とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
第1章 狭間で揺れ動くは儚き花
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新八と神楽は町をプラプラと歩いていた。どこか浮かない表情で、二人の間に会話はない。
「あら、新ちゃん、神楽ちゃん。」
「姉御、九ちゃん…。」
少し先でお妙と九兵衛が手を振っていて、神楽と新八は二人の元へ駆け寄った。
「二人とも仕事の帰り?銀さんはどうしたの?」
「銀ちゃんは仕事終わった後ヅラに会いに行くって言ってたアル。」
「僕たちは一足先に万事屋に戻るところです。」
二人の声音に覇気がないことが不思議なのか、九兵衛は首を傾げて二人の顔を見た。いつもは快活に笑ってはしゃいでいるのにどうしたのだろうか。
「二人はどう「お妙さあああああああああん!!!!!!」
九兵衛が新八達に尋ねようとしたその時、突然物陰から人が飛び出してきてお妙へと迫る。お妙はすでに予期していたのか、スッと拳を握り締めて飛び込んでくる人物こと、近藤に向けて一発決めた。
「九ちゃんが喋っている途中でしょうがぁああああああ!!!!」
いつもの如く地面に沈んだ近藤の姿に同情するものはここにはいない。
お妙が息をついて手を払っていると、土方達がやって来た。
「なんだ、万事屋んところのガキどももいるじゃねえか。」
「おーい近藤さん、大丈夫ですかィ。」
「さっさとあのゴリラを回収して欲しいところだけど…丁度よかったわ。私土方さん達とお話をしたかったの。少し皆でお茶でもどうです?」
お妙はニコニコと柔和な笑みを浮かべて近くの茶屋を指さした。穏やかな雰囲気ではあるが、有無を言わせないオーラが漂っている。
土方は二つ返事で了承して隊士達に先に戻るよう伝えた。
「じゃあ僕たちはこれで…。」
「あら、新ちゃんたちも折角なんだから奢ってもらいましょうよ。」
お妙は九兵衛と新八達の手を引いてさっさと茶屋へと入って行く。土方と総悟と山崎は近藤を回収して彼女達の後を追った。
茶屋に入るとお妙はすでに注文を済ましていて、土方達に座れと無言の圧力をかけてくる。なんとなく話の内容を察した土方は少しだけ苦い顔をして大人しく席についた。
「近藤さん。私が言いたいこと、何か分かっています?」
「え!?も、もしかして俺とけっこ」
お妙はニコニコ顔のまま、ドシャっと近藤の顔をテーブルに叩きつけた。
土方は頭に手を当ててため息をつく。
「…神崎のことか。」
「あら、土方さんはちゃんと分かってるじゃないですか。」
うふふと頬に手を当てて笑うお妙に、九兵衛はおずおずと小さく声をかけた。
「水を差してすまない妙ちゃん。その、神崎さんとは?」
「あぁ、そういえば九ちゃんはまだ会った事ないわね。ほら、前に話したでしょう?」
「確か、…伊織さん、だったか。とても穏やかで優しげな人だって言っていたような。」
九兵衛は以前お妙から聞いたことを思い出してあぁ、頷いた。
「…その、すまなかったと思ってる。」
「フン、謝罪なんて聞き飽きたアル。」
「なんでィ。今日は一段と機嫌が悪ぃじゃねえか。」
「オイ伊織ちゃんの下僕が軽々しく口叩くんじゃねえヨ。しばくぞこのクソサド!!」
神楽が身を乗り出して総悟に突っかかろうとしたところを新八が慌てて宥めた。神楽は腕を組んでプイッとそっぽを向く。
新八は神楽の心境を代弁するかのように語り出した。
「伊織さん、万事屋に帰ってきてからずっとから元気っていうか…。すごく無理して笑ってるんです。時々怯えてたり、怖がってて、でも迷惑かけないようにって平気なフリをしていて。」
「全然私たちのこと頼ってくれないアル。迷惑なんてこれっぽっちも思ってないのに…。」
神楽は浮かない顔で机に頭をもたげてだんごを口にした。お妙はそんな神楽を撫でて慰める。
山崎は太ももにおいた拳を握りしめて下唇を噛み締めた。
「伊織さんは、何か危険な目に遭ったのか?」
「えぇ、真選組のお手伝いをしていたら事件に巻き込まれて…。一生消えない傷も負っちゃったの。一度お見舞いに行った時に見せてもらったけど、痛々しかったわ。」
「か弱い女性にそのような傷…真選組はどう責任を取ったんだ。」
九兵衛は眉を潜めて土方達を睨んだ。もしこれが伊織さんではなく、お妙だったら。そう考えただけで腸が煮えくり返りそうだ。
「責任も何も…。伊織さんからはこれと言ったお咎めは無かったんです。強いていうなら、入院費払って、あと山崎さんのほっぺたをこう…むにゅってしたくらいですよ。」
「は?そんなもので責任を取ったとでもいうのか?」
九兵衛は心底訳が分からないようで、とても戸惑った表情をしている。そして土方達を睨みつけて刀に手をかけた。
「笑止千万。一人の女性を傷物にして責任の一つも取れないなど武士の風上にも置けないぞ。立て。この僕が…」
「ま、待ってください九兵衛さん!!」
「何故止める?君たちこそそんなもので彼らを許せるとでも思っているのか?僕はもし妙ちゃんが同じことをされたら絶対に許せない。甘いにも程があるぞ、新八君。」
「思ってるわけないアル。」
新八に掴みかかろうとしていた九兵衛は神楽の声に振り向いた。
神楽は湯飲みの中をじっと眺めながら眉間にシワを寄せている。
「私たちだってコイツらのことは許せないネ。でも伊織ちゃんはコイツらが責任感じて落ち込んでても、私達がコイツらを責めても、すっごく悲しい顔するアル。
私はもうこれ以上伊織ちゃんを落ち込ませたくないアル。だからムカつくけどもう真選組のことは責めない。お前らも伊織ちゃんの前で暗い顔すんじゃねーぞ。」
「…君たちがそれで納得しているなら僕が口を挟むのは野暮だな。気を立ててすまなかった。」
九兵衛は刀から手を離して座りなおす。新八はホッと胸を撫で下ろして土方達と向き合った。
「神楽ちゃんの言う通りです。僕たちが一番許せないのは伊織さんに傷を負わせた攘夷浪士だから、近藤さんたちを悪く言うつもりはありません。」
「…つくづく甘ぇヤツだ。」
守れなかった俺たちを一切責めるつもりがねぇなんてアイツの沸点は一体どれだけ高ぇのやら…前世は菩薩か何かか?
土方はフゥッと紫煙を燻らせて外を眺めた。
その横で山崎が引き締まった顔つきで面を上げる。
「協力するよ。俺、伊織ちゃんがまた今までみたいに笑ってくれるようにできることはなんでもする。」
「山崎さん…」
「ザキだけじゃねえさ。俺たち真選組が一肌脱ごうじゃねえか!
伊織さんには世話になったしな。恩人が困ってるっていうのに黙って指咥えてるだけなんて漢が廃るってもんだ。
見ててくださいお妙さん!俺たちが必ずや伊織さんを元気にさせて見せますよ!!」
「新ちゃん、神楽ちゃん、私も協力するわ。あんなに素敵で可愛らしい伊織さんが塞ぎ込んでるなんて見てられないもの。もっと仲良くなりたいしね。」
「ちょ、お妙さん、無視しな」
「僕もできることがあるならぜひ手伝わせてくれ。妙ちゃんがそこまで言う人だ。きっととても良い人なんだろう。不埒な男どもから守ることなら任せてくれ。」
「え、あの聞い」
「姉上に九兵衛さんまで…!」
近藤はポロリと涙をこぼしたが、誰も彼の涙を拭こうとするものはいなかった。
「で、具体的に俺たちぁ何を手伝えば良いんでさァ。」
「それが分かってたらこんなに悩んでねーんだヨ!お前バカだろ!?」
「なんだとクソアマ。やんのかゴラァ」
「だあああ!!やめろ総悟!お前も落ち着け!」
臨戦態勢に入りそうな二人を土方が頭を押さえつけて宥める。
総悟と神楽が落ち着いたところでシンキングタイムに入った。
「うーん…やっぱり女の子なんだし買い物とかしたら気分上がるんじゃない?」
「無難すぎでさァ。」
「無難だな。」
「あぁ、無難だ。」
「べ、別に良いじゃないですか!」
「伊織さん、あんまり物を増やしたがらないんですよね。お登勢さんや姉上から頂いたものとか、銀さんに買ってもらったものがあるから十分だって言ってました。」
「そっかぁ…。」
「嫌なこと忘れてえなら酒でしょ。姐さんのとこでまた飲みゃ良いんじゃねえですかィ。」
「お、お前にしては悪くないアルな。」
「なんでィ。何ちょっとワクワクした顔してやがる。気色悪ぃぞチャイナ。」
「うっさいアル!別にお前には関係ないネ!」
神楽は以前、酔った勢いで伊織に超絶なでなでされたことを思い出して緩みそうな頬をぐっと引き締めた。
「却下だ。神崎は怪我人だ。傷に障る。」
「な!!……それならしょうがないアルな。ハァ…」
「そうねぇ。滋養のつくものでも食べさせたら良いんじゃない?私、伊織さんの為なら腕を振るうわよ!」
「いいいいいいや!!!姉上!!伊織さんはまだ胃が弱ってると思うので姉上の料理はちょっと、まだ、食べられないと思います!!」
「だからこそ滋養のつくものを…」
「姉御!それはまた別の機会にするヨロシ!!!」
「あら、残念だわ。」
姉上の料理なんて食べた暁には伊織さんやられちゃうよ…!!!と決して口には出さないが、伊織の危機を回避できた新八は肩の力を抜いた。
しかし、皆でいくら頭を悩ませてもなかなか良い案が思い浮かばない。
新八は何度目か分からないため息をついて外を見た。どんよりとした雲が空を覆い尽くして、ポツポツと雨が降っている。
「雨、降ってきましたね。」
「…私伊織ちゃんが心配ネ。新八、そろそろ万事屋に戻るアル。」
「そうだね。全然話進んでないけど…。
姉上達、僕たち伊織さんのところに帰ります。」
「えぇ、そうしてあげて。そうだ、今度一緒にお茶でも行きましょうって伝えてくれる?九ちゃんも紹介したいし。」
「分かりました。それじゃあ、お先に失礼します。」
新八と神楽は人のまばらな道を駆け足で過ぎ去った。
「伊織さんは万事屋にとって大切な人なんだな。」
「ふふ、九ちゃんも会って話してみたら分かるわ。本当に優しくて花のような人よ。
次傷つけたら皆さんのこと処すつもりだったんだけど…伊織さんが悲しむなら出来ないわね。」
山崎はお妙のオーラに震え上がり、冷や汗が全身を伝った。
その後、お妙にネチネチとお小言を言われ、まるで胃を雑巾のように絞られた気分になる。
もうやめてくれ…と細々と息を吐いていると、お妙と九兵衛がようやく立ち上がった。
「じゃあ私たちもそろそろ。お代、お願いしますね。」
「お妙さん!雨が降っているので俺と相合傘でも…!」
「結構です。九ちゃんの傘に入れてもらうので。」
「失礼する。」
お妙は近藤の誘いをバッサリと断って九兵衛と共に出て行った。
近藤達も少しして会計を済まし、屯所へと道を急ぐ。
「こりゃ今晩は荒れそうだな…。」
冷たい風と共に寒雨が身体にふきつける。土方は肩を竦めてポケットに両手を突っ込んだ。
時刻は3時過ぎだというのに、陰雲が日を遮って辺りは薄暗い。
こんなんじゃ碌にタバコも吸えやしねえ…
舌打ちをして苛々と足を進めていると、前方から人影が駆けてくる。
これくらいの雨脚でそんなに急ぐもんか?と眉を潜めてその人物を凝視した。
「…万事屋?」
忙しなく辺りを見渡しながら走る人影は、銀時だった。土方達が目に入った瞬間、「オイ!!!」と叫ぶ。
「どうしたんだ万事屋?そんなに息を切らして…」
「お前ら伊織見てねえか??!!」
銀時は荒い息を吐きながら近藤に詰め寄って問いただした。近藤は銀時に気圧されながら答える。
「見たも何も…万事屋にいるんだろ?さっき新八くん達がそう言っていたぞ。」
「さっきっていつだ?!新八と神楽はいつ万事屋に戻った?!」
「つい20分ほど前ですよ、旦那。」
山崎の言葉に銀時は「クソッ!ほぼ入れ違いかよ…!」と頭を掻き毟る。
「旦那、一体何があったんでさァ。」
「伊織が突然万事屋から出て行ったんだよ!安静にしてろって言われてんのによお!!
つーかお前らに構ってる暇なんてねえから俺ぁもう行くぞ!!」
そう言って走り去ろうとする銀時を土方は制止した。
「アイツがいつ出たかわかんねえんだろ。もし昼に出てりゃ、かぶき町にはもういねえぞ。」
「だからなんだ。諦めろってか?」
「…馬鹿違ぇよ。パトカー出してやる。黙ってついて来い。
近藤さん、いいか?」
「頼むトシ。俺は屯所で待機しておくぞ。
総悟、ザキ!お前らは町内を隈無く探せ!」
「了解でさァ」
「分かりました!」
「オイ!ばーさんに新八と神楽にも探すように言付けた。アイツらと協力して探してくれ!!頼む!!」
銀時は二人の背中に向かって叫び、土方と近藤と共に屯所を目指した。
*
新八と神楽が万事屋へ帰ると、扉の前にお登勢が立っていた。
二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「アンタ達、銀時からの伝言だよ。『伊織がいなくなった。二人で協力してかぶき町内を探せ』だと。」
「え、ど、どういうことですか?!いなくなった…?」
動揺が隠せない二人に、お登勢は中へ入るよう顎で促す。
乱雑に扉を開けると、玄関には耳をペタンと垂れさせた定春が不安げな目でこちらを見つめていた。神楽と新八を見ると、二人をぐいぐいと鼻で押して居間へと連れていく。
押入れの襖が中途半端に開き、伊織が教材やらをしまっている箱が飛び出していて、今朝方着ていた着物が床に広がっていた。まるで脱いだものをそのまま落としたかのように。
「どうして着物が…?一体何が…」
「伊織ちゃん…」
定春は呆然と立ち尽くす二人を見て、事務所のテーブルから何かを咥えて持ってきた。
神楽がそれを受け取って広げる。クシャリと握り潰してあるのは銀時の仕業だろうか。
「『帰り道が分かったかもしれません。今までたくさん迷惑をかけてごめんなさい。本当に ごめんなさい』
…どういうことアルか?ねえ新八、伊織ちゃんはどこに行っちゃったアルか?!」
「分からない…でも、帰り道が分かったって…絶対ウソだよ。
だってこれ、きっと伊織さんの涙だ。」
新八は水滴が落ちて滲んだ文字をなぞってくしゃっと顔を歪めた。
文字は走り書きで、少し乱れている。最後に書いてある『ごめんなさい』の文字は手が震えたのか、文字が途切れている。
定春は「クゥウン…」と悲しげな声で鳴いて神楽にすり寄った。
「…定春、伊織ちゃんに待てって言われたアルか?」
「わん…」
新八は紙をテーブルに置き、玄関に向かう。
神楽は俯いて袖を握りしめた。
「行こう、神楽ちゃん。伊織さんを探しに行こう。」
「新八…」
「雨だって強くなってる。伊織さんのこと、放って置けないでしょ。銀さんだって今頃探し回ってるんだ。」
神楽は新八の目を真っ直ぐと見て頷く。
玄関を飛び出せば雨足が強まっていたが、二人は躊躇なく足を踏み出した。階段を駆け下りると、総悟と山崎が待ち構えていた。
「旦那から話は聞いた。伊織さん、とっとと探すぞ。」
総悟の言葉を皮切りに、四人はそれぞれの方向へと走り出す。
*
銀時と土方は屯所に着くとすぐにパトカーへと乗り込み、エンジンをかけるとすぐに走り出した。
「オイもっとスピード出せよ!」
「うっせ。これでも法定速度ギリギリで走ってんだよ!ちったぁ落ち着け馬鹿野郎。」
銀時は貧乏揺すりをしながら窓の外を凝視する。
あんな書き置きを残して出て行ったことに腹を立てる。しかしそれ以上に銀時の頭の中は不安でいっぱいだった。自分の知りうる限り、伊織はかぶき町の外に出たことがない。怪我も癒えていないし精神的に弱っている伊織がたった一人でどこで何をしでかすか、気が気でないのだ。
早まるんじゃねえぞ…伊織!!
銀時達の不安を煽るかのように、遠くで雷が落ちる音がした。
_______________
不安に苛まれているのはだあれ
「あら、新ちゃん、神楽ちゃん。」
「姉御、九ちゃん…。」
少し先でお妙と九兵衛が手を振っていて、神楽と新八は二人の元へ駆け寄った。
「二人とも仕事の帰り?銀さんはどうしたの?」
「銀ちゃんは仕事終わった後ヅラに会いに行くって言ってたアル。」
「僕たちは一足先に万事屋に戻るところです。」
二人の声音に覇気がないことが不思議なのか、九兵衛は首を傾げて二人の顔を見た。いつもは快活に笑ってはしゃいでいるのにどうしたのだろうか。
「二人はどう「お妙さあああああああああん!!!!!!」
九兵衛が新八達に尋ねようとしたその時、突然物陰から人が飛び出してきてお妙へと迫る。お妙はすでに予期していたのか、スッと拳を握り締めて飛び込んでくる人物こと、近藤に向けて一発決めた。
「九ちゃんが喋っている途中でしょうがぁああああああ!!!!」
いつもの如く地面に沈んだ近藤の姿に同情するものはここにはいない。
お妙が息をついて手を払っていると、土方達がやって来た。
「なんだ、万事屋んところのガキどももいるじゃねえか。」
「おーい近藤さん、大丈夫ですかィ。」
「さっさとあのゴリラを回収して欲しいところだけど…丁度よかったわ。私土方さん達とお話をしたかったの。少し皆でお茶でもどうです?」
お妙はニコニコと柔和な笑みを浮かべて近くの茶屋を指さした。穏やかな雰囲気ではあるが、有無を言わせないオーラが漂っている。
土方は二つ返事で了承して隊士達に先に戻るよう伝えた。
「じゃあ僕たちはこれで…。」
「あら、新ちゃんたちも折角なんだから奢ってもらいましょうよ。」
お妙は九兵衛と新八達の手を引いてさっさと茶屋へと入って行く。土方と総悟と山崎は近藤を回収して彼女達の後を追った。
茶屋に入るとお妙はすでに注文を済ましていて、土方達に座れと無言の圧力をかけてくる。なんとなく話の内容を察した土方は少しだけ苦い顔をして大人しく席についた。
「近藤さん。私が言いたいこと、何か分かっています?」
「え!?も、もしかして俺とけっこ」
お妙はニコニコ顔のまま、ドシャっと近藤の顔をテーブルに叩きつけた。
土方は頭に手を当ててため息をつく。
「…神崎のことか。」
「あら、土方さんはちゃんと分かってるじゃないですか。」
うふふと頬に手を当てて笑うお妙に、九兵衛はおずおずと小さく声をかけた。
「水を差してすまない妙ちゃん。その、神崎さんとは?」
「あぁ、そういえば九ちゃんはまだ会った事ないわね。ほら、前に話したでしょう?」
「確か、…伊織さん、だったか。とても穏やかで優しげな人だって言っていたような。」
九兵衛は以前お妙から聞いたことを思い出してあぁ、頷いた。
「…その、すまなかったと思ってる。」
「フン、謝罪なんて聞き飽きたアル。」
「なんでィ。今日は一段と機嫌が悪ぃじゃねえか。」
「オイ伊織ちゃんの下僕が軽々しく口叩くんじゃねえヨ。しばくぞこのクソサド!!」
神楽が身を乗り出して総悟に突っかかろうとしたところを新八が慌てて宥めた。神楽は腕を組んでプイッとそっぽを向く。
新八は神楽の心境を代弁するかのように語り出した。
「伊織さん、万事屋に帰ってきてからずっとから元気っていうか…。すごく無理して笑ってるんです。時々怯えてたり、怖がってて、でも迷惑かけないようにって平気なフリをしていて。」
「全然私たちのこと頼ってくれないアル。迷惑なんてこれっぽっちも思ってないのに…。」
神楽は浮かない顔で机に頭をもたげてだんごを口にした。お妙はそんな神楽を撫でて慰める。
山崎は太ももにおいた拳を握りしめて下唇を噛み締めた。
「伊織さんは、何か危険な目に遭ったのか?」
「えぇ、真選組のお手伝いをしていたら事件に巻き込まれて…。一生消えない傷も負っちゃったの。一度お見舞いに行った時に見せてもらったけど、痛々しかったわ。」
「か弱い女性にそのような傷…真選組はどう責任を取ったんだ。」
九兵衛は眉を潜めて土方達を睨んだ。もしこれが伊織さんではなく、お妙だったら。そう考えただけで腸が煮えくり返りそうだ。
「責任も何も…。伊織さんからはこれと言ったお咎めは無かったんです。強いていうなら、入院費払って、あと山崎さんのほっぺたをこう…むにゅってしたくらいですよ。」
「は?そんなもので責任を取ったとでもいうのか?」
九兵衛は心底訳が分からないようで、とても戸惑った表情をしている。そして土方達を睨みつけて刀に手をかけた。
「笑止千万。一人の女性を傷物にして責任の一つも取れないなど武士の風上にも置けないぞ。立て。この僕が…」
「ま、待ってください九兵衛さん!!」
「何故止める?君たちこそそんなもので彼らを許せるとでも思っているのか?僕はもし妙ちゃんが同じことをされたら絶対に許せない。甘いにも程があるぞ、新八君。」
「思ってるわけないアル。」
新八に掴みかかろうとしていた九兵衛は神楽の声に振り向いた。
神楽は湯飲みの中をじっと眺めながら眉間にシワを寄せている。
「私たちだってコイツらのことは許せないネ。でも伊織ちゃんはコイツらが責任感じて落ち込んでても、私達がコイツらを責めても、すっごく悲しい顔するアル。
私はもうこれ以上伊織ちゃんを落ち込ませたくないアル。だからムカつくけどもう真選組のことは責めない。お前らも伊織ちゃんの前で暗い顔すんじゃねーぞ。」
「…君たちがそれで納得しているなら僕が口を挟むのは野暮だな。気を立ててすまなかった。」
九兵衛は刀から手を離して座りなおす。新八はホッと胸を撫で下ろして土方達と向き合った。
「神楽ちゃんの言う通りです。僕たちが一番許せないのは伊織さんに傷を負わせた攘夷浪士だから、近藤さんたちを悪く言うつもりはありません。」
「…つくづく甘ぇヤツだ。」
守れなかった俺たちを一切責めるつもりがねぇなんてアイツの沸点は一体どれだけ高ぇのやら…前世は菩薩か何かか?
土方はフゥッと紫煙を燻らせて外を眺めた。
その横で山崎が引き締まった顔つきで面を上げる。
「協力するよ。俺、伊織ちゃんがまた今までみたいに笑ってくれるようにできることはなんでもする。」
「山崎さん…」
「ザキだけじゃねえさ。俺たち真選組が一肌脱ごうじゃねえか!
伊織さんには世話になったしな。恩人が困ってるっていうのに黙って指咥えてるだけなんて漢が廃るってもんだ。
見ててくださいお妙さん!俺たちが必ずや伊織さんを元気にさせて見せますよ!!」
「新ちゃん、神楽ちゃん、私も協力するわ。あんなに素敵で可愛らしい伊織さんが塞ぎ込んでるなんて見てられないもの。もっと仲良くなりたいしね。」
「ちょ、お妙さん、無視しな」
「僕もできることがあるならぜひ手伝わせてくれ。妙ちゃんがそこまで言う人だ。きっととても良い人なんだろう。不埒な男どもから守ることなら任せてくれ。」
「え、あの聞い」
「姉上に九兵衛さんまで…!」
近藤はポロリと涙をこぼしたが、誰も彼の涙を拭こうとするものはいなかった。
「で、具体的に俺たちぁ何を手伝えば良いんでさァ。」
「それが分かってたらこんなに悩んでねーんだヨ!お前バカだろ!?」
「なんだとクソアマ。やんのかゴラァ」
「だあああ!!やめろ総悟!お前も落ち着け!」
臨戦態勢に入りそうな二人を土方が頭を押さえつけて宥める。
総悟と神楽が落ち着いたところでシンキングタイムに入った。
「うーん…やっぱり女の子なんだし買い物とかしたら気分上がるんじゃない?」
「無難すぎでさァ。」
「無難だな。」
「あぁ、無難だ。」
「べ、別に良いじゃないですか!」
「伊織さん、あんまり物を増やしたがらないんですよね。お登勢さんや姉上から頂いたものとか、銀さんに買ってもらったものがあるから十分だって言ってました。」
「そっかぁ…。」
「嫌なこと忘れてえなら酒でしょ。姐さんのとこでまた飲みゃ良いんじゃねえですかィ。」
「お、お前にしては悪くないアルな。」
「なんでィ。何ちょっとワクワクした顔してやがる。気色悪ぃぞチャイナ。」
「うっさいアル!別にお前には関係ないネ!」
神楽は以前、酔った勢いで伊織に超絶なでなでされたことを思い出して緩みそうな頬をぐっと引き締めた。
「却下だ。神崎は怪我人だ。傷に障る。」
「な!!……それならしょうがないアルな。ハァ…」
「そうねぇ。滋養のつくものでも食べさせたら良いんじゃない?私、伊織さんの為なら腕を振るうわよ!」
「いいいいいいや!!!姉上!!伊織さんはまだ胃が弱ってると思うので姉上の料理はちょっと、まだ、食べられないと思います!!」
「だからこそ滋養のつくものを…」
「姉御!それはまた別の機会にするヨロシ!!!」
「あら、残念だわ。」
姉上の料理なんて食べた暁には伊織さんやられちゃうよ…!!!と決して口には出さないが、伊織の危機を回避できた新八は肩の力を抜いた。
しかし、皆でいくら頭を悩ませてもなかなか良い案が思い浮かばない。
新八は何度目か分からないため息をついて外を見た。どんよりとした雲が空を覆い尽くして、ポツポツと雨が降っている。
「雨、降ってきましたね。」
「…私伊織ちゃんが心配ネ。新八、そろそろ万事屋に戻るアル。」
「そうだね。全然話進んでないけど…。
姉上達、僕たち伊織さんのところに帰ります。」
「えぇ、そうしてあげて。そうだ、今度一緒にお茶でも行きましょうって伝えてくれる?九ちゃんも紹介したいし。」
「分かりました。それじゃあ、お先に失礼します。」
新八と神楽は人のまばらな道を駆け足で過ぎ去った。
「伊織さんは万事屋にとって大切な人なんだな。」
「ふふ、九ちゃんも会って話してみたら分かるわ。本当に優しくて花のような人よ。
次傷つけたら皆さんのこと処すつもりだったんだけど…伊織さんが悲しむなら出来ないわね。」
山崎はお妙のオーラに震え上がり、冷や汗が全身を伝った。
その後、お妙にネチネチとお小言を言われ、まるで胃を雑巾のように絞られた気分になる。
もうやめてくれ…と細々と息を吐いていると、お妙と九兵衛がようやく立ち上がった。
「じゃあ私たちもそろそろ。お代、お願いしますね。」
「お妙さん!雨が降っているので俺と相合傘でも…!」
「結構です。九ちゃんの傘に入れてもらうので。」
「失礼する。」
お妙は近藤の誘いをバッサリと断って九兵衛と共に出て行った。
近藤達も少しして会計を済まし、屯所へと道を急ぐ。
「こりゃ今晩は荒れそうだな…。」
冷たい風と共に寒雨が身体にふきつける。土方は肩を竦めてポケットに両手を突っ込んだ。
時刻は3時過ぎだというのに、陰雲が日を遮って辺りは薄暗い。
こんなんじゃ碌にタバコも吸えやしねえ…
舌打ちをして苛々と足を進めていると、前方から人影が駆けてくる。
これくらいの雨脚でそんなに急ぐもんか?と眉を潜めてその人物を凝視した。
「…万事屋?」
忙しなく辺りを見渡しながら走る人影は、銀時だった。土方達が目に入った瞬間、「オイ!!!」と叫ぶ。
「どうしたんだ万事屋?そんなに息を切らして…」
「お前ら伊織見てねえか??!!」
銀時は荒い息を吐きながら近藤に詰め寄って問いただした。近藤は銀時に気圧されながら答える。
「見たも何も…万事屋にいるんだろ?さっき新八くん達がそう言っていたぞ。」
「さっきっていつだ?!新八と神楽はいつ万事屋に戻った?!」
「つい20分ほど前ですよ、旦那。」
山崎の言葉に銀時は「クソッ!ほぼ入れ違いかよ…!」と頭を掻き毟る。
「旦那、一体何があったんでさァ。」
「伊織が突然万事屋から出て行ったんだよ!安静にしてろって言われてんのによお!!
つーかお前らに構ってる暇なんてねえから俺ぁもう行くぞ!!」
そう言って走り去ろうとする銀時を土方は制止した。
「アイツがいつ出たかわかんねえんだろ。もし昼に出てりゃ、かぶき町にはもういねえぞ。」
「だからなんだ。諦めろってか?」
「…馬鹿違ぇよ。パトカー出してやる。黙ってついて来い。
近藤さん、いいか?」
「頼むトシ。俺は屯所で待機しておくぞ。
総悟、ザキ!お前らは町内を隈無く探せ!」
「了解でさァ」
「分かりました!」
「オイ!ばーさんに新八と神楽にも探すように言付けた。アイツらと協力して探してくれ!!頼む!!」
銀時は二人の背中に向かって叫び、土方と近藤と共に屯所を目指した。
*
新八と神楽が万事屋へ帰ると、扉の前にお登勢が立っていた。
二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「アンタ達、銀時からの伝言だよ。『伊織がいなくなった。二人で協力してかぶき町内を探せ』だと。」
「え、ど、どういうことですか?!いなくなった…?」
動揺が隠せない二人に、お登勢は中へ入るよう顎で促す。
乱雑に扉を開けると、玄関には耳をペタンと垂れさせた定春が不安げな目でこちらを見つめていた。神楽と新八を見ると、二人をぐいぐいと鼻で押して居間へと連れていく。
押入れの襖が中途半端に開き、伊織が教材やらをしまっている箱が飛び出していて、今朝方着ていた着物が床に広がっていた。まるで脱いだものをそのまま落としたかのように。
「どうして着物が…?一体何が…」
「伊織ちゃん…」
定春は呆然と立ち尽くす二人を見て、事務所のテーブルから何かを咥えて持ってきた。
神楽がそれを受け取って広げる。クシャリと握り潰してあるのは銀時の仕業だろうか。
「『帰り道が分かったかもしれません。今までたくさん迷惑をかけてごめんなさい。本当に ごめんなさい』
…どういうことアルか?ねえ新八、伊織ちゃんはどこに行っちゃったアルか?!」
「分からない…でも、帰り道が分かったって…絶対ウソだよ。
だってこれ、きっと伊織さんの涙だ。」
新八は水滴が落ちて滲んだ文字をなぞってくしゃっと顔を歪めた。
文字は走り書きで、少し乱れている。最後に書いてある『ごめんなさい』の文字は手が震えたのか、文字が途切れている。
定春は「クゥウン…」と悲しげな声で鳴いて神楽にすり寄った。
「…定春、伊織ちゃんに待てって言われたアルか?」
「わん…」
新八は紙をテーブルに置き、玄関に向かう。
神楽は俯いて袖を握りしめた。
「行こう、神楽ちゃん。伊織さんを探しに行こう。」
「新八…」
「雨だって強くなってる。伊織さんのこと、放って置けないでしょ。銀さんだって今頃探し回ってるんだ。」
神楽は新八の目を真っ直ぐと見て頷く。
玄関を飛び出せば雨足が強まっていたが、二人は躊躇なく足を踏み出した。階段を駆け下りると、総悟と山崎が待ち構えていた。
「旦那から話は聞いた。伊織さん、とっとと探すぞ。」
総悟の言葉を皮切りに、四人はそれぞれの方向へと走り出す。
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銀時と土方は屯所に着くとすぐにパトカーへと乗り込み、エンジンをかけるとすぐに走り出した。
「オイもっとスピード出せよ!」
「うっせ。これでも法定速度ギリギリで走ってんだよ!ちったぁ落ち着け馬鹿野郎。」
銀時は貧乏揺すりをしながら窓の外を凝視する。
あんな書き置きを残して出て行ったことに腹を立てる。しかしそれ以上に銀時の頭の中は不安でいっぱいだった。自分の知りうる限り、伊織はかぶき町の外に出たことがない。怪我も癒えていないし精神的に弱っている伊織がたった一人でどこで何をしでかすか、気が気でないのだ。
早まるんじゃねえぞ…伊織!!
銀時達の不安を煽るかのように、遠くで雷が落ちる音がした。
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不安に苛まれているのはだあれ