短文置き場

書き途中で挫折したルゾロ(全然ルゾロに至ってない)

2021/01/21 00:00
海賊

ウソップは大きくため息をついた。彼はつい先ほど我が船のコックであるサンジに「昼メシだ、野郎共を呼んでこい」と命令されたところだった。ナミには自分で声をかけたいからだろう、それはどうでもいい。ただウソップにとってなにが面倒って、こういうときに、ゾロを起こすことだ。
ウソップはゴーイングメリー号の甲板を歩く。あたたかな気候のなかでも格別に日が当たるところで、ルフィとゾロが折り重なるようにして昼寝をしていた。曲がりなりにも海賊旗を掲げる身、いつ海軍が追ってくるかもしれないというのに、随分と気楽なものだ。
ルフィは同い年とはいえ船長、ゾロは歳上だしルフィの最初の仲間なので船員としても先輩のようなものだ。おまけに戦闘をすればふたりしてすこぶる強い。だからもしかしたらウソップにとって、彼らは敬意を払わなければならない相手なのかもしれなかった。だが、その強さへの傾倒ゆえか、彼らふたりには、やや人間らしい生活態度というものが欠けているので、どうもそういう気になれない。
「おいルフィ、ゾロ、メシだぞ〜」
そろりと声をかけると、ゾロの腹を枕にしていたルフィがぱちりとまん丸い目を開く。
「いま、メシって言ったか?」
「ああ、言った」
ウソップが頷くと同時にルフィはゴムの両脚をつかってぴょんと飛び起きた。その巨大な野望はさておいて、欲望の殆どを食欲と冒険に向けている船長は、さっそく食堂に向かおうとした。のを、ウソップは赤いベストの首筋を摘んで捕まえる。
「ゾロ起こすの手伝え」
「やだよ、ゾロ起きねえもん」
「起こすんだよ」
そうしないと今度はサンジが怒ることは目に見えている。そりゃあサンジの言い分は正しい。料理は温かいうちに食ったほうがうまいし、作ったからにはうまいメシを食べさせたいと思うのは料理人として当然だろう。食事を一任しているからにはこの程度の任務くらいは遂行してやりたいと、ウソップだって思っている。だが、相変わらずぐうすか眠っているこの戦闘員は、さっきからちっとも目を覚ます様子はなかった。なにせルフィとウソップの会話が頭上で交わされている最中も、まぶた一つ、ぴくりとも動かさない。
「ちえ」
ルフィは不満を口に出すと、ゾロの傍らにしゃがみこんだ。ウソップも隣にしゃがみ込む。緑の腹巻きにくるまれた腹が、呼吸に合わせてすこやかに上下するのが視界に入る。
「おーい、ゾーロー、起きろよー」
ルフィの間延びした呼びかけに、しかしゾロは無反応だ。ルフィは人差し指にゾロの腹巻きを引っ掛け、上に引っ張って伸ばしたあと、いきなりそれを解放した。ばちんと音を立てて腹巻きがゾロの腹に戻る。が、ゾロは「んが」と鼻を鳴らし、結局目を開けなかった。
「ゾロー、メシだぞー、」
ウソップもゾロに声をかける。ルフィのようにゾロにべたべたと触る気にはなれなかった。ゾロの名前は東の海で有名だった。魔獣とすら呼ばれた男だ。確かに仲間であるはずなのに、触れるのには躊躇いがある。
「またサンジに蹴られるぞ、アホゾロ」
ルフィはゾロの白いシャツの上から胸をぺちぺちと叩いた。ゾロは流石に「んん」と声を出し、それからなにやら口許をもごもご動かして、ようやくその重たい二重まぶたを持ち上げた。瞬間、陽光が目に入ったのか、また目を眇めてしまう。
「起きた! ゾロ! メシ!」
「うるせェ、腹減ってねェ、寝る」
「メ〜シ〜!」
ゾロが再び目を閉じようとするので、ルフィは大声を上げた。さしもの魔獣もそのボリュームにさすがに耳を塞ぎ、のろのろと上半身を持ち上げ、大げさなほど口を開けてあくびをした。その仕草だけ見れば、のんびりした大型の猫のようだ。
「やっと起きたな」
ルフィはにんまりと笑い、ゾロの腕を引いて立ち上がった。ゾロはルフィにされるがまま引きずられながら、また大あくびをする。
「行くぞウソップ!」
「はいはい」
ルフィは意気揚々とウソップに声をかけた。ウソップも立ち上がると、ふたりの後ろに続いた。

「遅いわよ、あんたたち」
食堂に入ると、第一声はナミが投げつけてきた。三人は肩をすくめると、銘々席につく。一方のサンジは「クソ野郎共、ナミさんとの時間を終わらせやがって」と悪態をついたが、ナミが「遅いわよ、あんたたち」と繰り返したので結局黙らざるを得なかった。
「ゾロが起きねェんだもんよ」
さっそくルフィは右手にナイフ、左手にフォークを持って配膳を待ち構えている。言及されたゾロのほうは何度目かもわからない大あくびをした。キッチンに引っ込んだサンジは両手に皿をいくつも載せて、さっそくそのうち一枚をナミの前に差し出した。
「特製ローストポークにこの前の島で手に入れたベリーのソースをかけてみました、マドモワゼル」
「ベリーのいい香り!」
「少し酸味が強いベリーだから、この脂たっぷりの豚もさっぱり食べられるはず――、」
「サンジ、はやくしろー!」
「黙ってろクソ船長!」
まだまだ料理の解説もしたりないが、あまり騒がれても面倒だ。サンジは仕方なくルフィの前にも皿を置いた。それからウソップ、ゾロの順番に皿を並べる。
「んまほー! いただきまーす!」
船長の元気な掛け声に、他の船員もそれぞれ「いただきます」と食前の挨拶をすませる。サンジは豚肉の切れ端ばかり載せ、ぞんざいにソースをかけただけの皿を持って自席についた。ゾロの正面である。今日も手間暇かけて作った自信の料理であるのに、ゾロはのろのろとナイフを動かしている。マリモのくせに選り好みしてやがるのか、とゾロに対しつい喧嘩腰になりがちなサンジは好戦的なことばを頭に浮かべるが、結局黙っていた。先にルフィが声を上げたからだ。
「おいゾロ、食わねえならおれ食っちまうぞ」
とっくに皿を綺麗にしてしまったルフィは、半分ほど肉を残しているゾロに目をつけた。ゾロは心底面倒そうに顔を上げると「……やらねェ」とだけ答えた。
「今日も『腹減ってねェ』ってとこかしら?」
食べ終わったナミがテーブルに肘をついてゾロに声をかける。ゾロは「あァ」と頷いて、肉をひときれ口に入れた。
「まあ、ようやく食事は一日三回ってことを学んできたみたいね。サンジくんのおかげかしら」
ナミはそう言って笑みを浮かべた。サンジが複雑な顔をしている。ナミに褒められて喜ぶべきか、このマリモがナミの心を乱していたなら怒るべきか。
実際、ナミがルフィやゾロと出会ったとき、彼らがしていたのは航海というより殆ど漂流も同然だった。そして、海に出たばかりのルフィは陸にいたころの文化をまだいくらか記憶できていたようだが、それ以前も年単位で漂流していたゾロは、生態がもはや獣じみていた。腹が減ったときに海にいれば魚を、陸にいれば獣を、あるいは目の前に賞金首がいればそれを捕まえて生きていた。ゾロが採った魚を刀で捌き、海水につけて食べているのを見たときには、ナミは心底彼らについてきたことを後悔したものである。ルフィは「ゾロは面白ェなァ!」と笑って一緒に魚の海水づけを食べていた。どう考えても腹を壊しそうで、ナミは彼らを横目に干し肉をつまむことしかできなかったのだが。
ウソップが仲間になり、メリー号を手に入れてからも、彼らの食糧事情が良くなるはずもなかった。ナミとウソップという戦闘面でやや不安があるメンバーが増えたことによって、ゾロは船で夜の見張りを積極的に引き受けるようになったが、それはつまり昼間は殆ど睡眠に費やすことと同義だった。昼間寝て、夜に刀を研ぎながら見張りをする。相変わらず腹が減ったらそのときにものを口にする。夜行性の肉食動物を彷彿とさせるゾロの日々をもう少しは人間らしいものにすべきだとナミやウソップは主張したが、そう変えられるものでもない。
結果として、サンジという料理人が一味に加わったおかげでゾロは朝昼晩の食事を摂るようになり、海水で味付けした生の魚や、焼いただけの猪の肉を食べることもなくなった。サンジが作る料理は味も盛り付けもこの小さな船で食べるには過分に洒落ていたが、それでいてこの大食らいの船長が満足するだけの量も提供してくれる。
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