
新八が口を開いたその時、
「銀ちゃぁあああああん!!!!伊織ちゃんがあああああ!!!」
ドタドタという音とともに神楽が伊織を抱えて入ってきた。
最悪なタイミングでの登場に銀時たちは頭を抱えたが、神楽の腕の中にいる伊織を見て血相を変えた。
「何があったの神楽ちゃん?!」
「伊織ちゃん、木から降りれなくなったガキンチョを顔面キャッチしてそのままフラ〜って倒れちゃったアル。」
「おい、大丈夫か伊織。」
銀時の問いかけに力なくうなづく。
「あはは…す、すみませ…ちょっと、ふらついただけなので、」
神楽が伊織の顔面をぺたぺたと触って傷がないことを確かめると三人はハァと息をついた。
伊織はソファに座っている土方たちを見て驚き、よろよろと立ち上がった。
「お、お話の邪魔してしまってすみません…!」
「あー大丈夫大丈夫。あいつら客じゃねぇから。」
アワアワとする伊織を銀時は強制的にソファに座らせた。すると目の前の山崎と近藤の顔を見てあっと声を上げる。
そして神楽は威嚇するように総悟を睨みつけていた。
「オイクソサド。お前ら何しにきたアルか?」
「別にお前には関係ねーだろチャイナ娘。」
神楽と総悟が今にも取っ組み合いを始めそうなところを新八と山崎がなだめる。状況が全く理解できず、伊織は困った顔で銀時を見る。
少し経って万事屋と伊織、そして真選組が対峙しあった。
「場所を移すのもめんどくせえからこのままここで調書とるぞ。
神崎伊織。お前に攘夷浪士接触の容疑がかかっている。
今から質問することには嘘偽りなく答えろ。」
「は、はぁ…」
「お前は約1週間前の○月○日、桂と接触したか?」
「接触、といったら接触、かなあ…。はい、しましたが…」
「その時桂と何を話した?」
「えっと、怪我をしてたので、万事屋に行こうって。」
「それで?」
「え、よ、万事屋に連れて行ってもらいました…」
伊織は戸惑いながらも質問に正直に答えた。
何か悪いことをしてしまったのか、と心配そうな顔をした伊織を見て神楽は土方たちに抗議した。
「いくらでも伊織ちゃんのこと調べたらいいネ!ただお前らが疑ってるような悪い奴じゃないって事実しか出てこないからなァ!!」
「そうですよ!それに伊織さんは桂さんが攘夷志士で指名手配犯だってことも知らなかったんですから攘夷浪士の仲間でもなんでもありません!」
「えっ、桂さんって、指名手配犯なんですか?」
心底驚いたような表情の伊織に土方たちは固まった。
伊織は神楽たちから桂について聞くと、親切で命の恩人である自分の中の桂の理想像と現実のギャップに混乱している。
「わ、私、エリザベスさんと一緒に歌のお兄さんとかしているような人だとばかりに…。し、指名手配犯かぁ…。」
ホニャホニャとした雰囲気で伊織が全く見当違いなことを呟くと、土方以外が笑いを堪えたり吹き出したりして、ピリついた空気がなくなった。
「う、歌のお兄さんって…ブハッ、ちょ、銀さん腹いてえわwww、フ…」
「銀さん、笑いすぎwww、ふふ、ですよwww、ふふふ…」
「新八もおんなじアルwwwww…ハハ、ははははは!!ヅラがwww、ヒィイww!!」
「そ、そんなに笑わないでくださいよぅ…」
伊織は恥ずかしげに頬を染めていた。
銀時たちは腹を抱えて笑っているが、真選組の三人は土方に目をつけられないように必死に笑いを堪えている。
「他は?他にどんな仕事してると思ったアルか?ふふふ」
「みんな笑うじゃない…嫌、言わない…」
「笑わない笑わない。笑わないから正直に言ってみろ。」
「どこかのテーマパークでエリザベスさん連れて風船配ってるキャストのお兄さんっぽいなあ…って。」
一瞬の間の後、とうとう真選組も一緒になって爆笑する。
「ヒィイいい!!テーマwパークwのw、お兄さんwwwww」
「結局笑ってるじゃないですかあ!
桂さんはハキハキ喋るしエリザベスさんと仲良さそうだから…。
ほら、エリザベスさんってマスコットキャラクターぽくないですか?」
伊織の純粋な疑問が彼らのツボにハマりゲラゲラと笑う。
土方は大きなため息をついて頭を掻いた。
こんなことならさっさと白だと認めて切り上げれば良かった…
とんだ勘違いじゃねえか…
「で、土方クンはまだ伊織のこと疑うわけえ???」
ほらほらなんとかいいなよ、と茶化してくる銀時に苛つき、声を荒げた。
「わぁーったよ!!!もう疑ってねえっつの!!!」
「真選組副長が娘っ子一人の本性も見抜けないなんて情けないでさァ。
おい土方コノヤロー腹切って詫び入れろよ。」
「…ていうか伊織ちゃんはお前らのこと何っにも知らないのにさっきから話に付き合わされてたアルよ。まずはそれを死んで謝れよこのクソサドォ!!」
「さりげなく俺にだけ罪背負わせんなよクソアマ」
山崎はやっぱり真選組自体知らなかったかー!と思いながら伊織を見ると偶然目が合い、少し困ったようにえへへと愛想笑いを浮かべる彼女に申し訳なさを感じた。
改めて四人は自己紹介をする。彼らは江戸の治安を守る特殊警察らしい。
伊織は身元不明なことで警察に連れて行かれることを恐れていたのに、そちらではなく攘夷浪士との関係の点で疑われていたことに拍子抜けした。
「すみません、疑いを晴らすためとはいえ四人で伊織さんの後をつけまわしたりして…」
「聞いた?神楽、新八ぃ。こいつら揃いも揃ってストーカー行為なんかしてたらしいぜ。」
「大の大人がすることじゃないネ。乙女を尾行するなんて最っ低アル。」
「本当に武士の風上にもおけないですよ。真選組が聞いて呆れます。」
三人はヒソヒソと肩を突き合わせて四人をジトッと眺める。
彼ら(主に土方)はとてもむかついたが反論できる立場ではないため聞き流した。この謝罪を受け入れてもらうべきなのは万事屋ではなく伊織だ、と彼女を見つめる。
土方はビンタでも何でも甘んじて受け止めようと頭を下げて謝った。
「か、顔を上げてください!私全然気にしていないので。
あ、でも変な行動とかを見られてたと思うと恥ずかしいなぁ…。
私全く気づきませんでした。やっぱり本職の方はそういうのって得意なんですねえ。」
怒るどころかすごいなあと感心する伊織に彼らは完全に毒気を抜かれた。もし彼らの知るかぶき町の女に同じようなことをしたら怒り狂い、絶対にただでは済まされないことを十十に承知している。それなのに目の前の女は眉を吊り上げる様子も見られない。本当に怒っていないらしい。
「あ、それに皆さんがいなかったらお妙さんから頂いた髪飾りを落としたままだったってことですよね。
うわあ、本当に良かった…!絶対に無くさないようにしようってしっかり袂に入れたのを確認したんですけど…。」
挙げ句の果てには後をつけてくれてありがとうございました、なんていう始末だ。
「こりゃあとんだ脳内お花畑の女でさァ。」
「いやいや総一郎くん、伊織を舐めてもらっちゃあ困るぜ。こいつは家事全般何でもこなせるスーパー家政婦的存在でありながら優しく、かつ気配りのできるかぶき町じゃ絶滅危惧種と言っても過言じゃねえくらいの珍しい女だ。」
伊織は気まずそうにそんな大したものではないのでお気になさらずに…と手を振る。
こうして土方たちは数日にわたり、ようやく伊織の本性を知ったのだった。
*
「副長、もう伊織さんの疑いも晴れたことですしこの調査は打ち切りってことでいいですよね!だから言ったじゃないですか。彼女は絶対に白だって!!」
「うるせえ!!山崎のくせに調子乗ってんじゃねえぞ!」
「オイ土方ぁ、無駄な調査に付き合わせた詫びにアイス奢れよ。」
「まあまあそんなに落ち込むなよ、トシ!これから好感度アップのために頑張ろうじゃないか!」
「落ち込んでねーっつうの!アイスも奢らねえからな!!てか好感度アップって何だ!」
土方は屯所に着くまでいじり倒され、その日はいつもの3割マシでタバコを消費した。
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噂されていた桂はくしゃみをしていたらしい。
観察対象が万事屋に来て1週間弱。その時間のほとんどを万事屋やスナックお登勢の誰かしらと過ごしていた神崎伊織という女に動きがあった。
旦那の財布を持っているということはおそらく買い出しだろう。彼女も今までと少し様子が違い、あたりをキョロキョロと見渡してどこか不安げ
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「おい山崎!俺もいるんだからそれは書かなくて良いんだよ!早く追うぞ!!!」
「す、すみません!癖でつい…。でもそんなに慌てなくてもあの人見失いませんって。」
副長と呼ばれた男は山崎が目で促した視線の先を追った。
そこには迷子の子供のように辺りを見ながら小さく歩を進める伊織の姿があった。その様子には何かハラハラと見守りたくなるような感情が芽生えてくる。しかし男は雑念を振り払うかのように頭を振り、何か不審な点がないか鋭い視線を送る。
突如彼女の進むスピードが上がり、動きがあったか…!と追うが、彼女が入って行ったのはただのスーパー。
山崎はだから言ったじゃないですかぁ、とぶつぶつ言いながら男の後ろで記録をつける。
数十分後、彼女が満足げな表情で袋を抱えてスーパーから出てきた。
「オイ、あの袋の中身確認してこい。」
「えぇ!?どう考えても今日の夕飯かなんかの食材じゃないですか!」
「中で攘夷浪士と取引してたかも知れねぇだろうが!!とっとと行ってこい!」
男は山崎を足蹴にするとタバコを吸った。山崎はゲンナリとしながらも男の命令に従う。
山崎は彼女に近づき、偶然を装ってぶつかり、わざとハンカチを落とした。
「ヒェっ!す、す、すみません!!」
伊織は顔を真っ青にしてハンカチを拾い上げペコペコと頭を下げる。
山崎は罪悪感に苛まれながらこちらこそすみません、と愛想よく謝り、スッと袋の中を覗き込む。
ほらぁ…と思いながら心の中でため息をつき、その場を立ち去った。
適当にその辺をぶらついてから男の元に戻る。
「で、何か不審なものはあったか。」
「おそらく今日の旦那方の夕飯はミートソースパスタです。」
「…んで夕飯の予想なんざ立ててるんだ馬鹿野郎!!」
「いや、だって袋の中はいちご牛乳とパスタ麺、玉ねぎ、ひき肉、トマト缶だったんですよ!?副長はなんだと思うんですか逆に!!」
知るかボケェ!!と怒鳴りながら男はタバコを噛み潰した。
この男はどうやら伊織が攘夷浪士と関わりを持っている確証をつかみたいらしい。
それに対して山崎と呼ばれる男は何やら不満げだ。
「俺の監察人生に賭けて言えますよ。彼女は絶対に白です!
数日四六時中見張ってて怪しい行動一つとったそぶりがなかったんですから。」
「周りとの浮き方が不自然なんだよ!それに身元もはっきりしないなんて明らかに怪しいだろうが。」
「どこかの箱入り娘とかなんじゃないですか?万事屋にいるってことは訳有りなんだろうし…。」
男はガシガシと頭を掻き、新しいタバコを掴む。
火をつけて肺いっぱいに煙を吸い込み、フウっと吐くと伊織が入って行った万事屋を睨みつけた。
事情聴取だとこのまま踏み込むか、それともあと数日監察して尻尾を掴むべきか。
山崎は「もうやめましょうよ…これストーカー行為って思われますよぉ」と弱気な声を出す。
「いや。この際はっきりさせるべきだ。俺たちは白か黒か決めつけて見てるから中立的じゃねぇ。だったら事情を知らない近藤さんや総悟の野郎に見極めてもらおうじゃねぇか。近藤さんはともかく総悟は勘が鋭い。絶対にアイツの本性を見破るはずだ。」
「そんな…無茶苦茶ですよ副長…」
「あの女が桂と接触した日、過激派の攘夷浪士が動きを見せた。キナ臭いと思わねえのか。」
「でも桂とはつながりのないグループじゃないですか。」
「もしかしたら裏で繋がってるかもしれねーだろ。」
男はタバコを吸いながら万屋に背を向け歩き出した。過激派の動きが何だったのか、全く皆目見当がつかないことに焦りを覚えた土方は無意識にもやけになっていた。
二人は拠点に戻り、例の近藤と総悟と呼ばれた男二人を呼び出した。
「なんでィ土方コノヤロー。俺は忙しいんでさァ。」
栗色の髪の男がアイマスクをずらしながら気怠げにため息をつく。
土方と呼ばれた男は青筋を立てるも息を吐き、二人の前に一枚の紙を差し出した。
「これはなんだトシ。女性?」
「へぇ。盗撮写真に名前以外はすっからかんじゃねぇか。鬼の副長と言われた土方も近藤さんとおんなじように女の尻追っかけてるんですかィ。」
総悟は視線が不自然な振り向きざまに撮ったであろう写真の横に書かれた名前を指でなぞった。
「神崎伊織ねぇ。土方さんも隅におけねぇや。」
プススと笑う総悟に土方は拳を握りしめたが、山崎がどうどうと気を収める。
「詳しくは言わない。ただそいつが白か黒か、完全に中立的な立場にいる二人に見極めてほしい。」
「なんでィ。そんなのザキを使えよ。こっちだって暇じゃねーんだ。」
「見廻りをさぼって惰眠貪ってる奴を暇とは言わねぇんだよこの野郎。」
「普通に人の良さそうな美人なお嬢さんじゃないか。」
「そいつの情報を探しても生まれから育ち、果ては名前まで一つも出てこねぇような正体不明の女だぞ。それに加えて桂との接触があった。」
「なるほどねィ。ま、見廻りよか面白そうだし今回は手ぇ貸してやらァ。」
「俺も構わんぞ!なんてったってトシの頼みだからなあ!」
こうして男四人で伊織の素性調査が行われることとなった。
次の日、彼らは朝から万事屋の前に張り込み、伊織が出てくるのを待っていた。山崎の調査によると彼女が午前中に外出したことはないため、おそらく今日も掃除をしているのだろうと踏んだ。
場所を移し、万事屋の中が見える建物に張り込む。
望遠鏡で覗くと、銀時はソファに寝転がってジャンプを読み耽り、神楽は定春と戯れている。そんな中伊織と新八が掃除をし、新八は銀時に向かって何かお小言を言っているようだ。
「なんでィ。旦那にこき使われてるだけじゃねえか。」
総悟が興味なさげに望遠鏡を放り出しハァとため息をつく。
いくらか時間が経った後、その横で山崎があ!と声をあげた。
「対象に動きあり!一人で万事屋を出ました!」
土方は行くぞと立ち上がり、彼らは彼女の後を追いだした。
「なんかやけに浮いてやらァ」
「確かに、こう…醸し出す雰囲気が他とは違う感じがするなあ。」
総悟と近藤は不思議そうに伊織を見る。
山崎と土方が感じた違和感はどうやら二人も感じ取ったらしい。
土方が伊織のことを睨み付けるのを見て山崎はモヤモヤしたまま彼女の背を眺めた。
今回たどり着いたのは志村邸。
お妙に会いに行こうとする近藤を押さえつけて伊織が出てくるのを待つ。
もし不審な動きを見せるとしたらきっと志村邸を出て万事屋に帰るまでの道中だ。
数時間すると伊織が出てきて来た道を戻って行く。
その時、土方は伊織の向かいから来る男の動きに目をつけた。
二人がすれ違う瞬間、男が伊織の肩にかすり、何かを懐に入れて歩き出した。
「総悟、男を追え。」
「言われなくてもそうするつもりでさァ。」
総悟は怪しげな男の跡を追う。土方は伊織を睨みつけ、ようやく正体を現したかとほくそ笑んだ。
伊織の跡をつけること数分、総悟が戻ってきた。
総悟は男が伊織から取ったと思われるハンカチに包まれた何かを土方に投げる。それをキャッチして近藤と山崎と共に中身を確認すると、綺麗な組紐とかんざしが包まれていた。
「男の身ぐるみひっぺがして色々聞いたけど攘夷浪士ともあいつともなんの関わりもねえただの窃盗犯だと。ぽやっとしてたからいけると思ったらしいですぜィ。」
「…つまりあんなわかりやすいスリに引っかかっただけだと…?」
「副長、返してきた方がいいんじゃないですか?」
「あ、あぁ。そうだな。近藤さん、頼む。」
「おぉ!任せろ。」
伊織に近づいて行く近藤の背を見ながら山崎はほっと一息をついた。すれ違いざまに仲間と何か情報やらモノやらを取引するのならあれくらいの距離感でこそこそしててもおかしくはないだろう。しかし、見知らぬ輩があれほど不自然に近づいてきたら普通はスリかと疑い避けるはず。そんなそぶりも見せずにまんまと下手な盗みに引っ掛かった伊織が攘夷浪士の活動の裏で暗躍しているなんて考えられない。
改めて彼女は白だと確信しながら近藤に声をかけられた伊織を見つめる。
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「おーい!そこのお嬢さん!」
後ろから聞こえる声に、私のこと…?と思いながらそろりと振り返る。するとガタイのいい男性が手を振りながら駆け寄ってきた。何かしてしまっただろうかと身を震わせて男と向き合う。
「はー!見つけることができて良かった!お嬢さん、そこの道でコレを落としていたもんでね。」
ほれ、と差し出された小さな包みを見て伊織は目を見開いた。
「す、すみません!本当にありがとうございます!
これ、先程いただいたばかりのものだったんです…。」
大事そうに抱きしめて安堵する伊織に男は良かった良かったと笑いかける。
「ここら辺はスリとかも多いんでね。お嬢さんみたいな綺麗な方は気を付けたほうがいいですよ。」
それじゃあ、と言う男に丁寧にお辞儀をして伊織は歩き出した。
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土方たちは物陰から二人の様子を伺う。
近藤に包みを渡されると驚き、何度も頭を下げている。
「あの女、近藤さんのこと知らないんですかねィ。」
「確かに…、局長ってかぶき町じゃあそれなりに顔の知れた人なのに少しも気づいた感じがないっていうか。もし攘夷浪士と関わりがあるなら局長を知らないっておかしくないですか?」
「無知の女だからこそ自然に情報受け渡したりするかもしれねぇだろうが…。」
土方が苦し紛れに口にした意見に、山崎はやっぱりムキになってるじゃないか…と思ったが、ここまできたら気の済むまでやるしかないか、とため息をついた。
結局その日も特に確たる証拠は得られずに監察は終了した。
次の日は午後から万事屋前に張り込みをしていたが、突然総悟が動き出した。
「おい総悟」
「わかってまさぁ。要はあの女の化けの皮剥がせばいいんだろ。」
何をするんだと訝しげな顔で総悟を見ていると、彼は万事屋に近づいて行った。土方が静止する間も無くインターホンを押す。
「何やってんだお前ぇぇえええええ!!!!!」
隠密行動のはずが総悟のせいで全て台無しになり、彼らは急いで万事屋に向かったのだった。
「で、揃いも揃って真選組の方がなんの御用ですかー?
しかも平日に私服ぅ!お宅ら仕事サボって税金貪ってるわけぇ???」
銀時は耳をほじりながら嫌味ったらしく土方に問いかける。
四人は事務所のソファに座り、伊織の姿を探した。どうやら今は出払っているらしく万事屋にいたのは銀時と新八だけだった。
「まあまあ銀さん。それにしても何の御用ですか?」
「ここにいる伊織って女のことでさァ。」
銀時は一瞬眉を潜めたが、何事もなかったかのようにそれがどうした?と問う。
「おい総悟ぉ…」
「生憎俺はまどろっこしいことが嫌いでねィ。これ以上つまんねえ監察に付き合うなんざごめんでさァ。」
土方と総悟が邪険な空気になっているのを他所に山崎が訳を話す。
「実は神崎伊織さんが以前桂と接触したって言う情報を聞きつけたんです。それで彼女のことを調べてみたんですが、」
「あいつの情報がかけらも出てこねえ。
おい万事屋、神崎伊織は一体何者だ?」
新八は困ったように銀時を見た。
「何って言われてもなぁ…強いて言うなら迷子?」
「迷子だぁ?はっきり言え!アイツは桂の何だ!?」
シラを切る銀時に痺れを切らした土方がドンッとテーブルを叩いて問い質す。
新八が口を開いたその時、
「銀ちゃぁあああああん!!!!伊織ちゃんがあああああ!!!」
ドタドタという音とともに神楽が伊織を抱えて入ってきた。
最悪なタイミングでの登場に銀時たちは頭を抱えたが、神楽の腕の中にいる伊織を見て血相を変えた。
「何があったの神楽ちゃん?!」
「伊織ちゃん、木から降りれなくなったガキンチョを顔面キャッチしてそのままフラ〜って倒れちゃったアル。」
「おい、大丈夫か伊織。」
銀時の問いかけに力なくうなづく。
「あはは…す、すみませ…ちょっと、ふらついただけなので、」
神楽が伊織の顔面をぺたぺたと触って傷がないことを確かめると三人はハァと息をついた。
伊織はソファに座っている土方たちを見て驚き、よろよろと立ち上がった。
「お、お話の邪魔してしまってすみません…!」
「あー大丈夫大丈夫。あいつら客じゃねぇから。」
アワアワとする伊織を銀時は強制的にソファに座らせた。すると目の前の山崎と近藤の顔を見てあっと声を上げる。
そして神楽は威嚇するように総悟を睨みつけていた。
「オイクソサド。お前ら何しにきたアルか?」
「別にお前には関係ねーだろチャイナ娘。」
神楽と総悟が今にも取っ組み合いを始めそうなところを新八と山崎がなだめる。状況が全く理解できず、伊織は困った顔で銀時を見る。
少し経って万事屋と伊織、そして真選組が対峙しあった。
「場所を移すのもめんどくせえからこのままここで調書とるぞ。
神崎伊織。お前に攘夷浪士接触の容疑がかかっている。
今から質問することには嘘偽りなく答えろ。」
「は、はぁ…」
「お前は約1週間前の○月○日、桂と接触したか?」
「接触、といったら接触、かなあ…。はい、しましたが…」
「その時桂と何を話した?」
「えっと、怪我をしてたので、万事屋に行こうって。」
「それで?」
「え、よ、万事屋に連れて行ってもらいました…」
伊織は戸惑いながらも質問に正直に答えた。
何か悪いことをしてしまったのか、と心配そうな顔をした伊織を見て神楽は土方たちに抗議した。
「いくらでも伊織ちゃんのこと調べたらいいネ!ただお前らが疑ってるような悪い奴じゃないって事実しか出てこないからなァ!!」
「そうですよ!それに伊織さんは桂さんが攘夷志士で指名手配犯だってことも知らなかったんですから攘夷浪士の仲間でもなんでもありません!」
「えっ、桂さんって、指名手配犯なんですか?」
心底驚いたような表情の伊織に土方たちは固まった。
伊織は神楽たちから桂について聞くと、親切で命の恩人である自分の中の桂の理想像と現実のギャップに混乱している。
「わ、私、エリザベスさんと一緒に歌のお兄さんとかしているような人だとばかりに…。し、指名手配犯かぁ…。」
ホニャホニャとした雰囲気で伊織が全く見当違いなことを呟くと、土方以外が笑いを堪えたり吹き出したりして、ピリついた空気がなくなった。
「う、歌のお兄さんって…ブハッ、ちょ、銀さん腹いてえわwww、フ…」
「銀さん、笑いすぎwww、ふふ、ですよwww、ふふふ…」
「新八もおんなじアルwwwww…ハハ、ははははは!!ヅラがwww、ヒィイww!!」
「そ、そんなに笑わないでくださいよぅ…」
伊織は恥ずかしげに頬を染めていた。
銀時たちは腹を抱えて笑っているが、真選組の三人は土方に目をつけられないように必死に笑いを堪えている。
「他は?他にどんな仕事してると思ったアルか?ふふふ」
「みんな笑うじゃない…嫌、言わない…」
「笑わない笑わない。笑わないから正直に言ってみろ。」
「どこかのテーマパークでエリザベスさん連れて風船配ってるキャストのお兄さんっぽいなあ…って。」
一瞬の間の後、とうとう真選組も一緒になって爆笑する。
「ヒィイいい!!テーマwパークwのw、お兄さんwwwww」
「結局笑ってるじゃないですかあ!
桂さんはハキハキ喋るしエリザベスさんと仲良さそうだから…。
ほら、エリザベスさんってマスコットキャラクターぽくないですか?」
伊織の純粋な疑問が彼らのツボにハマりゲラゲラと笑う。
土方は大きなため息をついて頭を掻いた。
こんなことならさっさと白だと認めて切り上げれば良かった…
とんだ勘違いじゃねえか…
「で、土方クンはまだ伊織のこと疑うわけえ???」
ほらほらなんとかいいなよ、と茶化してくる銀時に苛つき、声を荒げた。
「わぁーったよ!!!もう疑ってねえっつの!!!」
「真選組副長が娘っ子一人の本性も見抜けないなんて情けないでさァ。
おい土方コノヤロー腹切って詫び入れろよ。」
「…ていうか伊織ちゃんはお前らのこと何っにも知らないのにさっきから話に付き合わされてたアルよ。まずはそれを死んで謝れよこのクソサドォ!!」
「さりげなく俺にだけ罪背負わせんなよクソアマ」
山崎はやっぱり真選組自体知らなかったかー!と思いながら伊織を見ると偶然目が合い、少し困ったようにえへへと愛想笑いを浮かべる彼女に申し訳なさを感じた。
改めて四人は自己紹介をする。彼らは江戸の治安を守る特殊警察らしい。
伊織は身元不明なことで警察に連れて行かれることを恐れていたのに、そちらではなく攘夷浪士との関係の点で疑われていたことに拍子抜けした。
「すみません、疑いを晴らすためとはいえ四人で伊織さんの後をつけまわしたりして…」
「聞いた?神楽、新八ぃ。こいつら揃いも揃ってストーカー行為なんかしてたらしいぜ。」
「大の大人がすることじゃないネ。乙女を尾行するなんて最っ低アル。」
「本当に武士の風上にもおけないですよ。真選組が聞いて呆れます。」
三人はヒソヒソと肩を突き合わせて四人をジトッと眺める。
彼ら(主に土方)はとてもむかついたが反論できる立場ではないため聞き流した。この謝罪を受け入れてもらうべきなのは万事屋ではなく伊織だ、と彼女を見つめる。
土方はビンタでも何でも甘んじて受け止めようと頭を下げて謝った。
「か、顔を上げてください!私全然気にしていないので。
あ、でも変な行動とかを見られてたと思うと恥ずかしいなぁ…。
私全く気づきませんでした。やっぱり本職の方はそういうのって得意なんですねえ。」
怒るどころかすごいなあと感心する伊織に彼らは完全に毒気を抜かれた。もし彼らの知るかぶき町の女に同じようなことをしたら怒り狂い、絶対にただでは済まされないことを十十に承知している。それなのに目の前の女は眉を吊り上げる様子も見られない。本当に怒っていないらしい。
「あ、それに皆さんがいなかったらお妙さんから頂いた髪飾りを落としたままだったってことですよね。
うわあ、本当に良かった…!絶対に無くさないようにしようってしっかり袂に入れたのを確認したんですけど…。」
挙げ句の果てには後をつけてくれてありがとうございました、なんていう始末だ。
「こりゃあとんだ脳内お花畑の女でさァ。」
「いやいや総一郎くん、伊織を舐めてもらっちゃあ困るぜ。こいつは家事全般何でもこなせるスーパー家政婦的存在でありながら優しく、かつ気配りのできるかぶき町じゃ絶滅危惧種と言っても過言じゃねえくらいの珍しい女だ。」
伊織は気まずそうにそんな大したものではないのでお気になさらずに…と手を振る。
こうして土方たちは数日にわたり、ようやく伊織の本性を知ったのだった。
*
「副長、もう伊織さんの疑いも晴れたことですしこの調査は打ち切りってことでいいですよね!だから言ったじゃないですか。彼女は絶対に白だって!!」
「うるせえ!!山崎のくせに調子乗ってんじゃねえぞ!」
「オイ土方ぁ、無駄な調査に付き合わせた詫びにアイス奢れよ。」
「まあまあそんなに落ち込むなよ、トシ!これから好感度アップのために頑張ろうじゃないか!」
「落ち込んでねーっつうの!アイスも奢らねえからな!!てか好感度アップって何だ!」
土方は屯所に着くまでいじり倒され、その日はいつもの3割マシでタバコを消費した。
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噂されていた桂はくしゃみをしていたらしい。