このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

短文置き場

バンドしてるキドキラ

2023/11/19 15:19
海賊
「見てるだけじゃつまんねェだろ」
キラーが自分の腕で乱暴にその額の汗を拭いながら言う。いま、この部屋にはふたりきりのはずなのに(そもそもここはキッドとキラーが根城にしている廃墟で、ふたりの他にはドルヤナイカくらいしか訪れない)、最初キッドはそれが自分に言われた言葉だと気が付かなかった。だって、つまらないなんて思ってもみないことだったからだ。
「面白ェ! じゃあキラーはつまんねェのにドラムやってんのか」
「見るのと叩くのは違う」
よほど汗をかいたのか、キラーはシャツの首元をつまんで引っ張り、シャツの中に空気を入れるような仕草をした。キッドがキラーをじっと見つめていると、視線に気がついたキラーが訝しげに見返してくる。しばらく見つめ合っていると、先に口を開いたのはキラーのほうだった。
「キッドも楽器やったらどうだ、ギターでもベースでも、歌でもいい」
キラーの誘いに、まるで思いもよらないことを言われたかのように、キッドはまばたきをする。もっとも、キラーとしては本気であった。現状キッドに音楽の才能があるかは未知数だが、少なくともキッドはドラムだけを延々眺めていられるほどに、音楽を聞くのが好きなのだ。ならば、演奏する側に立つのは良い提案だと思った。あわよくば、一緒に演奏できれば、という下心というにはちょっと初すぎる期待もあったし。
キッドは幼気な瞳をぱちぱちと瞬かせて、それからむっと顔をしかめた。
「いやだ」


キッドとキラーは幼馴染であったが、2年ほど前に一度決裂した。ふたりとヒート、ワイヤーは、島の不良少年グループそれぞれのリーダーで、一時期は抗争すらしていた間柄であったが、とある事件によって四人は手を組、その後海賊として海に出たのだった。
それは小さな島に寄港した夜のことだった。くじ引きで船番になったキッド以外の三人で夕食を調達して持ち帰ることになって、色々と会話をした。キラーは知らなかったけれど、こうして仲間となって話してみると、ヒートとワイヤーはキラーと同じ年頃であるし、おまけに楽器もやるのだそうだ。もともとあの島は治安が最低であったが、そういう場所でも音楽は好まれていて、不良少年たちが打ち捨てられた音の外れた楽器で仲間内で演奏するのはよくあることだった。そして、ヒートはキーボード、ワイヤーはベースと、誂えたかのように好む楽器も違っていた。ならば三人でセッションでもしようかと盛り上がったところで、ちょうど船にたどり着いた。
「なに話してんだ」
ずいぶんと盛り上がっていたので、取り残された気分のキッドは少々不機嫌だった。ヒートが「いや、今度三人でバンドでもやろうかって」と端的に話題を伝える。
「そうだ、キッドの頭もギター始めたらどうだ、ギターだけ足りねぇし」
ワイヤーが明るい声を出した。キラーはいつかのことを思い出し、「そいつは演る側には興味ねぇぞ」と言おうとしたが、続くキッドの言葉に結局飲み込まざるを得なかった。
「じゃあやる」
あまりにもすんなりとキッドから肯定が飛び出すので、キラーは長い前髪で他の皆には見えないのをいいことに目を大きく見張った。
キラーがキッドを最初に誘ったのは四年ほど前だった。それから数度同じようなやりとりをしたが、一度だってキッドを翻意させられたことはなかった。その後は疎遠になって誘えていなかったから、その間に心境の変化があったのかもしれないが。
ーー、なんでワイヤーに誘われたら頷くんだ。
不満よりは戸惑いのほうが大きい。四人で敵対していたが、キラーは当然その中でもキッドのことを気にかけていた。だが、おれがキッドのことばかり考えているあいだに、キッドはヒートやワイヤーと親交を深めていたのかもしれなかった。ならば自分が口出しするのも野暮な気がして、結局キラーはなにも言わないまま、四人はそれぞれ自らの楽器を練習することになったのだった。


キッドはなかなかの飲み込みの速さでギターを奏でられるようになっていった。やはりギターがいるのといないのとでは、バンドとしての音がまるで違う。キラーとヒートとワイヤーはそれぞれ少しずつギターの素養もあったので、それぞれがキッドのギターの先生になっていた。だが、キッドはおそらくあとほんの少しで自分たち片手間ギタリストの腕前など抜かしてしまうだろう、というのがキラーたちの共通の見解だ。
その日も、小さな船長室でキッドとキラーはベッドに腰掛け、ギターの練習をしていた。キラーが言ったコードをキッドが押さえて鳴らすという、面白みのないことを続けていた。
「これだけ弾ければよほど超絶技巧の曲でないかぎり弾けそうだな、キッド」
「そしたらもう終わりか」
キッドが言うので、キラーは小さく首をかしげた。
「そしたら、四人でもっと練習、だろ」
むしろこれからが始まりとも言える。四人で曲を作るのは、きっとなにより楽しいだろう。だというのに、キッドは不満げに唇を尖らせた。
「もっとやりてェ」
「やればいいだろ」
「お前と、」
キッドはそう言って、口をつぐんだ。キラーは彼がなにを言いかけたのか気になって、キッドの顔を覗き込む。キッドはキラーの視線を真っ直ぐに見返した。そしてキラーの
「てめェ、前はおれがギターやるの嫌そうだったじゃねェかよ」
「嫌だった?」
そんなことは考えたこともない。キラーはわけがわからず眉を寄せ、それからすぐに思い当たることがあった。
「あァ、……お前はおれが誘っても楽器やらなかったのに、ワイヤーが誘ったらすぐやるって言うから」
少しだけ、引っかかった、と言い添える。キッドは瞬きをして、にんまりと笑う。調子に乗らせた、とキラーは悟った。
「引っかかったなら、その場で言えばいいじゃねェか」
キッドはわかりやすく、キラーが小さな嫉妬を抱いたことを喜んでいるらしかった。キラーはため息をつく。あれからすぐにそんな引っかかりはどうでもよくなったのだ。キッドと楽器ができることは、キラーにとって喜ばしかった。
「あれから随分と間も空いたし、今は楽器やりてェならそれで構わねェなと思ったんだが」
「……お前のその切り替えの速さは長所だと思うけどよ」
「そもそも、昔はなんで楽器、したくなかったんだ」
問うと、キッドが一瞬で顔を赤くした。海の男にしては日焼けしづらいキッドの肌は、紅潮がわかりやすい。それからすぐに無理やり顔を引き締めると、ふっと息を吐いた。おお、キッドが格好つけようとしている、とキラーはあえて指摘はせずに見守ることにする。歳下のこの男は、キラーにとって可愛い弟分でもあるし、格好のいい船長でもある。
「お前が」
落ち着いたらしいキッドが、ようやく口を開く。
「楽器なんざやったら、お前を見てられねェだろ」
「は?」
反射的に戸惑いの声を上げて、それからキラーはキッドの言いたかったことをじわじわと自覚する。随分と恥ずかしいことを言われているような気がした。
「じゃあ、……、なんで楽器やる気になったんだ」
「あいつらだけキラーと仲良くするのなんざ無理に決まってんだろ」
人のことは言えないな、とキラーは手のひらで口元を覆いながら考える。相手の嫉妬が嬉しいのは、なにもこいつだけではない。勘弁してくれ、とキラーは小さく呟いた。キッドがベッドのうえにギターを置くと、その左腕がキラーの背中に回ってくる。それにまったく逆らわないで、キラーはキッドに引き寄せられたのだった。




コメント

コメントを受け付けていません。