短文置き場
甘噛みするルゾロ
2023/11/19 15:30海賊
「うわっ」
あからさまに不快気な声を上げたサンジに、残り物のパンを食べていたルフィが顔を上げる。先程からサンジは前の島で新しく買った皿を梱包から解いているところである。ルフィは皿など料理が乗ればなんでもよいが、サンジ曰く食器にも目配りしてこその一流の料理人らしい。
「割れてたのか?」
「いや、……」
サンジはため息をついた。
「これ、東の海のクタニ島特産の焼き物なんだよ。偉大なる航路じゃ珍しいと思って買ったんだが」
言いながらサンジは皿を包んでいたらしいぐしゃぐしゃの新聞紙をテーブルの上に広げてみせた。
「ここ」
サンジが指さしたところには、他より少し大きな文字でこう書かれていた。
「“魔獣”ロロノア・ゾロ、お手柄! また海賊逮捕」
ルフィはばちばちと瞬きをする。小さいが、隣にはゾロの写真も掲載されていた。白黒で、頭に手拭いを巻いて無愛想な顔をしている。頬には血痕と思わしき汚れもついているから、戦ったあとのようだ。
どうやら皿は東の海からやってきたもので、そのときからこの新聞に包まれていたのだろう。新聞の日付はルフィとゾロが出会うよりずっと前だった。
「……やるよ」
サンジは自らの船長がじっくりと新聞を見つめるという不気味な光景に顔をしかめ、それをルフィに押し付けた。ルフィは喜んでそれを受取り、残り一個のパンを掴むと揚々とダイニングを出た。もちろん、行先はゾロのもとである。
いつもの如く甲板で夕方の昼寝をしていたゾロが目を開けたのは、ルフィの手が肩を叩いたからだった。いつもなら無視して目を閉じていたが、しつこいので渋々と目を開けた。
「なんだ」
できるだけ不機嫌に見せようとして、声は低くなる。ところがルフィは満面の笑みであった。
「見ろよ、昔のゾロだ!」
「はァ?」
ゾロは目の前に突き出された新聞紙にピントを合わせるために目をすがめた。ルフィの指先に、確かに自分の名前が印字されているのが見える。
「ゾロって“魔獣”だったんだよな!」
「“魔獣”だった覚えはねェ、勝手にそう呼ばれてただけだ」
ゾロは新聞から顔を背け、手で払いのけようとした。この頃は二つ名を付けられ、小さいとはいえこうして新聞記事にも名前が載るようになり、東の海で自分の名を知らない海賊はいなかった。いちばん慢心していた時期でもある。今思えば、こんな痩せぎすの身体で、と羞恥すらあった。
「“魔獣”って格好いいよなァ、魔法が使える動物ってことだろ」
「使えるわけねェだろ」
ルフィはまったく人の話を聞いておらず、ゾロはため息をついた。
「この頃のゾロって何歳だ?」
「新聞の日付は」
「えーと、✕✕年四月十日、って書いてあるぞ」
「じゃあ十八だな」
ゾロは顔を背けたまま答えた。そもそも日付が書いてあるなら自分で計算できるだろうが、おれはお前の二つ上だ、ゾロは文句を言おうと思ったが、ルフィがほうっ、と妙な息をつくのでそれを飲み込む。そしてルフィの顔に視線を向けた。
「十八歳のゾロかァ」
ルフィはようやくゾロの顔のそばから新聞をどけて、記事をしげしげと眺めた。ゾロの写真を人差し指で撫でて、妙に感慨深そうな声を出した。
「いまのおれより歳下のゾロだな!」
「……、うるせェ」
たとえばいま十九歳のルフィと、十九歳当時のゾロが戦えば、きっと負けるのはゾロのほうだ。ましてや更に一年前の十八歳のゾロなど相手にもならないだろう。当時のゾロは覇気の概念など知らなかったし、刀だって和道以外は安く買ったボロ刀だった。
「可愛いなー」
「はァ?」
新聞の画質の荒い写真、ましてやついさっき人を斬ってきたばかりの殺気立った顔つきをしている。とてもそんな評価がつくとは思えなかった。
「レイリーと特訓した島にもこういうやつがいてよ、懐いてくれると嬉しかった!」
「おれを島の動物と一緒にするんじゃねェ」
二年離れていた間にルフィが凶暴な野生動物が生息する島で修行し、島中の動物たちをすっかり従えてしまったことは聞き及んでいる。ゾロもシッケアールではヒューマンドリルを相手にしたが、動物は恐れを知らずに向かってくるので、それなりには苦戦したものだった。
「だってゾロ、“魔獣”だったんだろ」
ルフィがまるで自分の話を聞いていなかったことに、ゾロは少しばかりつまらない気分になった。ルフィがその気ならおれだって、という負けず嫌いが頭をもたげる。
「そうだな、あの頃つまんねェ海賊を何人もぶっ殺したかもう覚えちゃいねェし」
ゾロはにやりと笑ってみせた。
「確かに“魔獣”だったのかもな」
実際、ルフィと手を結んでからゾロの日々はがらりと変わり果ててしまった。人生のうちひとりで海をさすらっていた時代のほうが長いはずなのに、その記憶は妙に遠く感じる。
ルフィはしばらくゾロの顔をうかがうようにじっと見つめていた。それからししし、といつものように笑う。
「“魔獣”がおれの最初の仲間になってくれて本当に良かったなー」
言いながらルフィは新聞を折り畳んでデニムの後ろポケットに差し込んだ。それからまだ芝生のうえで寝転んでいるゾロのほうに顔を寄せて、そのままゾロの鼻を甘噛みする。さすがに歯型はつけないように、慎重に。
「……お前のほうがよっぽどケモノじゃねェか」
「知ってただろ」
ルフィが笑うので、ゾロのほうも腹筋を使ってからだを持ち上げ、ルフィの首筋に噛みついてやった。
あからさまに不快気な声を上げたサンジに、残り物のパンを食べていたルフィが顔を上げる。先程からサンジは前の島で新しく買った皿を梱包から解いているところである。ルフィは皿など料理が乗ればなんでもよいが、サンジ曰く食器にも目配りしてこその一流の料理人らしい。
「割れてたのか?」
「いや、……」
サンジはため息をついた。
「これ、東の海のクタニ島特産の焼き物なんだよ。偉大なる航路じゃ珍しいと思って買ったんだが」
言いながらサンジは皿を包んでいたらしいぐしゃぐしゃの新聞紙をテーブルの上に広げてみせた。
「ここ」
サンジが指さしたところには、他より少し大きな文字でこう書かれていた。
「“魔獣”ロロノア・ゾロ、お手柄! また海賊逮捕」
ルフィはばちばちと瞬きをする。小さいが、隣にはゾロの写真も掲載されていた。白黒で、頭に手拭いを巻いて無愛想な顔をしている。頬には血痕と思わしき汚れもついているから、戦ったあとのようだ。
どうやら皿は東の海からやってきたもので、そのときからこの新聞に包まれていたのだろう。新聞の日付はルフィとゾロが出会うよりずっと前だった。
「……やるよ」
サンジは自らの船長がじっくりと新聞を見つめるという不気味な光景に顔をしかめ、それをルフィに押し付けた。ルフィは喜んでそれを受取り、残り一個のパンを掴むと揚々とダイニングを出た。もちろん、行先はゾロのもとである。
いつもの如く甲板で夕方の昼寝をしていたゾロが目を開けたのは、ルフィの手が肩を叩いたからだった。いつもなら無視して目を閉じていたが、しつこいので渋々と目を開けた。
「なんだ」
できるだけ不機嫌に見せようとして、声は低くなる。ところがルフィは満面の笑みであった。
「見ろよ、昔のゾロだ!」
「はァ?」
ゾロは目の前に突き出された新聞紙にピントを合わせるために目をすがめた。ルフィの指先に、確かに自分の名前が印字されているのが見える。
「ゾロって“魔獣”だったんだよな!」
「“魔獣”だった覚えはねェ、勝手にそう呼ばれてただけだ」
ゾロは新聞から顔を背け、手で払いのけようとした。この頃は二つ名を付けられ、小さいとはいえこうして新聞記事にも名前が載るようになり、東の海で自分の名を知らない海賊はいなかった。いちばん慢心していた時期でもある。今思えば、こんな痩せぎすの身体で、と羞恥すらあった。
「“魔獣”って格好いいよなァ、魔法が使える動物ってことだろ」
「使えるわけねェだろ」
ルフィはまったく人の話を聞いておらず、ゾロはため息をついた。
「この頃のゾロって何歳だ?」
「新聞の日付は」
「えーと、✕✕年四月十日、って書いてあるぞ」
「じゃあ十八だな」
ゾロは顔を背けたまま答えた。そもそも日付が書いてあるなら自分で計算できるだろうが、おれはお前の二つ上だ、ゾロは文句を言おうと思ったが、ルフィがほうっ、と妙な息をつくのでそれを飲み込む。そしてルフィの顔に視線を向けた。
「十八歳のゾロかァ」
ルフィはようやくゾロの顔のそばから新聞をどけて、記事をしげしげと眺めた。ゾロの写真を人差し指で撫でて、妙に感慨深そうな声を出した。
「いまのおれより歳下のゾロだな!」
「……、うるせェ」
たとえばいま十九歳のルフィと、十九歳当時のゾロが戦えば、きっと負けるのはゾロのほうだ。ましてや更に一年前の十八歳のゾロなど相手にもならないだろう。当時のゾロは覇気の概念など知らなかったし、刀だって和道以外は安く買ったボロ刀だった。
「可愛いなー」
「はァ?」
新聞の画質の荒い写真、ましてやついさっき人を斬ってきたばかりの殺気立った顔つきをしている。とてもそんな評価がつくとは思えなかった。
「レイリーと特訓した島にもこういうやつがいてよ、懐いてくれると嬉しかった!」
「おれを島の動物と一緒にするんじゃねェ」
二年離れていた間にルフィが凶暴な野生動物が生息する島で修行し、島中の動物たちをすっかり従えてしまったことは聞き及んでいる。ゾロもシッケアールではヒューマンドリルを相手にしたが、動物は恐れを知らずに向かってくるので、それなりには苦戦したものだった。
「だってゾロ、“魔獣”だったんだろ」
ルフィがまるで自分の話を聞いていなかったことに、ゾロは少しばかりつまらない気分になった。ルフィがその気ならおれだって、という負けず嫌いが頭をもたげる。
「そうだな、あの頃つまんねェ海賊を何人もぶっ殺したかもう覚えちゃいねェし」
ゾロはにやりと笑ってみせた。
「確かに“魔獣”だったのかもな」
実際、ルフィと手を結んでからゾロの日々はがらりと変わり果ててしまった。人生のうちひとりで海をさすらっていた時代のほうが長いはずなのに、その記憶は妙に遠く感じる。
ルフィはしばらくゾロの顔をうかがうようにじっと見つめていた。それからししし、といつものように笑う。
「“魔獣”がおれの最初の仲間になってくれて本当に良かったなー」
言いながらルフィは新聞を折り畳んでデニムの後ろポケットに差し込んだ。それからまだ芝生のうえで寝転んでいるゾロのほうに顔を寄せて、そのままゾロの鼻を甘噛みする。さすがに歯型はつけないように、慎重に。
「……お前のほうがよっぽどケモノじゃねェか」
「知ってただろ」
ルフィが笑うので、ゾロのほうも腹筋を使ってからだを持ち上げ、ルフィの首筋に噛みついてやった。