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短文置き場

古傷ルゾロ

2024/03/03 20:32
海賊
底冷えする寒さだ。補給のために立ち寄った島は冬島、おまけに季節も冬で、島はすっかり雪景色であり、さらにしんしんと雪が降り続いている。歓声を上げたのはチョッパーだけであった。元来トナカイであり、ここと似たり寄ったりの島がふるさとであるチョッパーは、このような気候がいちばん性に合うのだろう。他といえば、皆が離れ離れになった二年間を、極寒のバルジモアで過ごしていたフランキーでさえ顔をしかめている。「骨身に染みますね~あ、私骨はあるんですけど」とブルックが冗談を口にしたが、ますます寒くなるばかりであった。サニー号をドックに預け、全員が手持ちのなかでいちばん暖かなコートを羽織り、島に降り立った。
「まァ、香辛料とかは豊富かもしれねェ」
サンジは自らに言い聞かせるように呟いた。せめてまだ知らぬ食材を手に入れなければ、このような寒い島に降り立った甲斐がないというものだ。
「どうかしらね」
ところがロビンの返事は連れない。サンジは悲しげに「そんなぁ」と声を上げた。
「でも、皆に朗報があるわ」
ナミがずっと鼻をすすりながら言った。
「この島、温泉が出るの。全員予算内で好きな宿を一泊取ってよし!」
「本当か!?」
なんと、この話題に最も食いついたのが、我らが船長である。普段海のうえでは一週間に一度いやいや入浴しているくせに、どういう風の吹き回しだ。ナミが戸惑いつつ頷くと、ルフィは「いやっほー!」と大げさなくらいに喜んで、次にゾロを振り返った。ゾロはこの寒さでも、上裸に黒いコートを羽織っただけで、しかも前をしめずに肌を晒しているのだからどうかしている。
「ゾロ!いちばんあったけー温泉探そうぜ!」
「あ?ンなモンわかるかよ、温泉なんざどこも同じ……」
ゾロは怪訝そうに顔をしかめてルフィを見る。ルフィはむっと唇を尖らせた。
「つまんねェこと言うなって!ナミ!金くれ!」
ルフィが手を差し出す。ナミは長いまつげを瞬いて、それからはァとため息をついた。小さなバッグから、封筒をふたつ取り出す。
「じゃあこれ、あんたとゾロのぶん。大事に遣うのよ」
「当たり前だろ!」
適当に肉だの酒だの食べ過ぎ飲み過ぎで金を使い切りそのへんで野宿、をやらかしたことが数度あるくせによく言う。この寒さではさすがに野宿は洒落にならない。ルフィは受け取った封筒を勝手にゾロの腹巻に差し込むと、ゾロの手を取った。
「よし! 出発だ!」
まったく、船の上で仕事らしい仕事をしないふたりはのんきなものである。残った一味はため息をついた。

   *

ルフィの指が、ゾロの胸に走る大傷の跡をなぞるのは、珍しいことではない。無数の傷があるゾロの肉体のなかでも、いっとうそれは目立つ傷であるし、なによりふたりの約束の証でもある。相手の過去などそう気にしないルフィがこの傷を気にかけるのが、ゾロは少しだけうれしいし、同時に少しばかり悔しくもある。自らの未熟を未だ、突きつけられているような気分になるからだ。
だが、今日はいやにその指先の動きが丁寧であった。温泉でたっぷり温まり、料理と酒は量が足りなかったが、明日サンジの作る飯で埋めればいい。そこそこにいい気分で二人して布団に寝転がり、唇と唇を合わせた。それを離して、次にルフィがゾロの胸に触れてきたのだ。
ルフィとのセックスといえば本能のままからだをつなげることが優先で、前戯にはそう時間をかけないのが常である。ゾロはルフィの真意を探るべく、彼の顔を見上げた。そして、ふと気づくことがある。寒い島、妙に温泉に入りたがり、傷に触れたがる、ルフィ。
「……痛ェのか」
ゾロは端的にそう尋ねた。
「痛くねェよ」
ルフィの返事に、ゾロはほう、と返事をしてみる。それから腕を伸ばして、自らもルフィの胸元に触れた。そこには大きくバツ印を描くような傷跡がある。ルフィが一味と離れ離れになり、兄を助けに行こうと戦場に飛び込み——そうしてついた傷だと、聞いている。ゾロはそのときルフィのそばにいなかった。実際に現場を見ていないのは未だに癪である。
「痛ェんだろ」
「べつに」
ルフィはそれでも強がろうとするので、ゾロはルフィの傷の真ん中を掌で触れながら、「おれは痛んだが……、少しだけ」と呟いた。ルフィがはっと息をのむ音がする。
古い傷は、こうして気温が下がる日に不意に痛むことがある。メリー号に乗っていたころ、ゾロの胸の傷は、しばしばひどい痛みを連れてきたものであった。だが、それを耐える姿すら人に見せたくなくて、隠れてやり過ごしたことも数度では済まない。今はかなり良くなったけれど、それでもここまで気温が下がれば話は別だ。動けなくなるほどではないし、すっかり慣れた鈍痛なので、あまり気にしていなかったけれど。
「ゾロもなのか」
いつも大声で騒いでいるルフィが、特別な秘密を明らかにする声色で、そう呟いた。ゾロは返事のかわりに少しだけ口元を緩めてもう一度唇と唇を触れ合わせた。ルフィの腕が背中に回ってくる。温泉で、あるいはこうしてからだとからだを合わせることで温めて、意識を逸らしてしまえばいいのだ。そうすれば、この痛みなど、気にもならなくなる。それができるのだから、大したことではない。ゾロはルフィを煽るために彼の舌を吸ってやった。

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