このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第1章 狭間で揺れ動くは儚き花

お名前は

とある音大生の女の子
とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
苗字
名前

「オイ伊織!!オメーちゃんと呑んでっかぁああ??!
俺ぁなあ!オメーの日頃のストレスを発散させようとしてんだぁ、ヒック。呑め!そして愚痴でもなんでも零しやがれこのお人好しぃ!!!」

「坂田さん、あの、の、飲んでます。ちょ、大丈夫ですか?」

伊織は銀時の勢いに若干気圧されながら答える。
銀時は伊織のグラスに溢れんばかりに酒を注ぐと、項垂れて何かぶつぶつと呟いている。具合が悪くなったのかと伊織が彼の背中をさすると銀時はプルプルと震えだした。

伊織…オメーって奴ぁ、本当に…本当に…人が良すぎるんだよ!!!!撫でるなら銀さんの頭撫でろコノヤロー!!!!」
「ヒィイイ!!?」

ガバリと起き上がった銀時は迫ってきたかと思うと太ももに頭を置き、腰に腕を巻きつけてきた。伊織は突然のことに悲鳴をあげて固まる。スリスリと擦り寄ってくる銀時は寺子屋で甘えてくる子供たちと似ているが…

「この私の前で粗相を働くなんてよっぽど度胸があるようねぇ…銀さん」

お妙が空になった瓶を片手にパシパシと叩きながらにっこりと笑う。
え、ええ、えええ??と二人を見比べてとりあえず銀時の頭を庇うように撫でた。

「お、お妙ちゃん落ち着いて。ほら、坂田さんも今はちょっと酔っちゃってるだけだから…」
伊織さん、そんなセクハラに屈する必要はないんですよ。イヤな時はバシッと言わなきゃすぐにつけ上がるんだから。」
「そうだぞぉメスゴリラぁ!ウチの伊織チャンを見習えよなぁ
ちったあ優しさというもんを身につけるこった!!ヒック」

なんですって?とお妙が青筋を立てるが銀時はさらに力を込めて伊織の胴体を締め上げる。力の強さに思わずグェ…と声が漏れる。

「警察の前で馬鹿な真似してんじゃねえ。しょっ引くぞ万事屋ァ!」

ずっと静かに飲んでいた土方が呆れたように銀時を伊織からひっぺがす。すると銀時の絡みの標的は土方に向かった。

「あっれ〜あれれれ〜??これはこれは。伊織のこと付け回したストーカーがこんなところにいるんですけどぉ〜。ちょっとおまわりさーん!こいつの事逮捕してくださーい!」

「分かりやした。おい土方コノヤローとっとと手ぇ出せ。現行犯逮捕してやらぁ。」
「誰が出すか馬鹿野郎!!大体それはテメエだって同じだろうが!!」
「オイオイ何言ってるんですかィ。伊織さんをつけろって命令したのは他でもねえ副長じゃねえですか。」

周りがどんどん邪険な雰囲気になっていくのをハラハラと見ていると、お妙が手に持っていたグラスをダンッと机テーブルに置いた。

「そういえば私も新ちゃんからその話は伺っているんです。市民を守る警察である貴方方がありもしない罪を着せようと伊織さんのことを疑って、挙げ句の果てには付け回したとか。」

取っ組み合いになりかけていた銀時、土方、沖田はピタリと動きを止め、山崎と近藤もこめかみあたりに汗が流れている。
お妙はニコニコと笑みは浮かべているもののただならぬオーラを醸し出している。
そんな中、近藤が口を開いた。

「お妙さん待ってください!確かに俺は伊織さんのことを付けました!しかし私のお妙さんへの愛は
「そういう問題じゃねえだろうがああああああ!!!!!!」

お妙はとうとう酒瓶で近藤を横殴りにし、巻き込まれた山崎は近藤と一緒に吹っ飛ばされる。
瓶は割れ、二人が悲鳴を上げながら飛んでいくのを伊織は身を震え上がらせて見ていた。

伊織さんの代わりに私がやりましょう。
皆さん、ちょっとそこに並んでください。」

何をやるの?!やるってすっごく怖い意味に聞こえるよお妙ちゃーん!!

伊織はオロオロするが真選組の四人は逆らわずに床に正座をして並んでいる。銀時はそんな彼らを見て「いやあ酒が進むぜ!ポリ公が揃いも揃ってこのザマかよヌハハハ!」と呑気に酒を煽っている。

「何言ってるんですか、銀さんもですよ。」

にっこり。







「ただでさえゴリラを野放しにしているのに大の大人が四人もストーカー行為を働くなんてねぇ。うふふ、どうしてやろうかしら。」
「姉御ちょっと待ってくだせェ。今回の件はどう考えてもニコチンマヨラーに全面的に非があるんでさァ。」
「へぇ。そうなんですか、土方さん?」

「……。」

「まぁそれでも。土方さんに命令されて追い回したことは事実なんでしょ?だったら話は早いわ。」

お妙は指をゴキゴキと鳴らして彼らに歩み寄る。
銀時たちがひしっと抱き合って顔を青ざめさせているのを見た伊織は慌ててお妙に駆け寄り彼らの間に割って入った。

「お、おお、お妙ちゃん、おちゅち、おちゅちゅいて!!!」

噛みまくりの伊織にお妙は一瞬ぽかんとしたが、すぐに笑って伊織の肩に手を置く。大丈夫よ、あなたの仇は私がとってあげる。と無言なのに何故か伝わってくる。
伊織はいやいやいや!と頭を振って片手で男どもを庇い、もう片手でお妙の拳をいなした。

「その件についてはもう終わったことだし、私全然怒ってないから、ね?と、とりあえず皆さんも席に座りましょ。ほら!」

伊織は正座したままの男達を席へ誘導する。

山崎は伊織が女神に見えた。ありがとう神崎さん…!!!と涙を流して席に着く。
男たちは無言でお妙の機嫌を伺っている。そんな彼女は伊織によって宥められていた。

「お妙ちゃん、本当に大丈夫なの。
あ、あのね、ずっと黙っていたんだけど実はあの日、お妙ちゃんに頂いた髪飾り、落としちゃって。でも近藤さんが届けてくれたの。私すごく嬉しくてね、だから、その、皆さんは全然悪くないから!むしろ感謝してるよ!」

神崎さぁあああん…!!!」
伊織オメーなぁ…。ハァ」

感心する者や呆れる者、反応は違えど、とりあえず危機を免れたことについては皆伊織に感謝していた。
お妙も「次は容赦しませんよ」と言ってその場はなんとか収まる。

黙りこくる銀時たちを見て何だか申し訳なくなった伊織は空気を変えようと話を切り出した。

「わ、私、真選組のこととか、色々知りたいなぁ…なんて、あ、あはは」
「何伊織チャン、こんな奴らに興味あんの?ていうか銀さんはオメーの日頃の鬱憤を晴らしてもらおうと思ってきたのによお。」
「そうでさァ。とりあえず飲みなせぇ。」
「うぶっ!」

総悟に無理やりお酒を飲まされた伊織はケホケホとむせた。慌てて土方が総悟の手を掴み、山崎が背中を摩ってくれる。

「何やってんだ総悟!オイ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫れす…」
「沖田隊長!神崎さん呂律回らなくなってるじゃないですか!
神崎さん、お水どうぞ。」
「えへ、ありがとございまふ。き、緊張しちゃって、一気に酔いが…」

緊張やら酔いやらで頬を赤くして笑う伊織の目はいつもよりとろんとしている。えへへと笑う姿はいつにも増してふにゃふにゃだ。

「よーしそのまま酔ってあられもない姿を゛!!?」

銀時が言い終わる前にお妙がバゴッと殴る。
土方はため息をついて頭を抱えた。

「馬鹿かお前は…」
「とか言って土方さんも本当は期待してるんだろ。この変態ニコチンストーカー野郎。」
「黙れ総悟!!」

「ごめんね、神崎さん…。」
「ふふふ、大丈夫ですよ。私こんなに大勢でお酒飲むの初めてだから、えへへ、楽しいですねえ。」
「は、初めてがこんなのなんて、尚更申し訳ないよ…。」

伊織の周りはカオスと化している。
銀時とついでに近藤はお妙にタコ殴りにされていて土方と総悟はギャイギャイと言い争っている。平和な雰囲気なのは伊織とその隣にいる山崎だけだ。
隣に座ってよかったあああ!!!なんて内心ほっとして山崎は伊織と談笑する。

伊織ちゃんみたいな人、俺たちのところにも欲しいなあ。もう屯所での食事なんてザ・男飯!って感じのばっかだし掃除なんて真面目にやる奴いないから汚いし洗濯も雑なんだよ。」
「皆さんお仕事頑張ってるから、他のこともやるとなると大変ですもんねぇ。お手伝いできることがあればなんでもしますよ、いつでも声をかけてください。」
「え、本当に?!うわあ、副長!聞きました?…って
うぎゃあああああ!!!!」

「ジミーのくせに調子乗ってんじゃねえよ。ちゃっかり名前呼びまでしやがって。」

山崎は総悟に蹴飛ばされ、踏んづけられる。
総悟は気にせず伊織の隣で酒を煽った。

「じゃあ次の土日は屯所に来なせェ。死ぬほどこき使ってやらぁ。」
「ちょっと沖田隊長!なんて頼み方してるんですか?!」
「おーい土方コノヤロー。そういう訳だからこいつの面倒は俺が見ますぜィ。」

「…ダメだ。」

土方はタバコを吸って一言、そう言った。

「そんなぁ!良いじゃないですか副長!」
「ウルセー!!ダメなもんはダメだ!!」
「なんでィ、何が不満なんでさァ。」

二人が不満を零すと土方は伊織をチラリと見て腕を組む。

「…そいつの腑抜けた雰囲気が隊の空気を乱すかもしれねえだろうが。」

「腑抜けた、って失礼ですよ!フワフワしてて癒されるじゃないですか!たまには隊士にも癒しが必要なんですよ!!」
「意地張ってるだけじゃねえか。そんな理由で断るなんて勿体ねえ。」

ブーブーと不満を言い続ける二人に怒鳴り散らす土方。
伊織はなるほど、と彼の言い分を受け止める。そして両手でパチンと自分の頬を叩いた。
その音に三人は振り返る。

「では、こ、こういう感じでいたら、お手伝い、出来ますかね…?」

グググと眉間にシワを寄せて自分の指で目尻を押し上げて険しい表情を作る。伊織の中では土方の鋭い眼光をイメージしてギロリと睨んでいるつもりだが、正直怖さなど微塵も感じない。だいぶ酔っているし。
山崎は思わず吹き出した。

「ふはっ、こりゃ傑作でィ。」
「ブフっ、伊織ちゃん、何してるの?」
「げ、厳格なオーラを…、醸し出しております。」

こういうことをガチでやってっから気が抜けんだよ…!
全っ然睨めてねーわ!!

土方はツッコミをぐっと押さえてため息をついた。
ソファにもたれかかって手をひらひらと振る。

「わーったよ、勝手にやってろ…。」

「!精一杯お手伝いしますね!」

伊織は少し目を見開いて、ふんわりと笑った。
山崎たちの勝利である。

しばらくは山崎とともにはしゃいでいた伊織だが、次第にパシパシと瞬きの回数が多くなって首がこくりこくりと動き始めた。
山崎はそっとグラスを手から抜き取って銀時を呼ぶ。

「旦那。伊織ちゃん、そろそろ帰した方が良いんじゃないですか?」

「んあ?おう、そうだなあ。伊織、起きてっかー?」
「おきてまーすよー」

間延びした声で返事をする伊織の目はほとんど閉じている。
お妙はあらあら、と笑って伊織に羽織を肩がけた。
銀時が荷物を纏めていると総悟が珍しそうに声をかけた。

「へえ、いつもスカンピンの旦那が今日は買い物三昧ですかィ。どこからそんな金出てきたんでさァ。」
「あぁ?特別収入。」

不思議そうな顔をする総悟たちに説明した。
どうやら今回の買い物の金は伊織が働いた給料を日頃おいてもらっているお礼だと手渡されたものらしい。

「だからあ、ここのツケも払えちゃうわけ。いやー、ホント伊織は良い女だ。うん。」

「クズじゃねえか。」

真選組の男たちが引いていると、お妙がにっこりと笑みを携えて言い放った。

「そんなことさせる訳ないでしょう?伊織さんの分は近藤さんに払ってもらうとして、銀さんの分はきっちりつけておきますからね。」
「俺ですかあ?!お妙さん!!」
「当たり前でしょう。女性に払わせるなんてそんなことしませんよね!
…それに、伊織さんを付け回したこと、伊織さんが許しても私は許していませんから。よかったですね、伊織さんが酒豪じゃなくて。」

誰もお妙の言うことには逆えず、結局勘定は近藤持ちに。

「ほれ伊織、とっとと帰るぞ。」
「はあい。」

銀時が手を引いて立ち上げさせると、伊織はお妙たちの方を振り返ってふにゃふにゃ笑いながら手を振った。

「皆さようならぁ。また明日も先生と遊ぼうねぇ。」

銀時が「ここは寺子屋か!」とツッコミながら伊織を優しく引っ張って店から出て行く。
山崎たちはクスクスと笑いながらその後ろ姿を眺めていた。

「先生か。きっと寺子屋でも人気なんでしょうね。」
「ありゃ二日酔い確定だな。」





「おーい伊織ちゃーん?おねむですかー??」
「そんなことないですよー」
「いや、目閉じてっから!!」

伊織はふふふと楽しげに笑っているが、足元はフラフラだ。
つまづきそうになる伊織を支えたり明後日の方向に行こうとする伊織を連れ戻したりと銀時は大忙しである。
ゆったりと歩いているとようやく万事屋が見えてきた。
万事屋を通り過ぎる伊織に声を掛ける。

「おーいお嬢さーん。家通り過ぎてんぞ。」

すると伊織はピタリと止まった。

「んふふ、何言ってるんですか、坂田さん。私のおうちは○○川の近くですよぉ。」

もっともっと、ずーっと向こうにあるんです。と手を掲げる伊織に銀時は首を傾げた。
彼女が言った川の名前は聞いたこともない。

もしかして伊織の本当の家のことを言っているのか。
そういえばコイツ、どこから来たかはっきりとは喋ったことねーな。
今尋ねたら何か情報が得られるのか?

そう思った銀時は伊織に問いかけた。

伊織、その川ってどこにある?
…お前今、自分家の住所言えっか?」

「もう、子供じゃないんだからそのくらい言えますよぉ。


○○県〇〇市の、△△区〇〇で、 ×丁目××-×-×でーす」


俺が知らないだけでそう言うところがあるのか?と眉を潜める。

また歩き出した伊織を慌てて追いかけてパシリと手を取る。

「お前はまだ迷子なんだから帰る家はコッチ。」

伊織は銀時の手を握り返して迷子かぁ、と呟いた。

「早くおうちに、帰らなきゃ」

ポツリと呟く伊織に先ほどまでのふわふわした笑みはない。
銀時は何と声をかけたら良いのかわからず、ただ黙って伊織の手を握っている手に力を込めた。

何とか階段を上り切り、戸を開けると神楽と定春が駆け寄ってくる。
伊織は定春の体にすり寄ってムフフと笑っている。

「銀ちゃん、伊織ちゃん酔っぱらってるアル。」
「まあ酒飲んだからな。」
「でも銀ちゃんみたいに酒臭くないネ。」
「失礼だなオマエ!!謝れ!銀さんのガラスのハートは脆いんだぞ!!」

伊織ちゃん、大丈夫アルか?」
「オイ!何普通に無視してんだよ!!」

神楽は銀時をスルーして伊織の肩をトントンと叩く。
ゆっくり振り返った伊織はそのまま神楽と定春を抱き寄せてよしよーしと撫でた。

「ふたりは本当に良い子だねえ。良い子良い子。」



「ぎ、銀ちゃん。」
「なんだぁ?」
「…これからも定期的に伊織ちゃんのこと酔わせて来てヨ。」
「はぁ?」

神楽と定春は伊織にしばらく撫でくりまわされ、幸せそうな顔をしていた。



翌日、伊織は見事に二日酔いを決め、寺子屋についたのはいつもより遅めの時間だったそうな。

_____________________

お酒の力で真選組の人たちと仲良く(?)なった日。
11/26ページ
スキ