永遠の花
数日して、放ったままの包を開けた。
間を置き、冷静になると、これが私を害すための物だったとしても、どうでもいいような気がしたのだ。自分自身を大切に思っているわけでもなかったし、生に対する執着もとっくに持ち合わせてはいなかったことを思い出したから。
果たして包の中には、数本で束になった造花が入っていた。
中央には、紫色の五芒星。キキョウ、という花。
私と同じ名前。そのほかは知らない。
何度見ても、ただの造花であった。
私は何やらクツクツと声を立ててしまいそうなほど、腹の底がくすぐったく思えた。
失望というべきなのか、筆舌に尽くし難い冷えた感覚が積もっている。口角が上がる。もはや笑うしかなかった。
「なかなか良く出来ているでしょ」
気がつくと、医者がそばに立っていた。
「ここには何の仕事も娯楽もないし、退屈だろうから、それぞれ似合いそうな花を皆にプレゼントしているんだよ。まあ、ただの造花だが、何も無いよりは気分も幾らかマシだろうと思ってね」
「……それで、私にはキキョウですか」
「よく似ていると思ったからさ。毒々しい見た目とか、反して誠実なところとか」
「誠実?」
「愛しているだろう、あの男を。それは、まあ、愛執とか愛憎とか、素直な愛情ではないかもしれぬが、愛している。様々なことを見聞きして、それでも尽くして、結局何も報われなかったというのに。あの男にそれほど人間的魅力があるのか、それとも単に、君が恩に厚い人間なのかは知らないけれどもね」
耳障りの良い言葉で、べらべらと、肯定する。この男はどこまでも。
「造花は、この世で唯一永遠に枯れない花。完全な存在だ。世話など必要ないから、少し味気ないけど……」
どこまでも、あの方に似ている。
「私は、君にそのまま生きてほしいと思うよ」
完全とは何か。常々考える。
永遠に存在し続けることはそれほど良いことだろうか。
太陽なき後も孤独に咲き続けることは、そんなにも価値のあることなのか。
この白で囲まれた世界で、それでも生きてゆかねばならないのか。
ふと、思い至る。
あの方が仰った、パラレルワールドというものが真に存在するのならば。
私はこれから生まれるすべての「私」を救済したい。
蜘蛛の糸が切れたのだ。矜持があるからこそ、業のその先をそれでも紡いでいかねばならない憐れな「私」を救ってやりたいのだ。
それだけが、今世における唯一の望み。
こんなくだらない人生の、最後の希望だ。
夜明け前、薄ら明かりの中で、私はぼうっと立っている。自分が生きているのか死んでいるのかさえ判然としない。
胸に手を当てる。力を込める。みしみし、と音がする。
それは別世界の「私」が死んでゆく音か、或いはすべてが一つになる音か。
そこかしこから吹き出た命がだらだら地へと垂れている。
淀に映った顔はどこの世界の私だろうか。
赤く染まってゆく。死んでゆく。今に救って差し上げましょうと弧を描けば、確かに「私」も微笑んでいる。
心臓に指が着く。
水面に広がる波紋のように、鼓動が静かに伝播する。
憎らしい。何もかも終わった人生に縋りついているこの命が、なおも生を継続しようとするこの心臓が、とてつもなく憎らしいのだ。──だがそれも、これにておしまい。
どす黒く染まった血溜まりの上に花弁が落ちる。ゆらゆら漂って、その上にも止め処なく赤が垂れる。溺れていく。
それはまるで、地獄に落ちた一匹の蟻のように。
間を置き、冷静になると、これが私を害すための物だったとしても、どうでもいいような気がしたのだ。自分自身を大切に思っているわけでもなかったし、生に対する執着もとっくに持ち合わせてはいなかったことを思い出したから。
果たして包の中には、数本で束になった造花が入っていた。
中央には、紫色の五芒星。キキョウ、という花。
私と同じ名前。そのほかは知らない。
何度見ても、ただの造花であった。
私は何やらクツクツと声を立ててしまいそうなほど、腹の底がくすぐったく思えた。
失望というべきなのか、筆舌に尽くし難い冷えた感覚が積もっている。口角が上がる。もはや笑うしかなかった。
「なかなか良く出来ているでしょ」
気がつくと、医者がそばに立っていた。
「ここには何の仕事も娯楽もないし、退屈だろうから、それぞれ似合いそうな花を皆にプレゼントしているんだよ。まあ、ただの造花だが、何も無いよりは気分も幾らかマシだろうと思ってね」
「……それで、私にはキキョウですか」
「よく似ていると思ったからさ。毒々しい見た目とか、反して誠実なところとか」
「誠実?」
「愛しているだろう、あの男を。それは、まあ、愛執とか愛憎とか、素直な愛情ではないかもしれぬが、愛している。様々なことを見聞きして、それでも尽くして、結局何も報われなかったというのに。あの男にそれほど人間的魅力があるのか、それとも単に、君が恩に厚い人間なのかは知らないけれどもね」
耳障りの良い言葉で、べらべらと、肯定する。この男はどこまでも。
「造花は、この世で唯一永遠に枯れない花。完全な存在だ。世話など必要ないから、少し味気ないけど……」
どこまでも、あの方に似ている。
「私は、君にそのまま生きてほしいと思うよ」
完全とは何か。常々考える。
永遠に存在し続けることはそれほど良いことだろうか。
太陽なき後も孤独に咲き続けることは、そんなにも価値のあることなのか。
この白で囲まれた世界で、それでも生きてゆかねばならないのか。
ふと、思い至る。
あの方が仰った、パラレルワールドというものが真に存在するのならば。
私はこれから生まれるすべての「私」を救済したい。
蜘蛛の糸が切れたのだ。矜持があるからこそ、業のその先をそれでも紡いでいかねばならない憐れな「私」を救ってやりたいのだ。
それだけが、今世における唯一の望み。
こんなくだらない人生の、最後の希望だ。
夜明け前、薄ら明かりの中で、私はぼうっと立っている。自分が生きているのか死んでいるのかさえ判然としない。
胸に手を当てる。力を込める。みしみし、と音がする。
それは別世界の「私」が死んでゆく音か、或いはすべてが一つになる音か。
そこかしこから吹き出た命がだらだら地へと垂れている。
淀に映った顔はどこの世界の私だろうか。
赤く染まってゆく。死んでゆく。今に救って差し上げましょうと弧を描けば、確かに「私」も微笑んでいる。
心臓に指が着く。
水面に広がる波紋のように、鼓動が静かに伝播する。
憎らしい。何もかも終わった人生に縋りついているこの命が、なおも生を継続しようとするこの心臓が、とてつもなく憎らしいのだ。──だがそれも、これにておしまい。
どす黒く染まった血溜まりの上に花弁が落ちる。ゆらゆら漂って、その上にも止め処なく赤が垂れる。溺れていく。
それはまるで、地獄に落ちた一匹の蟻のように。
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