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短文置き場

合コンで出くわすゾロとナミ

2023/11/19 15:31
海賊
「うわっ」
腹の底からそんな声が出かかって、なんとか口の中に押し込んだ。だが表情には出てしまったらしい。後ろにいた子に、「どうしたの」と声をかけられる。「忘れてた課題思い出しちゃって」と適当に誤魔化して、ナミは案内された席についた。
なんでこいつが合コンなんかにいるのよ。
目の前の男を見る。ナミが知る限り、彼はこの世で最も合コンが似合わない男だった。ゾロのほうもナミに気付いたらしい。たぶん高校時代よりずいぶん髪を伸ばしたから、初見では気が付かなかったのだろう。そして、やはりナミと同じく「うわっ」を飲み込んだような顔をしたのだった。


ナミがこの合コンに参加しているのは、ひとえに友人の頼み故だ。曰く、「彼氏が合コンに行くみたいだから、様子を見てきて欲しい」とのことで、ナミはすぐに頷いた。人の金で酒が飲めるうえ、人生はじめての合コンに参加できるとあって、それなりに嬉しかったのだ。――酒豪かつ人に飲ませるのが大好きで、おまけにとびきりの美人であるナミは、友人たちの間では、いい子だけど合コンに呼ぶにはちょっとね……という評価だったのである。
だと言うのに、目の前には見知った顔がある。高校時代の同級生、ロロノア・ゾロだ。ゾロは突き出しのもずく酢をやけに綺麗な箸使いで掬ってすすった。ナミの隣の――隣の学部の顔見知りは、さっそくゾロの顔に釘付けだ。やめてときなさい、そいつとんでもない剣道バカで、それどころか頭もバカで、おまけに最低最悪の方向音痴だから。そう言ってやりたかったが、ナミは黙っていた。
自己紹介もそこそこに、運ばれてきた酒やつまみで宴会がはじまる。所詮は学生向けの安価な個室居酒屋なので、出てくるのは枝豆だのポテトフライだの、なんの面白みもない。だが、自分とゾロを除く六人は妙に浮ついて話をしている。なるほどここでお行儀よくやり過ごせばいいってことね、とナミは考えて、会話に乗り込むことにした。
向こうはゾロ含め全員が体育大学の学生で、ナミがしたことのないアルバイトの話が面白かった。やっぱり体力勝負のバイトって時給いいのね、羨ましい。
そしてゾロはといえば、まったく話に入ってこない。ナミはため息をついた。こいつ、これが合コンとは知らないで来ちゃったんじゃないかしら。ナミは仕方なしゾロに話を振ってやることにした。
「えーと、ロロノアくんはなんのバイトしてるの?」
私とは初対面ってていにしなさいよ、とナミは言外にこめて微笑みかける。ゾロはジョッキから唇を離すと口を開いた。
「親戚の剣道道場で指導してる」
知ってる。高校時代からやってたもんね。
「それだけ?」
「あとは日雇いで、色々」
「例えば?」
こいつ、相変わらず言葉が圧倒的に足りない。会話しろ会話。ゾロはうるさげにナミを見たが、流石にこの場が合コンであることくらいは理解しているらしい。
「引っ越しとか、コンサートの警備とか」
それを聞いた他の女子たちは、一気にゾロに興味を持った。誰のコンサート? ヤバい客いんの?
ゾロはそれにぽつぽつと答えて、ナミの二つとなりの席の女子に目を付けたらしい。らしくもなく話しかけにいくのを見て、ナミは驚いてしまった。高校時代のゾロは、自分から女子に話しかけるような男ではなかったので。
まあ、ゾロが馴染んでくれたのならこちらも仕事がやりやすい。ナミはゾロの隣の席の男に視線を向けて微笑んだ。彼こそがナミがこんな合コンに来ることになったそもそもの理由……、友人の彼氏である。
「ね、――くんは大学でどんな勉強してるの?」
男はペラペラと喋り始めて、ナミはそれに相槌を打つ。聞いたそばから忘れるようなつまらない話だ。おまけに、友達から聞いていた話と全然違っている。だいぶ盛ってるわね、とナミは内心でため息をついた。これを報告しなくちゃいけない、私の身にもなってほしいわ。ただ酒とはいえ、あまりにつまらない飲み会だった。ナミはビールのピッチャーを注文した。そうでないとやっていられない気分だったのだ。


そうして三時間後、その場で正気を保っているのはゾロとナミだけになっていた。
「あんた酒強かったのね」
「お前もな」
ゾロは言いながら白ワインをあおっている。
「だいたいアンタ、なんで合コンなんかにいるのよ。ずいぶん――ちゃんにご執心だったみたいね」
正直興ざめだった。ナミはこの男の壊滅的に駄目なところを知っているけれど、だからこそそこらのつまらない女の子を好きになるとは思っていなかったのだ。ゾロは肩をすくめて、窺うように個室の中を見渡した。そして、声をひそめる。
「そいつと付き合ってる奴に『彼女が合コンに行くっていうから様子見てこい』って言われたんだよ」
ナミはぽかんと口を開けてゾロを見た。するとゾロが「なに間抜けヅラしてンだ」と言ってくる。
「失礼ね」
「てめェこそこいつに(と言いながらゾロは隣でつっぷす男を指差す)色目使ってたじゃねェか、上手いもんだ」
ナミはため息をついた。全く、察しが悪い。
「私もアンタと同じ。そいつの彼女ちゃんから様子見てきてって言われたの」
次に“間抜けヅラ”を晒す羽目になったのはゾロであった。そして、ふたりして顔を見合わせ、同時に噴き出す。
「ま、アンタが合コンなんて可笑しいと思った」
「お前も合コンなんてタマじゃねェだろ」
「あら、今日の私、モテモテだったと思うけど?」
「は、よく言う、全員潰しやがって」
「それはあんたもでしょ」
一通り言い合ってから、息を吐き出す。
「ね、もう抜けない? もっと美味しいお酒出す店行きましょ」
「は、奢ンねェぞ」
「あんたに奢りなんか期待してないわよ」
そうしてゾロとナミはとりあえず五千円ずつテーブルに残して、連れ立って店を出た。もちろん後ほどそれぞれの依頼主に請求するつもりだ。
――ふたりが後に“飲み会クラッシャー”と名を馳せることになることは、まだ誰も知らない。

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