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残されたのはアメジスト【完結済】

「はぁ……はぁ……ホントにこんな辺鄙な場所に、女一人で住んでんのか?」
「らしいよ。プラシオさんも行ったことはないらしいけど、家の場所は教えてもらってたんだって」

 プラシオから借りた合鍵を指でくるくると回しながら、イオニアは言った。彼の後ろの方に息を切らしたカルメが続いて歩く。さらにその後ろには、長く峻険な道のりが広がっていた。大きな木の根でぼこぼこと段差のできた獣道の周りには、根の持ち主である木々が鬱蒼と生い茂っている。度々動物や魔物の鳴き声が聞こえる中、彼ら二人は歩みを進めていた。

「くっそー。彼女さん……名前、ベリルさんだっけ? そのひとん家への大体の距離を聞いたときは割と近けーじゃんって思ったのにな」
「まさか直線距離の途中に大きな川が横切ってるとはねぇ」
「おかげでとんだ回り道だよ。しかもコレ、僕の感覚が正しければ川の上流の方に向かって行ってるよな? 確実に山登りしてるよな?」

 プラシオから彼女——名はベリルというらしい——の家の場所を教えてもらったカルメたちは、直線距離だけを見て徒歩での移動を敢行。しかし実際の道のりはそう短いものではなかった。まず最初に大きな川へぶち当たり、回り道していくなかある時は獣道を歩くことを余儀なくされ、またある時は数匹の魔物に遭遇し……といった具合に、カルメとイオニアは中々にハードな道のりを歩かされていた。ちなみにプラシオはそのまま探偵所へ残していく訳にもいかないので、カペラが帰宅のついでに自身の仕事道具でもある馬車で彼の自宅へと送り届けた次第である。

「はー……こんなことならカペラに馬車で送ってもらえばよかったぜ」
「だねー。でもさ、カル兄は転移魔法とか使えたりしないの?」
 カルメよりは幾分体力に余裕のあるイオニアは素朴な疑問を口にする。散々偉そうな口を叩いてきた従兄のことだから、今回もなんだかんだお得意の魔法でなんとかすると思っていた。が、どうもそうではないらしい。

「転移魔法なー。僕が人間じゃなければ使えたんだが」
「どういうこと?」
 微妙に含みを持たせた言い方が気になって、イオニアは再度問いかけた。
「僕もいろいろ試してみたんだけどよ、どうも人間の身体って奴には幾つか相性の悪い魔法があるらしい。つまり、どう足掻いても絶対に習得できない魔法があるってことだな。変身魔法とか、脱出魔法とかがそうだ。んで、転移魔法もその中のひとつらしいんだ」
「へえ? じゃあ人間じゃない種族……例えばエルフとかなら問題なく使えるってこと?」
「ああ。こんな面倒な体質なのは人間だけらしいぜ。獣人族みたいに一切魔法が使えないとかなら諦めもつくんだが、こう中途半端だとなぁ。まったく不便な種族に生まれちまったもんだ」

 はぁ、と大袈裟なリアクションをしながらカルメはぼやいた。剣の道に生きるイオニアにはいまいちピンとこないが、彼のように魔法の研究の道に生きる魔術師にとっては死活問題なのだろう。まだまだ目的地までは着きそうにもないので、しばしイオニアはカルメと種族談義に花を咲かせることにした。
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