とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
第1章 狭間で揺れ動くは儚き花
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伊織は夜明けまでボーッと敬介と優子のことを眺めていた。
そろそろ起きても大丈夫かな、と思い、二人を起こさないように衝立の向こう側で着替えてから障子を開ける。
「おはようございます、山崎さん。」
「おはよう、伊織ちゃん。」
山崎は少し眠たそうにあくびをした後、ブルリと体を震わせた。
朝の空気は爽やかだけどとても冷たく、こんな中寝ずに過ごしていたと思うと山崎の体調が心配だ。
「二人が使っていたタオルケットですけど、よかったらどうぞ。」と山崎の肩にそっと掛けて一旦顔を洗いに行く。
少しして戻ると、部屋の中には入らず、山崎の隣に座った。
「やっぱり朝は冷え込みますね。空気が冷たい。」
「だね。思ってた通りだけど特に刺客もなく無事に夜を越せたよ。」
「えぇ、本当に良かった。あとは迎えを待つだけですね。」
二人がポツポツと話していると、廊下の角から土方がやってきた。
すでにタバコを吸っている。寝起きから吸うなんて彼はいわゆるヘビースモーカーというものなんだろうか?なんて考えながら挨拶をした。
「おはようございます、土方さん。」
「おはようございます、副長。」
「あぁ、おはよう。」
「あいつらは」と二人の様子を伺う土方。
伊織が小さく笑って「すやすや寝てますよ。」と答えると、煙を吐き出して「そうか」と答えた。
「覗いてみますか?寝顔、とっても可愛いですよ。」
伊織がちょいちょいと手招きをして土方と山崎と三人で二人の寝顔をみる。
「ったく、昼間もこれくらい大人しけりゃいいものを…。」
「寝顔は、可愛らしいですね。寝顔は!」
土方たちは昨日のことをよっぽど根に持っているのか悪態をつく。
伊織はクスクスと笑って障子を閉めた。
「今日は10時頃に迎えを遣すらしい。それまでに帰る準備をさせてくれ。」
土方は要件を伝えるとさっさと戻って行った。
その姿を見送った後に伊織はよし、と立ち上がる。
「さて、二人を起こさなきゃ。」
*
山崎と協力して二人を起こし、顔を洗わせたり朝食を食べさせたりとドタバタだった。
準備やら何やらを済ませた頃には約束の時間の15分ほど前になっており、伊織は二人と手を繋いで屯所の前へ行く。
山崎は手続きなどを済ませに土方のところへと向かった。
二人が草履を履いている間に門の外に目を向けるとすでに車が止まっており、伊織は二人の前に蹲み込んだ。
「敬介くん、優子ちゃん。もうお迎えが来てるみたい。お兄さんが来たら私ともさよならだね。」
「え〜!伊織も一緒に来てよ!!」
「優子ももっと伊織ちゃんと遊びたい!」
ムギュッと抱きつく二人の頭を撫でてあやす。
こんなに懐かれちゃうと私も離れがたいな…と少し寂しい気持ちが芽生える。
伊織は敬介と優子を抱きしめ返して笑った。
「お姉さんはあの寺子屋にいるから、寂しくなったら遊びにおいで。」
それから山崎が戻ってくるのを玄関で待ち続けていると、門の外に止まっている車から人が出てきて隊士の制止を振り切ってこちらへやって来る。
不審に思った伊織が二人の手を握り締めて自分の背に隠すと、その女性は伊織の前で立ち止まった。
「ちょっと困りますよ貴女!まだ手続きが終わっていないので勝手に連れて行こうとしないでください!」
「うるさいわね。急いでるのよ!少しくらいいいでしょ!!」
その女性は隊士が腕を掴むと鬱陶しそうにその手を振り払った。イライラとした声に子供は怯えを見せ、伊織の着物を掴んでその人物を見つめた。
「お母様…」
優子が小さく呟いた言葉でその女性が今の二人の母親だとわかった。
伊織が愛想良く挨拶するも、ギロリと睨んで返事を返さない。そして二人が伊織と手を繋いで、抱きついている様子を見て大きな舌打ちをする。
「私には懐かないくせにこの女にはなついてるってわけ?ハァ…だから私は嫌だったのよ!こいつらさえいなければ…!!
ほら!とっとと行くわよ!車に乗りなさい!」
二人を強引に連れて行こうとするその女性を隊士と伊織は止める。
「待ってください!まだ手続きが…!」
「落ち着いてくださいお母様!」
「うっさいわね!あんたたちもさっさとその女から離れなさいよ!!」
だんだん玄関が騒がしくなって来ると山崎が近藤や土方を連れてやってきた。
隊士が彼らに援助を求めると、女は慌てたように車に向かって叫ぶ。
「もういい!!この女ごと乗せて!!」
女の声を聞いて車から数人の男が出てきてこちらへと向かって来る。女を抑えていた二人の隊士は男どもに殴られ、振り払われて、伊織は敬介と優子と共に突然抱えられ、車の中へと投げ入れられた。
伊織達は車の中で羽交い締めされて口元に布を押しつけられる。子供はすでにクタリと意識を失い、伊織自身もかすれゆく意識の中で車の外に目を向ける。
最後に目に映ったのは必死にこちらを追いかけて来る土方達だった。
走り去る車を土方達は唖然としてみていた。
何故あそこまで強引に子供を連れて行こうとしたのか、伊織まで連れ去ったのか___
「一体どういうことだ?!あの女、ガキだけじゃなくなんで神崎まで連れてった?」
そんな中、土方の携帯に着信があった。
相手は見廻組局長、佐々木異三郎。
『あぁどうも、土方さん。実は例の脅迫文を送りつけた犯人についてなんですがどうも黒幕がいたようで。
今我々が保護している彼の妻が攘夷浪士と繋がっていたようです。』
「なんだと?!オイ山崎!さっきの女は?」
「間違いなく柏木の妻です!」
「クソッ!…おい佐々木、今し方ガキともう一人、女が連れ去られた。」
『また人質ですか、しかも次は一般人だなんて…。もはやお家芸ですね。ま、それはそうと私たち見廻組は今日、その攘夷浪士グループの一斉検挙する予定です。人質は助けたいのならそちらでなんとかして下さい。それでは。』
「な?!ちょっと待て!」
土方はツーツーと音を鳴らす携帯を握りしめた。
アイツらなら人質なんざ気にせず踏み込むに違いねえ!そうなったらガキと神崎は…!!
「…山崎、隊士全員集めろ。これから人質救出の作戦を立てるぞ!後、万事屋にも連絡入れとけ!!」
「は、はい!」
頼む!無事でいてくれ__!
焦りと不安を抱えながら土方は近藤の元へ向かった。
数十分後、真選組屯所の広間には隊士と万事屋が揃っていた。
神楽は番傘を土方の額に突きつけて声を荒げる。
「…オイどういうことアルか。なんで伊織ちゃんがこんなことに巻き込まれてるアルか?!お前ら一体何してたんだヨ?!」
「落ち着けよチャイナ。」
「これのどこが落ち着いていられるアルか?!きっと今頃伊織ちゃん怖がって泣いてるアル!!!」
今度は総悟の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
誰も何も言い返せずに黙っていたが、近藤が口を開いた。
「すまねえ万事屋。こうなっちまったのは他でもねえ俺の責任だ。必ずガキと伊織さんを救出する。ただ状況が少々厄介でな…、どうか伊織さんのためにも力を貸してくれ。」
「ったりめーだ馬鹿野郎。何のために来たと思ってんだ。お前ら、アイツにぶん殴られるの覚悟しとけよ。」
「…勿論だ。何発でも甘んじて、受け止めよう。」
近藤達が頷き、落ち着きを取り戻した神楽も銀時の元へ戻る。
ようやく真選組及び万事屋の作戦会議が始まった。
「いいか、今回アイツらを連れ去った攘夷浪士は最近穏健派から過激派に転身した秦野一派だ。おそらくソイツらと関わりを持って今回の事件を引き起こしたのはガキどもの母親、柏木みつ。そして見廻組が奴らの一斉検挙を目論んでいる。おそらく鉄の時と同様、人質には構わずに捕らえる気だ。つまり見廻組よりも先に動かねえと三人の命が危ない。」
鉄之助は自分が囚われたときのことを思い出してぐっと拳を握りしめた。彼の目には必ず見廻組よりも先に三人を救い出すという強い意志が宿っている。
また、それは鉄之助だけではなく、その場にいる者全員が思っていることでもある。
「副長、一つ疑問があるんですけど、三人は本当に人質として連れ去られたんでしょうか?」
三人が連れ去られたあの場にいた隊士が尋ねると、土方は「どういうことだ?」と首を傾げた。
「あのとき子供を連れて行くように指示していたのは二人の母親でした。でも子供が神崎さんからなかなか離れなくて痺れを切らしたかのように神崎さんごと乗せろと命令してたんです。まるで神崎さんは想定外だという感じで…」
ハッと顔をあげた他の隊士が深刻な顔つきで話し出す。
「そういえばあの女、子供と神崎さんを見て『あんたには懐いて私には懐かない』とか『こいつらさえいなければ』って言ってました。」
「柏木みつは柏木悟の目が届かない今、子供を殺そうと迎えに来た。そしてその子供が伊織ちゃんに懐いているのを見て逆上…想定外だけど一緒に連れ去ったということは…」
「___三人まとめて殺害する気か…?」
山崎の言葉に土方がそう続けるとスッとその場の温度が下がった気がした。
もしも仮説通りならば一刻の猶予もない。彼らの居場所を突き止めなければ助ける前に浪士どもに殺されるかもしれないし、居場所を突き止めても見廻組に先を越されたら乱闘に巻き込まれて死ぬかもしれない。
「クソッ!!奴らの居場所さえ分かれば…!!!」
ダンッと畳を叩いてタバコを噛み潰す。
思い浮かぶ案はどれも時間がかかるものばかりできっと間に合わない。
隊士達もざわついて策を講じる。そんな中、神楽が静かに立ち上がって縁側に座っている定春の元へ近寄った。
「定春。伊織ちゃんの匂い、辿れるアルか?」
神楽の問いに定春は尻尾をブンブンと振って「わん!」と答えた。
「馬鹿かお前!?神崎は車で連れ去られたんだぞ!辿る匂いなんて
「ここで下らない話し合いなんかするより何百倍もましネ!!」
土方の言葉を遮って神楽は叫ぶ。
神楽はすでに定春の背に乗り、出発する気満々だ。土方が呆然としていると、銀時と新八も立ち上がり外へ向かう。
「ま、神楽の言う事は最もだ。ここにいたってラチがあかねえ。」
「ですね。それに定春は伊織さんのことが大好きだからきっと居場所がわかります!」
土方は大きな舌打ちをして隊士達に告げた。
「お前らぁ!万屋の後に続け!!道中奴らの車がねえか死ぬ気で目ぇ懲らせよ!!」
隊士達は雄叫びを上げて動き出したのだった。
*
____うぅ…
伊織は薄暗い部屋の中で目を覚ました。ハッと辺りを見渡すと、敬介と優子もその場で気を失っている。
すぐさま二人に羽織をかけて頬を撫でた。
私が、この子達を守らなきゃ____
震える手を握りしめて息を整える。ぐっと歯を噛み締めて立ち上がり、部屋をうろつく。
恐怖や不安でこみ上げてきそうな涙を堪えるように何度も深呼吸をする。
どれだけ決意を固めても体の震えは止まらない。
どこかの事務室と言ったところだろうか。端のテーブルにはパソコンが二つ並んでいるが、そのモニターは割れて随分埃をかぶっている。
窓は無く、扉が手前に一つ。
逃げるにはこのドアから出るしか方法はなさそうだ。
「どうしよう…どうしたらいいの…?」
私には戦う力なんてないし、隙をついて逃げるような体力だって…。
伊織は自分の震える両手を見てぐるぐると思考を巡らせる。
二人を抱えて、この部屋を飛び出して逃げるの?
あの車に乗っていたのは四人くらいだった。でも今は場所が違うじゃない!ここには何人いるの?それを振り切って逃げられる?
自分の身体を抱きしめた。心臓は胸を突き破って出てきそうなくらいに激しく動いている。
カチャリ___
ドアが開いた音にばっと顔を上げて後ずさった。
入ってきたのは数名の男を引き連れた先ほどの女性。
みつは床に寝転がる敬介と優子をチラリと見た後に伊織を見つめる。
伊織はゴクリと唾を飲み込んで二人を守るように彼らの前に立ちはだかった。
__________________
警鐘は鳴り止まない。
それぞれの思惑が糸のように絡まっていく。
そろそろ起きても大丈夫かな、と思い、二人を起こさないように衝立の向こう側で着替えてから障子を開ける。
「おはようございます、山崎さん。」
「おはよう、伊織ちゃん。」
山崎は少し眠たそうにあくびをした後、ブルリと体を震わせた。
朝の空気は爽やかだけどとても冷たく、こんな中寝ずに過ごしていたと思うと山崎の体調が心配だ。
「二人が使っていたタオルケットですけど、よかったらどうぞ。」と山崎の肩にそっと掛けて一旦顔を洗いに行く。
少しして戻ると、部屋の中には入らず、山崎の隣に座った。
「やっぱり朝は冷え込みますね。空気が冷たい。」
「だね。思ってた通りだけど特に刺客もなく無事に夜を越せたよ。」
「えぇ、本当に良かった。あとは迎えを待つだけですね。」
二人がポツポツと話していると、廊下の角から土方がやってきた。
すでにタバコを吸っている。寝起きから吸うなんて彼はいわゆるヘビースモーカーというものなんだろうか?なんて考えながら挨拶をした。
「おはようございます、土方さん。」
「おはようございます、副長。」
「あぁ、おはよう。」
「あいつらは」と二人の様子を伺う土方。
伊織が小さく笑って「すやすや寝てますよ。」と答えると、煙を吐き出して「そうか」と答えた。
「覗いてみますか?寝顔、とっても可愛いですよ。」
伊織がちょいちょいと手招きをして土方と山崎と三人で二人の寝顔をみる。
「ったく、昼間もこれくらい大人しけりゃいいものを…。」
「寝顔は、可愛らしいですね。寝顔は!」
土方たちは昨日のことをよっぽど根に持っているのか悪態をつく。
伊織はクスクスと笑って障子を閉めた。
「今日は10時頃に迎えを遣すらしい。それまでに帰る準備をさせてくれ。」
土方は要件を伝えるとさっさと戻って行った。
その姿を見送った後に伊織はよし、と立ち上がる。
「さて、二人を起こさなきゃ。」
*
山崎と協力して二人を起こし、顔を洗わせたり朝食を食べさせたりとドタバタだった。
準備やら何やらを済ませた頃には約束の時間の15分ほど前になっており、伊織は二人と手を繋いで屯所の前へ行く。
山崎は手続きなどを済ませに土方のところへと向かった。
二人が草履を履いている間に門の外に目を向けるとすでに車が止まっており、伊織は二人の前に蹲み込んだ。
「敬介くん、優子ちゃん。もうお迎えが来てるみたい。お兄さんが来たら私ともさよならだね。」
「え〜!伊織も一緒に来てよ!!」
「優子ももっと伊織ちゃんと遊びたい!」
ムギュッと抱きつく二人の頭を撫でてあやす。
こんなに懐かれちゃうと私も離れがたいな…と少し寂しい気持ちが芽生える。
伊織は敬介と優子を抱きしめ返して笑った。
「お姉さんはあの寺子屋にいるから、寂しくなったら遊びにおいで。」
それから山崎が戻ってくるのを玄関で待ち続けていると、門の外に止まっている車から人が出てきて隊士の制止を振り切ってこちらへやって来る。
不審に思った伊織が二人の手を握り締めて自分の背に隠すと、その女性は伊織の前で立ち止まった。
「ちょっと困りますよ貴女!まだ手続きが終わっていないので勝手に連れて行こうとしないでください!」
「うるさいわね。急いでるのよ!少しくらいいいでしょ!!」
その女性は隊士が腕を掴むと鬱陶しそうにその手を振り払った。イライラとした声に子供は怯えを見せ、伊織の着物を掴んでその人物を見つめた。
「お母様…」
優子が小さく呟いた言葉でその女性が今の二人の母親だとわかった。
伊織が愛想良く挨拶するも、ギロリと睨んで返事を返さない。そして二人が伊織と手を繋いで、抱きついている様子を見て大きな舌打ちをする。
「私には懐かないくせにこの女にはなついてるってわけ?ハァ…だから私は嫌だったのよ!こいつらさえいなければ…!!
ほら!とっとと行くわよ!車に乗りなさい!」
二人を強引に連れて行こうとするその女性を隊士と伊織は止める。
「待ってください!まだ手続きが…!」
「落ち着いてくださいお母様!」
「うっさいわね!あんたたちもさっさとその女から離れなさいよ!!」
だんだん玄関が騒がしくなって来ると山崎が近藤や土方を連れてやってきた。
隊士が彼らに援助を求めると、女は慌てたように車に向かって叫ぶ。
「もういい!!この女ごと乗せて!!」
女の声を聞いて車から数人の男が出てきてこちらへと向かって来る。女を抑えていた二人の隊士は男どもに殴られ、振り払われて、伊織は敬介と優子と共に突然抱えられ、車の中へと投げ入れられた。
伊織達は車の中で羽交い締めされて口元に布を押しつけられる。子供はすでにクタリと意識を失い、伊織自身もかすれゆく意識の中で車の外に目を向ける。
最後に目に映ったのは必死にこちらを追いかけて来る土方達だった。
走り去る車を土方達は唖然としてみていた。
何故あそこまで強引に子供を連れて行こうとしたのか、伊織まで連れ去ったのか___
「一体どういうことだ?!あの女、ガキだけじゃなくなんで神崎まで連れてった?」
そんな中、土方の携帯に着信があった。
相手は見廻組局長、佐々木異三郎。
『あぁどうも、土方さん。実は例の脅迫文を送りつけた犯人についてなんですがどうも黒幕がいたようで。
今我々が保護している彼の妻が攘夷浪士と繋がっていたようです。』
「なんだと?!オイ山崎!さっきの女は?」
「間違いなく柏木の妻です!」
「クソッ!…おい佐々木、今し方ガキともう一人、女が連れ去られた。」
『また人質ですか、しかも次は一般人だなんて…。もはやお家芸ですね。ま、それはそうと私たち見廻組は今日、その攘夷浪士グループの一斉検挙する予定です。人質は助けたいのならそちらでなんとかして下さい。それでは。』
「な?!ちょっと待て!」
土方はツーツーと音を鳴らす携帯を握りしめた。
アイツらなら人質なんざ気にせず踏み込むに違いねえ!そうなったらガキと神崎は…!!
「…山崎、隊士全員集めろ。これから人質救出の作戦を立てるぞ!後、万事屋にも連絡入れとけ!!」
「は、はい!」
頼む!無事でいてくれ__!
焦りと不安を抱えながら土方は近藤の元へ向かった。
数十分後、真選組屯所の広間には隊士と万事屋が揃っていた。
神楽は番傘を土方の額に突きつけて声を荒げる。
「…オイどういうことアルか。なんで伊織ちゃんがこんなことに巻き込まれてるアルか?!お前ら一体何してたんだヨ?!」
「落ち着けよチャイナ。」
「これのどこが落ち着いていられるアルか?!きっと今頃伊織ちゃん怖がって泣いてるアル!!!」
今度は総悟の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
誰も何も言い返せずに黙っていたが、近藤が口を開いた。
「すまねえ万事屋。こうなっちまったのは他でもねえ俺の責任だ。必ずガキと伊織さんを救出する。ただ状況が少々厄介でな…、どうか伊織さんのためにも力を貸してくれ。」
「ったりめーだ馬鹿野郎。何のために来たと思ってんだ。お前ら、アイツにぶん殴られるの覚悟しとけよ。」
「…勿論だ。何発でも甘んじて、受け止めよう。」
近藤達が頷き、落ち着きを取り戻した神楽も銀時の元へ戻る。
ようやく真選組及び万事屋の作戦会議が始まった。
「いいか、今回アイツらを連れ去った攘夷浪士は最近穏健派から過激派に転身した秦野一派だ。おそらくソイツらと関わりを持って今回の事件を引き起こしたのはガキどもの母親、柏木みつ。そして見廻組が奴らの一斉検挙を目論んでいる。おそらく鉄の時と同様、人質には構わずに捕らえる気だ。つまり見廻組よりも先に動かねえと三人の命が危ない。」
鉄之助は自分が囚われたときのことを思い出してぐっと拳を握りしめた。彼の目には必ず見廻組よりも先に三人を救い出すという強い意志が宿っている。
また、それは鉄之助だけではなく、その場にいる者全員が思っていることでもある。
「副長、一つ疑問があるんですけど、三人は本当に人質として連れ去られたんでしょうか?」
三人が連れ去られたあの場にいた隊士が尋ねると、土方は「どういうことだ?」と首を傾げた。
「あのとき子供を連れて行くように指示していたのは二人の母親でした。でも子供が神崎さんからなかなか離れなくて痺れを切らしたかのように神崎さんごと乗せろと命令してたんです。まるで神崎さんは想定外だという感じで…」
ハッと顔をあげた他の隊士が深刻な顔つきで話し出す。
「そういえばあの女、子供と神崎さんを見て『あんたには懐いて私には懐かない』とか『こいつらさえいなければ』って言ってました。」
「柏木みつは柏木悟の目が届かない今、子供を殺そうと迎えに来た。そしてその子供が伊織ちゃんに懐いているのを見て逆上…想定外だけど一緒に連れ去ったということは…」
「___三人まとめて殺害する気か…?」
山崎の言葉に土方がそう続けるとスッとその場の温度が下がった気がした。
もしも仮説通りならば一刻の猶予もない。彼らの居場所を突き止めなければ助ける前に浪士どもに殺されるかもしれないし、居場所を突き止めても見廻組に先を越されたら乱闘に巻き込まれて死ぬかもしれない。
「クソッ!!奴らの居場所さえ分かれば…!!!」
ダンッと畳を叩いてタバコを噛み潰す。
思い浮かぶ案はどれも時間がかかるものばかりできっと間に合わない。
隊士達もざわついて策を講じる。そんな中、神楽が静かに立ち上がって縁側に座っている定春の元へ近寄った。
「定春。伊織ちゃんの匂い、辿れるアルか?」
神楽の問いに定春は尻尾をブンブンと振って「わん!」と答えた。
「馬鹿かお前!?神崎は車で連れ去られたんだぞ!辿る匂いなんて
「ここで下らない話し合いなんかするより何百倍もましネ!!」
土方の言葉を遮って神楽は叫ぶ。
神楽はすでに定春の背に乗り、出発する気満々だ。土方が呆然としていると、銀時と新八も立ち上がり外へ向かう。
「ま、神楽の言う事は最もだ。ここにいたってラチがあかねえ。」
「ですね。それに定春は伊織さんのことが大好きだからきっと居場所がわかります!」
土方は大きな舌打ちをして隊士達に告げた。
「お前らぁ!万屋の後に続け!!道中奴らの車がねえか死ぬ気で目ぇ懲らせよ!!」
隊士達は雄叫びを上げて動き出したのだった。
*
____うぅ…
伊織は薄暗い部屋の中で目を覚ました。ハッと辺りを見渡すと、敬介と優子もその場で気を失っている。
すぐさま二人に羽織をかけて頬を撫でた。
私が、この子達を守らなきゃ____
震える手を握りしめて息を整える。ぐっと歯を噛み締めて立ち上がり、部屋をうろつく。
恐怖や不安でこみ上げてきそうな涙を堪えるように何度も深呼吸をする。
どれだけ決意を固めても体の震えは止まらない。
どこかの事務室と言ったところだろうか。端のテーブルにはパソコンが二つ並んでいるが、そのモニターは割れて随分埃をかぶっている。
窓は無く、扉が手前に一つ。
逃げるにはこのドアから出るしか方法はなさそうだ。
「どうしよう…どうしたらいいの…?」
私には戦う力なんてないし、隙をついて逃げるような体力だって…。
伊織は自分の震える両手を見てぐるぐると思考を巡らせる。
二人を抱えて、この部屋を飛び出して逃げるの?
あの車に乗っていたのは四人くらいだった。でも今は場所が違うじゃない!ここには何人いるの?それを振り切って逃げられる?
自分の身体を抱きしめた。心臓は胸を突き破って出てきそうなくらいに激しく動いている。
カチャリ___
ドアが開いた音にばっと顔を上げて後ずさった。
入ってきたのは数名の男を引き連れた先ほどの女性。
みつは床に寝転がる敬介と優子をチラリと見た後に伊織を見つめる。
伊織はゴクリと唾を飲み込んで二人を守るように彼らの前に立ちはだかった。
__________________
警鐘は鳴り止まない。
それぞれの思惑が糸のように絡まっていく。