短文置き場

ぞろさんぞろ

2020/08/25 08:20
海賊


夜風にでも当たろうと、ジョッキを片手に宴の喧騒から離れる。海は暗く、落ちればそのまま飲み込まれそうにも見える。息を吐くと、次に空に目を向けた。こちらはよく晴れていて、チラチラと星が瞬いている。
「オイ」
声をかけられて目を向けると、トレイを片手に煙草をくわえたサンジがこちらをねめつけていた。
「ソレ、飲み終わったなら持ってくぞ」
ジョッキを指さされ、ゾロはそちらに視線を向けた。まだ半分ほど残っている。首を横にふると、サンジは空いた方の手で煙草をつまみ、煙を吐き出した。
「ご苦労なこった」
わざわざ宴から離れたこちらにまで気を回すコックの性分に、素直な感嘆を吐き出すと、しかしサンジは気に食わなかったらしい。奇抜な形の眉を跳ね上げ、「テメェが離れるから悪ィんだろうが」と悪態をついてみせた。ゾロはそれに応戦する気もなく、手をひらひらさせてサンジを追い払おうとする。
「足りなくなったら戻るから気にすんな」
「あァそうかい」
サンジは再び煙草をくわえ、踵を返した。黒い空に白い煙が細く立ち上って消える。ゾロはあれが消える前には刀で斬れるだろうか、とぼんやりと思った。

宴もたけなわ、銘々が寝床に入り始める。ゾロはその後片付けを手伝わされることが多かった。その時間まで平気で素面でいるのは一味の中ではゾロとナミ、ロビンだけで、サンジの一存によりナミとロビンは片付けを免除されるからである。とはいえ女性陣に供されていた繊細なグラスなどは触ることを許されず、雑に扱ってもなんとかなる木皿やジョッキを運んだり、サンジが洗ったものを洗いだり拭いたりする程度のものだ。別段不満は無かった。確かにうまい飯と酒のあとにそのまま眠れたほうがいいに決まっているが、ゾロは元来夜はあまり眠らないし、かといって宴のあとは鍛錬する気も薄れてしまう。
「ご苦労」
今回もすべての食器が片付いて、我らが料理長が作業の完了を告げる。偉そうな言い方だが、実際このキッチンの主はこの男である。ゾロは「おう」とだけ頷いた。
一服するとばかりにサンジは煙草に火をつける。ついさっきその煙を刀で斬ることを夢想したことを思い出し、ゾロは天井に立ち上る煙を目で追った。
「なに見てんだ」
「別に」
言ってもいいことではあったが、馬鹿馬鹿しいと煽られるのも面倒で、ゾロは答えなかった。サンジはムッとしたようで、「藻類も植物なりに煙草が気になんのか」と結局煽ってきた。どちらにせよ攻撃的な物言いになりがちなのはお互い様だ。
「今更気になるかよ」
ゾロは皮肉っぽく笑ってみせる。サンジの口から煙草を抜き取り、彼が文句を言う前にそれをくわえてみせる。肺まで煙を吸い込んで、そらから吐き出してみせる。
「こんなもん、すぐ飽きた」
言って再びサンジの口に煙草を戻した。サンジは、煙草を加えたまま目を見開いて呆然とゾロを見る。おかしな顔だ、とゾロは思わず笑ってしまう。
「じゃ、俺は見張りでもしてくるからよ」
言ってゾロはキッチンを出る。すっかり静かになった甲板を歩きながら、再び空を見上げた。



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