プロローグ【完結済】

 しばらく経ったのち、いきなり一つの水球が空中でばしゃりと離散した。幸いコライオとユタとは離れた場所での出来事だったので、子供たちはそもそもこの事に気づいていない。しかしそれはつまり、この離散が彼らの手によるものではないことを意味する。

「イオニア!」
「うん!」

 カルメはイオニアへ短く呼びかける。イオニアはカルメの呼びかけとほぼ同時に、腰に刺している剣へと手をかけながら子供たちの方へ走り出した。一方カルメはというと、その場からほぼ動かずに手のひらを地面の方へ向けてただじっとしている。

 走り出したイオニアの視線の先にいるのは子供たち……ではない。その背後で大きな目をぎらつかせ、虎視眈々と子供達へ狙いを定めている大きな鹿の魔物である。だが普通の動物と違い、大きな二本の角にはびりびりと音を立てて電流が流れていた。恐らく、先程はこの電気を飛ばして水球を割ったのだろう。
 イオニアは走りながらひゅう、と指笛を鳴らす。注意を惹かれた鹿はイオニアに気がつくと、標的を変えたとばかりに彼へ向かって一直線に突進してきた。

「雷魔法を使う魔物か。静かに暮らすならいいけど、俺たちを襲おうっていうなら容赦しないからね!」
 イオニアは右手に長剣を、左手に短剣を持ち迎撃の体勢をとる。猪突猛進に迫ってくる相手の急所を的確に見据え、力を抜いてさらりと剣を振った。そして後に残されたのはぐったりと倒れた魔物と無傷の少年。

「やった! 実技訓練の成果が出たぞー!」
 相手の完全な沈黙を確認したのち、イオニアは両手を握りしめて意気揚々とガッツポーズ。と同時に、彼の耳へ轟音が届く。音の出所は、周りには目もくれず無我夢中で遊んでいた子供たちのすぐそばである。地面がぼこぼこと沸騰するようにうごめき、溢れ出た土が不恰好な人型へと形を変えた。土魔法の産物、ゴーレムだ。

「おまえら! ちゃんとソイツに捕まっとけよ!」
 遠くからカルメが叫ぶ。ゴーレムは壊れ物を扱うように優しく子供たちを抱きかかえると、極力揺れが出ないようにゆっくりと、しかし急いでカルメの元へ歩いてきた。
 やがて彼の元へたどり着いたゴーレムは、子供たちを慎重に地面へと下ろして自らも土へ還った。

「カルメお兄ちゃん、今のも魔法? おっきな巨人を作れるの!?」
「すっごく楽しかったー! 地面があんなに遠くなったの初めて!」
「ま、まあな。僕自慢のゴーレム錬成魔法だ」

 いまいち状況がわかっていない子供たちはカルメの魔法に大興奮。まあいらぬ不安を与える必要もないか、とカルメは魔物のことは伝えず、ただその場を濁すのであった。
 丁度そのとき、オレンジ色の日が差し始めた道の先からがたん、がたんと規則的な音が流れてくる。

「おっ、どうやら迎えが来たみたいだぜ」
 カルメが道のほうへ顔を向けると、だんだん大きくなってくる馬車が見えた。
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