とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
第1章 狭間で揺れ動くは儚き花
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伊織は万事屋に戻り、日が暮れかけてきた頃に台所をウロウロとしていた。
そしてよし!と意を決して冷蔵庫を開いた。
「勝手に見てすみません…!お夕飯のために許してください!!」
伊織は今はいない三人にペコリと頭を下げて中を覗く。
冷蔵庫にはいちご牛乳が1パック、卵が数個、それから食材と調味料がちらほら。野菜室にもコロリと寂しげにナスやトマトが転がっている。根菜類は昨日のカレーでだいぶ使い切り、片手で数え足りるほどだ。
「なんと…食べ盛りが三人いるのに主食になりそうな豚バラが1パックだけ…!!」
伊織は思わず冷蔵庫の前でガクリと項垂れた。銀時のおかずを時折奪うほど食欲旺盛な神楽を思い浮かべ、ひもじい思いはさせたくない…!と頭を悩ませる。
おそらく今の冷蔵庫の状況だと、今日は食材を買い込む日だろう、と予想を立てて明日の朝食に残す食材のことは考えずに調理に取りかかった。
「大丈夫よね…さすがに食材、買ってくるよね。新八くんは朝冷蔵庫見ただろうし、多分大丈夫。
もしもの時はスーパーまでの道のり覚えたし急いで買いに行けば…!」
ぶつぶつと呟きながら小鍋に水を入れていく。水をくべた小鍋を火にかけるとと、カレー作りで余ったじゃがいもと人参、全体の4分の1ほど残っていた大根に少し萎びてしまった長ネギを乱切りといちょう切りにしていく。
紙パックの開きをまな板の上に置き、冷蔵庫から取り出した豚バラを食べやすい大きさに切り、ざるに入れた頃ちょうどお湯が沸いた。素早く火を止め、お肉にサッと湯通しをした後、少し大きめの鍋にごま油を敷き肉を中火で炒める。良い感じに色が変わってきたところで長ネギ以外の野菜を投入し、軽く炒めたところで水を加え、ついでに顆粒のだしを加えて一煮立ちするのを待つ。
「ゴボウとかこんにゃくがあればもっと具沢山でお腹いっぱいになるかもだけど、生憎今はないからなあ。」
ふんふんと鼻歌を歌いながらこの後の調理を頭の中で整理していく。
煮立ったところで灰汁を取り除きながらジャガイモなどが柔らかくなるまで弱い中火でコトコトと煮込むこと10分弱。じゃがいもにすっと菜箸が通るくらい柔らかくなったところでお味噌を加え、素早く長ネギも投入した。一煮立ちしたところで火を止めて蓋をしておく。
彼らが帰ってきたら温め直して完成だ。
「いけない!肝心のお米炊くの忘れてた!」
野菜を取り出そうとしたときに主食の米の存在に気付き、慌てて米櫃からお米を取り出す。2合測りとり、炊飯ジャーを眺めてはて、と首を傾げた。
「新八くんいつもどれくらい炊いてるんだろう…。正直四人分で2合あれば余るくらいだよね。うーーん、でもみんな食べ盛りだし…」
悩みながらもう一合追加してじっとお米を見つめる。あと一合追加すべきか否か…。内鍋に入った米を見つめ数十秒ほど悩んだが、ええいままよ!ともう一合追加し、ドンッとシンクにおいた。家族三人で暮らし、大学生になってからは一人暮らしを始めた伊織にとって4合炊きはもはや未知の領域である。
三度ほど水を入れ替え米を洗い、内鍋に記された通りのところまで水を注ぐ。時計の針を見ると現在時刻は5時45分頃。早炊きなら30分ほどでできるだろうと思い、申し訳程度に10分ほど米を浸水させておく。
その間に木綿豆腐を取り出し一口大に切ると、キッチンペーパーを敷いた皿の上に置き、水切りをする。
ナスのガクの余分な部分を切り落とし、大きめに切ったところでようやく炊飯開始のボタンを押し、ついでに豆腐を裏返した。
フライパンにサラダ油を薄く敷き、熱している最中にナスを水に浸してアク抜きをし、小さめのバットに小麦粉と片栗粉を適量とり、そこに豆腐を落として満遍なく粉をつける。
ナスの水気をしっかりと拭き取り、フライパンを傾けて油に菜箸を突っ込む。
シュワシュワと泡が出続けていることを確認して油が飛ばないようにナスを落とす。1、2分ほど揚げたところで素早く取り出し、次に豆腐をそっと油の中へ落とす。こちらは時々面を返しながら3、4分ほど揚げる。
全て取り出したら次はつゆ作り。
これぞ3口コンロだからこそ為せる技ね、なんて思いながら小鍋に水や醤油、みりん、砂糖と少量の出汁を加えて温める。
菜箸でくるくるとかき混ぜていると玄関の戸が開く音がした。
慌てて火を切り、菜箸を置くのも忘れて玄関に向かう伊織。
ただいま〜、と少しお疲れ気味の声音で靴を脱いでいるところに声を掛けた。
「お、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です。
あの、一応少しだけお夕飯の準備をしていたんですけど…」
迷惑でしたか?と尻すぼみになりながら彼らを見遣ると、三人は驚いたような表情をしていた。
神楽はほらね!とでも言いたげな顔で新八と銀時を見ると一目散に伊織に駆け寄り抱きついてきた。
「やっぱり!なんか良い匂いがしてたから絶対伊織ちゃんがご飯作ってるって思ったアル〜!!」
「うわあ!あんなすっからかんの冷蔵庫からご飯作ってくれたなんて本当に嬉しいです!よかったですね、銀さん。今日の晩ご飯は卵かけご飯じゃないですよ!」
「絶対ぇ神楽の勘違いだと思ったのに…クソ、酢昆布3箱…!!
でもありがとよ。おかげでTKGを回避できた。」
ありがたや〜と伊織を拝む三人にそんなに大層なものでは無いし、お口に合うかもわかりません!!とオタオタした。
「と、取り敢えず、もうすぐできそうなので待っていてくださいね。疲れているでしょうし。」
照れ笑いを浮かべながら彼らにそう告げるとパタパタと台所に駆け込んだ。
そんな彼女の様子を見た銀時が顎に手を当てながら呟く。
「なんか、新婚さんみてぇだな。あ、ちなみに俺が夫でお前らはガキな。」
「何ふざけたことぬかしてるアルか。」
「伊織さんがご飯作ってないに賭けた銀さんが言えたことじゃ無いでしょーよ。」
神楽と新八、それに定春までもがシラけた顔で銀時を睨む。
年齢的にそーなるだろうが!と叫ぶ銀時の弁明は誰も聞かずにさっさと歩き出した。
新八はスーパーの袋を持って台所に入ると、漂う良い香りに思わずうわぁと感嘆の声をあげた。
「新八くん、私、豚汁と揚げ出し豆腐しか作っていないんだけど足りるかなぁ?あとお米は4合も炊いちゃって、」
「全然足りますよ!うちは大抵おかずなんて1食か2食しか作っていませんし。っていうかないことだってザラなんですけどね…。
米も神楽ちゃんがたくさん食べるので4とか5合炊きは当たり前でしたので十分です!」
「よかった…。それと食材を結構使い切っちゃったから新八くんが今日買ってきますように!ってずっとお祈りしてたの。ふふふ、願いが届いてよかった。これで明日の朝食の悩みが一つ消えたよ。」
はぁあああと胸を撫で下ろす伊織に笑いかけながら買ってきた食材たちをしまっていった。
料理を盛り付け、新八に手伝ってもらいながら今に運び終えると、伊織は緊張した面持ちで三人を見た。
いただきます、と手を合わせ、それぞれが料理に手を付ける。
な、なんかこれ以上ないくらいに緊張する…!!!とテーブルの下で両手を握り締め、反応を待つ。
すると神楽がターン!と音を立ててお椀をテーブルに置いた。
「………め、」
「め…?」
「めっっっっちゃ美味しいアル!!!!私こんな美味しい豚汁初めて食べたネ!」
「まじで仕事終わりにこの一杯は染みるわ〜…」
「揚げ出し豆腐もつゆと相まってすごくご飯が進みます…!!」
各々が美味い美味いと勢いよく料理を平らげていく姿を見て、伊織は息をつきへにゃりと笑った。
「はぁ、よかったぁ…。豚汁はおかわりあるのでたくさん食べてくださいね。」
伊織の言葉を聞いた瞬間に神楽が駆け出し、負けじと銀時も後を追うと、台所からはギャーギャーと騒ぐ声が聞こえた。
「すみません、騒がしくて…。」
「ううん、良いの。こんなに喜んでもらえてすごく嬉しいから。」
気を良くした伊織は揚げ出し豆腐が乗った皿をはい、と新八に差し出した。
「揚げ出し豆腐の感想を真っ先に言ってくれた新八くんにはこれあげる。二人には内緒だよ?」
「えっ!良いんですか?」
「ほらほら、二人が戻ってくる前に早く食べちゃって。」
伊織の優しい誘惑に打ち負けた新八はパクリとお豆腐を食べ、幸せそうな顔をした。
そんな様子を見て伊織も笑みを零す。
お椀いっぱいに豚汁をよそってきた二人を見て、新八も慌てて台所へと駆け出す。
このように3日目の夜は一等騒がしい夕飯争奪戦が起こったのであった。
さらに次の日は伊織と遊んで良いというお達しを受けた神楽は大いにはしゃぎ、きれいに磨かれたお風呂におひさまの匂いがする布団に興奮の熱は冷めやらず、いつも以上に機嫌をよくしていたがそのうち糸が切れたかのようにソファでコテンと寝てしまった。
伊織の膝の上ですやすやと寝息を立てる神楽を銀時は呆れ顔で小突き、押入れまで抱えて行った。伊織もお布団を押し入れに入れようとついて行く。
敷き詰めた布団の上にゴロリと神楽を転がすと銀時は肩を回しながらさっさとソファに戻ったが、伊織は一時寝顔を見つめた後、おやすみなさいと言って襖を閉めた。
まだ寝るには早いかな、と伊織はちょこんとソファの端に座った。二人の間に会話はなく、時計の針がチクタクとなる音だけが響く。
息を吸い込み、話しかけようとした瞬間にバチリと銀時と目が合い、思わず固まってしまった。
すると銀時が視線を床に落としながら口を開いた。
「…そういや、寝巻き。変わったのな。」
「へ、あ、はい…。新八くんのお姉さんが譲ってくださって…」
再び沈黙が訪れる。
き、気まずい…!と内心汗をかきながら次は伊織から銀時に話しかけた。
「あの!えと、今日、お布団干したので…坂田さんのお布団、きっと気持ちいいと思うんです。
今日は、というか、今日から寝場所を交換しませんか?」
突然の提案に銀時はぽかんとした表情で伊織を見つめる。
いやいやと遠慮するも、伊織は自分がソファで寝て銀時が布団で寝るメリットや全く抵抗がないことを強く伝えると、銀時は今までになく喋り掛けてくる伊織に圧倒されたのか、勢いではいと了承してしまったのだった。
伊織は罪悪感からいくらか解放されたおかげで気が休まった。
「坂田さん、昨日も今日も、朝すごく寒そうに縮こまっていたので本当に申し訳ないと思ってて…。今日はお仕事でお疲れだと思うのでしっかり休んでくださいね。」
「お、おう。」
銀時は言えなかった。連日せっせと布団をかけ直してすみませんと健気に謝る伊織の優しさが実はめちゃくちゃ嬉しく、本当なら明日もやってほしいくらいだ、なんて言えるはずがなかった。そう、この男。今日の朝に関してはまた同じように気にかけてくれるのか、意図的に布団をずらして反応を待っていたのだ。
伊織の優しさを試したこの男にはいつか天誅が下されるであろう。
その後は二人ともしどろもどろになりながら、とりあえず寝るか、という銀時の言葉を皮切りにいそいそと寝る準備をはじめ、万事屋に灯る明かりは消えた。
3日目にして、明らかに質は落ちているもののほんの少しだけ眠ることのできた伊織は小さく息を吐いた。
体調が優れているかと言われたら正直YESとは言えないものの、この蓄積された疲れは今の生活環境に慣れればいずれ消えていくものだろうと自分に言い聞かせる。
その日は神楽に引っ張られ町内中を歩き回り遊び尽くした。
仕事の依頼がある日はスナックお登勢でお手伝いをし、時間がある時は万事屋の誰かに連れられてかぶき町を散策。似たような生活を繰り返すこと早一週間。
万事屋のお手伝いもそれなりに板についてきた頃、インターホンが鳴り、誰かの来客を告げた。
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元の世界への郷愁は降り積もる不安によって埋もれていく。
そしてよし!と意を決して冷蔵庫を開いた。
「勝手に見てすみません…!お夕飯のために許してください!!」
伊織は今はいない三人にペコリと頭を下げて中を覗く。
冷蔵庫にはいちご牛乳が1パック、卵が数個、それから食材と調味料がちらほら。野菜室にもコロリと寂しげにナスやトマトが転がっている。根菜類は昨日のカレーでだいぶ使い切り、片手で数え足りるほどだ。
「なんと…食べ盛りが三人いるのに主食になりそうな豚バラが1パックだけ…!!」
伊織は思わず冷蔵庫の前でガクリと項垂れた。銀時のおかずを時折奪うほど食欲旺盛な神楽を思い浮かべ、ひもじい思いはさせたくない…!と頭を悩ませる。
おそらく今の冷蔵庫の状況だと、今日は食材を買い込む日だろう、と予想を立てて明日の朝食に残す食材のことは考えずに調理に取りかかった。
「大丈夫よね…さすがに食材、買ってくるよね。新八くんは朝冷蔵庫見ただろうし、多分大丈夫。
もしもの時はスーパーまでの道のり覚えたし急いで買いに行けば…!」
ぶつぶつと呟きながら小鍋に水を入れていく。水をくべた小鍋を火にかけるとと、カレー作りで余ったじゃがいもと人参、全体の4分の1ほど残っていた大根に少し萎びてしまった長ネギを乱切りといちょう切りにしていく。
紙パックの開きをまな板の上に置き、冷蔵庫から取り出した豚バラを食べやすい大きさに切り、ざるに入れた頃ちょうどお湯が沸いた。素早く火を止め、お肉にサッと湯通しをした後、少し大きめの鍋にごま油を敷き肉を中火で炒める。良い感じに色が変わってきたところで長ネギ以外の野菜を投入し、軽く炒めたところで水を加え、ついでに顆粒のだしを加えて一煮立ちするのを待つ。
「ゴボウとかこんにゃくがあればもっと具沢山でお腹いっぱいになるかもだけど、生憎今はないからなあ。」
ふんふんと鼻歌を歌いながらこの後の調理を頭の中で整理していく。
煮立ったところで灰汁を取り除きながらジャガイモなどが柔らかくなるまで弱い中火でコトコトと煮込むこと10分弱。じゃがいもにすっと菜箸が通るくらい柔らかくなったところでお味噌を加え、素早く長ネギも投入した。一煮立ちしたところで火を止めて蓋をしておく。
彼らが帰ってきたら温め直して完成だ。
「いけない!肝心のお米炊くの忘れてた!」
野菜を取り出そうとしたときに主食の米の存在に気付き、慌てて米櫃からお米を取り出す。2合測りとり、炊飯ジャーを眺めてはて、と首を傾げた。
「新八くんいつもどれくらい炊いてるんだろう…。正直四人分で2合あれば余るくらいだよね。うーーん、でもみんな食べ盛りだし…」
悩みながらもう一合追加してじっとお米を見つめる。あと一合追加すべきか否か…。内鍋に入った米を見つめ数十秒ほど悩んだが、ええいままよ!ともう一合追加し、ドンッとシンクにおいた。家族三人で暮らし、大学生になってからは一人暮らしを始めた伊織にとって4合炊きはもはや未知の領域である。
三度ほど水を入れ替え米を洗い、内鍋に記された通りのところまで水を注ぐ。時計の針を見ると現在時刻は5時45分頃。早炊きなら30分ほどでできるだろうと思い、申し訳程度に10分ほど米を浸水させておく。
その間に木綿豆腐を取り出し一口大に切ると、キッチンペーパーを敷いた皿の上に置き、水切りをする。
ナスのガクの余分な部分を切り落とし、大きめに切ったところでようやく炊飯開始のボタンを押し、ついでに豆腐を裏返した。
フライパンにサラダ油を薄く敷き、熱している最中にナスを水に浸してアク抜きをし、小さめのバットに小麦粉と片栗粉を適量とり、そこに豆腐を落として満遍なく粉をつける。
ナスの水気をしっかりと拭き取り、フライパンを傾けて油に菜箸を突っ込む。
シュワシュワと泡が出続けていることを確認して油が飛ばないようにナスを落とす。1、2分ほど揚げたところで素早く取り出し、次に豆腐をそっと油の中へ落とす。こちらは時々面を返しながら3、4分ほど揚げる。
全て取り出したら次はつゆ作り。
これぞ3口コンロだからこそ為せる技ね、なんて思いながら小鍋に水や醤油、みりん、砂糖と少量の出汁を加えて温める。
菜箸でくるくるとかき混ぜていると玄関の戸が開く音がした。
慌てて火を切り、菜箸を置くのも忘れて玄関に向かう伊織。
ただいま〜、と少しお疲れ気味の声音で靴を脱いでいるところに声を掛けた。
「お、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です。
あの、一応少しだけお夕飯の準備をしていたんですけど…」
迷惑でしたか?と尻すぼみになりながら彼らを見遣ると、三人は驚いたような表情をしていた。
神楽はほらね!とでも言いたげな顔で新八と銀時を見ると一目散に伊織に駆け寄り抱きついてきた。
「やっぱり!なんか良い匂いがしてたから絶対伊織ちゃんがご飯作ってるって思ったアル〜!!」
「うわあ!あんなすっからかんの冷蔵庫からご飯作ってくれたなんて本当に嬉しいです!よかったですね、銀さん。今日の晩ご飯は卵かけご飯じゃないですよ!」
「絶対ぇ神楽の勘違いだと思ったのに…クソ、酢昆布3箱…!!
でもありがとよ。おかげでTKGを回避できた。」
ありがたや〜と伊織を拝む三人にそんなに大層なものでは無いし、お口に合うかもわかりません!!とオタオタした。
「と、取り敢えず、もうすぐできそうなので待っていてくださいね。疲れているでしょうし。」
照れ笑いを浮かべながら彼らにそう告げるとパタパタと台所に駆け込んだ。
そんな彼女の様子を見た銀時が顎に手を当てながら呟く。
「なんか、新婚さんみてぇだな。あ、ちなみに俺が夫でお前らはガキな。」
「何ふざけたことぬかしてるアルか。」
「伊織さんがご飯作ってないに賭けた銀さんが言えたことじゃ無いでしょーよ。」
神楽と新八、それに定春までもがシラけた顔で銀時を睨む。
年齢的にそーなるだろうが!と叫ぶ銀時の弁明は誰も聞かずにさっさと歩き出した。
新八はスーパーの袋を持って台所に入ると、漂う良い香りに思わずうわぁと感嘆の声をあげた。
「新八くん、私、豚汁と揚げ出し豆腐しか作っていないんだけど足りるかなぁ?あとお米は4合も炊いちゃって、」
「全然足りますよ!うちは大抵おかずなんて1食か2食しか作っていませんし。っていうかないことだってザラなんですけどね…。
米も神楽ちゃんがたくさん食べるので4とか5合炊きは当たり前でしたので十分です!」
「よかった…。それと食材を結構使い切っちゃったから新八くんが今日買ってきますように!ってずっとお祈りしてたの。ふふふ、願いが届いてよかった。これで明日の朝食の悩みが一つ消えたよ。」
はぁあああと胸を撫で下ろす伊織に笑いかけながら買ってきた食材たちをしまっていった。
料理を盛り付け、新八に手伝ってもらいながら今に運び終えると、伊織は緊張した面持ちで三人を見た。
いただきます、と手を合わせ、それぞれが料理に手を付ける。
な、なんかこれ以上ないくらいに緊張する…!!!とテーブルの下で両手を握り締め、反応を待つ。
すると神楽がターン!と音を立ててお椀をテーブルに置いた。
「………め、」
「め…?」
「めっっっっちゃ美味しいアル!!!!私こんな美味しい豚汁初めて食べたネ!」
「まじで仕事終わりにこの一杯は染みるわ〜…」
「揚げ出し豆腐もつゆと相まってすごくご飯が進みます…!!」
各々が美味い美味いと勢いよく料理を平らげていく姿を見て、伊織は息をつきへにゃりと笑った。
「はぁ、よかったぁ…。豚汁はおかわりあるのでたくさん食べてくださいね。」
伊織の言葉を聞いた瞬間に神楽が駆け出し、負けじと銀時も後を追うと、台所からはギャーギャーと騒ぐ声が聞こえた。
「すみません、騒がしくて…。」
「ううん、良いの。こんなに喜んでもらえてすごく嬉しいから。」
気を良くした伊織は揚げ出し豆腐が乗った皿をはい、と新八に差し出した。
「揚げ出し豆腐の感想を真っ先に言ってくれた新八くんにはこれあげる。二人には内緒だよ?」
「えっ!良いんですか?」
「ほらほら、二人が戻ってくる前に早く食べちゃって。」
伊織の優しい誘惑に打ち負けた新八はパクリとお豆腐を食べ、幸せそうな顔をした。
そんな様子を見て伊織も笑みを零す。
お椀いっぱいに豚汁をよそってきた二人を見て、新八も慌てて台所へと駆け出す。
このように3日目の夜は一等騒がしい夕飯争奪戦が起こったのであった。
さらに次の日は伊織と遊んで良いというお達しを受けた神楽は大いにはしゃぎ、きれいに磨かれたお風呂におひさまの匂いがする布団に興奮の熱は冷めやらず、いつも以上に機嫌をよくしていたがそのうち糸が切れたかのようにソファでコテンと寝てしまった。
伊織の膝の上ですやすやと寝息を立てる神楽を銀時は呆れ顔で小突き、押入れまで抱えて行った。伊織もお布団を押し入れに入れようとついて行く。
敷き詰めた布団の上にゴロリと神楽を転がすと銀時は肩を回しながらさっさとソファに戻ったが、伊織は一時寝顔を見つめた後、おやすみなさいと言って襖を閉めた。
まだ寝るには早いかな、と伊織はちょこんとソファの端に座った。二人の間に会話はなく、時計の針がチクタクとなる音だけが響く。
息を吸い込み、話しかけようとした瞬間にバチリと銀時と目が合い、思わず固まってしまった。
すると銀時が視線を床に落としながら口を開いた。
「…そういや、寝巻き。変わったのな。」
「へ、あ、はい…。新八くんのお姉さんが譲ってくださって…」
再び沈黙が訪れる。
き、気まずい…!と内心汗をかきながら次は伊織から銀時に話しかけた。
「あの!えと、今日、お布団干したので…坂田さんのお布団、きっと気持ちいいと思うんです。
今日は、というか、今日から寝場所を交換しませんか?」
突然の提案に銀時はぽかんとした表情で伊織を見つめる。
いやいやと遠慮するも、伊織は自分がソファで寝て銀時が布団で寝るメリットや全く抵抗がないことを強く伝えると、銀時は今までになく喋り掛けてくる伊織に圧倒されたのか、勢いではいと了承してしまったのだった。
伊織は罪悪感からいくらか解放されたおかげで気が休まった。
「坂田さん、昨日も今日も、朝すごく寒そうに縮こまっていたので本当に申し訳ないと思ってて…。今日はお仕事でお疲れだと思うのでしっかり休んでくださいね。」
「お、おう。」
銀時は言えなかった。連日せっせと布団をかけ直してすみませんと健気に謝る伊織の優しさが実はめちゃくちゃ嬉しく、本当なら明日もやってほしいくらいだ、なんて言えるはずがなかった。そう、この男。今日の朝に関してはまた同じように気にかけてくれるのか、意図的に布団をずらして反応を待っていたのだ。
伊織の優しさを試したこの男にはいつか天誅が下されるであろう。
その後は二人ともしどろもどろになりながら、とりあえず寝るか、という銀時の言葉を皮切りにいそいそと寝る準備をはじめ、万事屋に灯る明かりは消えた。
3日目にして、明らかに質は落ちているもののほんの少しだけ眠ることのできた伊織は小さく息を吐いた。
体調が優れているかと言われたら正直YESとは言えないものの、この蓄積された疲れは今の生活環境に慣れればいずれ消えていくものだろうと自分に言い聞かせる。
その日は神楽に引っ張られ町内中を歩き回り遊び尽くした。
仕事の依頼がある日はスナックお登勢でお手伝いをし、時間がある時は万事屋の誰かに連れられてかぶき町を散策。似たような生活を繰り返すこと早一週間。
万事屋のお手伝いもそれなりに板についてきた頃、インターホンが鳴り、誰かの来客を告げた。
______________________
元の世界への郷愁は降り積もる不安によって埋もれていく。