短文置き場
あまやどりするルゾロ
2023/11/19 15:16海賊
※アーロンパークとローグタウンの間あたり
上陸した島で一時の休息を取ることに決めた麦わらの一味は、くじで決めた船番のウソップを残し、それぞれが船を降りた。上陸の直前までメリー号の甲板で寝ていたゾロも、ひとまず船を降りることにした。三刀流の剣士であるのに先の戦闘で和同以外の刀を失っていたゾロは、新たに二振りの刀を買いたかった。だが、商店街のはずれで島民を捕まえて聞いたところによれば、この島には武器を売る店はないらしい。平和なのは悪いことではないが、少しばかり落胆した。和同だけでは腰が軽く、どうにも落ち着かない。これから刀を買うとなると財布の紐を緩めるわけにもいかず、酒場に行くこともできなかった。
やることもねェし、船に戻るか。ゾロは頭を掻いた。ウソップは島に降りたそうにしていたし、船番を代わってやってもいい。仲間たちは一味に入る前から船に乗り慣れている面々ばかりだが、ウソップだけはそうではない。船から下ろして休憩させてやらねば――、そんなことを考えながら踵を返したところで、頬にぽつりと当たるものがあった。
「雨か」
呟く。そういえば出かけるときにナミがなにごとか言っていたような気がするが、普段からあまり傘をささないゾロは、気にせず歩きはじめた。もともと寒さには強いたちだし、濡れたところで風邪を引くような軟弱なからだではない。ここまで十分ほど歩いたから、同じ道を辿ればサニー号に帰れるはず。
そう思いながら道を進んで、気がつけば倍の時間は歩いていた。まだ小雨とはいえゾロは頭からブーツの中のつま先まですっかりびしょ濡れだった。しかし、海すら見えてこない。そればかりか、行きに通ってきた商店街すら見当たらず、あたりは青々とした畑が広がるばかりだ。収穫前の細いきゅうりやら青いトマトやらが並んでいる。
雨だから視界が悪くて、誤った道に進んだか。道を戻ろうと踵を返し、再び歩きはじめる。そうしてまたいくらか歩き回り、今度は住宅の点在するエリアにたどり着いた。ますます船から遠くなった気すらする。
ゾロはため息をついた。雨だからか、通行人も見当たらない。適当にドアを叩いて出てきた住人から海岸の方向を訊くか、と考えたが、過去同じようなことをして怯えられたことが数度あり、少しばかり億劫だった。刀を住人から見えないところに置いて、無理にでも笑って見せればスムーズにことを進められるのだろうか。なんとはなしに和同の柄を撫で、そこで「あっ、ゾロ!」という声が耳に届いた。聞き慣れた声である。
「ルフィ」
見ればルフィは倉庫の庇の下で雨を凌いでいるようだ。ゾロは瞬きをして、ルフィに近寄った。
「何してんだ」
ゾロが尋ねると、ルフィは胸を張った。
「見りゃわかるだろ、雨宿りだ!」
それは確かに見りゃわかる。ゾロが意外に思ったのは、ルフィは自分と同じに雨なんか気にしないタイプで、平気で歩き回るだろうと考えていたからだ。
「雨宿りなんか必要ねェだろ」
ゾロはルフィの正面に立った。当然ゾロの頭にはかわらず雨粒が降り注いでいる。ルフィは腕が濡れるのを構わずゾロの手首を掴み、庇の下に引きずり込んだ。
「んー、まァ、濡れるとちょっと落ち着かねェんだよな」
「海賊にあるまじき発言だな」
「それはそーだな」
ししし、とルフィは笑う。ゾロはそこでようやくルフィら悪魔の実を食った能力者は“海に嫌われる”ことを思い出した。水に浸からなければ――雨に降られたりシャワーを浴びたりするぶんには能力も使えると聞いているが、落ち着かなくなるのは事実なのだろう。
「ゾロはびしょ濡れだな」
「メリー号に戻ろうとしたらこの有様だ」
「ここメリーからは随分離れてるぞ、どう戻る気だったんだ?」
「……それをそこらの家で訊こうと思ってたんだ。行ってくる」
今更雨宿りなぞしたところでゾロは上から下まで濡れているのである。ならばさっさとまたここから出ちまったほうがいい。ゾロは一歩踏み出そうとしたが、またルフィに手首を掴まれた。
「なんだ」
本気で振り払えば逃れられることはわかって、ゾロは尋ねた。
「おれは帰り方わかってるぞ」
「じゃあさっさと戻るぞ」
「いいじゃねェかもうちょっと」
言いながらルフィは地面にしゃがみこんだ。
「ここ、ちょっとおれの村に似てるんだ」
「へェ」
ルフィから故郷の話を聞くのは初めてだったし、自分も村のことを話したことはなかった。ゾロは閑散とした村の風景に目を向ける。ルフィが生まれ育った村。随分と牧歌的だったに違いない。仲間を増やすために次から次に敵と戦ってばかりで、過去のことなど気にしたことがなかった。
「いい村だろうな」
ゾロが言うと、ルフィがこちらを見上げた。
「ゾロが住んでた村はどうだったんだ?」
「いい村だよ」
「これから偉大なる航路に入るけどよ、もしゾロの村に似てるところがあったら、絶対教えろよ」
ゾロはまばたきをした。東の海を数年さすらってその間多くの島にたどり着いたが、今のところシモツキ村に風景が似た場所はなかった。あの建築様式は、相当珍しいらしい。
「いいけどよ、見つからねェと思うぜ」
「そうかなァ、海は広いし……まァ、本当に見つからなかったら、最後にゾロの村連れてけよ」
「ハ、……なら、お前の村にも連れて行け」
「おう!」
ゾロが言うと、ルフィは元気よく返事をしてしゃんと立ち上がった。そしてゾロの手を握る。
「ゾロの手冷てェな、戻るか」
「雨は落ち着かねェんじゃないのか」
「そうだけど、はやく偉大なる航路行きたくなってきた! それにゾロがいるしよ」
「そうかよ」
応じて、ふたりは庇の下から出た。まだ雨は降っていたがふたりして鷹揚に歩いて船に戻り、結果ナミが決めた集合時刻には間に合わなかった。大目玉を食らいながら、ルフィとゾロはこっそり顔を見合わせて笑った。
上陸した島で一時の休息を取ることに決めた麦わらの一味は、くじで決めた船番のウソップを残し、それぞれが船を降りた。上陸の直前までメリー号の甲板で寝ていたゾロも、ひとまず船を降りることにした。三刀流の剣士であるのに先の戦闘で和同以外の刀を失っていたゾロは、新たに二振りの刀を買いたかった。だが、商店街のはずれで島民を捕まえて聞いたところによれば、この島には武器を売る店はないらしい。平和なのは悪いことではないが、少しばかり落胆した。和同だけでは腰が軽く、どうにも落ち着かない。これから刀を買うとなると財布の紐を緩めるわけにもいかず、酒場に行くこともできなかった。
やることもねェし、船に戻るか。ゾロは頭を掻いた。ウソップは島に降りたそうにしていたし、船番を代わってやってもいい。仲間たちは一味に入る前から船に乗り慣れている面々ばかりだが、ウソップだけはそうではない。船から下ろして休憩させてやらねば――、そんなことを考えながら踵を返したところで、頬にぽつりと当たるものがあった。
「雨か」
呟く。そういえば出かけるときにナミがなにごとか言っていたような気がするが、普段からあまり傘をささないゾロは、気にせず歩きはじめた。もともと寒さには強いたちだし、濡れたところで風邪を引くような軟弱なからだではない。ここまで十分ほど歩いたから、同じ道を辿ればサニー号に帰れるはず。
そう思いながら道を進んで、気がつけば倍の時間は歩いていた。まだ小雨とはいえゾロは頭からブーツの中のつま先まですっかりびしょ濡れだった。しかし、海すら見えてこない。そればかりか、行きに通ってきた商店街すら見当たらず、あたりは青々とした畑が広がるばかりだ。収穫前の細いきゅうりやら青いトマトやらが並んでいる。
雨だから視界が悪くて、誤った道に進んだか。道を戻ろうと踵を返し、再び歩きはじめる。そうしてまたいくらか歩き回り、今度は住宅の点在するエリアにたどり着いた。ますます船から遠くなった気すらする。
ゾロはため息をついた。雨だからか、通行人も見当たらない。適当にドアを叩いて出てきた住人から海岸の方向を訊くか、と考えたが、過去同じようなことをして怯えられたことが数度あり、少しばかり億劫だった。刀を住人から見えないところに置いて、無理にでも笑って見せればスムーズにことを進められるのだろうか。なんとはなしに和同の柄を撫で、そこで「あっ、ゾロ!」という声が耳に届いた。聞き慣れた声である。
「ルフィ」
見ればルフィは倉庫の庇の下で雨を凌いでいるようだ。ゾロは瞬きをして、ルフィに近寄った。
「何してんだ」
ゾロが尋ねると、ルフィは胸を張った。
「見りゃわかるだろ、雨宿りだ!」
それは確かに見りゃわかる。ゾロが意外に思ったのは、ルフィは自分と同じに雨なんか気にしないタイプで、平気で歩き回るだろうと考えていたからだ。
「雨宿りなんか必要ねェだろ」
ゾロはルフィの正面に立った。当然ゾロの頭にはかわらず雨粒が降り注いでいる。ルフィは腕が濡れるのを構わずゾロの手首を掴み、庇の下に引きずり込んだ。
「んー、まァ、濡れるとちょっと落ち着かねェんだよな」
「海賊にあるまじき発言だな」
「それはそーだな」
ししし、とルフィは笑う。ゾロはそこでようやくルフィら悪魔の実を食った能力者は“海に嫌われる”ことを思い出した。水に浸からなければ――雨に降られたりシャワーを浴びたりするぶんには能力も使えると聞いているが、落ち着かなくなるのは事実なのだろう。
「ゾロはびしょ濡れだな」
「メリー号に戻ろうとしたらこの有様だ」
「ここメリーからは随分離れてるぞ、どう戻る気だったんだ?」
「……それをそこらの家で訊こうと思ってたんだ。行ってくる」
今更雨宿りなぞしたところでゾロは上から下まで濡れているのである。ならばさっさとまたここから出ちまったほうがいい。ゾロは一歩踏み出そうとしたが、またルフィに手首を掴まれた。
「なんだ」
本気で振り払えば逃れられることはわかって、ゾロは尋ねた。
「おれは帰り方わかってるぞ」
「じゃあさっさと戻るぞ」
「いいじゃねェかもうちょっと」
言いながらルフィは地面にしゃがみこんだ。
「ここ、ちょっとおれの村に似てるんだ」
「へェ」
ルフィから故郷の話を聞くのは初めてだったし、自分も村のことを話したことはなかった。ゾロは閑散とした村の風景に目を向ける。ルフィが生まれ育った村。随分と牧歌的だったに違いない。仲間を増やすために次から次に敵と戦ってばかりで、過去のことなど気にしたことがなかった。
「いい村だろうな」
ゾロが言うと、ルフィがこちらを見上げた。
「ゾロが住んでた村はどうだったんだ?」
「いい村だよ」
「これから偉大なる航路に入るけどよ、もしゾロの村に似てるところがあったら、絶対教えろよ」
ゾロはまばたきをした。東の海を数年さすらってその間多くの島にたどり着いたが、今のところシモツキ村に風景が似た場所はなかった。あの建築様式は、相当珍しいらしい。
「いいけどよ、見つからねェと思うぜ」
「そうかなァ、海は広いし……まァ、本当に見つからなかったら、最後にゾロの村連れてけよ」
「ハ、……なら、お前の村にも連れて行け」
「おう!」
ゾロが言うと、ルフィは元気よく返事をしてしゃんと立ち上がった。そしてゾロの手を握る。
「ゾロの手冷てェな、戻るか」
「雨は落ち着かねェんじゃないのか」
「そうだけど、はやく偉大なる航路行きたくなってきた! それにゾロがいるしよ」
「そうかよ」
応じて、ふたりは庇の下から出た。まだ雨は降っていたがふたりして鷹揚に歩いて船に戻り、結果ナミが決めた集合時刻には間に合わなかった。大目玉を食らいながら、ルフィとゾロはこっそり顔を見合わせて笑った。