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短文置き場

三大欲求とルゾロ

2024/03/03 20:33
海賊
「またゾロが来てねェぞ」
 チョッパーが言う。食卓にはすでに料理が並んでいた。少し前に停泊した島でルフィが捕まえた鹿のロースト、付け合わせの温野菜、ソラマメのポタージュ、パンとそれにつけるカナッペ、それにキャロットラペ。どれもサンジ渾身の作である。スープからは湯気が上がっており、今すぐにでも食事を始めなければいけないことは明白であった。
 なのにゾロが来ていない。だがこれはよくあることだった。ゾロの体内時計はどうやら少し狂っているらしく、食事の時間をうまく計測できないのだ。今も恐らく甲板で寝ているのだろう。サンジが文句を言おうと口を開こうとすると、「おれ呼んでくる!」とウソップが立ち上がった。サンジが呼びに行くとゾロと言い合いになりがちで時間がかかる。それならば自分が呼んできたほうが早いだろう。ゾロとサンジの言い合いなどこの船の名物のようなものだが、「いただきます」が遅くなるのは避けたかった。
「なーなー、早く食べようぜ」
 ルフィがつまならさそうに唇を尖らせる。ナミはため息をついて「少しは待ちなさいよ」と言った。
「あんたって本当に食欲ばっかりね」
「ゾロは睡眠欲が強いよなー」
 チョッパーが腕を組んで頷く。それからサンジのほうを見て、「サンジは性欲かな」と言った。
「人聞きが悪いことを言うんじゃねェ」
 サンジは顔をしかめてチョッパーをねめつけると、ナミとロビンにきりっとした顔を向け「おれのレディへの気持ちはもっと純粋なものですから!」と宣言した。が、ナミとロビンは顔を見合わせる。確かにサンジは自分たちとどうこうしたいと考えてはいなさそうだが、それはそれとして女の胸だの尻だのに興味津々なのは明らかである。
「そう言うにはちょっと下心が見え過ぎね」
 ロビンが肩を竦めてほほ笑む。サンジは「えっ」と目を見開いた。自分では完璧に紳士的なつもりだったのかもしれない。
「だけど三人で三大欲求を分担しているのは面白いわね」
「面白くはないでしょ」
 ナミはあきれたような顔でロビンを見る。この年上の新入り船員は、どうも年下の船員をからかうのが好きらしい。
「三大ヨッキュー?」
「食欲と睡眠欲と性欲だよ。ルフィは食欲が強くて睡眠欲はそこそこで性欲はあんまりだろ」
 首を傾げるルフィにチョッパーが教えてやる。ルフィが不可解そうに「おれだって睡眠するし——、」と口を開いた瞬間、ラウンジの扉が開いた。入ってきたのはウソップと、彼に手を引かれたゾロである。
「遅ェぞ寝腐れマリモ」
「あァ?」
「藻類に根や茎は無いわよ」
「ロビンちゃんは本当に博識だなぁ……!」
 言い争いの最中にロビンにメロメロしはじめたサンジにゾロはため息をつくと、一番端の席に座った。ルフィが「もう食っていいんだよな?」と呼びかける。「そうね」とナミが頷くと、ルフィは間髪いれずに手のひらを合わせた。よくここまで待てたものだ、とナミは思う。
「食うぞー!いただきます!」
 やっぱりルフィは食欲が強いな、とチョッパーは思う。三大欲求は生き物たちが生きるため、そして命を繋ぐために必要不可欠なものだ。だけどその強さがこうも人によって違うのだと、チョッパーはこの船に乗ってから初めて実感したのだった。

   *

「おれが食欲でゾロが睡眠欲でサンジが性欲なんだってよ」
 仲間たちが寝静まった夜半、ルフィとゾロは展望台で抱き合って、べったりとからだをくっつけている。こんなときにあのクソコックの名前を出すなんざちょっとデリカシーとかいうやつが足りないんじゃねェのか。ゾロは思ったが、それは口に出さなかった。ルフィにデリカシーを求めるなど不毛である。
「何の話だよ」
「ゾロが寝てばっかでなかなかメシに来ねェから、そういう話になったんだ」
 ルフィは辿々しくさっき皆がラウンジでしていた話をゾロに聞かせた。ゾロはそれでなんとなく話の流れを理解し、ふぅん、と呟く。
「皆おれたちがセックスしてンの、本当に気付いてねェんだなぁ」
 ルフィはゾロの胸元に頬をべったりとくっつけて、ゾロのからだに抱きついている。ゾロは顔をしかめた。「気付かれてたまるか」
 狭い船の中、そんなことをしていたら誰かに気付かれるのは必然だ。特に元野生動物のチョッパーや、数多の組織で生きてきたロビンなどはいかにも気配に聡そうだし。
 だからふたりはこうして夜にべたべたくっつくことはしていても、陸の上でしか挿入していない。もしも皆に自分たちがセックスをする関係だと知られたらどう思うのか、一味がどうなるのか、うまく想像できなかった。とはいえ、ルフィが誰かにくっついているだけなら日常茶飯事なので、見られたところでなんとも思われないだろう。そういう打算あっての決まり事だ。
 ――こうしてキスをしているところさえ見られなければ、きっと大丈夫。
 ゾロはルフィと唇を合わせながら、そのまま目を閉じた。ルフィの舌が唇を割って入ってくるのを許すとき、毎回ゾロは自分がこいつのものになったのだと、じわりと新たに実感する。
「んぅ」
 だが、ルフィはさほどキスがうまいわけではない。ゾロを味わうみたいに口の中を一通りべろべろと舐めて、それから唇を離した。
「やっぱ入れてェ、ぞろん中」
「アホ」
 ルフィの要望をひとことで断ち切る。ゾロは両手でルフィの黒髪をかき混ぜるようにしながらこちらに視線を向けさせる。
「そういうのは陸だけだ」
 言い聞かせるが、ルフィはやはり不満げだった。と、思えば、またすぐに唇を合わせてくる。
 食うみたいに口付けてきやがる、とゾロは思いながら、それを受け入れる。さっきの話を思い出した。結局こいつにあるのは食欲でしかないんじゃなかろうか。そう思うとおかしくて、キスしながら思わず笑ってしまう。
「なに笑ってんだよ」
「いや、結局お前は食欲だと思っただけだ」
 ゾロはさっき考えたことを教えてやる。するとルフィは「じゃあゾロもおんなじじゃねェか」と言った。
「同じじゃねェだろ」
「だってえっちすること“寝る”って言うんだろ。ゾロはおれと“寝る”のが好きだから、結局睡眠欲だろ」
 ルフィと“寝る”のが好き。言葉にすると気恥ずかしく、ゾロはとっさに反論できず口をぽかんと開けてしまった。うまいこと言いやがって。つうかそんな言い回しどこで覚えてきやがった。
 ルフィはそんなゾロをじっと見つめて、首を傾げた。
「でもよ、おれ肉食うのもゾロ食うのも好きだけど、好きの種類は全然違ェぞ。ゾロは普通に寝るのとおれと“寝る”の、同じくらい好きなのか?」
「そりゃ、全然違ェ……」
「じゃあやっぱ、おれたちにもあるんだな、性欲ってやつ」
 ルフィの声でそんな言葉を出されるとどきりとする。ゾロは目を瞬かせて、それから息を吐いた。今回はこのアホが正しいことを認めざるを得ない。
「……そりゃ、あるな」
「でも、あるのは皆には内緒なんだよなー」
 ルフィはゾロの両方の耳殻を指でなぞる。ゾロが目を眇めるのを見ながら、「まあ、それも面白ェしいっか!」も笑ってみせた。

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