消印のない手紙【完結済】
「うーん、そろそろ来てもおかしくないんだけど」
「どうしたもんかなぁ。結構待ったと思うんだが」
「頑張って早起きしたのに、全部無駄骨じゃない」
どれぐらい経ったのだろうか、イオニアのコーヒーカップが空になりかけている。カルメはイオニアの言葉に答えながら、ずいぶん前に読破した今朝の朝刊の文字を目で追っていた。もはや太陽は昇り切り、爽やかな朝の陽ざしが探偵所の窓を照らしている。
「いー……」
(くそ! イオニアの奴、微妙に返しづらいのを出しやがって!)
カルメが言葉を詰まらせたとき、来客を知らせる玄関のドアベルがからんころん、と音を響かせた。
「――いらいにん!?」
「あ、カル兄、『ん』がついたから俺の勝ちだね。……って、え!?」
「バカ、もうしりとりは終わりだ! 僕が応対するから、お前は客に出す飲み物を用意してくれ!」
「イエッサー!」
慌ててキッチンに向かうイオニアを確認しながらどたどたと階段を下るカルメ。彼の表情は、まるで宝箱を目の前にしたトレジャーハンターのように期待と興奮に満ち溢れたものだった。
◆◇◆
「――と、いうことで」
いつになく緊張した面持ちのカルメの正面には、フードを目深に被り全身を黒いマントで覆った謎の人物が座っている。背丈はカルメよりも高く、骨張った手足からみるにどうやら男性のようだ。見るからに怪しいその人間を前にして、流石の彼も少し物怖じしているようだった。
「何かご依頼があってここを訪れたのでしょう? どういったご用件で」
カルメはちら、と黒マントの人物の靴を見る。つやつやと上品な光沢を持つ、良い仕立ての革靴だ。靴の持ち主はゆっくりと息を吐き、覚悟を決めたように話し始めた。
「うん。昨夜の手紙は読んでくれたかな?」
「勿論です。どうやら火急の用件なようですね」
依頼人と相対する時のカルメは先程のようなガサツっぷりをつゆほども見せない。丁寧な口調と物腰で模範的な魔法使い像を見事に演じてみせている。彼がこのような態度を取るのは、相手が商売相手だからに他ならない。……要するに猫を被っているというわけだ。とはいえ、今回の彼はいささか緊張しすぎているきらいがあった。
「どうぞー、お飲み物です」
ぴりぴりと神経を張り巡らせているカルメの背後から、間の抜けた声が飛んでくる。先程と全く変わらない態度のイオニアが黒マントの前にかちゃり、と温かいコーヒーを差し出した。
「ありがとう」
黒マントは穏やかに礼を言うと、ゆったりとコーヒーに口をつけた。
「ん? このコーヒー、私がいつも飲んでいるものと同じだね。君もこの品種が好きなのかい?」
「わぁ、わかります!? このコーヒーメチャクチャ美味しいですよね!!」
テンションの上がったコーヒーバカ、もといイオニアはたまらず黒マントの両手を取りぶんぶんと一方的に握手をした。
「……やっぱり」
その一部始終を見守っていたカルメが、ぼそりと呟いた。そののち黒マントのほうに向き直り、きっぱり声を上げる。
「貴方はケンドル王国の王子、アイセル様ですね?」
「どうしたもんかなぁ。結構待ったと思うんだが」
「頑張って早起きしたのに、全部無駄骨じゃない」
どれぐらい経ったのだろうか、イオニアのコーヒーカップが空になりかけている。カルメはイオニアの言葉に答えながら、ずいぶん前に読破した今朝の朝刊の文字を目で追っていた。もはや太陽は昇り切り、爽やかな朝の陽ざしが探偵所の窓を照らしている。
「いー……」
(くそ! イオニアの奴、微妙に返しづらいのを出しやがって!)
カルメが言葉を詰まらせたとき、来客を知らせる玄関のドアベルがからんころん、と音を響かせた。
「――いらいにん!?」
「あ、カル兄、『ん』がついたから俺の勝ちだね。……って、え!?」
「バカ、もうしりとりは終わりだ! 僕が応対するから、お前は客に出す飲み物を用意してくれ!」
「イエッサー!」
慌ててキッチンに向かうイオニアを確認しながらどたどたと階段を下るカルメ。彼の表情は、まるで宝箱を目の前にしたトレジャーハンターのように期待と興奮に満ち溢れたものだった。
◆◇◆
「――と、いうことで」
いつになく緊張した面持ちのカルメの正面には、フードを目深に被り全身を黒いマントで覆った謎の人物が座っている。背丈はカルメよりも高く、骨張った手足からみるにどうやら男性のようだ。見るからに怪しいその人間を前にして、流石の彼も少し物怖じしているようだった。
「何かご依頼があってここを訪れたのでしょう? どういったご用件で」
カルメはちら、と黒マントの人物の靴を見る。つやつやと上品な光沢を持つ、良い仕立ての革靴だ。靴の持ち主はゆっくりと息を吐き、覚悟を決めたように話し始めた。
「うん。昨夜の手紙は読んでくれたかな?」
「勿論です。どうやら火急の用件なようですね」
依頼人と相対する時のカルメは先程のようなガサツっぷりをつゆほども見せない。丁寧な口調と物腰で模範的な魔法使い像を見事に演じてみせている。彼がこのような態度を取るのは、相手が商売相手だからに他ならない。……要するに猫を被っているというわけだ。とはいえ、今回の彼はいささか緊張しすぎているきらいがあった。
「どうぞー、お飲み物です」
ぴりぴりと神経を張り巡らせているカルメの背後から、間の抜けた声が飛んでくる。先程と全く変わらない態度のイオニアが黒マントの前にかちゃり、と温かいコーヒーを差し出した。
「ありがとう」
黒マントは穏やかに礼を言うと、ゆったりとコーヒーに口をつけた。
「ん? このコーヒー、私がいつも飲んでいるものと同じだね。君もこの品種が好きなのかい?」
「わぁ、わかります!? このコーヒーメチャクチャ美味しいですよね!!」
テンションの上がったコーヒーバカ、もといイオニアはたまらず黒マントの両手を取りぶんぶんと一方的に握手をした。
「……やっぱり」
その一部始終を見守っていたカルメが、ぼそりと呟いた。そののち黒マントのほうに向き直り、きっぱり声を上げる。
「貴方はケンドル王国の王子、アイセル様ですね?」