短文置き場

途中で飽きたサンジ+チョッパー+ゾロ

2020/11/20 21:35
海賊
なにもなかっただいすき…


料理は自らの職分だが、その後の片付けもサンジは決して嫌いではない。野郎どもとレディたちが残さずぺろりと平らげた皿を見るのは、料理人としてのひそかな喜びだからだ。もっとも皿洗いは当番制で、必ずしもサンジが担当するわけではない。――今日とて、本来は別の船員がやるはずだった。
さて、本日の昼食に使った皿の最後の一枚を濯ぎ終え、それを布巾で拭いてしまうと、サンジは手についた水滴を払った。それから戸棚に常備してある軟膏の容器を手に取る。水仕事の多い料理人は手が荒れがちだが、そんな手では口説くレディに失礼だ。サンジは自らのポリシーのため、船医が調合してくれたそれを、水仕事の最後に手に塗り込むことにしていた。
「サンジ、ちょっといいか?」
さて、その小さな船医は、さきほどから所在なさげにキッチンのすぐそば、ダイニングの椅子に腰掛けていた。サンジは「おう」と答えると、さっそくチョッパーのもとに近づいた。
「明日のおやつのリクエストなら受け付けてるぜ」
恐らくチョッパーが言いたいことはそんなことではないことはわかっていたが、サンジはチョッパーの正面の椅子に腰掛け、テーブルに肘をついた。チョッパーはかぶりを振ると、「ゾロのことなんだけど」と口火を切った。
そう来ると思っていた。サンジはスーツのポケットからたばこの箱を取り出して、少しだけ顔を上げた。


数日前に出港した島――実際には巨大な船だったのだが――で、件のこの船の戦闘員、ロロノア・ゾロはひどくからだを傷めてしまった。そこらの人間なら死んでいたであろう深い傷が、大量の出血が、重い疲労が、からだの内外からゾロを苛み、彼は三日三晩目を覚まさなかった。チョッパーはその間、殆ど寝ずに彼を看病し続けた。サンジは船員たちの食事を作る傍ら、ゾロがいつ目覚めてもいいように、粥を作り続けていた。あそこまでのダメージを受けて、すぐにまともな食事ができるとは思えなかったからだ。
そうしてようやく目を開けたゾロは、周囲の心配などまるで意に介さず、すぐに起き上がりチョッパーが差し出した白湯と薬を飲みサンジの粥を食べ、そしてさっさと島を歩きはじめた。チョッパーは怒ってゾロに包帯をこれでもかと巻きつけるが、そのたびに「動きづれェ」と眉をしかめられる。おまけに少しするとそれを解かれてしまうのだからたまらない。あの男と違い、サンジとチョッパーはこの船で職らしい職を持っている。医者が患者に治療を拒まれるのは、例えば料理人が客に料理を残されるに等しいだろう。チョッパーの嘆きは真っ当なもので、この件についてゾロを擁護するものはこの船にまさかいるまい。
「今朝も包帯を巻いたのに、さっき見たらもう解いて外で腹筋してたんだ、信じらんねェ」
「……あのクソ剣士」
いや、ルフィに同じことを愚痴ったとて、「ゾロはそういうやつだからな」とあっけらかんと笑われるのは想像に難くない。だからこそチョッパーはサンジに話をしているのだ。チョッパーは優しく根気強くゾロを治療しているのに、それはないだろう、とサンジは素直に思った。
「……ゾロは、おれがしてること、うぜェって思ってるのかな……」
船医は同時に、この船の気弱な末っ子でもあった。呟かれた弱音に、サンジはあわてて立ち上がると、コップにりんごジュースを注いでやった。両手(脚か?)で受け取ったチョッパーは、こくりとそれを一口飲むと、ふたたび正面に戻ったサンジを見上げた。
「サンジの料理はちゃんと食べてるよな?」
「まァな……」
これでも消化のいいものを用意しているつもりで、スリラーバークでもそこを出てからも、ゾロは出された食事を残さず食べていた。だが、たとえばゾロが船尾で海に向かって食べたものを吐いていたとしても、サンジにはそれを知る術はない。ゾロはきっとそれを黙秘するだろう。まだゾロが目覚めてから数日だ。こうしてチョッパーが気に留めているからには、完治していないのだろう。今日だって、皿洗いはゾロがやるはずだったのを、チョッパーが「ゾロは食べたらさっさと寝ろ!」と騒いだので、サンジが代わってやったのだった。
「訊いてみるか?」
サンジはたばこを咥えた。
「誰にだ?」
りんごジュースを半分ほど飲んだチョッパーは、きょとんと目を見開いた。
「アイツに、お前の治療をどう思ってるのか」
「え!?」
チョッパーは一気に青ざめると(毛皮が顔を覆っていても、このトナカイの表情の豊かさは顔色も映すようだ)、首を横にぶんぶんと振った。
「『うぜェ』って言われたらおれもう立ち直れねェよ!」
あいつがそんなことを言うわけがない。サンジはたばこに火をつけた。あの言葉足らずのマリモ野郎は、だがしかしチョッパーのことを彼なりに可愛がっている。まさか邪険にするなどあり得ない。そういう確信があった。
「それは訊いてみなきゃわかんねェだろ?」
それでもチョッパーは首を横に振る。サンジは煙を吐き出すと、「おれも一緒に行ってやるから」と微笑んでみせた。


サンジとチョッパーは並んで船内のゾロを探すことにした。夜長く起きているぶん昼間の時間の多くを睡眠に費やす男だが、定位置の甲板にはいない。釣りをしていたウソップやフランキーに尋ねると、「展望室じゃねェのか」と肩をすくめられた。
「ほんとは」
甲板を歩くと、芝生がさくさくと音を立てた。
「慣れてたつもりなんだ、ゾロがああして包帯取っちまうのなんて。前からそうだったし」
「そうだな」
夢だ野望だと言う割に、あの男は自身の肉体に頓着がない。類稀なる丈夫さゆえだろうが、傍から見れば恐ろしさすらあった。まだこの船医が一味に加わる前、サンジが知る限り、ゾロは少なくとも二回は大きな怪我を負っている。ミホークに胸を斬られたのと、バロックワークスに蝋で捕らえられ、自ら足首を斬り落とそうとしたのと。それらを自分で適当に処理して終わらせたのだから、とんでもない男だった。
「全然だめだ、おれ」
「だめってことはないだろ」
サンジはほんの一週間前のことを思い出す。七武海にふたりで相対して、しかし自分はゾロに刀の柄で鳩尾を突かれ伏してしまったこと。野望のためなら命を賭けると豪語していた男が、野望を捨てて自らの船長――ルフィのために命を賭けたこと。
「世界一の大剣豪を目指すって言うなら……」
チョッパーはみなまで言わなかったが、サンジにはわかっていた。世界一の大剣豪を目指すと言うのなら、治療に専念して、それからトレーニングを再開するべきだ。
「全くだよな」
サンジはチョッパーの帽子ごと頭を撫でてやる。こんなにも健気な船医の気持ちを無視して、あの許されざる剣士はどこにいると言うのだろう。


ジムとしての設備を備えた展望室は、戦闘員として見張りとトレーニングを同時にできるので、船の中でもゾロの気に入りの場所のひとつだった。サンジはひょいひょいとフォアマストを登り、出入り口の蓋のように床に取り付けられている扉を開けた。ゾロがトレーニングしてる最中にここに来ると、汗臭いにおいがこもっているものだが、ぐるりと部屋を囲む窓は開け放たれていて、それもなかった。そして、ゾロはそこにいない。
「チョッパー! いねえ!」
下に向けて呼びかけると、チョッパーが「わかった」と声を上げた。
サンジはフォアマストを降りると、「あいつ、どこに行きやがった」と辺りを見回した。料理人と船医はアクアリウムバーに行き、図書室に行き、ありえないだろうが測量室も覗いた。だが、それでも見つからない。
「まだ見てねェのはナミさんとロビンちゃんの部屋だが」
そんなところにいたらさすがにオロすだけじゃ済まさねえぞ、とサンジは呟いた。
「サンジ、おれたちの部屋も見てないんじゃないか」
「あ……」
わざと避けていたつもりはなかったが、頭から抜け落ちていた。
「おれ、ゾロに寝てろって言ったんだった……」
チョッパーがうなだれる。サンジは苦笑して、チョッパーを抱えて踵を返した。



「ゾロ!」
チョッパーはぱたぱたとゾロのそばに駆け寄った。
「熱……はないか、寝てるだけか?」
サンジもチョッパーのあとに続いてゾロを見下ろすが、そう顔色が悪そうにも見えない。だが、彼が甲板で眠るときに、こんな格好になっているのは見たことがなかった。まるでなにかから自分の身を庇うように丸まっている。前々からチョッパーよりも獣じみた男だと思っていたが、こういうところもそれらしかった。本能的に人に見つかりづらいところを選んで、弱ったからだを休めている。
「なあサンジ、このまま寝かせておいたほうがいいよな」
「別に起こしちまってもいいんじゃねェのか?」
訊くだけ訊いて、また寝かせておきゃいいだろう。






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