プロローグ【完結済】

「で、外に出たわけだが。お前らはどんな魔法を見てみたい?」

 おやつタイムを終わらせた彼らがやってきたのは、探偵所の庭。町はずれの林の中にぽつんと佇むこの探偵所には隣人やご近所という概念が存在しないため、広大な自然を余すことなく活用できるのだ。魔法の撃ちあいや実験などにはもってこいの場所である。カルメは木々の少ない原っぱの辺りへ陣取り、少し離れた位置にいる子供たちへと声をかけた。

「ボクは水魔法がみたい!」
「よしきた。いくぞー」
 カルメは軽く手を振り呪文を唱える。

『アクア』

 ぽよん。ぽよん。一瞬のうちに現れたのは、ふよふよと宙に浮かぶ水球だ。そっと近づいてきたコライオがそれらを恐る恐る触ると、ゴムボールのような弾力でばいん、と空中を進んでいく。

「すごいすごい、水のボールだ!」
「コライオー、そっちにボールいったよーっ!」
 子供たちは複数の水球を打ち合って遊び始める。単純な遊びながら、子供心をくすぐるのには十分だ。コライオとユタ、二人の子供はあっという間に水球の虜となり、草原を駆け回っていった。

「ふー。もうしばらくは遊ばせておいて大丈夫だな」
 そう言ってカルメは少し離れた位置にあるガーデンチェアへ腰を下ろす。イオニアも隣の椅子に座り、子供たちを見つめていた。

「そっか、カル兄はもう年寄りだから子供の相手は疲れるんだね」
「誰が年寄りだ。僕はお前と二つしか違わねーぞ」
 慣れた様子で軽口をいなすカルメ。彼はガーデンテーブルへ頬杖をつき、先程コライオ達に読み聞かせていた歴史書のページを開いた。そこには約100年ほど前の出来事が無機質に記されている。カルメは何と無しに目についた文章を読み始めた。

「『万国歴1771年、ケンドル公であった剣士メーラレン・リド・ケンドルにより魔王が討伐される。彼はこの功績によりティール帝国第二皇女と婚姻した。加えてそれまでティール帝国を宗主国としていたケンドル公国はケンドル王国へと昇格し、いち主権国家として独立。メーラレンは初代ケンドル国王として魔王戦争で荒廃していた国土の回復に努めた。しかしその後——』」
「旧ケンドル公国の封臣のひとりであったカルロ・リド・ロトルア辺境伯が領民を従えて蜂起。ケンドル王国からの離脱を求めて戦争を起こした。これがケンドル=ロトルア戦争である」
 イオニアは伸びをしながらカルメの後を引き取った。歴史書の記述と一言一句違わぬ言葉にカルメは目を丸くする。

「お前、そんなに歴史学好きだったっけ?」
 イオニアは驚くカルメをよそに、あくびをしながら答えた。
「丁度昨日その単元を習ったばっかだったんだ。その歴史書ってローズ先生の指定教科書なんだよね」
「なるほど、あいつらの母親って歴史学の先生なのか。そりゃ歴史の話は目新しくも何ともないよなぁ」

 そう言いつつカルメは遠くにいるコライオたちのほうを見る。子供たちは先程の歴史書朗読のときとは打って変わって、無邪気に笑いながら遊びまわっていた。カルメが作った三つの水球はぽよぽよと空中を漂い、子供たちの手によって絶え間なく軌道を変えさせられている。
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