残されたのはアメジスト【完結済】

「でもさ、人間以外といっても長い間差別されてきたことのある種族には生まれたくなかったよね。不謹慎なことかもしれないけど……その点俺は人間で良かったと思うけどなぁ」

 イオニアは先日騎士学校で受けた歴史の授業を思い出していた。確か少数種族の吸血鬼やセイレーンなどはその希少さや性質から他の種族によって迫害されてきた過去があったはずだ。今、吸血鬼は他の種族との混血が進みほとんど差別されなくなっているが、セイレーンは深い海の底で同種族だけのコロニーのなか、人知れず暮らしているらしい。一部のセイレーンは他種族を海へ引きずり込んで溺死させる、などという物騒なことをしているという噂もあり、未だに双方の溝は深い。

「あー……それとこれとは話の方向性が違うから何とも言えねーな……」
 カルメも恐らく同じことを思い浮かべているのだろう。少し神妙な顔つきになり歯切れの悪い言葉を放つ。ああ、これは失敗したかな。別にしんみりした空気にしたいわけではなかったのに。そう思ったイオニアは方向性の修正を試みた。

「ま、俺はおじいちゃんやカル兄と違って魔法だけで戦えるほど魔力が多くないから、剣も魔法もどっちも使える可能性がある人間で良かったと思ってるよ!」
「そうだな。お前もお前の妹もせっかく魔法使えるのに、ホントに僕と同じあの人の孫か? ってほど魔力の量少ないもんな」
「何だろう、事実を言われているだけなのにすごくムカつくんだけど」
「その代わり僕より遥かに体術のセンスがあるからいいじゃねーか。僕なんて多分、一生かかっても魔法剣なんて使いこなせないぜ」
「そうだね。カル兄って僕らの従兄とは思えないほど貧弱で体力ないもんね」
「……さっきはすまんイオニア。これ結構心にクるもんだな」
「分かればよろしい。……あ、あの家かな?」

 軽口を叩き合いながら疲れを誤魔化す二人。彼らが進む道の先に、ぽつんと小さな家が建っているのが見えた。自然溢れる山の中に突如として現れたその家は、飾り気がなくどこか異様な雰囲気を醸し出している。
「多分そうだな。さ、家宅捜索といくか」

 カルメはイオニアの手からするりと合鍵を奪い取り、錠前に差し込む。かちゃりと気持ちの良い音を立てて、鍵はいとも簡単に開いた。カルメはごくりと唾を呑み、ゆっくりと扉を開く。家の内装は可もなく不可もなく、一般的な民家とさして変わらないようだった。

「うおっ、何だこれ!?」
 カルメは家に一歩踏み入れると同時に一瞬のけぞり歩みを止める。後に続くイオニアはぎょっとしたものの、イオニア自身はカルメの動揺の原因がわからず戸惑いながらも部屋の中へと入っていった。

「お邪魔しまーす……カル兄、どうしたのさ。ゴキブリでもいたの?」
 イオニアはカルメを気にせず家の中をずんずん進んでいく。しかしパッと見た限りでは、不快害虫もどこか気になる点も見つからない。
「お前女の家に向かってそれはデリカシーなさすぎだろ……って、そうじゃなくて! この家、とんでもない量と濃さの魔力が充満してるぞ!」
「そうなの? 俺には全然感じられないよ」
 たじろぐカルメとは対照的に、いつも通り呑気なイオニアが答える。

「だろうな。万が一罠とかが張ってあったらマズそうだから、さっき扉を開ける前に軽く探知魔法をかけといたんだ。幸い何も危険はなさそうだったが、水魔力がヤバいぐらい充満してる。こんな魔力久々に浴びた……けど! どうせなら土魔力が良かったっ!!」
「あ、そう。安全なら良かったよ」

 俄然興奮しだす土魔法使いへ冷めた目線を送りながら、イオニアは屋内の探索作業へ戻る。こういうときの魔術バカは放っておくのが最善策だ。彼がしばらく家の中を調べていると、見るからに異質な模様のドアがあるのを見つけた。
 錠前がついていないにも関わらず、そのドアは押しても引いてもびくともしない。

「ねえカル兄、このドアの開け方分かる?」
 イオニアがようやく落ち着いたらしいカルメに声をかけると、彼はのろのろとドアの方へやってくる。
「ああ、水魔法で施錠されてるみたいだな。『アクア』……ホラ、開いた」
 カルメがさらりと呪文を唱えると、ドアは泡のように消えていく。その向こうに現れた光景に二人は目を疑った。
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