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短文置き場

REDのあとのルゾロ

2023/11/19 15:32
海賊
あの日以来、電伝虫を使ったウタの配信はぴたりと止まってしまった。確かに異世界に飛ばされ、とんでもない化け物と戦うことにはなったが――それでもウソップとチョッパー、それにブルックは、彼女の歌が好きだということに変わりはなかった。甲板でブルックがバイオリンでそれを奏でてみせて、ウソップとチョッパーが口ずさむ。そういう光景はしばらく続いていた。


ゾロが目を覚ますと、すっかり日が暮れかかっていた。大欠伸をしながら辺りを見回すと、ナミが「やっと起きた」と呆れた声を出す。今日は半日陸で自由時間を取ったのだが、ゾロはその間船番(という名の昼寝)をしていたのである。ナミの手には大きな円盤がひとつ。どこかでなにか買ってきたらしい、とは思ったが、それがなにかさして興味を持たなかった。その正体がわかったのは、夕食の後である。
「できたぞ」
ゾロは甲板で食後の酒を飲んでいた。同じく甲板にいるウソップがチョッパーに差し出したのは……、ゾロのはそれがなんなのか、とっさにわからなかった。見覚えはある。形状としては寒いときにつける耳当てに似ている。だが、それにしては耳に当てる部分は大きいし、そのくせ着けても温かくなさそうだ。
「すげーっ、ウタのにそっくりだな!」
チョッパーの反応を見て、ゾロはそれがウタが頭につけていた機械を模したものであることにようやく気がついた。チョッパーはその耳当て(仮)を装着する。
「それでこのTDを接続すると」
ウソップが言いながら、円盤の天辺を押す。さっきナミが持っていたやつだ……、ゾロから見て、しばらくはなんの反応もなかった。だが、そのうちチョッパーがゆらゆらとからだを揺らし始める。
「ここからウタの曲が聞こえるんだ」
「皆で聞きたけりゃそのままTDで聞けばいいし、夜中にひとりでってときはこれを使えばいいんだ」
「さすがウソップさん! 次は私に貸して下さい!」
いつの間にかブルックまで加わって騒いでいる。ゾロは酒が無くなったので、立ち上がった。この時間ならまだサンジが明日の仕込みをしているだろうから、次の酒を持ち出すのに嫌味のひとつやふたつは飛んでくる可能性もあるが、仕方がない。階段を登ろうとしたところで、ラウンジの扉があいてルフィが飛び出してきた。顔面がボコボコなのを見ると、どうやら夕食直後にも関わらずつまみ食いでもしようとしたらしい。
「またひどくやられたな」
「おう! 明日の朝メシもうめェぞ!」
ということは、なんらか口には入れたのか。大概あいつもルフィに甘ェな、とゾロは思った。ルフィはウソップたちが騒いでいるのに気付くと、そちらに興味を持つ。それでゾロはあらましを教えてやることにした。
「ウタが頭に着けてた……機械?をウソップが作ったらしい。ウタの歌が聞こえるんだと」
ウタの名前が出たとたん、ルフィの口元から笑みが消えた。ゾロはそれを見て少し居心地が悪くなる。
あのルフィの幼馴染のことを、結局ゾロはよく知らない。半ば錯乱状態にあったのを差し引いても、とんでもないことをしでかした女、というのが今残る印象だ。だが、ルフィにとっては違うだろう。自分にも――思い当たる存在がある。
「ルフィー!ルフィも聞いてみるか?」
向こうから、チョッパーが無邪気に声をかけてくる。小さな蹄が例の機械を掲げていた。ルフィはチョッパーのほうを見て、いつものように明るく声を掛ける。
「おう!」
言ってから、ルフィはふとゾロのほうを見た。ばちりと視線がかち合って、それからルフィは思わずししし、と声を出して笑った。ゾロがらしくもなく難しい顔をしているのが、少し面白かったからだ。
「ゾロ」
「なに、うわっ」
あんな機械をつけるなら、麦わら帽子は邪魔になる。ルフィはそれを脱いで、そのままゾロの頭にかぶせた。ルフィの体温が残るそれは、ゾロの頭にもすっぽりと収まった。ゾロが驚いたようにこちらを見た。
「預かっててくれ!」
あのときウタは、おれにもっとこの帽子が似合う男になれと言っていた。ルフィは最後に聞いた彼女の言葉を思う。――シャンクスが大好きなウタのことだから、つまりシャンクスみたいになれってことだと思うけど。おれはまだまだだ。……それに。
「ゾロも、まだまだだしな!」
「はァ?」
帽子を落とさないように抑えたゾロは、わけがわからない様子で眉を跳ね上げた。だがルフィはそのゾロに答えを与えずに、ゴムの力でびょんと跳ね、チョッパーのもとに飛んでいった。
ゾロはしばらく向こうで騒ぐルフィたちを眺めていたが、だんだん我に返ってきた。――「まだまだ」とはなんだ、「まだまだ」とは。そりゃあおれだって、未だ世界一には届いていない自覚はあるが。
ひとこと言ってやろうとルフィのほうに視線を向けると、彼は丁度例の機械を装着したところだった。ウソップが曲を流すためのスイッチを入れる。瞬間、ルフィがまたあの顔になる。ゾロにとっては居心地が悪くなる顔、だが――、あれをおれ以外に見せるのか、という気持ちが湧き上がる。それでゾロは咄嗟にルフィの前に駆けた。ウソップやチョッパーたちとの間に入り、ルフィを見下ろす。
おれの知らない顔をするな、などと言う気はなく、ウタのことをもっと教えろ、だなんてますます言おうとも思わない。だが、最後まで勝ちきれなかった歳上の幼馴染みの女には、ゾロにも覚えがある。
「おいルフィ」
「なんだ?」
「おれが『まだまだ』だと?」
「おう」
ウタの歌を聞いているはずのルフィがゾロの言葉に応じてくれるのに、少しだけ安堵する。
「おれもお前も『まだまだ』だって思ってよ!」
「は、」
言い返そうとして、ゾロは言葉を飲み込む。頭に閃くことがあったからだ。
「なるほどな、……海賊王」
お前も、あの女を糧に奮起するんだな。ゾロはそれが妙に嬉しくて、思わず口端を上げる。ルフィもにやりと笑うので、キスすらしたい気分だった。ふたりきりであればとっくに実践していただろう。


「……相変わらずこいつらのやりとりはハイコンテクスト過ぎてわっかんねーな」
ウソップはゾロの後ろでため息をつく。チョッパーもウンウンふたつ頷いた。ウソップやチョッパーからはふたりの顔は見えないが、どうせ「ハイコンテクスト」の意味もわからず揃ってきょとんとしているのだろう。

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