短文置き場

ゾロが寝ているルゾロ

2023/11/19 15:25
海賊
「ゾロったらまたチョッパー抱えて寝てるわ」
ロビンはいつも通り甲板で眠っているゾロを見下ろして微笑んだ。この歳下の剣士は、しばしばこうして船のマスコットたるトナカイを抱き込んで眠っている。彼は度を超えた夜型なので、昼間のほうがメインの睡眠時間なのだ。
「ボンクのなかでも時々枕抱えて寝てっから癖なんだろうな」
応じたのは甲板で新聞を読んでいたフランキーであった。サニー号では、非常時以外女部屋に男は立ち入らない、逆もまた然りというルールがあるので、ロビンはそのような光景を見たことがない。驚きに数度瞬いて、「可愛いわね」と言ってのけた。フランキーはゾロに対する「可愛さ」をいまいち理解できず小首をかしげたが、ロビンは常日頃いろいろなものを「可愛い」と言うので、その言葉の範囲がとてつもなく広いのだろう。適当に自分で結論づけつつ新聞をめくった。
「まァ、前にサンジにからかわれてもやめられてねェみてェだから、本当に無意識なんだろうが」
「今度の誕生日は、ちゃんとした抱きまくらでもプレゼントしようかしら」
意外なプレゼント候補の発見は、ロビンを喜ばせた。ゾロへの誕生日プレゼントは、皆が皆酒を選ぶ。唯一の例外はゾロと同じく剣士であるブルックが手入れのための道具一式を渡していたくらいで、それではあまりにも面白みがないと思っていたところだったのだ。
「抱きまくら、ねェ」
あれば勿論使うだろうが、ゾロが喜ぶだろうか、とフランキーは少し考えてしまう。
「なんの話だ?」
そのときキッチンでおやつのつまみ食いをしてサンジに叩き出されたルフィがやってきた。いくらか口の中に放り込めたらしく、咀嚼しながらであった。
「ゾロが物を抱えて寝るのが癖になってるって話だ」
「あー、ゾロはそうだよな」
ルフィはうんうん、と頷いた。そういえばこいつら、そういう仲だったな、とフランキーは思う。ゾロがルフィの最初の船員であることを差し引いても、寝顔を見る機会は多かろう。
「ナミはケチだから昔はおれたち二人で一人用の部屋しか泊まらせてくれなかったんだけどよ」
今はおそらく好んで二人で一部屋に泊まっているのであろうルフィは言った。
「最初ンとき、ゾロが抱きついてきてびっくりしたもんなー」
「ふふ、本当に昔からの癖なのね」
ルフィやゾロは、自分から過去のことを語らない。というより、この船の船員はそのような傾向が強いのだが、ルフィとゾロは特にそうだった。前ばかりを前のめりに見て、過去はただ糧にしていくだけ。しかしロビンは歴史を語るのが好きであるし、だから彼らから垣間見える過去を知るのも好きだった。純粋に、嬉しいと思う。
「まァ、誰にでも直せねェ癖はあるよなァ」
フランキーが言うと、「これは直さなくてもいいんじゃないかしら」とロビンが反論してくる。よほど気に入っているらしい、とフランキーは肩をすくめて新聞を読むほうに集中することにした。
さて、階段の上でみかんの木の手入れをしていたナミは、ここまで口を突っ込むことなくすべての話を聞いていた。ひとまず枝の剪定が終わったので、柵の上からゾロが寝ている甲板を見下ろす。
「それ、原因は刀だと思うのよね」
上から降ってきたナミの声に、ルフィとロビンは顔を上げた。
「ゾロは賞金稼ぎしてた時期が長いから、ひとりで寝るときは刀を抱えて寝てたんじゃないかしら」
私も、と付け足すのはやめておいた。海賊専門の泥棒をするため、海を渡っていたナミにも覚えがあった。あの頃はナミも愛用のタクト――クリマ・タクトを使うようになる前は、ただの棒術で海賊を相手していたのだ――を抱えて寝ることが多かった。周囲を警戒して、なにかあればすぐに戦えるように。
「なるほど」
フランキーはナミの説に納得して声を上げた。新聞がさっぱり進まない。
「じゃあゾロはおれに抱きつきたくて抱きついてたワケじゃねェのか?」
ところが、つまらないのはルフィである。現在進行系でゾロはチョッパーを抱えているし、普段は枕を抱えているのだから、ルフィの不満はやや的外れであるが、それでも唇を尖らせる。そのままゾロの横にしゃがみこんで、ゾロの頬を摘んでやる。
「ゾロ、おい、チョッパーだけじゃなくておれにも」
「……やるかアホ、こんなとこで」
片目を開けたゾロは、低く言ってルフィの手を払うと、よりチョッパーを抱き込んでしまう。チョッパーが寝苦しそうに唸るのもお構いなしだ。というより、起きてたのね、とロビンは目を丸くする。いったいいつから起きていたのだろう。
「ゾロぉ」
ルフィが甘えたような声を出す。ゾロは見聞色の覇気を巡らせる。そばにいるのはロビンとフランキーだけ、チョッパーは寝ている。ナミはまたみかんの木のほうに戻って、おそらくこちらには背を向けているだろう。ゾロは少し上半身を持ち上げると、ルフィの唇の横に一瞬だけ口付けた。――ロビンとフランキーならばスルーしてくれるだろう、と考えながら。
「チョッパーや枕にはンなことしねェ、からな」
「あ、たりまえだろ……」
不意打ちではあったので、ルフィも動揺している。懸賞金三十億の男がいつも以上にこどもっぽく、戸惑った顔をするのでゾロは満足してまた体勢を戻し、チョッパーを抱き込んでまた目を閉じてしまった。

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