短文置き場

ゾロとチョッパーとフランキー

2022/07/20 10:39
海賊
「お前まァたンなことになってんのか、ゾロ」
呆れた声が頭上から降ってきたが、ゾロは目を開けることすら億劫だった。血にまみれた腹巻きが冷たくて重たく、手足は地面に括りつけられたかのように動けない。意識しなければ呼吸すら止まってしまいそうな状態で、それ以外に体力を割くことなどできやしない。
「悪いなフランキー、そこに横になってくれ」
「あァ、構わねェよ」
遠くチョッパーの声もする。愛らしい声音はそのままに、口調が硬いのはおれのせいなのだろう。ゾロは薄い意識の下で、それでも弟分のことを考える。本当はおれがフランキーに謝罪なり感謝なりをしなくてはならない。だが、後ほんの少し力を抜けば、意識すら失いそうだ。


ゾロは屋上でのカイドウとの戦いのあと、重症のからだをミンク族の秘薬で回復させ、百獣海賊団がナンバーツーのキングと戦った。特殊な種族であるというその男の戦闘力はカイドウほどでないにせよ抜群で、戦いのあとゾロはその戦いでの傷、薬の副作用、それ以前のダメージ、すべてが自らの肉体に跳ね返るのを感じながら倒れ伏した。チョッパーが気にしていてくれたおかげですぐに手当を受けられたが、それでも回復には程遠い状態だ。
なにより血が足りない、とチョッパーはバタバタと走り回った。ゾロの血液型は(サンジのS型RHマイナスよりはよほどマシだが)割合としては低いXF型だ。仲間内では他にフランキーしかおらず、チョッパーは彼にゾロに血を譲ってくれるように頼んだ。フランキーが断るはずもなく、彼はゾロの横に横たわっている。
実際のところ、フランキーの血だけでは足りないので、ブルックがハートの海賊団やキッド海賊団にもXF型の船員がいないか、聞きに回っている。なんと、ワノ国には生まれたときに血液型を確認する風習がないらしく、侍たちから協力を得ようにも、まず調べるところからしなければならない。マルコが協力を申し出てくれたが、調べるための機器がないので断らざるを得なかった。
チョッパーはゾロとフランキーの腕に針を刺し、手早く包帯で固定した。この一味に加わってからというもの、無茶ばかりする船長や船員たちのために何度かしている処置だ。すっかり手慣れてしまっていた。
「フランキーも、血を抜いたあとは貧血になるかもしれねェから、しばらく横になっててくれ」
「おうよ」
ルフィやゾロも、こうやっておれの言うことを聞いてくれればなァ、とチョッパーは密かに嘆息した。船医の言うことを聞かないメンバーほど、大怪我をしてくるのだからたまったものではない。皆フランキーみたいに大人になってくれねェかな、と思いながら、ふたりの腕を繋いだ。魚人島でルフィとジンベエの腕をつないで直接輸血をさせた、あのときと同じやり方だ。
「スリラーバーク以来だなァ」
ゾロは目を閉じているが、フランキーは話しかけた。ニ年前にも、こうしてゾロに血を提供したことがある。あの頃はまだ自分も麦わらの一味に入ったばかりだった。十五も歳下のこの男がひとり七武海に立ち向かったと聞いて、これは大変な組織に入ったとこだと考えたことを、今でもよく覚えている。フランキー一家とて、その結び付きは強かった。その名の通り、お互いを家族のように思っていた。だが、麦わらの一味は海賊という身分ゆえか、船員たちのそれまでの境遇ゆえか、それまで殆ど少年少女と言えるような年齢の船員ばかりだったゆえか――そこにある思いの強さは、いっそのこと狂気じみているようにも思えた。そしてそこに身を投じなければ、自らの大望は叶わないということも、フランキーは理解して受け入れた。ゾロにはじめて輸血をしたのは、そういう頃のことだった。随分昔のことのように思う。
「あンときとどっちが悪いんだ、ゾロは」
「どっちもどっちだよ」
チョッパーは今度こそ呆れたようにため息をつく。いや、疲れているのだろう。彼とて戦闘をした後なのだ。だがその職務を果たすのはその直後になるのだから、船医というものには頭が下がる。フランキーはそうかと頷き、ゾロの横顔を眺めることにした。フランキーのほうからは、ゾロの小作りな頭の、傷の入った左目だけが目に入る。まったくどこもかしこも体中傷だらけのくせに、相も変わらず男前だ。
「とりあえず、フランキーからは六百ミリくらいもらおうと思う。けっこうな量だけど、ゾロのからだはそれだけ血が抜けちゃってるから」
フランキーはからだも大きいし、と言い添えるチョッパーは、本当に申し訳がなさそうだ。
「あァ、いくらでもやっちまってくれ」
「そういうわけにはいかねェんだよ!」
フランキーの冗談は、船医に生真面目に突っぱねられた。思わず苦笑し、それ以上はやめておくことにした。それにしても、この男の目標――世界一の大剣豪とやらになるまで、あと何回これだけの傷を負うのだろう。そこまでまだまだ遠いのか、それとももう目と鼻の先にあるのか、門外漢のフランキーにはわからない。
「この調子で輸血しまくってたら、そのうちゾロの血の半分はおれのモンってことになりそうだな」
「そうはならねェと思うけどな」
機器を設置し終えたチョッパーは、また正論を返してくる。いよいよ疲れもピークなのかもしれない。
「……が、」
「ん?」
不意に苦しげな息遣いが聞こえ、チョッパーとフランキーはゾロのほうを見た。苦しげに咳き込むゾロに、チョッパーが駆け寄る。
「ゾロ、意識が……、無理するな」
健気に声をかけるチョッパーに、ゾロは僅かに首を動かす。首を横に振りたかったのだろうが、それに至れていない。
「……ずっ、と、聞いてた……、」
「おお……」
別段聞かれてまずい話をしていたわけでもない。それでもなにか言いたいのか、ゾロはまたひとつ咳き込んだ。
「おれは、……息子に……なりてェワケじゃねェ……」
チョッパーとフランキーは顔を見合わせた。息子。なんの話だ。それからすぐに思い当たる。さっきフランキーが言った「ゾロの血の半分はおれのモンになりそうだ」という冗談のことだろう。無理をしてまで反論したいのはそこかよぉ! とチョッパーはもはや半泣きである。
「ゾロ、お前普段からよく寝てるじゃねェか、なんで今寝ねェんだ……」
チョッパーの嘆きに、フランキーもうなずく。もはや不憫さすら感じてしまう。あとでサンジに甘ったるいデザートをたっぷり作ってもらってほしい。
「……手当と、血、で、……だいぶマシに、……ありがとう」
途切れがちな言葉だったが、最後のひとことだけは確かな口調だった。ふたたびチョッパーとフランキーは顔を見合わせる。今度はチョッパーが笑っていたので、フランキーも安堵の息を吐いた。

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