短文置き場

屋上組わちゃわちゃ

2023/11/19 15:15
海賊

ワノ国での戦争が集結し、傷もいえたところで宴をはじめた。そこまでは麦わらの一味としていつものことであった。いつもと違うのは――、ルフィが同じ船長として張り合う、“最悪の世代”の船長が三人、同じ場にいたことである。
結局、宴の最中、三人は相変わらずなんだかんだと誰が格下だ、格上だ、と言い争い続けた。たくさん食えるやつが格上、たくさん飲めるやつが格上、あっちの射的で、こっちの輪投げで、対決するだけ対決しているうちに、何があったか泥だらけになっていたのだ。ルフィだけならまだしも、ローやキッドまでもが全身ぐっしょりなのを見たヤマトが、鬼ヶ島の奥、カイドウが愛用していたという大浴場を使ってはどうかと提案してきた。
「クソ親父のお気に入りの場所だ、思う存分泥だらけにしてくれていいぞ!」
朗らかにそう言ってのけるので、三人は一時休戦して風呂に入らざるを得なくなってしまった。そこでルフィはキラーと酒を飲んでいたゾロの腕を引き、それを見たキッドはキラーにも来るよう促した。ローはベポやシャチ、ペンギンを誘おうとしたが、三人がたこ焼きやら焼きそばやら、大量の屋台飯を積み上げていたので諦めざるを得なかった。


「ハ、戦闘員と一緒に風呂に入りてェとはまだガキだな」
脱衣所で、ローはルフィとキッドを煽るようなことを口にした。ゾロとキラーはまた始まった、と思ったが、黙って服を脱ぐ。応じたのはルフィだった。
「んー、ナミができるだけ実を食ってねェやつと入れっつうんだよな」
「能力者が風呂入るのに非能力者を連れ立たねェとは、テメェも警戒心が足りねェなァトラファルガー!」
「アァ!?」
また始まった。実際、ナミの指摘は正しい。悪魔の実の能力者は海水に限らず水が弱点だ。風呂になど入ろうものなら全身の力が抜けるのだから、警戒して非能力者を連れて入るのは理に適った話である。ゾロは泥だらけのまま喧嘩しているせいでまだ服を着っぱなしの三人を横目に服を脱ぎ終えた。同じく服を脱ぎ終わったキラーが股間に手ぬぐいを宛てがいつつ、船長たちに声をかける。
「ファッファ、お前ら、そのまま入って服の泥ごと流しちまったらどうだ」
掴み合っていた三人がキラーの方を見て、それからぱっと手を離した。
「それもそうだな」
「さすがキラー、合理的だ」
「服のまま風呂入るのか!?重くなりそうだなー」
三者三様の反応に、キラーがまた笑う。ゾロは眉間にしわを寄せた。
「ンなことしたら湯が汚れるだろ」
ヤマトは思う存分汚していい、などと言っていたから、洗い場は汚してもいいだろう。だが、湯船の中を汚すことには忌避感がある。シモツキ村にもこういう大浴場はあったが、かけ湯をしろとかからだを洗って入れとか、ゾロはその作法をかなり厳しく躾けられていた。海賊になってもそういう感覚は抜けないものらしい。
「ファッファ、ロロノアが嫌だとさ。服は脱いで湯船に入れよ」
キラーは言いながらさっさと浴場に向かっていく。ゾロは長い金髪が背中の大半を覆う後ろ姿を見て、思わずその髪を掴んだ。
「待て」
「ファッ!?」
「てめェもだ。髪はまとめろ」
「わかったわかった、つかるときはそうするよ」
キラーは気軽にゾロの手を離させると、ジーンズのポケットからペンを取り出し今度こそ浴場に向かっていった。てめェどうやって髪をまとめる気だ。ゾロもキラーの背中を追った。


並んで洗い場で頭からシャワーを浴びる。服から体から泥が流れていく。髪も短く汚れてもいなかったゾロだけが湯船から洗い場を眺めている。
「じゃーいちばん最初に洗い終わったやつが格上な」
「ア?おれのコートが不利じゃねェか!」
「かさばる服着てるやつ格下でいいか?」
「やんのかトラファルガー」
「おれは構わねェぞ、ユースタス屋」
「じゃあおれもやる!」
とにかく一言目からお互いより上に立ちたくて仕方がないらしい。キラーは量の多い髪を雑に絞りながら「キッド、風呂で暴れると滑って転ぶかもしれねェからやめろ」と平然と注意をしてくる。ローはからかおうとしたが、「お前もだトラファルガー」とごく落ち着いた声で言われたので黙った。一歳年上なだけの男にガキ扱いされていることに、ローは口をつぐむ。
「おれはゴムだから滑らねェぞ!」
大きな傷の付いた胸を張ってルフィが言う。キラーはさっき持ち込んだペンをかんざしがわりにぐるぐるとまとめると、ルフィに「さすがだな」と言うだけ言って湯船の方に向かった。
「お前、マスク取ったんだな」
「さすがに風呂入ってまでつけてらんねェだろ」
「そうだなー、まァ、お前が元気になってよかった!ギザ男も!」
うっ、とキラーはここにきて口をつぐむ。キッドも同様だった。なにしろこの男には、兎丼の採掘場で、随分情けのないところを見られている。決してそれをキッドとの言い争いでは口にしない配慮があるところも敵わないと思えて、キラーは肩をすくめた。
「勝負するなら、誰がいちばん早く終わるかじゃなく、誰がいちばんきちんと泥を落とせるかにしたほうがいい。――ロロノアに斬られたくなければな」
「ユースタス屋」
聞いていたローはかぶりを振った。
「キラー屋に世話焼きも大概にしろと伝えろ」
「自分で言え」
そう歳の変わらない相手に風呂での立ち振る舞いを諭されるのは、さすがに応える。三人はおとなしくシャワーの湯で服を洗い始めることにした。


全員が服を脱いで湯船に入ったところで、案の定「誰がいちばん長く風呂につかれるか」勝負をしようという話になった。
「おれァお前らがギャーギャーやってる間も浸かってたんだぞ、不利だ」
「やるなら三人でやってくれ」
ゾロがパスを言い渡す。キラーもそれに追随した。
「そもそも風呂に長時間浸かることが無用心だろ、格下だからわからないか?」
膝下だけを湯に浸からせたローが言うと、肩まで湯に浸かっているルフィがフンと鼻を鳴らした。
「おれにはゾロがいるからな!」
「おれだって、」
ルフィと同じく湯に浸かったキッドは、キラーのほうを見て、それから口を引き結んだ。ワノ国でSMILEを食わされた相棒は、なんの能力も得ず笑い続ける男になってしまった――、そしてもちろん、悪魔の実のデメリットも得てしまっている。海に出る以前からずっと、川に落ちたり風呂に入ったりするたびキラーのサポートを受けていたので、すっかり忘れていた。キラーも、いまや水が弱点である。
「…………」
「ファッファッファッ!」
キッド以外の三人は、キラーの笑いの意味が取りづらく、キッドも自分の失言に口をつぐむことしかできない。なんとなく気まずい空気になったところで、キラーが口を開いた。
「キッド、今更気づいたのか?」
さっきも似たようなことでトラファルガーを煽ってたろう、とキラーが笑う。どうやら本人は今現在自分の状態に思い悩んでいるわけではないらしい。
「そういうわけで、今この場には非能力者はお前しかいないぞロロノア。百獣海賊団の残党が来たらお前に任せた」
「ハ、なら全員おれより『格下』だな。三十億の船長どもが情けねェ」
いつも船長同士で煽り合っているので紛れていたが、言わずもがな、ゾロも人を煽る発言をするのが得意も得意、大得意である。ローはムッとして自分も肩まで湯に浸かると、「誰がいちばん長く湯に浸かれるか勝負は全員参加だ」と言い放った。ルフィとキッドは「いちばん後から浸かったやつのほうが格下だろ!」と叫ぶ。三人が叫ぶ声は、大浴場でよく響き、キラーはため息をついた。当面湯から上がれそうにない。

コメント

コメントを受け付けていません。