残されたのはアメジスト【完結済】

「やあベリルさん、初めまして。プラシオさんの友人のカルメです。彼がお世話になったようで」

「……貴方、全部解ってたのね」
 カルメに相対したセイレーンは苦虫を噛み潰したような顔をする。もはや抵抗を諦めたのか、催眠魔法を使う素振りは見せない。

「まーな。あんたがセイレーンなのは家に行って分かったぜ。セイレーンっていうのは深海に棲む水棲魔族だ。あんたの家にあった水槽は一見ただのでかいアクアリウムだったが、その水槽の中に棲んでたのはどれも深海でしか見ないような特徴的な魚ばかりだった。尤も、プラシオさんの話を聞いてる限りあんたが他種族殺しをするような奴とは思えなかったんだけどな。誰かに命令されてたんじゃないか? ホラ、そこにおあつらえ向きの伝達手段もあるし」

 カルメはそう言ってベリルの首元を指さす。その先には、アクアマリンの首飾りが煌々と輝いていた。
「アクアマリンっていやあ一般的には『海底の妖精の宝物』なんてメルヘンな言い方をされてるが、そのルーツの実態は水棲魔族であるセイレーンにある。これで海底の同族と連絡を取ったりもできるだろうよ」
「……そうよ。この首飾りは私たち一族に代々伝わる通信機のようなもの。セイレーンはずっと昔から『人魚の肉を食べると不老不死になる』なんていう根も葉もない噂のせいで乱獲され、迫害されてきたわ。『人魚』なんて空想上の生物に過ぎないのに。だから私たちの一族は、同族の無念を晴らすため他種族を騙して殺し続けてきたのよ」

「でも、セイレーン全体がそんなことをしてるわけじゃないよな。なんであんたたちの一族はそんなことをしてるんだ」
「どうしてって、そんなの考えたこともなかったわよ。小さいときからずっと、家族みんなに『他種族は全員敵だ』って言われ続けてきたんだし。考えたこともなかったのに……」
 ベリルは俯きながらぼそぼそと答える。その表情は、カルメからは窺えない。

「……そうか。反省して大人しく帰るってんなら見逃してやってもいいけど、何も言わないならしかるべきところに突き出さなきゃな」
 ベリルは何も反応しない。カルメが拘束魔法を唱えようとした矢先、背後から澄んだ声が響いた。

「カルメさん、ベリルは何もしてません。ボクが勝手にやったことです」
「プラシオ……!?」
 カルメたちは声の方へ目をやる。イオニアたちと連れ立って歩いてきたプラシオが、きっぱりと言った。
「ベリルは確かに最初、ボクに催眠魔法をかけました。けどそれはすぐに解けてしまったんです。ベリルの方へ歩いていったのは催眠のせいなんかじゃなくて、ボク自身のエゴです」

 ベリルは大きな目をさらに見開いてプラシオを見つめた。イオニアたちはもちろん、カルメでさえも驚いて目を瞠る。
「なんで……? だって私、ちゃんと歌えてたじゃない!」
「うん。綺麗な歌声だったよ。けど途中から途切れ途切れになって、歌に全然集中できてなかったじゃないか」
 プラシオは慈愛に満ちた眼差しを向けてベリルに近づき、彼女の頬を伝っていた涙の痕をそっと拭き取った。

「君と初めて会った時から、セイレーンっていう種族について色々調べてたんだ。恋人の種族について知りたいと思うのは普通のことでしょ? だから君がいなくなった時も、もしかしたらボクを殺そうとしてるのかも、って思っちゃったんだよ。けれどどうしても、ベリルがそんなことをする女の子だと思いたくない自分もいてね。藁にも縋る思いでカルメさんに君の捜索を依頼したんだ。気持ちの整理がつかないまま飛び出しちゃったから、カルメさん達にはすっごくかっこ悪いところを見せちゃったなぁ」

 たはは、と頬をかいて照れ笑いながらプラシオは言う。ベリルは黙って恋人の話に耳を傾けていた。
「黄昏時になったらいきなり君の歌声が聴こえてきて、そこからすぐに意識が飛んだんだ。多分そのまま催眠魔法にかかって君の方へ向かったんだろうけど、次に意識がはっきりした時には目の前にすすり泣きながら歌う君の姿があった。きっと泣いて歌が途切れちゃったから魔法が解けたんだろうね。だからもう、君のそばへ行ってぎゅっと抱きしめてやろうと思ったのさ」
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