短文置き場

二年後再会ルゾロ

2023/11/19 15:21
海賊
シャボンディ諸島を出た麦わらの一味は、レイリーがコーティングしてくれたサニー号に乗って、しばし海中遊泳を楽しんでいた。ナミ先生は船がどうして沈むのか、どんな仕組みで魚人島へ向かっているのか講義をしてくれたが、ルフィにとってそんなに興味があることではないので、同じく早々に聞く気を無くしているゾロに追い払われてしまった。
サンジが女を見ては過剰に鼻血を噴き出していること以外は、二年経っても皆のテンションは同じで――いや、少しばかり浮かれているか――、その風貌が変わっていても、大好きな仲間たちそのままだった。レイリーとの特訓で生き物の感情を感じ取る見聞色を鍛えたルフィは、皆が喜んでいるのをきちんと理解していた。勿論、隣に立っているゾロだって。
出会った頃からゾロは同じ年頃のウソップやサンジと比しても表情が豊かな方ではなかったが、再会してみれば片目に傷跡を残し、どうやらその目は開かないらしい。彼の感情を映す器官がひとつ無くなってしまったわけだが、ルフィにとって、それでゾロの気持ちが分からなくなるような心配はなかった。
「にしても、でかい傷作ったな」
ゾロの声は、前以上に低いが穏やかだった。
ルフィの胸についた大きな、傷は義兄であるエースを救おうとしたときについたものだった。ハンコックなどは名医を探して消してやろうかと提案してきたが、ルフィは首を横に振った。アラバスタで反乱を止め、空島で鐘を鳴らし、エニエス・ロビーでは世界政府の旗を撃ち抜き、スリラーバークでは七武海をも退けた。自分でも、随分順調な航海だったと思う。だが海軍との戦争で、ルフィは自らの無力さを思い知ったのだ。傷を残したのは、それを忘れたくないからだ。
「ゾロと同じだ」
ゾロが胸の大きな傷を、そして恐らく左目の傷を残しているのも、ルフィと同じ理由なのだろう。
「同じじゃねェよ」
ゾロは困惑したように言った。ゾロの傷はいずれも“鷹の目”につけられたものだ。それは自分の剣の未熟の果てに至ったものであって、兄を救うためについたルフィのものとは違う。なんなら、ルフィの傷だって、ゾロが二年前のあの頃もっと強ければ、つけずに済んだものかもしれないのだ。
「ぜんぜん、違うだろ」
声をひそめるゾロに、ルフィはしし、と笑うだけにした。同じである理由を説いたところで、ゾロが頷くとも思えなかったからだ。ともあれ、ふたりだけのときにゾロの目の傷に触ってみよう、とルフィは小さな決意をした。
「じゃあ、ゾロは背伸びたか?」
それでルフィは話題を変える。
「測ってねェからわからねェな」
例えば同じ服を着続けるなどしていればわかったのかもしれないが、何しろ同居していたのがファッションにこだわりが強いミホークとペローナである。ゾロが気に入っていたシャツは汚れているし生地も薄くなっていると散々言われて、早々に捨てられてしまった。腹巻きを死守するのすら苦労したほどなのだ。
「おれは伸びたぞ!ハンコックが言ってたからな!」
「なんだそりゃ」
「ハンコックが『以前は妾のこのあたりだったが(と言いながらルフィは自分の胸のあたりで伏せた手を前後させた)今はここまで伸びたぞ(次にほんの少しだけ手の位置を持ち上げた)』ってよ」
「そいつすげェな……」
ルフィの手の位置は、殆ど誤差のように見えた。ゾロは素直に感嘆する。ハンコックと直接会話はしたことがないが、きっと相当にルフィの世話をしてくれたのだろう。いつか見えることがあれば礼をしたいものだ、と心に決めつつ、少し首を傾げた。
「お前の身長が伸びたなら、おれのも伸びたんだろうな」
「なんでだ?」
「おれとお前との目線が全然変わってねェ」
言ってゾロは意地悪げに笑った。ゾロが前からやりがちな表情だが、隻眼なので、より悪人面に見える。以前のルフィなら言い返したかもしれないが、今日のルフィは機嫌が良かったし、なによりゾロがいかに悪い顔をしていても彼が楽しんでいるのがわかっていて、それに反論しようと思えなかったからだ。
「別に変わってなくても構わねェよ」
ルフィはゾロの首の後ろに手を伸ばした。おい、他の奴らがいるだろ、とゾロは少し焦ったような声を出したが、また鼻血を出したサンジのおかげで甲板はバタついている。ルフィとゾロに気を払っているものはいなかった。ルフィはにゅっとゴムの力で首を伸ばして、ゾロの唇に自分の唇を触れさせた。
「おれ、いくらでも身長伸ばせるし」
「は、能力で身長を誤魔化すのは卑怯じゃねェか?」
「おれがおれの力使ってんだから、卑怯じゃねェ!」
「まァ、それもそうか」
ゾロはすんなりと納得して、「さっさと離れろ」と未だ顔が至近距離にあるルフィを押し退けようとした。背後でチョッパーがサンジに輸血をしていて、事態は落ち着きつつある。いつまでもベタベタしていて、ナミに怒鳴られるのはあまり本意ではなかった。
「離れたくねェ」
ところがルフィは余計にぎゅうぎゅうくっつこうとする。ゾロは「おい」と責めるような声を出したが、ルフィは離れようとしなかった。ゾロがいよいよ実力行使しようとすると、ルフィが「だってよ」と声を上げた。
「ゾロ、知らねェ匂いなんだよな」
「あー、……、鷹の目とペローナは洗剤だか柔軟剤だかも相当こだわってたからな」
「全然ゾロの匂いがしねェ」
言われて、ゾロもルフィの首筋に鼻を寄せた。ルフィのほうは野外生活が長く、以前と同じ、濃い体臭が香った。汗と、太陽と、獣のような匂い。たぶん、お世辞にもいい匂いではないけれど、ゾロにとってはこれが落ち着くのだ。
「……お前は変わってねェな」
「じゃあおれがくっついてゾロに匂いを移すぞ」
「服洗濯したほうが早くねェか」
ゾロはそう言いながらもとうとうルフィを引き剥がすのは諦めて、もう一度ルフィの匂いをかいだ。帰ってきたんだな、とらしくもなく頬を緩めてしまう。甲板の他の船員たちが肩をすくめているのには、気が付かないふりをした。


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