消印のない手紙【完結済】

「よぅーし! 次は酒店通りだー!」
 高らかに少年の声が響く。
「お前はまだ飲んじゃダメだからな」
 じとりと青年が釘を刺す。

「分かってるよ、でもこういうのって見てるだけでも楽しいじゃん」
「そうだね。ラベルひとつひとつのデザインを見ているだけでも、そのお酒に込められた想いが伝わってくる」
 イオニアが口を尖らせながら言うと、アイセルも微笑みながら同意した。ここレストールは世界中から様々なお酒が集まってくる酒の町だ。道端に並ぶ酒店も多種多様な銘柄のお酒を取り扱っており、酒豪にとっては天国のような場所である。
 彼らはそのままずばり『酒店通り』と名付けられた、酒店の並ぶ大通りをのんびりと歩いていた。

「アイセル様は酒類をお飲みに……じゃなかった、酒なんて飲むのか?」
「私はワインを少し嗜む程度だけれど、城の兵士たちがよく酒場に行くのを見かけるな。特に獣人族の者はほぼ毎日のように飲んでいるようだ」
「ふーん、ここと大体一緒だな。この町で一番大きい酒場がある宿屋も、ヒトと獣人ばっかだぜ」
「でもやっぱりここは旅人の国だからね。冒険者のエルフや吸血鬼の人もいるよ!」
 イオニアの言葉を聞いたアイセルがぱっと顔をあげる。

「冒険者の集まる場所か……少し寄ってみたいな」
「おっ、じゃあさっき言ってた酒場のある宿屋に行ってみるか? あそこは昼からやってるはずだ」
「いいねいいね! 俺も喉乾いてきたし」
「じゃ、決まりだな。ちょうどこの通りの最後にある、『せせらぎ亭』ってとこだ」


◆◇◆


「『せせらぎ亭』? なあに、それ」
 一方その頃サリムは、獣人と人間が往来する大きな通りで呼び込みの女性に声をかけられていた。

「この通りの先でやってる、この町一番の大きな酒場が自慢の宿屋です! お姉さんの好きなお酒もきっとありますよ」
「この町一番……と、いうことは、やはりたくさんの人がいるのね?」
「もっちろん! しかもお姉さんみたいに綺麗な人が来店してくれたら、さらにもっとたくさんの男性客が来ちゃうかもですね!」
「そ、そうお? ふふふ……」

 呼び込み女性の調子のよいおだてにすっかり乗せられたサリムは、彼女についていくことにしたようだ。
(たくさん人がいるってことは、もしかしたらアイセル様もいるかもしれない。本人が居なくっても、目撃情報なんかが集まってるかもしれないわ)
 心の中で言い訳をしつつ、サリムはうきうきと女性についていった。
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