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短文置き場

ルゾ+日

2024/03/03 20:33
海賊
「ルフィ太郎さん」
宴の最中、用を足して廊下を戻ろうとしたところだった。後ろから声をかけられたルフィが振り向くと、そこには美しい(ルフィにだって人間の美醜くらいはわかるのだ)女が立っていた。ルフィの弟分であるモモの介、その妹の日和である。彼女もまたオロチとカイドウに苦しめられ、花魁として名を馳せながらも二十年の月日を耐え忍んだ女だ。が、これまでモモの助に比べると話す機会が少なかった。——モモの助の妹、ということは、こいつもおれの妹分になるのか? あまりピンとこない。モモの助と違い、心身ともに歳上だからかもしれなかった。
「なんか用か?」
「ルフィ太郎さんは、ゾロ十郎さんの船長なのですよね」
まさかそんなことを今更訊かれるとは思わず、ルフィは瞬いた。だが、すぐに笑って「そうだぞ」と応じる。
そういえば、ゾロはこいつと仲良さげだったなァ、とルフィは今更思い出す。ルフィとゾロがふたりで目を覚ましたあと、日和がなにかとゾロの世話をするものだから、嫉妬したサンジが文句ばかり言っていた。
「じゃあ、ゾロ十郎さんのこと、よくご存知ですよね」
「おう、ゾロはアホで酒ばっか飲んですぐ迷子になって、そんですっげー強いぞ!」
「ふふ、それは全部知ってます」
日和は楽しげに笑った。ルフィはむっと口をつぐむ。こいつの知らないゾロだって、おれは知っているはずなのに、真っ先に思いついたのがそれだったのだ。
「私が知りたいのは、ゾロ十郎さんのふるさとのことです」
「ふるさと?」
ルフィはゾロのことをよく知っている。そのはずだ。だってゾロはルフィの最初の仲間だ。この冒険のほとんど初めの方からここまで、ずっと一緒だった。
「はい。河松が――ゾロ十郎さんは、二十年前カイドウに捕えられたこの国の大名に瓜二つだと」
河松。河童のやつか、とルフィは彼の朗らかな笑顔を思い出す。
「それでゾロ十郎さんは、ワノ国に縁あるお方なのでは?という話になって。でも、ゾロ十郎さんご自身はなにも言わないので……、代わりにルフィ太郎さんに訊いてみようと思ったのですが」
「えーっと」
だが、ルフィはゾロのふるさと、と言われて咄嗟に答えられなかった。さすがに村の名前くらいは聞いたことあるはずだが、覚えていない。確か剣が盛んで、米がよく穫れると言っていたような。あとは……、
「ゾロ、確か親は両方死んだって言ってたからなー」
これも雑談の中でぽろりとこぼれた話で、その死因すら訊かされていない気がする。いや、おれが覚えていないだけか? ルフィは腕を組んで首を傾げる。眉間にぐっとしわを寄せて考えてみるが、なにも思い出せなかった。
「そうなのですね、やはり話したくないのでしょうか……」
日和が残念そうな表情をする。花魁をしていたというわりには、顔に出やすいらしい。
「や、ゾロはそういうの全然気にしねェぞ」
そう、今のゾロのことならなんでも知っているのだ。ゾロが日々どれくらい鍛錬してるか、好きな食べ物、寝顔、どんなことを考えているのか、それにからだに走るいくつもの傷跡の場所だって。だが、ルフィは人の過去にはあまり興味がない。そしてそれはゾロも同じで、ゆえに自分の過去を語らない。だから出会う前のゾロのことで、ルフィが知っていることなど多くはなかった。
「じゃあ私、やはり河松といっしょにゾロ十郎さんに訊いてみます。ルフィ太郎さん、ありがとうございました」
日和はくるりと踵を返す。ルフィは数秒彼女の背中を眺めて、それから息を吸った。
ゾロのふるさとに興味があるかないかで言えば、知らなくても構わないと思う。ゾロとは、今と未来で一緒に過ごすことができれば十分だ。だが。
「おれも行く!」
ゾロについて、日和や河松が知っているのに、自分が知らないことがあるのはなんだか悔しい、と思う。
「ふふ」
日和は笑いながら振り向いた。
「そう言うと思いました」
ルフィは日和に駆け寄る。からだが成長したモモの助はかなり大柄だったが、日和はルフィよりも小柄だ。偉大なる航路に入ってから、人を見上げることが増えたので、少し新鮮だった。着物を着ているからか、日和の歩みは遅い。モモの助は二十年前の日和のことをたいそうなお転婆だったと言っていたが、その面影はなかった。……もっとも、どうやらそれは外見だけの話なのだが。
「その服、歩きにくいよな」
「そうですね」
ルフィもこの国に上陸してからしばらくワノ国の着物を着ていたが、動きにくくてあまり得意ではなかった。合わせがあっていないだの、襟の抜き方がおかしいだの、錦えもんだけでなくゾロにも散々言われたし。
「でも、ヤマ男のはそうでもなさそうだったぞ」
「ヤマ男……? ああそうですね、ヤマトは袴ですから」
言ってから、日和は小首を傾げた。
「私も袴、履いてみようかな」
「そのほうが思い切りモモを蹴れるんじゃねェか?」
「そうかも」
日和は楽しそうに笑う。
そうだ、ゾロはやけにこの服を着慣れていた。一味の中で服装に最も無頓着なのはゾロだと言って間違いない。なのにどうしてこの服の着方を知っていたのだろう。——日和や河松の言う通り、ゾロはワノ国に縁とやらがあるのだろうか。本人からは、そんな話一言も聞いたことがない。
ゾロのやつ、ずりィな。ルフィは自分のことを棚に上げて、そう思った。日和と並んで廊下を曲がると、いよいよ宴会会場の広間である。
日和がゾロに駆け寄るように一歩を踏み出す。ルフィはそれを見て、なぜか勝ちたい、と思った。それでそのまま、向こうに座ってモモの助をからかっているゾロのほうに思い切り腕を伸ばす。ゾロが肩を掴んだルフィの手に目を向けた次の瞬間には、ルフィは宴会場を横切って、ゾロのほうに飛んでいた。サンジが「行儀が悪ィ!」と言う声が聞こえたが、ぎりぎり皿や酒器をひっくり返すことはなく、ルフィはゾロの懐のなかに収まる。
「なんだルフィ」
「ゾロんとこ来たかったから来た」
なんだそれ、とゾロが眉を寄せる。少し遅れて日和が河松を従えて現れる。
「そんなに急がなくてもゾロ十郎さんは逃げませんよ、ルフィ太郎さんからは」
「お前もなに言ってんだ」
「知ってるけどよー」
ゾロが不可解そうに声を上げるが、ルフィはゾロの上から立ち上がりながらゾロを見下ろした。
「でも、来たかったもんはしょうがねェよな!」
「しょうがねェですね」
日和がおかしそうに笑う。さっきトイレに立ったルフィを追いかけるように立ち上がった日和のことは目の端にとらえていたが、トイレからここまでの間だけで随分と仲良くなってやがる、とゾロは口をへの字に曲げた。そもそもこいつ、毎度毎度その島の姫様とよく仲良くなるもんだ。感心すらしてしまう。
「で、ゾロ! 訊きたいことがあるんだけどよ!」
「なんだ今更」
「……あり、なんだっけ?」
ルフィは日和と河松を振り返る。ふたりは顔を見合わせて肩を竦めた。
「じゃあ私から質問させていただきますね、ゾロさんのふるさとのこと」
ゾロが片目を見開く。ルフィはゾロのすぐ隣に座って、とにかく話を聞くことにした。
おれも、少しは皆に昔の話をしてもいいのかもしれねェな、例えばおれの“夢の果て”のこととか。
ルフィはそう思いながら、ゾロのふるさとの村の名前を知る。シモツキ村。海賊王になったあと、きっと行ってみよう。そっとルフィは決意して、ゾロのからだに寄りかかってみる。

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