とある音大生の女の子が知らない世界に放り出されるお話
第1章 狭間で揺れ動くは儚き花
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伊織は今、銀時と共に町を歩いている。
休日である今日は、いつも通り掃除や洗濯をして、寺子屋での授業の準備などに勤しんでいたが、仕事をし始めてからろくに休みを取っていない伊織を見かねて銀時は町へ連れ出したのだ。
最初は神楽達もついていくと言い張っていたが、どうにか二人だけで出かけるまでに漕ぎ着けた。
二人の間に会話はなく、伊織は銀時の半歩後ろをいそいそとついて歩く。
息抜きに、と連れ出したものの、特に何をするか決めていなかった銀時は頭を掻きながら行き先を考えていた。
日曜日ということもあり、人がたくさん行き交う道で銀時のペースについていくのは少しきつい。着物を着ているから大股では歩けないし、どうにか人を避けながら歩いていると、少しずつ銀時との距離が離れていく。
銀時の背中が次第に見えなくなっていきアワアワとしていると後ろから歩いて来た人とドンッとぶつかった。
不意打ちの衝撃に思わず体勢を崩し、地面に手をつくように倒れる伊織。
急いで立ち上がろうとした時、グッと腕を掴まれて立たされた。
「うわー!ごめんごめんお姉さん!小さくて全然見えなくてさあ!
てか一人?ね、これから俺らとどっか行かね?」
ぶつかった人物はいかにも柄の悪そうな若者で、似たような雰囲気の男達を数人引き連れている。
ヒュッと息を吸い、顔を青くした伊織は小さな声で謝りながら銀時の姿を探す。
「あの、ごめんなさい。私…」
「お姉さん後ろ姿は美人系だけど顔は可愛い系って感じ?ヤベ、俺タイプかも〜!」
「ちょ、あの、私人を、待たせているので…すみ、すみません…」
いつの間にか周りを数人で取り囲まれた伊織は目を合わせないように俯いて抵抗する。しかし、非力な伊織の抗いはほとんど意味を為さず、ずりずりと路地裏へ引っ張られて行く。
「オイオイ兄ちゃん達何してる訳ぇ?」
突然、下品な笑いを浮かべる男どもの肩を掴んだのは銀時だった。
男どもは一瞬焦ったが、銀時の気怠げでなんともいえない表情を見て恐るるに足りないと思ったのか口々に喋りだす。
「オレ達これからイイとこいくから邪魔しないでくんね?」
「あ、それともアンタも興味ある感じィ?ギャハハ!」
伊織は男達の言葉にゾワリと鳥肌が立ち、怯えた目で銀時を見つめた。
銀時は伊織をつかむ男の手を払い、彼女を抱き寄せる。
「悪りぃけど伊織は俺の連れで俺たちはこれからデートなの。ガキはコンビニのアダルトコーナーで十分だ。オラ、さっさと散れ散れ!」
男どもは何か騒いでいるが、銀時は伊織の肩を抱いたままさっさと歩き出した。彼らは特に追ってくる様子もなく、しばらく歩いたところで伊織に声をかける。
「伊織、ああいう奴らにまで律儀に謝る必要ねえんだからさ。適当なあしらい方も覚えとけよ。」
「すす、すみません…。」
「ほら、神楽とかお妙みたくブン殴っていいんだぞ。」
伊織は苦笑いを浮かべて両手を握りしめた。
オイオイオイ!こんなんじゃちっとも息抜きになってねーじゃんか!
どうする俺?!伊織のテンション全っ然あがんねえんだけど?!
銀時は心の中で叫びながら必死に頭を悩ます。チラリと伊織を見るも、俯きがちにとぼとぼと歩いている。
「と、取り敢えず店でも入ろうぜ、な?」
気まずい空気をなんとか変えようとあたりを見渡し、銀時は目についたカフェに伊織を連れていく。
すぐさま店に入り、適当な席に座るとメニューに目をやる。
「お、うまそうなのあんじゃん。俺このパフェにしよ。伊織、オメーは?」
「え、えーと…じゃあ、ホットコーヒーで…。」
「遠慮すんなって。今日の銀さんの財布はたんまりだぞ。」
「あはは、本当に大丈夫です。お昼結構食べてあんまりお腹空いてないので。」
「マジかよ。あれっぽっちで?」
ホントお前って低燃費だな、なんて言いながら彼は店員を呼び出し注文した。
しばらくすると、二人の元にパフェとコーヒーが運ばれて来た。店員はさも当たり前のように銀時の前にコーヒー、伊織の前にパフェを置くと、カウンターに戻っていく。
すごい、これドラマとかで見たことあるやつだ…と目の前に置かれたパフェを見る。
「えっと、パフェ…どうぞ。」
伊織がスッと差し出すと銀時も無言でコーヒーを差し出した。
俺が頼んだものはコレだよ!ったく…といいたげな顔でパフェを食す銀時を見て伊織はクスクスと笑う。
「ふふふ、坂田さんって本当に甘いものお好きなんですね。」
「俺の体は甘味で成り立っていると言っても過言ではないからな。ったく店員のヤロー…ブラックコーヒーなんざ飲めるかってんだ!」
ぶつくさと文句を垂れるがパフェを口に運ぶ手は止まらない。
客の少ない店内は静かで、カウンターからはお湯がコポコポと沸く音が微かに聞こえる。
冷たくなった両手をカップで温めながらコーヒーを口に含む。体の内側がじんわりと暖かくなってようやく少しだけ緊張がほぐれた。
「腕、大丈夫か?」
「へっ!?はい、だ、大丈夫です。…すみません、せっかくのお出かけなのに迷惑かけてしまって…。」
「だー!そんな気にしてねえって!んな落ち込むなよ!」
銀時が慌てて励ますと、伊織は困ったように笑った。
伊織は銀時が知っている女性とは明らかにタイプが違う。周りのほとんどの女はストーカーにもバズーカを持っているドSにも恐れることなくすぐに手を出す奴らばかりなのだ。それに比べて伊織は知らないものや大きな音にはビクビクと怯えるし、誰の無茶振りや我が儘にも文句ひとつ言わずにいつも小さく笑いながら優しく受け止めている。
なんか、小動物みてえだな。こう、庇護欲を掻き立てられるというかなんというか…
放って置いたらすぐにおっ死んじまいそうだ。
そんなことを考えながらじーっと伊織を眺めていると、視線に気づいた伊織は少し首を傾げてニコッと笑う。
多分神楽や妙なら何見てんだってここで手が出るよなあ。
「…そろそろ次んとこ、行くか。」
二人はカフェを出て再び歩き出した。自分の立ち位置に悩んでいる伊織の手を優しく引っ張って引き寄せる。
「オメーはこっち。あんま離れてっとまた逸れんぞ。
それとも手でも繋ぐか?」
「ぬぁ?!だ、大丈夫です!」
伊織は顔を真っ赤にしてブンブンと首を振った。
伊織の反応のひとつひとつが新鮮で銀時は思わずフハッと笑う。
先ほどよりも少しペースを緩めて歩く銀時に、優しい人だなあと思いながら歩いていると、銀時は「ここだな」と言って立ち止まった。そこはレディースファッションのお店で、若い女性が出入りしている。
「坂田さん、ここ女性のお店…」
「まあ見りゃわかるな。」
「も、もしかして女装とかされるんですか?あ、別に偏見とかそういうのではなくて…!」
「イヤイヤイヤちょっと落ち着こうか伊織チャン?!
なんで俺がわざわざ女装用の服を買いにくるわけ?銀さんさすがにそんな趣味ねえよ?!」
「じゃあ神楽ちゃんに?」
なんっでそうなるんだよ!!と叫びたくなるのを我慢してハアとため息をつく。
「あいつの為でもねーよ。伊織の服を!買いに来たんだよ!
ホラ、とっとと入れ!」
慌てて遠慮する伊織の背中をぐいぐいと押して店に入る。こりゃ自分じゃ選ばねーなと思った銀時はざっと店内を見渡して数着の着物を選んで伊織に合わせる。
伊織の手を引いて歩き回りながら数回その行為を繰り返して手元に残った2着の着物をレジへと持っていく。
伊織が引き止める声も控えめに裾を引っ張るのも気にせずに金を払い購入した。
「ほれ、次行くぞ〜。」
「も、もう大丈夫です。十分なので!本当にいいですってばぁ…!
坂田さんご自身のために使ってください!私は今のままでも問題ないですので」
「まあそう言わずに付き合えって。」
銀時は伊織を連れてたくさんの店を回った。最初は申し訳なさそうに眉を下げていた伊織も連れ回されていくうちにクスクスと笑いながら銀時との買い物を楽しんだ。もちろんコレを買って欲しい、と言ったおねだりは一切なかったが。
いつの間にか日が暮れ、昼間とは違う活気が町に溢れてきた頃。
伊織はそろそろ帰らないのかな、と銀時の様子を窺った。彼にまだ帰る気配はない。
「ようし呑んで帰っか。」
銀時はここからが本番だと言わんばかりに言い張る。表情もいくらか明るい。
「でも神楽ちゃんたちは…」
「新八いるしなんか食べんだろ。心配いらねーよ。
そういやお前お妙んとこ行ったことねえよな?決まりだな。」
銀時はウキウキしながらお妙の職場である『スマイル』へと向かう。
そういえばお妙さん、接客業をしてるって言ってたなぁ。
もしかしてバーとか?あんなに綺麗なんだからきっと職場も素敵なんだろうな…
お妙が淑やかに接客している姿を想像してぽっと頬を赤らめていると一つの店の前に止まった。
銀時はここだぞ〜といいながら入っていく。
んん?ここって、
「あら、銀さんじゃない。それに伊織さんも!」
「こいつに酒飲ませようと思ってよ。今日の銀さんは太っ腹だからな。とりあえずドンペリ1本持ってこいやああああ!!!」
「ドンペリ1本入りましたーーー!!!」
銀時とお妙の会話について行けずに頭の上にハテナを浮かべる伊織。
「さ、伊織さんこっちよ。」
ここって、まさか………キャバクラ???!!!!
ええええええええ!!???
お妙に手を引かれて席に連れて行かれる。すでに銀時は酒を飲み始めているが、伊織はほああ…!とよくわからないため息をこぼしながらキョロキョロ周りを見る。
綺麗な女性がうふふと談笑しながら男性とお酒を呑んでいる。
頬を染めて物珍しそうにいろんなところを見つめる伊織を見てお妙はふふふと笑った。
「もしかしてキャバクラは初めてですか?」
「は、はい…じゃなくて、うん…。お妙さ、ちゃんってこういうところで働いてたんだね…。うわあ、だからそんなに大人っぽいのかぁ…!」
綺麗すぎて見惚れちゃう、と照れたように笑いながら髪を梳く伊織。
「ふふふ、そんなに褒められるなんて光栄です。ところで伊織さんはお酒得意なんですか?」
「下戸ではない、かな。普通に嗜む程度には…」
「まあ!じゃあ今日は日頃の鬱憤でも晴らしていってくださいね。」
お酒が来るまで伊織は銀時とお妙と雑談をした。ただ、話す側よりも二人の話に相槌を打ったりちょくちょく質問したりでほぼ聞き手に回っていたのは言うまでもない。
一杯目を酌み交わしていたとき、お妙は愚痴をこぼし始めた。
「実は今日、ある人たちの予約が入っててあまり気分が乗らなかったんです。でも伊織さんとこうやってお話できたから元気出てきたわ!」
「誰だぁ?それ」
「言わなくたって銀さんならわかるでしょ。ほら、あんなに広いスペースを予約しているのよ。そろそろ来る頃ね…ハァ。」
「オイ、それってまさか…」
銀時が呑んでいた手を止めてイヤな顔をする。
「お妙さああああああああん!!!!!!!!」
突如入り口付近から聞こえた叫び声。
伊織が何事かと振り返るとお妙は席を立つ。
「銀さん、伊織さんの耳抑えていてくださいね。」
そういうや否や銀時はすぐさま伊織の耳を押さえた。
物凄い勢いでこちらに迫ってくる人物。
ぶつかっちゃう!と思ったその瞬間、お妙は流れるようにその男の胸ぐらを掴み、壁にぶん投げた。怒号とともに。
自身のスピードに加えてお妙が投げ飛ばした威力は計り知れない。
男はドゴオオォ!!!と音を立てて壁に突き刺さった。
「し、死んじゃった…?坂田さん、あ、あ、あの人大丈夫なんですか?」
「安心しろ。アイツはこんなんじゃ死なねえ。」
「まったく。楽しくお話ししていたのに…。
ごめんなさいね!伊織さん。あんなゴリラのことは放っておいて飲み直しましょ!」
お妙と銀時は何事もなかったかのように席につきグラスを手にとった。
伊織はバクバクと波打つ胸を抑えて壁に突き刺さった人を見る。
そんな三人を他所にゾロゾロと客が入ってきた。
「やっぱりてめーらかよ…」
銀時は客を見て顔をしかめた。そこにいたのは真選組の隊士たち。
「万事屋の旦那だけかと思いきや、なんでィ。伊織さんもいるじゃねえか。」
「皆さん、さっさと壁に突き刺さっているゴリラを動物園に戻してきてくださいな。伊織さんが怯えているじゃないですか。」
「突き刺したのはオメーだろうがよ…。ったく近藤さんも懲りねえなあ。おい山崎」
「ハイハイわかりましたよ。」
あの人は近藤さんだったのかあ…とおっかなびっくりしながら山崎に回収されている近藤を見る。
「以前お会いした時は陽気で優しい方だと思ったんだけど、なんだかすごく、こう…情熱的な、方なんだね。」
「伊織さん、あれはただのストーカーでゴリラです。」
お妙はバッサリと切り捨てた。
そして何故か銀時たちの席に着く彼ら。コの字型の席の奥に追いやられた伊織は真ん中、その両隣にお妙と銀時、左右には近藤、山崎、総悟に土方が座っている。
「で、なんでおたくらここに座るわけ?伊織が緊張しちまうだろうが!さっさと向こう行けよ!!!」
「仕方ないだろう!お妙さんがここにいるんだから!
いやあすみませんねえ伊織さん、俺らのことは気にせずに楽しんでいってください!」
「いや気にするだろうがああああ!!!」
伊織は苦笑を浮かべて銀時たちの会話を見守る。
彼らは3杯4杯とどんどん飲み進めていくが伊織はいまだに1杯目のお酒をチマチマと呑んでいたのだった。
_________________________
子供ではなく大人に囲まれるのはやっぱり緊張する。
休日である今日は、いつも通り掃除や洗濯をして、寺子屋での授業の準備などに勤しんでいたが、仕事をし始めてからろくに休みを取っていない伊織を見かねて銀時は町へ連れ出したのだ。
最初は神楽達もついていくと言い張っていたが、どうにか二人だけで出かけるまでに漕ぎ着けた。
二人の間に会話はなく、伊織は銀時の半歩後ろをいそいそとついて歩く。
息抜きに、と連れ出したものの、特に何をするか決めていなかった銀時は頭を掻きながら行き先を考えていた。
日曜日ということもあり、人がたくさん行き交う道で銀時のペースについていくのは少しきつい。着物を着ているから大股では歩けないし、どうにか人を避けながら歩いていると、少しずつ銀時との距離が離れていく。
銀時の背中が次第に見えなくなっていきアワアワとしていると後ろから歩いて来た人とドンッとぶつかった。
不意打ちの衝撃に思わず体勢を崩し、地面に手をつくように倒れる伊織。
急いで立ち上がろうとした時、グッと腕を掴まれて立たされた。
「うわー!ごめんごめんお姉さん!小さくて全然見えなくてさあ!
てか一人?ね、これから俺らとどっか行かね?」
ぶつかった人物はいかにも柄の悪そうな若者で、似たような雰囲気の男達を数人引き連れている。
ヒュッと息を吸い、顔を青くした伊織は小さな声で謝りながら銀時の姿を探す。
「あの、ごめんなさい。私…」
「お姉さん後ろ姿は美人系だけど顔は可愛い系って感じ?ヤベ、俺タイプかも〜!」
「ちょ、あの、私人を、待たせているので…すみ、すみません…」
いつの間にか周りを数人で取り囲まれた伊織は目を合わせないように俯いて抵抗する。しかし、非力な伊織の抗いはほとんど意味を為さず、ずりずりと路地裏へ引っ張られて行く。
「オイオイ兄ちゃん達何してる訳ぇ?」
突然、下品な笑いを浮かべる男どもの肩を掴んだのは銀時だった。
男どもは一瞬焦ったが、銀時の気怠げでなんともいえない表情を見て恐るるに足りないと思ったのか口々に喋りだす。
「オレ達これからイイとこいくから邪魔しないでくんね?」
「あ、それともアンタも興味ある感じィ?ギャハハ!」
伊織は男達の言葉にゾワリと鳥肌が立ち、怯えた目で銀時を見つめた。
銀時は伊織をつかむ男の手を払い、彼女を抱き寄せる。
「悪りぃけど伊織は俺の連れで俺たちはこれからデートなの。ガキはコンビニのアダルトコーナーで十分だ。オラ、さっさと散れ散れ!」
男どもは何か騒いでいるが、銀時は伊織の肩を抱いたままさっさと歩き出した。彼らは特に追ってくる様子もなく、しばらく歩いたところで伊織に声をかける。
「伊織、ああいう奴らにまで律儀に謝る必要ねえんだからさ。適当なあしらい方も覚えとけよ。」
「すす、すみません…。」
「ほら、神楽とかお妙みたくブン殴っていいんだぞ。」
伊織は苦笑いを浮かべて両手を握りしめた。
オイオイオイ!こんなんじゃちっとも息抜きになってねーじゃんか!
どうする俺?!伊織のテンション全っ然あがんねえんだけど?!
銀時は心の中で叫びながら必死に頭を悩ます。チラリと伊織を見るも、俯きがちにとぼとぼと歩いている。
「と、取り敢えず店でも入ろうぜ、な?」
気まずい空気をなんとか変えようとあたりを見渡し、銀時は目についたカフェに伊織を連れていく。
すぐさま店に入り、適当な席に座るとメニューに目をやる。
「お、うまそうなのあんじゃん。俺このパフェにしよ。伊織、オメーは?」
「え、えーと…じゃあ、ホットコーヒーで…。」
「遠慮すんなって。今日の銀さんの財布はたんまりだぞ。」
「あはは、本当に大丈夫です。お昼結構食べてあんまりお腹空いてないので。」
「マジかよ。あれっぽっちで?」
ホントお前って低燃費だな、なんて言いながら彼は店員を呼び出し注文した。
しばらくすると、二人の元にパフェとコーヒーが運ばれて来た。店員はさも当たり前のように銀時の前にコーヒー、伊織の前にパフェを置くと、カウンターに戻っていく。
すごい、これドラマとかで見たことあるやつだ…と目の前に置かれたパフェを見る。
「えっと、パフェ…どうぞ。」
伊織がスッと差し出すと銀時も無言でコーヒーを差し出した。
俺が頼んだものはコレだよ!ったく…といいたげな顔でパフェを食す銀時を見て伊織はクスクスと笑う。
「ふふふ、坂田さんって本当に甘いものお好きなんですね。」
「俺の体は甘味で成り立っていると言っても過言ではないからな。ったく店員のヤロー…ブラックコーヒーなんざ飲めるかってんだ!」
ぶつくさと文句を垂れるがパフェを口に運ぶ手は止まらない。
客の少ない店内は静かで、カウンターからはお湯がコポコポと沸く音が微かに聞こえる。
冷たくなった両手をカップで温めながらコーヒーを口に含む。体の内側がじんわりと暖かくなってようやく少しだけ緊張がほぐれた。
「腕、大丈夫か?」
「へっ!?はい、だ、大丈夫です。…すみません、せっかくのお出かけなのに迷惑かけてしまって…。」
「だー!そんな気にしてねえって!んな落ち込むなよ!」
銀時が慌てて励ますと、伊織は困ったように笑った。
伊織は銀時が知っている女性とは明らかにタイプが違う。周りのほとんどの女はストーカーにもバズーカを持っているドSにも恐れることなくすぐに手を出す奴らばかりなのだ。それに比べて伊織は知らないものや大きな音にはビクビクと怯えるし、誰の無茶振りや我が儘にも文句ひとつ言わずにいつも小さく笑いながら優しく受け止めている。
なんか、小動物みてえだな。こう、庇護欲を掻き立てられるというかなんというか…
放って置いたらすぐにおっ死んじまいそうだ。
そんなことを考えながらじーっと伊織を眺めていると、視線に気づいた伊織は少し首を傾げてニコッと笑う。
多分神楽や妙なら何見てんだってここで手が出るよなあ。
「…そろそろ次んとこ、行くか。」
二人はカフェを出て再び歩き出した。自分の立ち位置に悩んでいる伊織の手を優しく引っ張って引き寄せる。
「オメーはこっち。あんま離れてっとまた逸れんぞ。
それとも手でも繋ぐか?」
「ぬぁ?!だ、大丈夫です!」
伊織は顔を真っ赤にしてブンブンと首を振った。
伊織の反応のひとつひとつが新鮮で銀時は思わずフハッと笑う。
先ほどよりも少しペースを緩めて歩く銀時に、優しい人だなあと思いながら歩いていると、銀時は「ここだな」と言って立ち止まった。そこはレディースファッションのお店で、若い女性が出入りしている。
「坂田さん、ここ女性のお店…」
「まあ見りゃわかるな。」
「も、もしかして女装とかされるんですか?あ、別に偏見とかそういうのではなくて…!」
「イヤイヤイヤちょっと落ち着こうか伊織チャン?!
なんで俺がわざわざ女装用の服を買いにくるわけ?銀さんさすがにそんな趣味ねえよ?!」
「じゃあ神楽ちゃんに?」
なんっでそうなるんだよ!!と叫びたくなるのを我慢してハアとため息をつく。
「あいつの為でもねーよ。伊織の服を!買いに来たんだよ!
ホラ、とっとと入れ!」
慌てて遠慮する伊織の背中をぐいぐいと押して店に入る。こりゃ自分じゃ選ばねーなと思った銀時はざっと店内を見渡して数着の着物を選んで伊織に合わせる。
伊織の手を引いて歩き回りながら数回その行為を繰り返して手元に残った2着の着物をレジへと持っていく。
伊織が引き止める声も控えめに裾を引っ張るのも気にせずに金を払い購入した。
「ほれ、次行くぞ〜。」
「も、もう大丈夫です。十分なので!本当にいいですってばぁ…!
坂田さんご自身のために使ってください!私は今のままでも問題ないですので」
「まあそう言わずに付き合えって。」
銀時は伊織を連れてたくさんの店を回った。最初は申し訳なさそうに眉を下げていた伊織も連れ回されていくうちにクスクスと笑いながら銀時との買い物を楽しんだ。もちろんコレを買って欲しい、と言ったおねだりは一切なかったが。
いつの間にか日が暮れ、昼間とは違う活気が町に溢れてきた頃。
伊織はそろそろ帰らないのかな、と銀時の様子を窺った。彼にまだ帰る気配はない。
「ようし呑んで帰っか。」
銀時はここからが本番だと言わんばかりに言い張る。表情もいくらか明るい。
「でも神楽ちゃんたちは…」
「新八いるしなんか食べんだろ。心配いらねーよ。
そういやお前お妙んとこ行ったことねえよな?決まりだな。」
銀時はウキウキしながらお妙の職場である『スマイル』へと向かう。
そういえばお妙さん、接客業をしてるって言ってたなぁ。
もしかしてバーとか?あんなに綺麗なんだからきっと職場も素敵なんだろうな…
お妙が淑やかに接客している姿を想像してぽっと頬を赤らめていると一つの店の前に止まった。
銀時はここだぞ〜といいながら入っていく。
んん?ここって、
「あら、銀さんじゃない。それに伊織さんも!」
「こいつに酒飲ませようと思ってよ。今日の銀さんは太っ腹だからな。とりあえずドンペリ1本持ってこいやああああ!!!」
「ドンペリ1本入りましたーーー!!!」
銀時とお妙の会話について行けずに頭の上にハテナを浮かべる伊織。
「さ、伊織さんこっちよ。」
ここって、まさか………キャバクラ???!!!!
ええええええええ!!???
お妙に手を引かれて席に連れて行かれる。すでに銀時は酒を飲み始めているが、伊織はほああ…!とよくわからないため息をこぼしながらキョロキョロ周りを見る。
綺麗な女性がうふふと談笑しながら男性とお酒を呑んでいる。
頬を染めて物珍しそうにいろんなところを見つめる伊織を見てお妙はふふふと笑った。
「もしかしてキャバクラは初めてですか?」
「は、はい…じゃなくて、うん…。お妙さ、ちゃんってこういうところで働いてたんだね…。うわあ、だからそんなに大人っぽいのかぁ…!」
綺麗すぎて見惚れちゃう、と照れたように笑いながら髪を梳く伊織。
「ふふふ、そんなに褒められるなんて光栄です。ところで伊織さんはお酒得意なんですか?」
「下戸ではない、かな。普通に嗜む程度には…」
「まあ!じゃあ今日は日頃の鬱憤でも晴らしていってくださいね。」
お酒が来るまで伊織は銀時とお妙と雑談をした。ただ、話す側よりも二人の話に相槌を打ったりちょくちょく質問したりでほぼ聞き手に回っていたのは言うまでもない。
一杯目を酌み交わしていたとき、お妙は愚痴をこぼし始めた。
「実は今日、ある人たちの予約が入っててあまり気分が乗らなかったんです。でも伊織さんとこうやってお話できたから元気出てきたわ!」
「誰だぁ?それ」
「言わなくたって銀さんならわかるでしょ。ほら、あんなに広いスペースを予約しているのよ。そろそろ来る頃ね…ハァ。」
「オイ、それってまさか…」
銀時が呑んでいた手を止めてイヤな顔をする。
「お妙さああああああああん!!!!!!!!」
突如入り口付近から聞こえた叫び声。
伊織が何事かと振り返るとお妙は席を立つ。
「銀さん、伊織さんの耳抑えていてくださいね。」
そういうや否や銀時はすぐさま伊織の耳を押さえた。
物凄い勢いでこちらに迫ってくる人物。
ぶつかっちゃう!と思ったその瞬間、お妙は流れるようにその男の胸ぐらを掴み、壁にぶん投げた。怒号とともに。
自身のスピードに加えてお妙が投げ飛ばした威力は計り知れない。
男はドゴオオォ!!!と音を立てて壁に突き刺さった。
「し、死んじゃった…?坂田さん、あ、あ、あの人大丈夫なんですか?」
「安心しろ。アイツはこんなんじゃ死なねえ。」
「まったく。楽しくお話ししていたのに…。
ごめんなさいね!伊織さん。あんなゴリラのことは放っておいて飲み直しましょ!」
お妙と銀時は何事もなかったかのように席につきグラスを手にとった。
伊織はバクバクと波打つ胸を抑えて壁に突き刺さった人を見る。
そんな三人を他所にゾロゾロと客が入ってきた。
「やっぱりてめーらかよ…」
銀時は客を見て顔をしかめた。そこにいたのは真選組の隊士たち。
「万事屋の旦那だけかと思いきや、なんでィ。伊織さんもいるじゃねえか。」
「皆さん、さっさと壁に突き刺さっているゴリラを動物園に戻してきてくださいな。伊織さんが怯えているじゃないですか。」
「突き刺したのはオメーだろうがよ…。ったく近藤さんも懲りねえなあ。おい山崎」
「ハイハイわかりましたよ。」
あの人は近藤さんだったのかあ…とおっかなびっくりしながら山崎に回収されている近藤を見る。
「以前お会いした時は陽気で優しい方だと思ったんだけど、なんだかすごく、こう…情熱的な、方なんだね。」
「伊織さん、あれはただのストーカーでゴリラです。」
お妙はバッサリと切り捨てた。
そして何故か銀時たちの席に着く彼ら。コの字型の席の奥に追いやられた伊織は真ん中、その両隣にお妙と銀時、左右には近藤、山崎、総悟に土方が座っている。
「で、なんでおたくらここに座るわけ?伊織が緊張しちまうだろうが!さっさと向こう行けよ!!!」
「仕方ないだろう!お妙さんがここにいるんだから!
いやあすみませんねえ伊織さん、俺らのことは気にせずに楽しんでいってください!」
「いや気にするだろうがああああ!!!」
伊織は苦笑を浮かべて銀時たちの会話を見守る。
彼らは3杯4杯とどんどん飲み進めていくが伊織はいまだに1杯目のお酒をチマチマと呑んでいたのだった。
_________________________
子供ではなく大人に囲まれるのはやっぱり緊張する。