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短文置き場

お料理とキドキラ

2023/11/19 15:20
海賊
あれはうまかったな。
キッドが満足げな口調でそう呟くのが何度目なのか、キラーは数えるのはとうにやめてしまった。別に、おれの料理が不味いと言われているわけではない、と自分に言い聞かせる。そもそも、専門の料理人の料理と自分のそれを比べること自体がおこがましいだろうが。
「レシピくらい貰ってくりゃよかったぜ」
「レシピがあったところで、材料がなきゃ作れねェよ」
そう言って、キラーはキャベツを破った。


ワノ国での戦いのあと、その宴は十日ほど催された。ワノ国の料理人たちに混じり、麦わらの一味の料理人がサンジは、この国では特別な意味を持つ料理だというおでんを、自己流にアレンジして皆に振る舞った日があった。あれは七日目あたりだったろうか。
たまごや大根、昆布に練り物、餅巾着などの定番の具のほか、ワノ国ではおでんに入れないソーセージやトマトなども入っており、それはそれは盛り上がり、皆で取り合いになった。キラーもご相伴に預かり、ハートの海賊団のベポの隣でいくつかの具を器によそって食べた。
ところが最初、キッドは大しておでんに興味を持たなかった。おでんという料理は然程キッドの好みには合致していなかったからだ。
「キッド、食べないのか?」
「腹にたまんねェから向こうで牛丼でも食ってくる」
「ロールキャベツもあるぞ」
キラーは器用に箸でそれを摘んで軽く掲げて見せた。キッドはハッと顔を上げて驚くほどの速さでこちらに近づき、ベポを押し退けてキラーの隣に座る。
ロールキャベツはキッドの大好物である。もちろん、それを分かってキラーはキッドに見せたのだ。予想外だったのは、キッドがワノ国特有の出汁の味をきちんと感知でき、更には「美味い」と理解できたことである。ものは試しにロールキャベツにかぶりついたキッドは、あからさまに目を輝かせた。
思えばアプーやホーキンスと同盟を組もうとした最中にカイドウに襲われてからこの時まで、キッドはロールキャベツにありつく機会はなかったはずである。ましてや、専門の料理人がワノ国の味を研究しつくして作ったであろう料理が極上でない理由はなく――、
「キラー! これうめェぞ!」
「ファッファッ、だろう」
そりゃあ、えらいはしゃぎっぷりだった。まるで十歳の頃のキッドを見ているようで、その時のキラーはきちんと本心から笑ったのだったが。


それからワノ国を出る前まで、いや出てからも、キッドはかなりの頻度であのロールキャベツの話をした。あの場でロールキャベツを殆ど独占したほどだ、そりゃあ思い出深い味になったのだろう。くったりと煮込まれたキャベツにしみた出汁のうまみが控えめな下味をつけたひき肉と相まって、まさに完璧なマリアージュであった。
だがキラーは、それを聞く度に落ち着かない気分になる。もちろん黒足は他意があってロールキャベツをおでんの具にしたわけではないだろう。キラーは大鍋の底に大きくちぎったキャベツを敷き詰めたあと、塩コショウだけで味をつけた挽肉を重ねる。つなぎを入れないのがこの船の味であった。だが、麦わらのところは違うのだろう。そもそも、このような手を抜いたものは作らないのかもしれないが。
こんなふうに考えてしまうなら、いっそキッドの言う通り黒足にレシピを尋ねておけばよかった、とキラーは考える。もっとも、おそらくは鰹節と昆布で合わせだしを取ったりしているのだろうが、この船には顆粒だししかないのであの通りの味を作るのは無理だろうけど。
キャベツと挽肉を層にして一通り重ね終えると、トマト缶を鍋に開ける。
「キラー」
「なんだ」
トマト缶に水を入れてそれを鍋に注ぐ。キッドは僅かに間をおいてキラーの問いに答えた。
「怒るなよ」
「ファッ、怒った覚えはねェ」
「お前は昔から怒るとそれ作るじゃねェか」
それ、と言われてキラーは鍋の中を見た。キャベツと挽肉を鍋の中で重ねて煮込むだけの料理だ。ロールキャベツは正直手間がかかるが、それでも作ってやりたいと思うから、この船ではその材料がほとんどいつも揃っている。だが、その手間が惜しいと思うとき、キラーはこれを作りがちだった。今日は十分に余裕がある日にも関わらず。
「そんなつもりはなかったが」
「嘘だろ」
「言われてみりゃ、確かに怒ってたかもしれねェな」
「ハ、自覚なかったのか?」
キッドはおそらく背後で赤い口紅をひいた唇をさぞ歪めているのだろう。キラーは鍋に塩コショウを振るふりをして振り返らなかった。
手を抜いた料理を作るなんてことで自分の不機嫌を示す甘さが、どうにも居心地を悪くする。
「ならキッド、おれはどうしてお前に怒ってるんだと思う」
「ア? あー……、ワノ国出るときバカ猿共と張り合って滝から落ちたからか?」
「それもそうだが――、もう散々叱ったしな」
だが思い出すとまたイライラしてくるな、と言い添えると、キッドは「ぐぅ」と唸った。
「それ以外におれがお前のことを怒らせるようなことはねェだろ」
「ファッファッ、大した自信だな」
鍋が煮立ってきたので、キラーは簡単に灰汁をすくって蓋を閉めた。それでもキッドの方は向かない。するとキッドのほうが立ち上がる気配がした。
「まァでも、怒ってるってより、拗ねてるように見えンな、お前」
「ファッ」
拗ねてる!?自分では思ってもみない感情を出されて、キラーは思わずキッドの方を見る。キッドの腕が腰に回って、ぎゅっと力を入れられるので、顔と顔が近付いてしまう。
「麦わらンとこのロールキャベツ」
「キッドお前」
「話題に出すたび笑いやがって」
「笑ってンだ、拗ねてねェだろ」
「お前の笑いは何らかの気持ちだろ」
それは確かに事実である。だからと言って、その種類まで勝手に推測されてはたまったモンではない。キラーはため息をついた。
「じゃあなんだ、お前はわざと黒足のロールキャベツの話を出してたっていうのか」
「そしたらお前も対抗してロールキャベツ作るかと思ってよ」
キラーとて、最悪の世代の一角にあるからには相応の負けず嫌いであることをキッドはもちろん知っている。だから煽ってやったのだ、と口端を持ち上げる。キッドの思い通りにさせられたのだと気付いたキラーは、思わず笑ってしまう。
「ファッ! ……悪いが味はあいつの足元にも及ばねェよ」
「だがこの船の味はお前の――手抜きロールキャベツだ」
キッドに言われて、キラーは口をつぐむ。ワノ国で離れ離れになって――いったいどれだけの間ロールキャベツを作らずにいただろう。それを考えると目眩がするようだった。キッドに腰を引き寄せられて、キラーは思わずキッドの腹にエルボーを食らわせた。一瞬前までいい雰囲気であることを確信していたキッドは、腹を押さえて思い切り吠えた。
「何しやがる!」
「何が手抜きだ、これだってそれなりに手がかかンだよ」
「だからってお前……、」
さすがにやり過ぎだろうが、とキッドが呻く。キラーは鍋の方に顔を向けて、「料理中に手を出す方が悪いに決まってンだろうが」と呟いた。もっとも、その仮面の下の表情がどうなってるのかキッドには想像がついているのだが、今度こそ包丁で斬られかねないので口をつぐんでおいた。




サンジくんめちゃくちゃクシャミしてそう(かわいそう)
あと多分この数日後に船沈むな……って……(かわいそう)

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