短文置き場

ルゾロ前提ルフィとレイリー

2022/07/20 10:43
海賊
 レイリーが踏みつけた木の枝の音に振り返った愛弟子は、こちらを見て満面の笑みを浮かべた。片手を高く上げてこちらに振ってくれる。レイリーも軽く手を振り返し、そのまま彼に歩み寄る。ルフィの前には、彼の三倍ほどの大きさがある猪がひっくり返っていた。気を失っているようで、ぴくりともしない。
 世間で頂上戦争と呼ばれている戦いから半年ほどが経っていた。レイリーはかつての相棒のロジャーと同じDの名を持ち、麦わら帽子を被った少年に偉大なる航路後半を渡るために必要になる戦闘力――覇気を身に着けさせるため、女ヶ島至近のルスカイヌ島で猛獣を相手取った特訓をつけている。
 本人のゴムの能力もさることながら、ルフィは性格ものびのびとしている。そういうところもかつての相棒を思い出し、レイリーは思わず目を細めてしまうのだった。
「休憩にしよう」
 レイリーは片手に女ヶ島から調達してきた一抱えほどある食料を示しながらそう声をかけた。ルフィがはしゃいで掛けてくる。レイリーは辺りを見回して、ルフィが倒してしまったのであろう木をベンチがわりに腰掛けた。ルフィも隣に座る。
「今日は珍しくパンだな」
 言いながら、分厚いサンドイッチをルフィに渡した。女ヶ島はどちらかといえば米食文化で、普段は握り飯を持たされることが多い。たっぷりのローストビーフを挟んだそれに、ルフィは目を輝かせた。
「うまほ~!」
「キミはどちらかといえば米派なんだろうと思っていたが」
「おれは肉派だ!」
「なるほど」
 それは見ればわかる。レイリーもたまごサンドを一口食べて咀嚼した。全身ゴム人間は唇まわりを伸ばして分厚いサンドイッチを一口で半分ほど口に入れてしまう。当然胃袋もゴムでできているので、ルフィの食欲はほとんど無限である。女ヶ島の女たちは皆ルフィに好意的で大量の食料を渡してくれるが、積める食料も限られる彼の船の料理人は、きっと苦労しただろう。
「おれはパンも米も好きだけど、ゾロは米のほうが好きだったし、ロビンはパンだったな」
「ほう」
 ルフィ以外の麦わらの一味とは、そう長く関わることができなかったが、少数精鋭の一味全員が賞金首だ。レイリーは彼らの顔と名前、それに賞金額を正確に思い浮かべることができる。ロロノア・ゾロとニコ・ロビン。ふたりとも、いかにもな好みに思わずレイリーは笑ってしまう。
「レイリーは?」
「私はどちらかといえば米かな――米のほうが酒に合う」
 言うと、ルフィはじっとレイリーのほうを見て、「ゾロもおんなじこと言ってたな~」と笑った。
「ゾロくんも酒が好きなんだな」
「ゾロは起きてるときは特訓してるか酒飲んでるかだ」
 それはそれは、とレイリーは笑う。シャボンディで見かけた彼は、巧妙に隠しているつもりであったろうし、仲間たちも幾人かを除き気づいていないようだったが――つい最近大きなダメージを受けたのであろう呼吸をしていた。バーソロミュー・くまに飛ばされた先で、死にはしないにせよ、なんらか手当を受けられるといいのだが。
「ゾロくんがキミの最初の仲間だったね」
「あァ、レイリーはゾロに興味あんのか」
「興味というか……そうだな、私はこれでもロジャーの最初の仲間でね」
「そっか」
 ルフィは麦わら帽子の向きを少し直して、レイリーから目を逸した。
「ゾロ、どうしてんだろうな」
「どうしてると思う?」
 レイリーが尋ねると、ルフィはううん、と唸った。
「やっぱり、特訓して酒飲んで寝てるんじゃねェかな」
「ゾロくんは女性と遊んだりはしないのかな」
「ゾロはそういうの、興味ねェぞ。サンジと違って」
 やけにきっぱりと言うので、レイリーは笑ってしまった。
「そこは私とは違うようだな」
「レイリーは女、好きなのか」
「男は皆そうだろう」
「おれとゾロは違ェ」
 ルフィは目を細めた。どこにいるかもわからない、自らの最初の仲間を探す目つきだった。レイリーはふたつ目のサンドイッチをルフィに渡した。ルフィはまた二口で食べてしまう。
「ルフィくんは随分とハンコックにも好かれているようだし、ゾロくんも――、なかなかいい男だ。女性が放っておかないだろう」
 ふたりともまだ十代とはいえ、精悍な男だ。レイリーはゾロと深く関わることをしていないが、ルフィが最初に選んだ男の性根が悪いもののはずがない。事実、彼らと同じくらいの年頃だったロジャーにせよレイリーにせよ、寄る島寄る島で女には困らなかった。もっとも、当時のレイリーは奔放すぎるロジャーを窘める役回りにつきがちで、今ほど遊び回ることはできなかったが。
「べつに」
 ルフィが顎を突き出すようにして唇を尖らせた。
「おれたち、それで困んねェし」
 時折見せる十七歳としても幼い表情は、レイリーの心を和ませるものでしかない。
「きみとゾロくんはさぞ気が合うんだろうな」
 言うと今度は嬉しそうにおう、と頷く。
「おれは知らなかったけど、ゾロは東の海じゃ結構有名な賞金稼ぎだったんだけどよ」
 ルフィはすらすらとゾロとの出会いを語ってみせた。海軍に捕まり、愚直にその約束を守っていた姿、少女に差し入れられた泥まみれの砂糖入りの握り飯をルフィの手ずから食べた姿を見て仲間にすることを決め、ほとんど脅すようにしてたった二人の海賊団になったこと。
「きっと――、」
 レイリーは瞼の裏にかつての相棒を映しながら言った。
「君はゾロくんの考えていることがよくわかるし、逆もそうなのだろう」
「おう」
 即答だった。なにひとつ、躊躇なくそう答えられる間柄は、容易に得られるものでないことを、レイリーはよく知っている。レイリーはロジャーと出会うまで、あるいは出会ってから、そしてロジャーが死んでからも、多くの人間と出会ったが、ロジャーと同じだけわかりあえる者は他にいなかった。ロジャーだけが唯一の存在だった。ルフィはレイリーが差し出したボトルから水を一口飲むと、ふぅ、と息を吐く。
 それから、子どもっぽく脚をぶらつかせた。
「だけどゾロはひとりでも平気なやつだから」
「へえ?」
 思わずレイリーは目を見開く。ルフィがこう見えてある意味仲間という存在に依存しているのは知っていたが、ゾロについてそんなことを言うとは思わなかった。
「ゾロは昔から平気でひとりで海をぶらぶらしてたらしいけど。おれはそんなことムリだしよ」
「ほう」
「二年経ったらシャボンディ諸島には来ると思う。約束を絶対守るヤツだし。だけど、それまではひとりでも平気なんだ、ゾロは」
 海賊狩り、という異名の理由は、その賞金稼ぎ時代についたものだろう。レイリーは考える。互いに、故郷が東の海であることも同じだ、あの海をたったひとりで彷徨い、海賊を斬っていたロロノア・ゾロ。彼が孤独を恐れないのは事実だろう。だからルフィは少しばかりへそを曲げている。自分だけが寂しがっていると思うのは、少しばかり癪であろうことは、レイリーも想像がつく。同時に。
「そうでもないかもしれないぞ」
 自分がロジャーと出会ってそのすべてを変えたように、ゾロ少年にもルフィと出会って変わったものがあるだろう。きっとルフィの言うように、なにもかもひとりで平気というわけでもあるまい。それに必ずしもひとりではないような気がしている――。バーソロミュー・くまは、きっと彼らを然るべき、強くなるために最適な場所へ届けただろう。自分がルフィの師となったように、ゾロが誰かに師事している可能性は高い。
「そうかなァ」
 ルフィはレイリーを見て、肯定をしているようで、疑問を呈すような声を出す。レイリーは肩をすくめてやった。もとより、自分はゾロとよく似た立場の人間であるが、ゾロとまるきり同じ人間というわけでもない。
 ルフィは新しいサンドイッチを鷲掴むと、また大きな口を開けた。今までよりずっと、勢いのある咀嚼だった。
「次にゾロに会うまでにおれはもっともっと強くなんなきゃいけねェ」
「そうだ」
「ゾロも絶対今より強くなってるけどよ、おれは、もっとだ」
「ああ」
 振り切るように言い、ルフィはサンドイッチを食べ終える。頼もしい弟子の姿に、レイリーは目を細める。

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