消印のない手紙【完結済】
「これですっきりした。ヴォルター先輩は僕の手紙を読んでアイセル様に探偵所を紹介した。脱走を見逃すだけでなく手引きまでしてたんだな」
「その通り! お前なら殿下を危険から遠ざけつつ安全に町ブラさせてくれると思ったんだよ。殿下が切手の準備をうっかり忘れてきちゃったから、可愛い女の子が個人でやってる、ジャンバラヤンだかサンジェルマンだか……そんな感じの名前の馬車運輸に頼んで特別に手紙を届けてもらったんだ。」
「なるほどー、だからあの手紙は消印がなかったんだね」
イオニアがうんうんと納得した。
「今日はプライベートな旅行だったのもあって、父上たちも大がかりな捜索隊は出さないと踏んだ。だからヴォルターに『私が一人で探してきますので捜索隊は結構です』と言ってもらって一日やり過ごそうとしたんだ。そして夕方の六時に町の広場にある噴水で落ち合って、ついさっきヴォルターに見つけられたように装って帰るつもりだったんだけど」
「サリム様が一人で飛び出しちゃったのは誤算だった」
ヴォルターはがっくりと肩を落として言った。
「あれから大変だったんだぜ? サリム様までいなくなったって国王陛下に報告したら流石に雷落とされてさ。『何のためにお前とサリム嬢を同じ部屋で待たせたと思ってるんだ!』ってもーうカンカン。そもそもオレの主はアイセル殿下ただ一人だっていうのに」
「あの王様って怒ることあるんだな……」
カルメは幼き日に見たケンドル王を思い浮かべた。ここにいるアイセルと同じく、常に穏やかな雰囲気を身に纏った優しげな王だったはずだ。
「普段大人しい人ほど怒るとコワいってのは常識だよ。ってなワケで、オレは半分ホテルから追い出されるようにして殿下とサリム様捜索の命を賜ったのさ。いちおう馬車をつけてくれたから移動は楽ちんだったけど、そもそもレストールの町に土地勘なんてないしほとほと困ってたんだ。殿下はカルメと一緒にいるだろうから特に心配してなかったんだけども、サリム様はたった一人で出て行っちゃったからなぁ」
「サリムさんがまさかそのような行動をとるとは。これは私の浅慮だった」
「ホントですよー。殿下も罪な男です」
ヴォルターはアイセルの顔をちらりと見た。涼やかな目元にシュッとした鼻筋、父王譲りの柔らかな雰囲気。確かに世の女性を虜にしてしまうような甘いマスクだ。
「なあるほど。それでヴォルター先輩はサリムさん捜索を諦めて、事前に決めてたアイセル様との最終合流場所でくすぶってたのか」
「くすぶってたとはなんだ! オレは入れ違いにならないよう確実に殿下と会える場所で待ってただけさ」
「まぁカルメ君、あんまり責めないでやってくれ。ヴォルターが極度の方向音痴なのは君も知ってるだろう? 同行していた馬車の馭者の助けがあったとはいっても、あの噴水までたどり着けただけで奇跡だよ」
「あー、それは一理あるな」
「殿下ぁ、それ言っちゃいます?」
フォローすると見せかけてとどめを刺されたヴォルターはへなへなと声をあげる。
「なにはともあれ、これで一件落着だね。あとは私とヴォルターが父上にがつんと怒られるだけだ」
「最初っから覚悟してたとはいえ、やっぱ怖いなー」
悠々としているアイセルの横でヴォルターは顔をしかめて身震いした。ケンドル王の雷がどれほど強烈なものなのか、その態度からありありと読み取れる。
「カルメ君、イオニア君、今日は本当にありがとう。君たちのおかげで忘れられない一日になったよ」
アイセルは右手を差し出し、カルメとイオニアそれぞれと握手を交わした。
「いえいえー。俺たちも面白い体験ができて楽しかったよ」
イオニアはニコニコと答える。
「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。今回の報酬は後でヴォルター先輩に請求しておきますね」
にっこりと営業スマイルをするカルメ。ヴォルターは突然の名指しに間の抜けた声を出した。
「え? オレが払うの?」
「当たり前だ。この一件の首謀者は先輩だろ」
「うーん、しゃーないか。いくら欲しいんだ?」
「ゴールドじゃなくていいんだ。僕が欲しいのは——」
「その通り! お前なら殿下を危険から遠ざけつつ安全に町ブラさせてくれると思ったんだよ。殿下が切手の準備をうっかり忘れてきちゃったから、可愛い女の子が個人でやってる、ジャンバラヤンだかサンジェルマンだか……そんな感じの名前の馬車運輸に頼んで特別に手紙を届けてもらったんだ。」
「なるほどー、だからあの手紙は消印がなかったんだね」
イオニアがうんうんと納得した。
「今日はプライベートな旅行だったのもあって、父上たちも大がかりな捜索隊は出さないと踏んだ。だからヴォルターに『私が一人で探してきますので捜索隊は結構です』と言ってもらって一日やり過ごそうとしたんだ。そして夕方の六時に町の広場にある噴水で落ち合って、ついさっきヴォルターに見つけられたように装って帰るつもりだったんだけど」
「サリム様が一人で飛び出しちゃったのは誤算だった」
ヴォルターはがっくりと肩を落として言った。
「あれから大変だったんだぜ? サリム様までいなくなったって国王陛下に報告したら流石に雷落とされてさ。『何のためにお前とサリム嬢を同じ部屋で待たせたと思ってるんだ!』ってもーうカンカン。そもそもオレの主はアイセル殿下ただ一人だっていうのに」
「あの王様って怒ることあるんだな……」
カルメは幼き日に見たケンドル王を思い浮かべた。ここにいるアイセルと同じく、常に穏やかな雰囲気を身に纏った優しげな王だったはずだ。
「普段大人しい人ほど怒るとコワいってのは常識だよ。ってなワケで、オレは半分ホテルから追い出されるようにして殿下とサリム様捜索の命を賜ったのさ。いちおう馬車をつけてくれたから移動は楽ちんだったけど、そもそもレストールの町に土地勘なんてないしほとほと困ってたんだ。殿下はカルメと一緒にいるだろうから特に心配してなかったんだけども、サリム様はたった一人で出て行っちゃったからなぁ」
「サリムさんがまさかそのような行動をとるとは。これは私の浅慮だった」
「ホントですよー。殿下も罪な男です」
ヴォルターはアイセルの顔をちらりと見た。涼やかな目元にシュッとした鼻筋、父王譲りの柔らかな雰囲気。確かに世の女性を虜にしてしまうような甘いマスクだ。
「なあるほど。それでヴォルター先輩はサリムさん捜索を諦めて、事前に決めてたアイセル様との最終合流場所でくすぶってたのか」
「くすぶってたとはなんだ! オレは入れ違いにならないよう確実に殿下と会える場所で待ってただけさ」
「まぁカルメ君、あんまり責めないでやってくれ。ヴォルターが極度の方向音痴なのは君も知ってるだろう? 同行していた馬車の馭者の助けがあったとはいっても、あの噴水までたどり着けただけで奇跡だよ」
「あー、それは一理あるな」
「殿下ぁ、それ言っちゃいます?」
フォローすると見せかけてとどめを刺されたヴォルターはへなへなと声をあげる。
「なにはともあれ、これで一件落着だね。あとは私とヴォルターが父上にがつんと怒られるだけだ」
「最初っから覚悟してたとはいえ、やっぱ怖いなー」
悠々としているアイセルの横でヴォルターは顔をしかめて身震いした。ケンドル王の雷がどれほど強烈なものなのか、その態度からありありと読み取れる。
「カルメ君、イオニア君、今日は本当にありがとう。君たちのおかげで忘れられない一日になったよ」
アイセルは右手を差し出し、カルメとイオニアそれぞれと握手を交わした。
「いえいえー。俺たちも面白い体験ができて楽しかったよ」
イオニアはニコニコと答える。
「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。今回の報酬は後でヴォルター先輩に請求しておきますね」
にっこりと営業スマイルをするカルメ。ヴォルターは突然の名指しに間の抜けた声を出した。
「え? オレが払うの?」
「当たり前だ。この一件の首謀者は先輩だろ」
「うーん、しゃーないか。いくら欲しいんだ?」
「ゴールドじゃなくていいんだ。僕が欲しいのは——」