短文置き場
口移しルゾロ
2023/11/19 15:18海賊
煮込み料理は待ち時間が長い。とはいえ火から離れるわけにもいかないので、サンジはコンロの鍋が見える位置でダイニングチェアに腰掛け、ここ最近作った料理のレシピをノートに書き留めていた。どれもそれなりの自信作だったが、次に作るときはもっと酸味を強く、塩気を少なく、……、微調整は必要になるから、記録も大事な仕事だ。
さっきルフィとウソップにはおやつと称して握り飯を出したせいか、普段はやかましい甲板も静かで、キッチンには鍋がぐつぐつ沸騰する音ばかりが響いている。
ちらりと鍋に視線を向ける。少し火を弱めたほうがいいかもしれない、とペンを置いて立ち上がろうとしたところで、ラウンジのドアが開いた。
「ナミさん!」
反射的に顔を緩める。一つ年下の美人航海士は、サンジの心のオアシスである。
「ドリンクですか、それともスイーツ? おつまみでも、なんなりと」
「お水を一杯もらえる? それから、……ちょっと相談したいことがあって」
「おれにできることならなんでも!」
サンジはグラスに氷とレモンスライスを入れ、真水を注いでナミに差し出した。ナミはふう、と息を吐いてから、一口飲んで頭を振った。
「本人は誰にも言うなって言うけど……、やっぱりサンジくんには言うべきだと思うから」
「何の話です……?」
言いながらサンジはコンロの火を弱めてナミを見た。
「ゾロが」
ゾロ。サンジはその名前に少しだけ眉を潜めた。この船に乗ったその日から、なんとなく気に食わない存在である。
「時々吐いてるみたいなの」
「は……?」
サンジは思わず瞬いた。「吐いてる」……?この海の一流コックが手ずから作った料理を?だが、原因が思い当たらないでもない。ゾロは一週間ほど前、サンジと出会った日でもあるが――、胸に全治二年とまで言われた大傷を作ったばかりである。まるで平気な顔をして過ごしているが、実際のところからだは弱っていて、胃腸が食事を受け付けないのだろう。思えば、彼は寝ていることが多い。体力の回復に努めているのかもしれなかった。だが。
「許せねェ」
「え?」
ナミは怒りを露わにしたサンジに驚き、大きな目を見開く。
「でもサンジくん、ゾロは、」
「怪我だろうがなんだろうが……、おれはあいつらのからだを作るものを食わせてやってんのに、勝手に吐いてしかもそれを隠そうとするなんざ、……許されることじゃねェ」
吐いたことを伝えてくれれば、そりゃあ文句のひとつも言うが、消化しやすい料理くらい出してやれるのに。何より――ゾロの状態に気付かず、食べざかりの他のクルーたちと同じものを食わせていた自分の浅慮にも腹が立つ。
「アイツはどこです?」
「今は船尾……だと思うけど……さっきも、そこで海に吐いてて」
サンジは黙ってコンロの火を消した。ナミは「喧嘩はしないでね」と小さく言った。ナミが先のアーロン一味との戦いのとき、ゾロが怪我をしているのに気付かず悪化させるようなことをして、それに罪悪感を抱いていることは知っている。だから庇うようなことを言うのだろう。それは汲んであげたいと思う。だが、ゾロに対する苛立ちも強かった。
「それはアイツ次第ですね」
「……、サンジくん」
ナミのほうに笑いかけて、それからサンジはラウンジのドアを開けた。
メリー号は小さい船で、船尾までもすぐだ。頭は冷えきらないまま、そのカーブを曲がれば船尾というところまできて、ふとサンジは向こうから声が聞こえることに気付く。ゾロではなく――、我らが船長の声だ。
「……いらねェのか?」
あの無尽蔵の胃袋の持ち主が、人になにかを……、おそらくは食べ物を譲ろうとしている! サンジは驚いて、思わず壁に背中を貼り付けて、あちらには気が付かないよう様子を伺う。
「だって、お前さっきメシ吐いてただろ。腹減ってねェのかよ」
会話の内容からして、ルフィはゾロに話しかけている。ゾロが吐いていることに気がついていたのは、なにもナミだけではなかったのだ。
「……いま、食っても、また、吐くかもしれねェし」
「あんなにうめェメシ、なんで吐くんだよ。ゾロはうまくねェのか?」
「うめェよ」
「じゃあなんで吐くんだ?」
「知らねェ」
「吐いちまうときは、えーと、どうするっつってたかなァ」
ルフィはウンウン言いながら、どうやら考えているようだ。あの超絶健康優良児に看病の知識があるとも思えない。何をしでかすつもりだ。
「そーだ!」
思いついたと思ったら、ルフィはゾロにやるつもりだった握り飯に噛み付いた。それからしばらくの間があく。なにを、とサンジはそっと首を伸ばして彼らを見ようとした。
「ぞろ、くちあけろ」
「あ……? ッ、る、んん、ッ!」
サンジからはルフィの背中しか見えない。だが、ゾロのくぐもった声が聞こえる。いや、マジで何を……?と思った瞬間、ゾロがルフィの頭を殴った。そしてルフィを引きはがす。
「いてェぞゾロ!」
「て、めェ、いきなり、噛んだモンひとに、食わせる、なんざどういう了見ッ……!」
つまり、ルフィは自分の口の中で握り飯を咀嚼して、それを口移しでゾロに与えようとしたということか。サンジはうげ、と顔をしかめた。
「だってよ、えーと、具合悪いときはお粥! 米をぐちゃぐちゃにしたらお粥みたいなモンだろ?」
「ち、げェだろ、どう考えても……」
「まだまだあるからな、ゾロ♡」
おれはなにを見せられているんだ……、サンジは呆然とするほかない。
さっきルフィとウソップにはおやつと称して握り飯を出したせいか、普段はやかましい甲板も静かで、キッチンには鍋がぐつぐつ沸騰する音ばかりが響いている。
ちらりと鍋に視線を向ける。少し火を弱めたほうがいいかもしれない、とペンを置いて立ち上がろうとしたところで、ラウンジのドアが開いた。
「ナミさん!」
反射的に顔を緩める。一つ年下の美人航海士は、サンジの心のオアシスである。
「ドリンクですか、それともスイーツ? おつまみでも、なんなりと」
「お水を一杯もらえる? それから、……ちょっと相談したいことがあって」
「おれにできることならなんでも!」
サンジはグラスに氷とレモンスライスを入れ、真水を注いでナミに差し出した。ナミはふう、と息を吐いてから、一口飲んで頭を振った。
「本人は誰にも言うなって言うけど……、やっぱりサンジくんには言うべきだと思うから」
「何の話です……?」
言いながらサンジはコンロの火を弱めてナミを見た。
「ゾロが」
ゾロ。サンジはその名前に少しだけ眉を潜めた。この船に乗ったその日から、なんとなく気に食わない存在である。
「時々吐いてるみたいなの」
「は……?」
サンジは思わず瞬いた。「吐いてる」……?この海の一流コックが手ずから作った料理を?だが、原因が思い当たらないでもない。ゾロは一週間ほど前、サンジと出会った日でもあるが――、胸に全治二年とまで言われた大傷を作ったばかりである。まるで平気な顔をして過ごしているが、実際のところからだは弱っていて、胃腸が食事を受け付けないのだろう。思えば、彼は寝ていることが多い。体力の回復に努めているのかもしれなかった。だが。
「許せねェ」
「え?」
ナミは怒りを露わにしたサンジに驚き、大きな目を見開く。
「でもサンジくん、ゾロは、」
「怪我だろうがなんだろうが……、おれはあいつらのからだを作るものを食わせてやってんのに、勝手に吐いてしかもそれを隠そうとするなんざ、……許されることじゃねェ」
吐いたことを伝えてくれれば、そりゃあ文句のひとつも言うが、消化しやすい料理くらい出してやれるのに。何より――ゾロの状態に気付かず、食べざかりの他のクルーたちと同じものを食わせていた自分の浅慮にも腹が立つ。
「アイツはどこです?」
「今は船尾……だと思うけど……さっきも、そこで海に吐いてて」
サンジは黙ってコンロの火を消した。ナミは「喧嘩はしないでね」と小さく言った。ナミが先のアーロン一味との戦いのとき、ゾロが怪我をしているのに気付かず悪化させるようなことをして、それに罪悪感を抱いていることは知っている。だから庇うようなことを言うのだろう。それは汲んであげたいと思う。だが、ゾロに対する苛立ちも強かった。
「それはアイツ次第ですね」
「……、サンジくん」
ナミのほうに笑いかけて、それからサンジはラウンジのドアを開けた。
メリー号は小さい船で、船尾までもすぐだ。頭は冷えきらないまま、そのカーブを曲がれば船尾というところまできて、ふとサンジは向こうから声が聞こえることに気付く。ゾロではなく――、我らが船長の声だ。
「……いらねェのか?」
あの無尽蔵の胃袋の持ち主が、人になにかを……、おそらくは食べ物を譲ろうとしている! サンジは驚いて、思わず壁に背中を貼り付けて、あちらには気が付かないよう様子を伺う。
「だって、お前さっきメシ吐いてただろ。腹減ってねェのかよ」
会話の内容からして、ルフィはゾロに話しかけている。ゾロが吐いていることに気がついていたのは、なにもナミだけではなかったのだ。
「……いま、食っても、また、吐くかもしれねェし」
「あんなにうめェメシ、なんで吐くんだよ。ゾロはうまくねェのか?」
「うめェよ」
「じゃあなんで吐くんだ?」
「知らねェ」
「吐いちまうときは、えーと、どうするっつってたかなァ」
ルフィはウンウン言いながら、どうやら考えているようだ。あの超絶健康優良児に看病の知識があるとも思えない。何をしでかすつもりだ。
「そーだ!」
思いついたと思ったら、ルフィはゾロにやるつもりだった握り飯に噛み付いた。それからしばらくの間があく。なにを、とサンジはそっと首を伸ばして彼らを見ようとした。
「ぞろ、くちあけろ」
「あ……? ッ、る、んん、ッ!」
サンジからはルフィの背中しか見えない。だが、ゾロのくぐもった声が聞こえる。いや、マジで何を……?と思った瞬間、ゾロがルフィの頭を殴った。そしてルフィを引きはがす。
「いてェぞゾロ!」
「て、めェ、いきなり、噛んだモンひとに、食わせる、なんざどういう了見ッ……!」
つまり、ルフィは自分の口の中で握り飯を咀嚼して、それを口移しでゾロに与えようとしたということか。サンジはうげ、と顔をしかめた。
「だってよ、えーと、具合悪いときはお粥! 米をぐちゃぐちゃにしたらお粥みたいなモンだろ?」
「ち、げェだろ、どう考えても……」
「まだまだあるからな、ゾロ♡」
おれはなにを見せられているんだ……、サンジは呆然とするほかない。