残されたのはアメジスト【完結済】

「そんな……私は貴方を殺すために近づいていったのに……」
「でも今は違う。そうでしょ?」
 ふにゃりと笑ったプラシオは、ベリルの頭を優しく撫でた。
「そうだけど、私……」
 ベリルは自らの首元へ視線を向ける。カルメは若干の居心地の悪さを感じてイオニアたちの方へ避難していたが、ふと思い立ってベリルへ呼びかけた。

「壊しちまえよ、そんなもん」
「えっ?」
 ベリルが心底驚いたような声を上げる。
「宝石魔法以外であんたの一族とコミュニケーションをとる方法はないんだろ? ならその首飾りを壊しちまえばいいじゃねーか。あんたの自宅はセイレーンが地上で暮らすために必要な環境が一通り揃ってる。無理に一族に縛られる必要はないんじゃねーの」
「そうですね。壊しちゃいましょ、ベリルちゃん」
「ふ、二人とも正気?」

 コンレイもあっけらかんと賛同する。遠くで見ていた三人組のうちイオニアだけが何とも言えない反応を返した。
 ベリルは問いかけるような目でプラシオを見つめる。彼はただ、微笑み返すだけだ。彼女は眉を寄せて首飾りに目を向けていたが、やがて意を決したようにそれを外し呪文を唱えた。

『アクア』

 小さな氷柱がアクアマリンの中心を一突きし、薄水色のかけらがぱらぱらと海へ零れ落ちる。プラシオはそれを見届けると、ベリルをがしりと抱きしめた。


◆◇◆


「なあ」
「なにさカル兄! いま良いところなんだから大人しくしてて!」
「あの二人ったらアツアツですね~!」
「なんで僕たちはこんなところで油売ってんだよ……」

 ベリルがアクアマリンの首飾りを壊した後。場の甘ったるい空気に耐えきれなくなったカルメはプラシオとベリルへ別れを告げ、コンレイへ転移魔法を使うよう頼んだ。彼はてっきりコンレイの実家のロッジへ飛ばされると思っていたのだが、転移した先はなんとおなじ浜辺の中。しかもいい感じに三人分隠れられるような都合のよい岩陰である。

「だって気になるじゃないですか! わたし、ベリルちゃんの彼氏さんを見たのは今日が初めてなんですよ!」
「プラシオさんって第一印象は頼りなさげな感じだったけど、行くときはぐいぐい行くんだね。こういうのをロールキャベツ男子って言うんだろうなあ」

 コンレイはぱたぱたと翼をはためかせながら小声ではしゃいでいる。イオニアもコンレイと一緒になって熱心に岩陰から顔を出し、覗きにご執心だ。カルメはひとり、岩に背中を預けてすっかり暗くなった空を仰ぎ見る。
「なんだよこの空間……帰りてぇ……」
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