短文置き場

モブゾロ+ル+サン

2022/07/20 10:42
海賊
檻に捕らわれること自体はなんら珍しいことではないので、ルフィは大した危機感を得てはいなかった。思えば海に出てゾロを仲間にしてからすぐバギーに捕まって以降、何度もこんな目には遭っているが、いつだって仲間の手によって助けられてきた。今回一緒に捕まったのが船の中では武闘派のゾロとサンジであることも、ルフィにとっては気になるところではない。きっとナミたちがなんとかしてくれる。ルフィはいつだって仲間を信じている。
ロープで腕ごとぐるぐる巻きにされた腹からぐるる、と獣の鳴き声のような音がした。同じくロープでぐるぐる巻きにされたゾロが忌々しげに「それ聞くと余計に腹が減る」と嘆いてみせたが、ルフィだって自分じゃ抑えようがないものに文句をつけられても困る。一方で、サンジはじっと我慢するかのように膝を抱えて黙り込んでいる。
サンジは人の空腹が苦手だ。自らの生い立ちのせいか職分のせいか、様子を見ているだけですっかり気が滅入ってしまう。それが船長たるルフィなら尚のことだった。おまけに捕まったときに煙草を奪われてしまい、苛立ちが抑えられない。足を揺らして貧乏揺すりのような真似をするとすぐにゾロに咎められ、だが口喧嘩は二言三言で終わってしまった。余計な体力を使うことに気付いたからだった。
こうして牢に入れられてどれくらいだろうか。ゾロはとうとうごろりと横になって思案した。ずっと薄暗いせいで体内のリズムが取りづらいが、一日半ほどは経っているだろう。ときどき見張りの男が現れたが、それ以外は敵のほうも音沙汰なしで、妙なものだ。大あくびをすると、「ゾロは危機感がねェな〜」と最も言われたくない相手に言われてしまった。腹が立ったので舌打ちを返す。眠いので応戦する気にはならなかった。
「寝るのかマリモ」
サンジの声は妙に疲弊しているように、ゾロには思えた。だが、それを気遣ってやる間柄ではないとも思っている。
「寝る」
ゾロは短く答えて目を閉じた。サンジは何事かまだ文句を言っているようだったが無視をした。事実寝るのがいちばん楽に時間を潰せるではないか。



ゾロばかりかルフィも眠ってしまい、サンジは顔を膝に埋めながらじっとしていた。地下にある牢は実家を思い出してどうもよくない。ふたりと言い合いのひとつやふたつができれば、忘れられるものを。
そのとき、檻の外から足音がふたつ聞こえてきた。だが、仲間の誰の足音でもない、とサンジは悟っていた。仲間の誰も、こんな気怠い歩き方はしないはずだ。サンジはゆっくりと顔を上げて片目だけで相手を見た。にんまりと笑っている男がふたり。ルフィたちを捕らえた賞金稼ぎである。
「やっと解放する気にでもなったか?」
サンジは自分の声が掠れていることに気付いていた。なにしろのどが渇いている。微笑みが虚勢であることは、悟られているだろうか。――ルフィやゾロになら気が付かれていたかもしれない。
「なるわけねェだろ」
男たちは言ってサンジをじろじろと眺めた。あまり気持ちのいい視線ではない。サンジは身じろぎたくなるのを抑えて、なんとか耐えようとした。
「おれはそこのふたりと違って賞金首じゃねェぞ」
今現在、麦わらの一味で懸賞金がかかっているのは(サンジにとっては悔しいことに)ルフィとゾロのふたりのみである。もっとも、だからといって解放されるとも思っていない。サンジを解放すれば別の仲間を率いてルフィとゾロを取り返しに来ることくらい、このどう贔屓目に見ても知性に乏しい男たちにもわかっているだろう。
「まァ、てめェでいいか」
男は変わらずサンジに粘っこい視線を向けながら言った。
「ケツ貸せよ、おぼっちゃん」
誰がおぼっちゃんだ、おれは海賊だ――、サンジは言い返そうとして、「おぼっちゃん」の前の言葉の意味の不明瞭なことに口籠った。男たちはニヤニヤと笑いながらナイフをちらつかせる。サンジは舌打ちし、上半身を起こして身構えた。幸い脚は固定されていないので、蹴り技を出すことは可能だ。あんな奴ら、一撃でのせるはず。
「いいのか? このナイフには猛毒が塗ってある」
「ハ、当たらなきゃいい」
「出来るか?」
クソ、なんなんだ。男たちの強さはどうということもなさそうに見えるが、こちらも体力を消耗しているのは事実だ。そうなるまで待っていたのか。
「オイ」
サンジが回らない頭で考えている間に、さっきまで甲板のうえと同じくらい平和に眠っていたゾロが起きていた。三本の刀を奪われた彼は、だと言うのに妙に余裕ある顔をしている。
「おれにしておけよ」
「ア?」
ゾロは立ち上がって、サンジのすぐそばにやってきた。小首を傾げたせいで、ピアスがちらちらと揺れる。
「ケツ。不足はねェだろ」
「あァ、あァ、十分だ!」
男たちはすぐにゾロのことばを歓迎した。サンジはゾロの顔を見上げた。なんの気負いもない、いつもの、ちょっと相手を挑発するような笑い方をしたゾロがいた。ゾロもサンジの視線に気がついたのか、こちらを見る。
「後ろ向いてルフィの耳は塞いでろ」
低い声に言われるままルフィに視線を向けると、まだぐうがあと眠っていた。サンジは返事もできないままだった。





目が覚めると、ルフィはサンジに抱え込まれ、おまけに両耳を冷たく白い掌できつく塞がれていた。振り返って抗議しようにもサンジの腕の力は強い。海楼石の手枷のせいで力が入らないとはいえ、もちろん無理に解くこともできるが、サンジがどうしてこんなことをしているのかもわからないうちから勝手に脱出するのもなんか悪い気がする。ごうごうと音がするばかりだし、サンジの名前を読んでも手のひらに力が入るばかりで反応がない。
なんなんだろうな、後ろでなんか、サンジが見たくない、おれに聞かせたくない、なんかが起こっている。
ゾロだ、とすぐに思い当たった。ゾロがどうにかなってるんじゃないか。ルフィは歯を食いしばった。ならばゾロを助けるべきじゃないのか。
なんとか視線だけサンジのほうに向けると、サンジは見たこともないような青ざめた顔をしていた。歯を食いしばりすぎている。サンジ、ゾロは。訊いても答えがない。
耳をすますと、わずかに聞き慣れた声が、そしてその何倍も大きく知らない笑い声が聞こえてくる。ゾロは呻いているようだが、ルフィには彼が何を言っているのかまでは聞き取れなかった。


ルフィの耳を塞ぐのに必死で、サンジはゾロの声を、男たちの声を、濡れた音を、すべてを聞いていた。ゾロは一度も拒絶を吐かなかった。経験があったのかもしれない。――彼は東の海では名の知れた賞金稼ぎだった。海賊になる前から、危険な目には何度も遭っていただろう。だからこれくらい、どうということもないとでも言うのか。
「なー、サンジ、離せよ」
ルフィが何度目かわからないその台詞を言い、サンジはかぶりを振った。海楼石をつけられているとはいえ、ルフィは驚くほど大人しかった。この天真爛漫な船長は、どこまで気が付いているのか。声はいつもの呑気さを保っている。だが、ルフィがだらりと伸ばしているように見えるゴムの腕には、血管が浮いていた。拳を強く握っている。
「実際男受け狙ってンのか、そのピアスといい」
「海賊狩りって、ナニを狩ってたんだ?」
繰り返される下卑た揶揄に、ゾロは応じなかった。呼吸が荒い。言葉にならないうめき声と、そぐわない濡れた音。ゾロは男たちの性器を口にし、要望どおりに「ケツ」を貸し、彼らを二度ずつ射精に導いた。
「また来るぜ」
男たちはそう言って、ようやくゾロを開放した。
「次はこっちのガキにお願いするか」
牢を出ようとする男たちは、ニヤニヤとサンジとルフィを見遣る。
「は」
ゾロがその背中に声を投げかけた。
「そいつらよりおれのほうが百倍うまい」
「それはそうだろうな」
男のうちひとりがそう言って、さっさと牢を出ていった。僅か衣擦れの音がして、それからすぐにゾロが立ち上がる気配がした。
「オイ」
声をかけられ、それでもサンジは振り向けなかった。だが、無意識に緩めた腕からルフィが抜け出し、すぐにゾロのもとに駆け寄った。
「ゾロ……!」
「なんだ」
「なにされた、あいつらに!」
ルフィの問いかけはあまりに率直だった。サンジはまだ振り向けない。
「大したことじゃねェよ」
ゾロは言って、ルフィはそれでも諦められないようだった。でも、でも、と言いながらゾロに食い下がっている。らしくない態度だった。ゾロはルフィの黒髪をがしがしと掻き回して、「何されたと思う」とずるい言葉を吐き出した。ルフィが口籠る。サンジはようやく立ち上がった。
「テメェ、なんでンなことしやがった」
もっと大声を出したかったが、息を詰め続けたサンジにそれは叶わなかった。深呼吸をすると、振り返ってゾロのほうを見る。
ゾロは、多少の服の汚れや腕に擦り傷こそ作っていたものの、まるでなんともなかったかのような顔をしていた。実際、なんともなかったんじゃないか、あれは短い夢だったんじゃないか。サンジは一瞬そう思ったが、ゾロが男たちを誘ったのとまるで同じ仕草で首を傾げたので、胸のうちに冷たいものが拡がった。
「あとでパンと水くらいは持ってくるつってたからな。待遇改善のための交渉だ」
「なにが交渉だ」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。サンジは拳を握りしめる。自らのポリシーさえなければ、とうにサンジはゾロに拳をぶつけていただろう。ルフィは僅かに表情を緩め、「メシ食えんのか」とゾロに懐いている。ふざけるな。なにもかもがサンジは気に入らなかった。次に男どもが来たら、猛毒のナイフなど構わず脳天をかち割ってやる。食い締めた奥歯にさらに力を入れて、サンジはゾロを睨みつけた。

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