残されたのはアメジスト【完結済】
「……というのが昨日起こったこと。あの後指輪を買ったプラシオさんは早速プロポーズする、と息巻いて探偵所を後にしたんだ」
「ふーん……そういうことがあったのね」
カペラは目の前に座っている青年、プラシオに昨日何が起こったのかを理解した。彼は先程よりも落ち着き始めていて、今ならなんとか話を聞き出すことができそうだ。
「さて、どういうことか教えていただけますか?」
残りのハニートーストをつまみつつ、プラシオの反対側のほうのソファに座っているカルメは問いかけた。プラシオはイオニアの出したコーヒーにようやく口をつけて話し出す。
「昨日、指輪を買ってカルメさんたちと別れた後、彼女が家に泊まりに来たんです。前から約束してて……そこで、プロポーズしようって、ずっと前から決めてて……」
「うんうん。ゆっくりでいいよ」
えづきながら話すプラシオに、イオニアは優しく声をかけて背中をさする。
「はい……ありがとうございます……それで、昨夜、夕食の後に言ったんです。『結婚しよう』って。かっこつかなかったかもしれないけど、頑張って勇気を振り絞りました。けれど返事はイエスでもノーでもなくて」
「なんだそれ? ……じゃなかった、なんですか、それ」
カルメは予想外の展開に素っ頓狂な声をあげた。しかしプラシオは事の顛末を話すことにいっぱいいっぱいで、カルメの敬語が抜けかけたことにも気づかない。
「彼女、『返事は明日ね』と答えただけで。でもまあ、明日になって決心が固まるなら、といったんその場は保留にしたんです」
「ほう。で、その『明日』というのが今日なわけですね」
カルメは確信に迫る発言をする。プラシオは当時のことを思い出したようにすう、と深呼吸して短く息を吐いた。
「そして今朝。隣で寝てたはずの彼女がどこにもいなかったんです。ボクの家全体をくまなく探しても気配すらなくって。彼女の私物も全てなくなっていたのに、ただひとつ、机の上に昨日渡そうとしたアメジストの指輪が残されていました。これは……つまり……」
なるほど。イオニアはプラシオの言わんとしていることを理解した。婚約指輪を受け取らずに去る、それすなわちプロポーズの拒絶ということだろう。しかしあれだけ惚気話のストックが豊富なカップルが、そんなことになるのだろうか? 昨日一日一緒に居ただけだが、イオニアはプラシオに対して好印象を抱いていた。気弱だけど彼女さん思いな、良い彼氏さんだと思う。彼女のほうも、プラシオの話を聞いている限りでは思慮深く聡明な女性に感じられた。
「うむう……人間誰しも裏がある、とは言いますがねぇ……」
カルメもイオニアと同じ感情を抱いているようで、あごに手を当てて考え込んでいる。
「ちなみに、それから彼女のお宅には行ってみたんですか?」
「いいえ……もし浮気の証拠なんかを見つけてしまったら一生立ち直れないような気がして、怖くて行けてないんです。それに、家に行ったって……」
プラシオはうつむきながらか細い声で答えた。震えながらかき消えた語尾から察するに、彼は相当疲弊しているのだろう。しばしの沈黙の後、唐突にカペラが声をあげた。
「じゃあ、カルメが行ってくればいいんじゃない?」
「はあ? 僕が?」
いきなり名指しされたカルメは心底びっくりした顔でカペラを見る。
「うん。要するにこれって失踪事件みたいなもんでしょ? あんたが大好きな謎の事件じゃない」
「人を変人みたいな扱いすんなよ」
口ではそう言いつつも、カルメが内心浮き足立っていたことは確かだ。とはいえ、さすがにプラシオがいる前では不謹慎なので態度には出さなかったが。カルメはプラシオの目を真っ直ぐと見据えて言葉を紡ぐ。多少の野次馬根性こそあれど、この言葉も勿論彼の本心からくるものだ。
「プラシオさん、その彼女さんのお宅に僕たちがお邪魔しても構いませんか? 僕たちとしてもこのままではあなた達が心配なので、彼女さんを探す手伝いをさせていただきたいのですが」
プラシオは静かに、しかしはっきりと返事をした。
「はい、むしろこちらからお願いさせてください……万が一彼女を見つけられれば、これほど嬉しいことはありません。彼女の家の場所は……」
「ふーん……そういうことがあったのね」
カペラは目の前に座っている青年、プラシオに昨日何が起こったのかを理解した。彼は先程よりも落ち着き始めていて、今ならなんとか話を聞き出すことができそうだ。
「さて、どういうことか教えていただけますか?」
残りのハニートーストをつまみつつ、プラシオの反対側のほうのソファに座っているカルメは問いかけた。プラシオはイオニアの出したコーヒーにようやく口をつけて話し出す。
「昨日、指輪を買ってカルメさんたちと別れた後、彼女が家に泊まりに来たんです。前から約束してて……そこで、プロポーズしようって、ずっと前から決めてて……」
「うんうん。ゆっくりでいいよ」
えづきながら話すプラシオに、イオニアは優しく声をかけて背中をさする。
「はい……ありがとうございます……それで、昨夜、夕食の後に言ったんです。『結婚しよう』って。かっこつかなかったかもしれないけど、頑張って勇気を振り絞りました。けれど返事はイエスでもノーでもなくて」
「なんだそれ? ……じゃなかった、なんですか、それ」
カルメは予想外の展開に素っ頓狂な声をあげた。しかしプラシオは事の顛末を話すことにいっぱいいっぱいで、カルメの敬語が抜けかけたことにも気づかない。
「彼女、『返事は明日ね』と答えただけで。でもまあ、明日になって決心が固まるなら、といったんその場は保留にしたんです」
「ほう。で、その『明日』というのが今日なわけですね」
カルメは確信に迫る発言をする。プラシオは当時のことを思い出したようにすう、と深呼吸して短く息を吐いた。
「そして今朝。隣で寝てたはずの彼女がどこにもいなかったんです。ボクの家全体をくまなく探しても気配すらなくって。彼女の私物も全てなくなっていたのに、ただひとつ、机の上に昨日渡そうとしたアメジストの指輪が残されていました。これは……つまり……」
なるほど。イオニアはプラシオの言わんとしていることを理解した。婚約指輪を受け取らずに去る、それすなわちプロポーズの拒絶ということだろう。しかしあれだけ惚気話のストックが豊富なカップルが、そんなことになるのだろうか? 昨日一日一緒に居ただけだが、イオニアはプラシオに対して好印象を抱いていた。気弱だけど彼女さん思いな、良い彼氏さんだと思う。彼女のほうも、プラシオの話を聞いている限りでは思慮深く聡明な女性に感じられた。
「うむう……人間誰しも裏がある、とは言いますがねぇ……」
カルメもイオニアと同じ感情を抱いているようで、あごに手を当てて考え込んでいる。
「ちなみに、それから彼女のお宅には行ってみたんですか?」
「いいえ……もし浮気の証拠なんかを見つけてしまったら一生立ち直れないような気がして、怖くて行けてないんです。それに、家に行ったって……」
プラシオはうつむきながらか細い声で答えた。震えながらかき消えた語尾から察するに、彼は相当疲弊しているのだろう。しばしの沈黙の後、唐突にカペラが声をあげた。
「じゃあ、カルメが行ってくればいいんじゃない?」
「はあ? 僕が?」
いきなり名指しされたカルメは心底びっくりした顔でカペラを見る。
「うん。要するにこれって失踪事件みたいなもんでしょ? あんたが大好きな謎の事件じゃない」
「人を変人みたいな扱いすんなよ」
口ではそう言いつつも、カルメが内心浮き足立っていたことは確かだ。とはいえ、さすがにプラシオがいる前では不謹慎なので態度には出さなかったが。カルメはプラシオの目を真っ直ぐと見据えて言葉を紡ぐ。多少の野次馬根性こそあれど、この言葉も勿論彼の本心からくるものだ。
「プラシオさん、その彼女さんのお宅に僕たちがお邪魔しても構いませんか? 僕たちとしてもこのままではあなた達が心配なので、彼女さんを探す手伝いをさせていただきたいのですが」
プラシオは静かに、しかしはっきりと返事をした。
「はい、むしろこちらからお願いさせてください……万が一彼女を見つけられれば、これほど嬉しいことはありません。彼女の家の場所は……」