消印のない手紙【完結済】

「殿下! サリム様もご一緒ですか!?」
 執事服をぴしっと着こなした男性が慌ててアイセルに駆け寄った。サリムの無事を確認すると、ほっと胸をなでおろす。

「裏に停まっている馬車はケンドルのものだね?一足先に彼女をホテルまで送ってもらってくれ」
「承知しました!」
「君には世話をかけた、すまない」
「謝るならサリム様にですよー。彼女は殿下のことを大変心配しておられました」
「そうだな……彼女が目を覚ましたらじっくり話をするとしよう」

 男性はひょいとサリムを抱きかかえて馬車へと運ぶ。しばらくして帰ってきた彼は、さっきとは別人のようにしまりのない笑みをたたえていた。
「やあカルメ! 久しぶり」
 王子付きの執事、ヴォルターは朗らかに手をあげて挨拶した。
「先輩こそ元気そうで何よりだ。というか、今回の黒幕はアンタだったんだな」
「黒幕だなんてとんでもない! オレはただアイセル殿下にお前の探偵所を紹介しただけだよ?」
「それが全ての始まりだろ」
 やれやれ、というふうにカルメは腰へ手を当てる。

「アイセルさん、あの二人ってどういう関係?」
かたや魔術師、かたや王宮の執事。共通点なんてなさそうなのに、どうしてこんなに親し気なんだ? イオニアはアイセルに訊ねた。
「あれ、君は知らなかったのかい? ヴォルターとカルメ君は魔法学校の先輩と後輩だったらしいよ」
「あー……そういやうちに下宿してた頃のカル兄がたまに話してくれてたかも……」

 イオニアの言う『うち』とはすなわちイオニアの実家である。
 カルメは出身こそケンドル王国だが、初等学校を卒業するころには国境を越え単身イオニアの実家がある町へ渡ったのだ。その町にある大きな魔法学校で学を修め、別口で魔法の師匠に師事し、いまやカルメは『魔術師』として魔法の研究を生業としているのである。

「そうそう。あのとき学生の中でケンドル出身だったのはオレとカルメしかいなかったからなー。オレらは一緒にホームシックと戦った戦友だよ」
「僕はホームシックになんてなってねーよ……とにかく、最初から引っかかってたんだ。僕が探偵所を開きたてのときに友人知人みんなへ手紙を送った以外、国外への宣伝はしてなかったんだ。いきなり隣国の王子様が依頼人として来るなんてありえねーだろ」
「あはは。そういえばオレがいまケンドルに居ることは教えてたけど、王宮で執事やってるのは言ってなかったかもね」
「そういうちゃらんぽらんなところは昔から変わんねぇな」

 乱暴な言葉ばかり言っているが、カルメは旧友と再会できてどことなく嬉しそうだ。
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