短文置き場

サラダ食べてアイプチするサンジ

2020/10/08 22:57
海賊

海賊船のコックの朝は早い。たぶんどこの船だってそうだと思う。私だって例には漏れなかった。海上カフェ・バラティエではスイーツ専門だったけれど、船の食事を任されたからには、サンドイッチやパスタ、パンケーキやピラフだって作らないといけない。それにこの船にはナミさんとロビンくんという麗しの美男が乗っていて、彼らはカフェメニューでは満足しないから、最近は肉料理や魚料理、海獣料理だって少しずつ得意になってきた。
この前寄った島で卵が安かったので、大量に買ってあった。大事にしまってあるけれど、船が大きく揺れて割れる前に調理してしまいたいので、今日はエッグベネディクトにすると決めていた。いつもより少しはやく起きて、鏡の前に座る。ほんの少し眠そうな自分の顔が映った。
海でメイクなんかしなくてもいいんじゃない、と船長のルフィは言うけれど、私はそれをやめたくなかった。日焼け止めを念入りに塗り込んで、それから厚塗りにならないように気を遣ってファンデを仕込んで。それからまぶたの上に細い筆で糊を塗る。少しの間乾かさないといけないから、半目で鏡を見つめることになる。
私は自分の顔立ちは、そこまで悪くないと思っている。胸だってそれなりにあるし、かつての職場では、脚はよく褒められた。だけど。だけど。
不意に女部屋のドアが開く。まだルフィやウソップ、チョッパーが寝ているのにお構いなしで入ってきたのはゾロだった。また胸にさらしを巻いただけのはしたない格好で、どうやらこの時間まで鍛錬に励んでいたらしい。いま、朝の4時半なんだけど。ゾロはこれから3時間くらい寝る。あまりに短い睡眠時間だけど、昼にも寝てるからプラスマイナスゼロって感じなのかな。人間というより動物に近い生き方をしている子だから、
「もっと静かに入りなさいよ」
私が言うと、ゾロはこちらを見た。それから馬鹿にしたようにはっ、と息を吐く。
「なに、その顔」
私は自分がまぶたの糊を乾かしている最中だったことに気がついた。そう、これでまぶたに癖づけして、私はぱっちり二重に生まれ変わるのだ。
「うるさいわね」
私は鏡に向き直った。糊に付属していたピックでまぶたをお仕上げていく。なぜかゾロはそれを興味深そうに見ていた。普段化粧っ気なんかひとつもないくせに。鏡に映ったゾロの目は、なんの努力もしていないのに、くっきりとした二重だ。日焼け止めすら塗らないからすっかり肌は黒いけど、彫りの深い顔立ちに、胸筋も含めて私より大きな胸。本人は髪を伸ばすのもうざったいと言うけれど、こんなベリーショートが似合うのは、ゾロがはっきりした顔立ちをしているからだ。
「そんなの、必要ないでしょ」
ゾロは一生懸命二重を作る私になんの躊躇いもなくそう言い放つ。ずるい。こんな女、許せるものか。
「すっぴんだっていいと思うけど」
「うるさい、うるさい、あんただけナミさんやロビンくんに好かれようたってそうはいかないんだから」
「別にあんなやつらに好かれたくないけど」
これだから本当に腹が立つ。私はいよいよゾロのことを無視して、アイシャドウのコンパクトを開いた。






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