短文置き場

数年後ルゾロ

2023/11/19 15:27
海賊
麦わらの一味と海軍とのちょっとした小競り合いがあり、それに加勢しようと麦わら大船団のいくつかの船が集まった。そう激しくもない戦いが終わったあと、海賊たちはその近くの島で宴をすることにした。普段暮らす船こそ違うが、全員が気心知れた仲である。サンジをはじめとした各船の料理人たちが腕を振るい、あちこちで歓声が上がっている。もっとも盛り上がっているのはブルックの演奏に合わせて歌っている一団であった。
ルフィは最初こそ各船長に捕まってはなにかと近況を報告されていたが(正直さほど興味はなかった)、やっとそれから解放されて、適当に仲間たちの輪の中に入っては料理を食べ、手を叩き、移動して、ときどき歌って、また料理を食べるなどして宴を楽しんでいた。一味の誰もが他の船の船員たちに囲まれている。皆が慕われているのを見るのは気分がよかったが、ふとそこにゾロがいないことに気がついた。
あいつ、また迷子か。大船団のなかでもゾロに憧れる剣士は何人かいて、ナミが彼らにゾロをしっかり見ているように言いつけていたはずだが、その全員がすっかり酔い潰れているのを見つけた。誰が潰したのかなんて、考えるまでもない。こいつらも何度挑戦したってゾロに勝てるワケないのにアホだなァ、と思いつつ、ルフィは彼らを跨いでゾロを探すために辺りを見回した。やはり見当たらない。酒が足りなくて取りに行ったのだろう。ゾロは規格外の方向音痴だが、酒だけは過敏な嗅覚で探してくることがある。ならばキッチンだろうか。
思うままそちらに向かうと、野菜を炒めていたサンジに「クソマリモなら酒取ってもうどっか行ったぞ」と言われてしまった。ルフィは宴を端から端まで見て回って、それでもゾロを見つけられなかった。
確かに大船団の仲間たちは大柄な人間が多い。それでも、自分がゾロを見つけられないはずはない。ルフィはもう一周するか、宴の場を離れるか考え眉を寄せた。
「ルフィ」
ところが、後ろから求めていた声が聞こえてくる。ルフィが振り返ると、篝火に顔をあかあかと照らされたゾロが立っていた。酒の入った瓶と瓢箪とスキットルを五個ほどぶら下げている。ルフィはすっかり呆れてしまった。
「ゾロお前、どこにいたんだ」
「ずっとここにいた」
「本当か?」
ルフィの訝しげな問いかけに、ゾロは答えなかった。スキットルから酒を一口飲む。
「お前も飲むか?」
それからそのスキットルをルフィに差し出したが、ルフィは受け取らなかった。ゾロはそのまま呑み口を自分の唇に持っていく。目立つ喉仏が動くのを、ルフィは黙って眺めていた。
これだけの人間がいても、最も付き合いが長い相手はゾロである。ゾロが他の誰かを酔い潰すところも、大量の酒を飲むのも、数え切れないほど見てきたのに、今日はなんとなくルフィは新鮮に彼の顔を見た。
「ゾロってそんなに酒好きなのに、よく何日も飲まなくて平気だったな」
「いつの話だよ」
「おれと初めて会ったとき」
驚いたように瞬くゾロに、ルフィは首を傾げた。ふと疑問に思ったのだ。
「あのとき捕まって何日目だったっけ?」
確かリカに教わった気がするが、すっかり忘れてしまった。
「覚えてるわけねェだろ」
そしてそれはゾロも同じである。ルフィはため息をついた。
「ゾロはアホだもんな〜」
「てめェにだけは言われたくねェ台詞だな」
「ほんとにおれだけか? サンジならいいのか」
「いいわけねェだろ、あいつのほうがアホだ」
ゾロは憮然とした顔で今度は瓶の封を切った。ルフィはふーっ、と息を吐く。
「あーあ、なんでゾロはアホになっちまったんだろうなァ、おれゾロのことかっけー! と思って仲間にしたんだぞ」
「今日は妙に喧嘩腰じゃねェか」
ゾロに低い声で指摘されて、ルフィは確かに今日の自分がらしくもないことばかり口に出していることに気付いた。宴は楽しい。嬉しい。そのはずなのに。ゾロのほうは酒のおかげかルフィからのこの言われようにもそう機嫌を悪くしていないようだが。
「おれは昔からなにも変わってねェぞ」
ゾロはそう言って、ルフィに三歩近づいたところで腰を降ろした。持っていた酒も地面に置く。ルフィもゾロの横にくっつくようにして座った。
「ゾロは昔からアホだったのに、おれが最初は気が付かなかったってことかァ」
「そっちかよ」
ゾロは言って、酒を煽る。ルフィはゾロの横顔をちょっと見上げた。再会したとき以降一度も開いたところを見たことのないゾロの左目をじっと見つめる。セックスをするとき何度も舐めた傷跡だ。ゾロはこちらの目を開けないが、極まるとこちらの目元も濡らすことがある。それは比較的最近発見したことだった。
「おれが今気付いてないことも、まだゾロにあるのかな」
「さァな」
きっとゾロに限らず、一味にせよ、大船団の面々にせよ、ひとりひとりにそういう未知の部分がある。だけど、とルフィは思った。これだけ長い間一緒にいてもっと知りたいと思えるのはきっとゾロだけだ。冒険のような昂ぶりを得られるのは……、
「探してみるか?」
ゾロがこちらに顔を向けて、灰色の瞳がルフィを見る。挑戦的な笑顔を、ルフィは一瞬息をつめて見た。目を見開いて、宝を見つけたような快感がからだを巡るのを感じていた。
「ゾロお前……」
「なんだよ」
「もしかして、ゾロってすげェかっけーのか?」
「は?」
出会った時に感じたゾロの「格好の良さ」が、今までほんの少しも毀損されていないどころか、日々増していることは、勿論ルフィだってわかっている。絶対に約束を果たすところ、禁欲的にからだを鍛え続けるところ、自分と仲間に厳しくできるところ、なのに本当は優しいところ。だけど、いま感じた「格好の良さ」は種類が違った。本当は、いちばん最初に気が付くべきことだったはずなのに。
「ゾロって顔もかっけーんだなって、いま気付いた!」
「ア?」
ゾロは不可解な顔をして眉を寄せ、少し置いてみるみるうちに顔を赤くした。わかってしまったからには、そういう表情も急により良いものに感じて、ルフィは思わずゾロに唇を寄せた。当然ながら酒の味がする。宴はまだまだ続いていた。



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