プロローグ【完結済】

「お前、もうちょっとタイミングがあっただろ。焼きあがるのがあと二十分早ければ僕が歴史書で酷評されなくて済んだかもしれねーのに」
 なおも恨み言を言いつつ青年はハニークッキーをつまんでいる。

「まあまあ、そう拗ねないでよ。魔法はいつでも見せれるでしょ? クッキーに限らずお菓子は焼きたてが一番だからね」
 そう答えたのは学生ふうの少年だ。チョコクッキーがこんもりと載った皿を子供たちへ出しつつ、自らもクッキーをひとつ口へ運んだ。

「そういえばお兄さんたち、お名前はなんていうの? 二人ともママの生徒さん?」
 コライオと呼ばれていた男の子が聞く。それを受けてすかさず少年が答えた。
「俺はイオニア。ローズ先生……ああ、君達のママには騎士学校でお世話になってるよ。こっちの不愛想なお兄さんがカル兄。ほんとの仕事は魔法の研究者なんだけど、趣味で『ローシャ探偵所』っていう何でも屋みたいなことをしててね。今は放課後に君達を預かるっていう依頼を受けてお仕事中なんだ」
 イオニアは青年よりもとっつきやすそうな柔らかい雰囲気を醸し出した少年だ。常にニコニコと笑みをたたえており、いかにも人好きのする見た目である。

「僕の名前はカルメ。カル兄っていうのはイオニアが僕の従兄弟だから勝手にそう呼んでるだけだ。別に真似しなくていいからな」
 対して青年、カルメは飾り気もなくそう言い放つ。黙っていれば一見人畜無害そうな印象を受けるが、その言葉遣いや佇まいはスタンダードな魔法使いの大人しいイメージとは程遠い。
 常人ならば初対面のときはそのギャップに萎縮してしまうかもしれないが、今日の相手は天真爛漫な子供たちである。彼らはカルメにも一切遠慮せずストレートに言葉をぶつけていった。

「カル兄ー!」
「カル兄、クッキー食べたら魔法見せて!」
「お前ら人の話聞いてた?」

 子供のお守りは疲れるな、と小さく愚痴をこぼしながらカルメはメイプルクッキーを口へ放り込む。イオニアと子供たちの談笑を聞き流しながら、彼はこの後見せる魔法についての思案を巡らせ始めた。
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