愛、そのようなもの

「オヤジ、出前どこん家だ?」
 武は薄手のパーカーを羽織りながら店に戻った。春とはいえ、日が傾くとまだ肌寒い。
「クリーニング屋のカドん所よ」
「ああ、あの辺な」
 二人は住所と地図を見比べながら、ああここだ、そこだ、と目星をつけた。走り慣れた近所であれば、武にわからない道はない。剛も安心して出前を任せられる。
「十六時半にお届けする約束になってる」
「オッケー」
 じゃ、行ってくるわ。そう言って引き戸を開けると、その隙間から穏やかな陽が差し込む。掃除したての床板が照らされて、きらきら光っている。
「そういや」店を出た所で、武は何か思い出したように立ち止まった。
「さっき誰に似たのかって言ってたけどさ、そりゃ、やっぱオヤジだと思うぜ」
 剛は一瞬、何の話かと思考を巡らせて、やがて合点がいった。聞いてやがったのか。頭を掻きながら言う剛に対して、武は「まーな」と言って臆面もなく笑っている。そういう所も彼の美徳である。
「おだてても何も出ねえぞ」
「ちぇ」
「とっとと行きな」
 いつの間にか大きくなった背中を押す。
 気いつけろよお、と声をかければ、おう、とだけ返ってくる。その表情は、やっぱりどこか機嫌がいい。
 あと何回一緒に誕生日を祝えるだろうかと考えることは、昔より増えた。考えた所で仕方がないとしても、考えずにはいられない。ただそれが一年でも多ければ、それでいい。遠ざかる後ろ姿を見送りながら、剛は胸の隅で小さく祈った。
 心地よい風が満開を少し過ぎた桜の花びらを攫っていく。ふと見上げると、枝には新緑の葉がわずかに芽吹いていた。
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